その後、夜降が十一番隊を叩きのめしたという事実は、尸魂界にてまことしやかに囁かれるようになったそうだ。
まことしやかと表現したのはそれを明確に事実として認めてしまったら護廷のあれこれがどうのこうのと京楽隊長は言っていたからだ。
まぁ、一応実働部隊が研究畑の隊士一人にやられましたなんて聞いた日には、護廷十三隊の実力を疑うわ。
一応、更木剣八には敵わなかったようだが、戦った相手ほぼ全員に完勝するとは、流石は夜降だ。
修行の成果は思っていた以上の実を結んだようでなにより。
今は技術開発局で元気にやっていて、自分が得た技能をもとに、警備用のロボットを開発中とのことだ。
もちろん修行もやってるんだと。
オレはあの涅マユリに新薬のモルモットにでもされるんじゃないかと内心心配だったが、その心配はないのは良かったと感じた。
そしてそれがきっかけで、オレの拠点に護廷隊士が出入りすることが多くなり、みんなこぞってオレに瞬鬨を教えてほしいと懇願してくる。
現在ならば、使える人物は四楓院の血筋を含めて数人だけのレアな技能だ。
そりゃ、自分も使えるようになりたくなるものだろう。
このまま瞬鬨教えまくると二番隊が五月蝿そうだが、まあ本人はそんなに弱くはないし、いうようでなんだが、現代の使い手の一人である砕蜂隊長の体たらくをみるに、瞬鬨だけではカスも良いところなので、必然的に別の技能も教えることになり、陰陽道の使い手も増えるのは間違いなく良いことなので、基本的に夜降に教えたことを他の連中にも教えている。
地獄にいらっしゃる
そして、夜降が帰ってより三ヶ月、オレは山の中にいた。
一面緑の中、僅かに感じる霊圧。隠しているようだが、まだ荒を感じるが、ものの数日でこれほどものにできるのなら、やはり大したものだ。
そして、
「 しゃあっ!弾け、飛・梅っ! 」
若い女の声とともに何処からともなく押し寄せる火球。
オレはそれを紙一重で躱す。
後ろに過ぎ去った火球が爆裂し、バキバキと木々が焼ける音がする。
続いて叩き込まれるのは、
「 灘神影流、霞突きっ! 」
乗り遅れるなとばかりに繰り出される、目にも留まらぬ、打撃ラッシュだ。
それをしっかりと視認し、一打一打防いでいく。
「 灘神影流、菩薩拳っ!! 」
両手の掌打とともに、掌から打ち込まれる気、もとい霊圧。
両手のガードで防ぐが相当な威力で、後ろに数歩引き摺られてしまう。
目の前を見れば、当然ながら、これらの技を打ってきた相手がいる。
150ほどの背丈の、黒髪にシニョンキャップを着けている、無難に可愛らしい少女。
ではあるが、歳は100はいっている、死神の端くれ。
それも、5番隊の副隊長を務めてらしている。
「 打ち込みが強くなってきましたね、雛森副隊長。 」
「 そう?私なんかまだまだだよ。 」
一時期酷く病んでらしたのが嘘のように、彼女はにこやかな笑みを浮かべた。
今の5番隊の隊長と上手くいっているらしく、顔色もすっかり良くなっている。
この方、雛森桃は鬼道の才に秀でた若手として尸魂界よりお墨付きを頂いている。
全体で見れば伊勢副隊長の方がお上手ではあるが、もう少し若い世代、それこそオレや冬獅郎の辺りの頃でいえば、彼女がダントツであるらしい。
最も冬獅郎は、
「 お前みたいなのと比べるな。 」
とか言ってたが。そんなこともあって彼女は陰陽道の筋がよく、瞬鬨もまたたく間にモノにしてみせた。
はっきりいって、これまで手ほどきをしてきた死神たちの中でも、屈指である。
まだ数人程度であるが。
比較対象といえば、朽木隊長の妹君か。
あの人もかなりの才覚を有しておられた。
だからこそ、彼女や雛森副隊長には、それらに付随して、白打のある技能を教え込むことにした。
灘神影流。かつて、四楓院家に仕えた下級貴族、灘家に伝わっていた伝説の暗殺拳。
活殺自在の殺人術であり、それ故に基本的に門外不出とされていた。
四楓院様は当時の灘家の当主より、それらを教えられていて、それが、オレにも伝授されたのだ。
オレだけ使えるのも寂しいので、どうにか教えられないものかと苦心していたが、ようやく教えられそうな方々に巡り会えたといったところだ。
冬獅郎にも教えようと思ったが、本人がそんなもん要らねぇと嫌がっていたので、それは断念せざるを得なかった。
そして、この二人の腕前はといえば、まぁ、悪くはない。
比較対象が大昔のバケモノを超えたバケモノ連中しかいないので、比べようがないが、技は一つ一つが細かく形になっており、完成度は高い。
十二分に実戦で通用するだろう。
霊子操作もかなり上達し、霊圧も目に見えて上昇している。
隊長格もかくやというレベルだ。
人工心霊スポットにも挑ませた。
はっきりいえば、驚鹿やその下程度の心霊、人間霊相手では先ず負けないくらいにまで、本人の戦闘能力は跳ね上がっている。
あの時の夜降を凌駕しているのだ。
で、あるならば、より高みを望むのはまぁ、自然な事だよな。
「 どうだ、桃?今度はもっと上の段階に挑戦するというのは。 」
「 まだ、上あるの? 」
「 あるとも。それもそこそこの数。 」
元々、この人工心霊スポットというのは、陰陽道の修練の場として京楽隊長が考案したものだ。
なんでもオレが卍解を得て、そこらの隊長格よりも遥かに上の領域に至るほど強くなっているのに、他に陰陽道を使えて歪んだ整に対処できるヤツがいないから五席止まりというのは無理がある、というより隊長自身なんとかしてオレをもう少し上の位に上げたいから、他にも扱える死神を増やそうとか、持て余している式神を死神の育成の為に運用しようという思惑があるんだそう。
その為、あのH院をはじめとした修練場としたこれらの施設は、オレ以外の陰陽道の使い手を想定した、トレーニング施設という側面を有している。
今ならば、オレは桃のレベルにあったトレーニング用の心霊スポットを充てがわねばならないわけだ。
一つ二つ行かせたがそれでは足りないようだ。ルキア殿は朽木家の養女という立場もあって、一件行かせてそのまま瀞霊廷に返したが、桃はそうは行くまい。
というのも、桃自身が、並以上の向上心を有しているからだ。
一応オレは人工心霊スポットを一つ攻略したのだから、返してもよいと考えているが、桃はもっと修行したいもっと修行したいとせがんで来る。
オレとしてはまあ嬉しいところだが、このまま5番隊の活動にも響いてくるかもしれない。
「 桃はきっと、あいつに触発されたんやと思う。
あない酷く裏切られてもうたからな。
ごっつい強なって見返したろうて思うとるんやないかな?
オレ自身似た立場やし、そんな風に思えてならんわ。 」
「 オレともすっかり仲良うなれた思うが、きっと桃ん中には、あいつが本性を現した日のことが、今でも脳裏に焼きついとるんやと思う。 」
以前お会いした、5番隊の隊長、つまり桃の今の上司はこういっていた。
今の彼女を突き動かしているのはなんであれ、オレは桃のより強くなりたいという思いに応えてやらねばならない。
それが、陰陽道や灘神影流を教え込んだオレの背負う責任、というには身勝手かもしれないが、そうであるのかもしれない。
死神は、人間に近しい性質を持つ種族だ。
心のうちには、陰と陽があって然る。
如何に気丈に振る舞う者も、己のうちに巣食う闇を無視することはできない。
日差しが強くなればなるほど、それに晒された木々の日影も大きくなるように、
人は闇とは無縁にはいられない。
しかし、そんな闇こそが、鬼道を強める。
こういった術者は、皆尽く闇を孕んでいるものだ。
だからこそ、オレは桃に応えねばならない。
彼女を、一端の陰陽師に仕立て上げねばならん。
愛染と枕投げをした淫売を超えた淫売と後ろ指を立たれることがないように。
それこそ、十一番隊やらにそう愚弄される事が、金輪際ないように。
右に左様な口利く女がおれば、舐めるなメスブタと鉄拳で誅し、
左に左様な口利く男がおれば、灘神影流破心掌で生命の鼓動を潰して地獄に落とし・・・
いや、そんなことくっちゃべる奴はだいたい雑魚だから尸魂界の肥やしに帰してが正しいか。
まぁ兎にも角にも桃には強くなってもらわねばならない。
故にこそ、オレはそこそこヤバい式神を充てがう事とした。
あいつならば、桃も満足いくかもしれん。
ということで、オレたちが来たのは、ある廃神社だ。
ここには、そこそこ上のランクに位置する式神がいる。
もちろん、人避けの結界が張られているので、人間が近寄ることはなく、虚も近づきたがらない。
ここの式神が、強いからだ。大虚ですらない奴らが相手になどならないほどに。
「 言っておくぞ、桃。ここにいるのは、これまでお前が倒してきた式神とは違う。 」
「 これまでと違う?悪霊やら神さまじゃないってこと? 」
「 いや、神とは一応呼べるものではある。
だが、これまでのレベルではない、ということだ。」
「 フフ、問題ないよ。それに強い方がこっちも強くなってる実感持てるし。 」
「 だといいがね・・・ほら、アレだ。 」
指さした方向を、桃はそのあどけなさの残る目で視る。
誰の手も入らなくなり、荒れ放題になった神社の賽銭箱の前に、なにかが重なったような、白い四角の物体がある。
「 あれ?ただの紙束じゃない? 」
「 まだおネムのようだな・・・おおっ。 」
オレたちの霊圧にようやく気づいたか、そいつから無数の長方形の札が、バラバラと剥がれ分裂していき、また別のカタチを作っていく。
無数の御札が張り付いた、いや、御札が人型を構成したというべき、異形の怪異。
何処かメカメカしく鋭利でスタイリッシュ、かつ無機質な白いそれは、式神とは霊的なロボットであるという、現世の人間たちの見解を思い出させた。
「 紹介しよう。こいつは
・・・勝てるか、桃? 」
「 ・・・ 」
「 無理に挑めとは言わない。生命さえ繋げればまた機会は回ってくる・・・ 」
「 やります! 」
「 なにっ。 」
「 だって、これを乗り越えれば、もっと強くなれるんでしょう?やりますよ。もう踏み躙られない為にも。 」
怯えているかに思われたその目は、あの時の夜降と同じく闘志に燃えていた。
やはりだ。平子隊長の睨んでいた通り、彼女の中にはまだ、あの男の存在がある。
彼によって愚弄され、弄ばれたことが、この向上心に繋がっているのだ。
「 陰陽道、拵思! 」
スタートも、何時もと同じだ。
本当ならば、あと三つくらい術を使った方が盤石だが、灘神影流と鬼道、そして瞬鬨に斬魄刀で戦う彼女たちには、あれだけで十分だろう。
そして禍巫剣もそんな彼女の殺気を感じて、周囲に紙をばら撒いて、自身の有利なフィールドを形成する。
あっちもやる気になったらしいな。
これはもう、オレには止められん。
戦意を燃やして敵と相対した戦士は、鋭利な刃物によく似ている。
それに手を掛けて無理に止めようとすれば、痛い目を見るのは自分だ。
ならば、こいつと戦い、それで得た物でより上を目指して貰おう。
本人が望んだように。
「 サトちゃん。 」
「 なんだっ、桃? 」
「 勝利のお呪いをお願い。 」
「 ・・・いいのか? 」
「 うん、お願い。 」
「 よし、では心して聴け。 」
彼女にいう、呪い。それは、彼女にとって、拭いようのない、悲惨な過去そのものの象徴と呼べるものだった。
「 憧れとは、理解から最も遠い感情だよ。 」
昨今稀に見なかった、尸魂界最大の罪人。
平子隊長やアニキの恩人である六車隊長らを陥れた挙句、長きに渡って尸魂界で暗躍して冬獅郎や兄貴を裏切り、信じた者たちを踏み躙り、今は無間で拘束されている男。
「 うぅ、うおぉぉおおお・・・っ! 」
そんな彼を誰よりも信頼し、
「 おおおおおお・・・っ!! 」
そして誰よりも痛めつけられた者。
「 おおおおおおおおおおお!! 」
それが今、オレの目の前で、背中を見せている女だ。
この言葉は、当時あの男が吐いた言葉。
己への信頼を他者もろとも嘲笑う、唾棄すべき悪辣そのものだ。その当時オレは尸魂界にいなかったが、後で冬獅郎に聞いた。
彼女は今、その当時を思い出している。
あの日の慟哭にもならぬ嘆き。
信じたくもなかった邪悪に直面し、彼は誰かに変なクスリでもヤラされたものだとでも思い込みたかった、
悲惨すぎる現実。
己は掌で玩弄され、愚弄され、嘲られていた、
5番隊副隊長、雛森桃に哀しき過去。
それが今、脳裏に循環し、自分はまんまと騙されていたという事実と屈辱をも想起させる。
その可憐な身に孕んだ魔物が、
目覚めるっっっっ―――――
「 ああ嗚呼あああああああ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼あああああっっっ!!! 」
日本古来には、人が変化する怪異として、角の生えた、鬼と呼ばれる存在がいる。
大江山の酒呑童子や、桃太郎の大元である吉備津彦に討伐された、温羅、インドのラクシャーサが仏教に取り入れられた、羅刹が代表的か。
女が男を想い、嫉妬や怨みのあまりに変貌する鬼もいる。
面でよく知られる、般若だ。
その血管でまるで沸騰するかの如く赤くなりそうな顔は、まさに般若が宿っているようだった。
そして、心なしか、霊圧が一段と強まっている。
凄いね、人体。
「 お前の隊長は淫売だ!
お前を裏切った後に、虚圏でセカンドパートナーっぽい奴を二人拵えてやがったそうだっ!
よりにもよって
後で殺しにいこう!
これも何処か風の噂で聞いた。破面の女性も美人揃いだと。特に十刃の三番目なんかは凄かったらしい。
「 嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ああ!!
舐めるなああ、メガネザルぅぅぅぅうううううう!!! 」
迫る桃。迎え撃とうと、周囲の紙に念じて、束ね、槍を複数個構築し、それで突き刺そうとする。
これが、こいつの呪い。霊力の籠もった紙を自在に操る、変幻自在の戦法だ。
しかし、
「 灘神影流、弾丸滑り!! 」
そんなものの対処法もきっちり教えてある。身体を逸らしてエネルギーの方向も逸らす。そうすることでダメージを最小限に抑える、飛び道具への解答だ。
そして、その勢いすらも利用した、渾身の一撃が来る。
「 灘神影流 螺子拳! 」
拳を縦に繰り出してガードをすり抜け、捻りを加えて威力を上げて顔面に当てる技。
これによって頭部に多大なダメージを与えるのが狙いであるが、相手は神霊。
その程度では倒れはしない。
が、死合い開始のGONGには、これが丁度よいのだろう。
「 行けーっ、淫売の女!! 」
一撃を加えた後、距離を取った桃に、オレは激励する。
熾烈な戦いが始まった。
この式神は―――?