プロセカの世界に転生したオタク、過去の俺がヒロインたちに重すぎるフラグを建てすぎていて平和な日常が戻ってこない件   作:雨風 時雨

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1話投稿になります
明日も同じような時間に出すと思います



第11話

 神山高校から杏にネクタイを掴まれたまま連行されること数十分。

 夕闇が完全に夜の闇へと変わり、色とりどりのグラフィティアートが描かれたシャッターや、重低音のビートが響き渡る裏路地――『Vivid Street』へと俺たちは足を踏み入れた。

 

 普段なら、ストリートミュージシャンたちの熱気と、音楽を愛する者たちの活気に満ちているはずのこの場所が、今日はどこか異様だった。

 

「……おい、なんだこの空気」

 

 俺は思わず息を呑んだ。

 

 路地裏の広場。そこには数十人のストリートの観客やミュージシャンたちが集まっていた。

 だが、誰一人として声を発していない。

 全員が、広場の中央で歌う『1人の少女』の歌声に、文字通り魂を抜かれたように釘付けになっていたのだ。

 

『――――♪』

 

 マイク1つない路上。

 そこから響き渡ってきたのは、圧倒的な声量と、空間そのものを支配するような透き通るハイトーンボイスだった。

 

 小豆沢こはね。

 ハムスターのように小さく、内気なはずの少女が、まるでステージに降臨した歌の女神のような絶対的なオーラを放ちながら、1人で歌い続けていた。

 

「こはね……っ」

 

 俺の隣で、杏がギリッと唇を噛み締めた。

 

 凄い。素人耳にも分かる。

 前世のゲーム知識で、彼女が天性の才能を持っていることは知っていた。だが、今の彼女の歌声は、俺が知っている『Vivid BAD SQUAD』の小豆沢こはねの歌ではなかった。

 

 音程も、リズムも、表現力も、すべてが完璧。

 完璧すぎるのだ。

 本来、彼女の歌は『杏の歌声に引っ張られ、互いに高め合うことで爆発する』はずのもの。

 

 だが、今ここで歌っているこはねの歌には、相棒へのリスペクトも、ストリートへの愛も存在しない。

 ただひたすらに、『たった1人の観客』に自分の価値を証明するためだけに研ぎ澄まされた、氷のように冷たく、狂気的なまでの『完璧なソロ』だった。

 

「……ハァ、ハァ……っ」

 

 1曲を歌い終え、こはねの肩が激しく上下する。

 額には大量の汗が浮かび、喉は限界を迎えているのが一目で分かった。どれだけの間、休憩も水もなしに歌い続けていたんだ。

 

「こはね! もうやめなさい! 喉が潰れるわよ!」

 

 杏がたまらず群衆を掻き分け、こはねの元へと駆け寄った。

 しかし、こはねは杏の声に一切反応しなかった。

 

 虚ろな瞳で周囲を見渡し――そして、群衆の後ろに立っている『俺』の姿を捉えた瞬間。

 パァァァッ! と。

 彼女の顔に、今日一番の、最高に愛らしい笑顔が咲いた。

 

「せん、ぱい……っ!」

 

 こはねは、手を伸ばそうとした杏の横をすり抜け、フラフラの足取りで俺の元へと駆け寄ってきた。

 そして、俺の胸にドンッと飛び込み、その小さな両腕で俺の背中をギュッと強く抱きしめた。

 

「こ、こはね……お前、こんなになるまで……」

 

「先輩……私、歌いました。先輩が言ってくれた通り、誰にも頼らないで……杏ちゃんにも寄りかからないで、私1人で……!」

 

 こはねの声は、酷使しすぎたせいでガラガラに掠れていた。

 俺は絶望で目の前が真っ暗になった。

 昨日の夜、図書室前で俺が放った『お前は俺がいなくても歌える』『1人で立て』という自立を促す言葉。

 

 それが、彼女の中でどう変換されたか。

(『先輩の言う通り、杏ちゃんを頼らずに1人で歌い切れば、先輩は私を認めてくれる』……そういうことかよ……!)

 

「どうでしたか、先輩……? 私、強いシンガーになれてましたか? 先輩に、もっと私の歌、聴いてもらえますか……?」

 

 熱に浮かされたような瞳で俺を見上げてくるこはね。

 彼女は、俺に突き放された恐怖から逃れるために、俺の『正論』を文字通り命がけで実行し、俺からの承認を稼ごうとしていたのだ。

 

「……ふざけんな」

 

 俺たちの背後から、地の底から響くような声がした。

 振り返ると、杏が、肩をワナワナと震わせながら立っていた。

 その瞳からは、ボロボロと大粒の涙が零れ落ちている。

 

「ふざけんな、ふざけんな……っ!! こはね、なんでよ! なんでアンタ、あんな悲しい歌い方するのよ!!」

 

 杏の叫びが、夜の路地裏に悲痛に響き渡った。

 

「アンタの歌は、もっと温かくて、私と一緒にワクワクしながら歌うためのものだったじゃない! それを……あんな、誰にも心を開かないで、ただこいつに褒められるためだけに歌うなんて……そんなの、私の大好きなこはねじゃない!!」

 

「……杏ちゃん」

 

 こはねは、俺の胸に顔を埋めたまま、チラリとだけ杏を見た。

 その瞳は、まるで遠くの他人を見るかのように冷え切っていた。

 

「ごめんね、杏ちゃん。私、もう杏ちゃんには寄りかからないって決めたの。……だって、私が杏ちゃんに頼っちゃうと、先輩がどこかに行っちゃうから」

 

「なっ……」

 

「先輩が私のプロデューサーだから。先輩の言う通りに歌うのが、私の全部なの。……だから、もう私の邪魔しないで」

 

 バキィッ。

 白石杏という少女の、相棒としての誇りと心が、完全にへし折られた音がした。

 杏はその場に膝から崩れ落ち、両手で顔を覆って号泣し始めた。

 

「あぁ……ああぁぁぁぁっ……!」

 その泣き声を聞いて、俺の胸に、かつてないほどの激しい『怒り』と『後悔』が湧き上がってきた。

 怒りの矛先は、こはねではない。杏でもない。

 他でもない、すべてをこんな風にバグらせてしまった『自分自身』に対してだ。

 

(逃げてちゃダメだ。俺が半端な言葉で突き放すから、こはねが自分を壊し、杏が泣くんだ。……俺が責任を取って、この過去を清算しなきゃいけないんだ!)

 ミクの言葉が蘇る。

 

『彼女たちには、本来の居場所があるはずでしょ』

 

 俺は、こはねの両肩を掴み、俺の胸から強引に引き剥がした。

 

「……え、先輩?」

 

 こはねが、不安そうに俺を見上げる。

 

「こはね。お前、勘違いしてるぞ」

 

 俺は、今までで一番冷酷で、ドスの効いた声を出した。

 

「俺は『1人で歌え』とは言った。だが、あんな……隣にいる相棒すら見えてない、ただの独りよがりな歌を歌えなんて、1言も言ってない」

 

「えっ……?」

 

「お前のさっきの歌、最悪だったよ。技術はあっても、心に全く響かない。あんな歌しか歌えないなら、俺はお前の歌なんて2度と聴きたくない」

 

 ――ヒュッ。

 こはねの喉から、息を呑む音が漏れた。

 彼女の顔から一瞬で血の気が引き、瞳孔が収縮する。

 周囲のストリートの観客たちも、「おいおい、あんな凄い歌を最悪って……」とざわめき始めた。

 

「せ、先輩……? うそ、なんで……私、先輩のために、あんなに……っ」

 

「俺のため? 笑わせるな」

 

 俺は、こはねの涙目を真っ向から睨みつけた。

 

 心が痛い。今すぐ抱きしめて「嘘だよ、よく頑張ったな」と頭を撫でてやりたい。

 だが、それをやれば、こはねは一生俺の操り人形だ。

 

「俺に言われたから歌う? 俺に褒められたいから歌う? ……そんな薄っぺらい理由でマイク握ってる奴が、伝説の夜を超えられるわけないだろ!」

 

 俺は、崩れ落ちて泣いている杏の方を指差した。

 

「あいつを見ろ。お前の相棒だろ! お前があんな空っぽな歌を歌ったから、あいつは泣いてるんだ! 自分の歌で相棒1人笑顔にできない奴が、俺の心を動かせると思うな!!」

 

 沈黙。

 こはねは、信じられないものを見るような目で俺を見つめ、そして、ゆっくりと視線を落とした。

 その先には、涙で顔を濡らし、震えている白石杏の姿があった。

 

「あ、ん、ちゃん……」

 

 こはねの瞳に、ほんの少しだけ、俺という呪縛以外の『色』が戻った瞬間だった。

 

「……私が、空っぽ……? 杏ちゃんを、泣かせてる……?」

 

 俺の放った強烈な否定の言葉。

 今度こそ、ただの「愛のムチ」としてではなく、彼女の本来の夢と、相棒への想いを刺激する劇薬として機能したはずだ。

 

「おい、杏」

 

 俺は、膝をついている杏の前にしゃがみ込み、その肩を掴んだ。

 

「泣いてる場合か。……お前の相棒、俺のせいで迷子になってるぞ。お前の歌で、あいつを連れ戻してやれよ」

 

「……ッ!」

 

 杏が、バッと顔を上げた。

 

 俺の言葉の真意に気づいたのか、彼女の瞳に、再び強い光が宿る。

 

「……そうよ。誰に許可取って、私の相棒気取ってんのよ、アンタ」

 

 杏は乱暴に涙を拭うと、立ち上がり、フラフラと立ち尽くしているこはねの元へと歩み寄った。

 

「こはね!」

 

「……っ、杏、ちゃ……」

 

「アンタの歌は、あんなもんじゃないでしょ!! 私と、一緒に歌うんでしょ!! あんな男なんかに、私たちの歌を評価されてたまるか!!」

 

 杏は、こはねの手をガシィッと力強く握りしめた。

 

「歌うよ、こはね! あいつが『2度と聴きたくない』なんて言えないくらい、最高の歌を、2人で叩きつけてやるんだから!!」

 

「……!」

 

 こはねの大きな瞳から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。

 俺という絶対的な拠り所から突き放され、宙に浮いていた彼女の心を、杏の熱い炎がしっかりとキャッチしたのだ。

 

「……うんっ。私、歌う……! 杏ちゃんと一緒に、先輩を見返してやる……っ!!」

 

 それは、間違いなく。

 彼女が『俺の承認』ではなく、『杏との絆』を取り戻した瞬間だった。

 

(……よしっ!!)

 俺は内心でガッツポーズをした。

 最悪の地雷原であるビビバス編。俺は自らヒールを買って出ることで、こはねの依存のベクトルを、見事に杏へと誘導することに成功したのだ。

 

 二人の歌姫が、路地裏で向かい合う。

 そして、ビートが鳴り響き――二人の、重なり合う最高のハーモニーが、Vivid Streetの夜空に響き渡った。

 先ほどの空っぽな歌とは違う。互いを高め合い、ぶつかり合う、Vivid BAD SQUADの本当の歌だ。

 

 俺は、壁際にもたれかかりながら、その光景を誇らしく見つめていた。

 ……やっと、1つ。

 1つのフラグを、正しい形に回収できた。これで、こはねの俺への異常な依存は消え、杏からの殺意も収まるはずだ。

 

 そう。

 俺は、この瞬間まで完全に油断していたのだ。

 ――曲が終わり、割れんばかりの歓声が響き渡る中。

 息を切らしたこはねと杏が、2人揃って、真っ直ぐに俺の元へと歩み寄ってきた。

 

「……どう? 私たちの歌。アンタに『最悪』なんて、2度と言わせないから」

 

 杏が、勝ち誇ったような、それでいてどこか熱を帯びた瞳で俺を見下ろす。

 

「ああ、最高だったよ。お前ら、やっぱり最高の相棒だな」

 

 俺が素直に称賛を送ると、こはねが、頬を真っ赤に染めながら1歩前へ出た。

 

「先輩……! 私、分かりました……!」

 

「おう、分かってくれたか。俺じゃなくて、杏と一緒に――」

 

「はい! 先輩が私を突き放したのは、私と杏ちゃんを『2人セット』でプロデュースするためだったんですね!!」

 

 …………はい?

 

「……えっ?」

 

「気づくの遅くてごめんなさい! 先輩は、私1人の飼い主じゃなくて、私と杏ちゃん、ビビバス全員の『本当の居場所』になってくれるつもりだったんだって……!」

 

「はあああああ!?」

 

 待て。待て待て待て。

 こはねの瞳が、先ほどのソロの時よりも、さらにキラキラと、強烈な依存の星を散りばめて輝いている。

 

「ちょっとこはね! アンタ何言って――」

 

「杏ちゃんも、分かったよね? 先輩は、わざと悪者を演じて、私たちの絆を強くしてくれたんだよ。こんなに私たちのことを一番に考えてくれてる人、他にいないよ!」

 

「……え?」

 

 杏の瞳が、大きく揺らいだ。

 先ほどまでの殺意が嘘のように消え去り。

 代わりに、強面のヤンキーが雨の日に捨て猫を拾うのを見てしまった時のような、強烈な『ギャップ萌え』のエフェクトが、杏の背後に見えた気がした。

 

「わ、違う、杏! 俺はただの本心で――!」

 

「……バカ。あんたって、本当に不器用なバカね」

 

 杏は、顔を真っ赤にして、バシッと俺の肩を叩いた。

 

「こはねの言う通りかもね。……あんたになら、私たちのプロデューサー……任せてあげてもいいわよ。その代わり、これからもずっと……私たち『2人』のこと、一番近くで見てなさいよ?」

 

 終わった。

 なんということだ。

 こはねの依存を杏に分散させた結果。

 俺の『自己犠牲のヒールムーブ』が、白石杏という女の特大のツボを完璧に刺激してしまったのだ。

 

「先輩! これからもよろしくお願いしますっ! 私たち、先輩のためにもっともっと最高の歌を歌いますから!」

 

「……覚悟しなさいよ。私を本気にさせたんだから、よそ見なんて絶対に許さないからね」

 

 こはねと杏。

 二人の歌姫が、左右から俺の腕にピッタリと抱き着いてくる。

 依存の脱却に成功したと思っていた結果。

 『小豆沢こはね(単体)』という地雷を解除した代わりに、『ビビバス(ユニット共依存)』という、さらに巨大で逃げ場のない核弾頭を抱え込むことになってしまったのだった。

 

「……ミク。俺、もう生きていける自信がないよ……」

 

 Vivid Street whitewashの歓声の中で、俺の絶望の慟哭は、またしても華麗にスルーされるのだった。




お気に入り登録 評価 そしてここまで継続して読んでいただけてる皆様方 本当にありがとうございます。
まだまだ続きますのでこのまま、止まるんじゃねーぞ!!!おれ!
以上 セルフトークでした!
※セルフトークは消す可能性大
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