プロセカの世界に転生したオタク、過去の俺がヒロインたちに重すぎるフラグを建てすぎていて平和な日常が戻ってこない件   作:雨風 時雨

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第14話

「痛い! 痛いから! 絵名、まふゆ! 俺の右腕と左腕がちぎれるゥゥゥ!!」

 

 3日目の朝、俺のアパートの前。

 東雲絵名と朝比奈まふゆが、俺の両腕を左右からガシィッとホールドし、綱引きの要領で本気の引っ張り合いを繰り広げていた。

 

「離しなさいよ雪! こいつは私の描いた絵を『世界一だ』って言ってくれたのよ! 私の絵の価値はこいつにしか分からないんだから!」

 

「……それは絵名が一人で描けばいいこと。彼は、私と一緒にいないとダメなの。彼がいないと、私、また自分が消えちゃうから……。離すのはそっち」

 

 二人の瞳は完全にガンギマリだった。

 才能のなさに苦しむ絵名の『承認欲求』と、自分を持たないまふゆの『存在証明』。

 

 互いの地雷(エゴ)が真っ向からぶつかり合い、その摩擦熱で俺の腕の関節が悲鳴を上げている。

 さらに、絵名のスマホからは、宵崎奏の弱々しい、だが異常な執着を帯びた声が漏れ続けていた。

 

『……ダメ。彼が一番必要なのは、私の曲なの。彼が私の曲を待ってるから……二人とも、彼から離れて……』

 

「奏! あんたは引きこもって曲作ってなさいよ! こいつの目は私だけのものなの!」

 

「奏の曲は、彼がいなくても完成するでしょ。……でも私は、彼がいないと何も見えないの」

 

 完全に終わっている。

 『25時、ナイトコードで。』という、互いを救済し合うための優しいサークルは、俺という一人の男を巡る骨肉の争いによって、完全に内部崩壊の危機に瀕していた。

 

(……このままじゃ、俺が八つ裂きにされるか、近所の人に通報されて社会的に抹殺されるかの2択だ! 誰か……誰か助けてくれ!!)

 

 俺が天を仰ぎ、心の中で(ミク)に祈った、その時だった。

 

「――朝っぱらから、他人の家の前で何騒いでんだよ、絵名」

 

 低く、ドスの効いた不機嫌な声。

 俺のアパートに続く道から、オレンジ色のメッシュを入れた鋭い目つきの男子生徒が、苛立ちを隠せない足取りで歩いてきた。

 

 神山高校の制服に、スポーツバッグ。

 東雲絵名の弟であり、『Vivid BAD SQUAD』のメンバーにして、昨日俺を「こはねのプロデューサーになれ」と脅してきた張本人。

 東雲彰人だ。

 

「あ、彰人……!」

 

「あん? なんだお前……って、おい」

 

 朝練のランニングついでに俺の動向を監視しに来たであろう彰人は、姉である絵名と、他校の美少女(まふゆ)が、俺の両腕を引っ張り合っている異様な光景を見て、眉間に深いシワを寄せた。

 

「お前、なんで姉貴とそんな泥沼の朝ドラみてえな状況になってんだ。……ていうか絵名、お前なんで俺より早く起きて、制服着てこいつの家の前にいんだよ。昼夜逆転してんじゃねえのか」

 

「うるさいわね彰人! あんたには関係ないでしょ! 私は彼と一緒に登校するの! だからそこの女、早く彼を離しなさいよ!」

 

「……離さない。彼は私のもの」

 

 まふゆは、彰人の登場にも一切動じることなく、淡い紫色の髪を揺らしながら、虚ろな瞳で俺の腕を強く抱きしめた。

 柔らかい感触が腕に伝わってくるが、今の俺にはそれがアイアンメイデンの棘にしか感じられない。

 

「……おいおい、ちょっと待てよ」

 

 彰人の顔から、朝の気怠さがスゥッと消え去り、代わりに『狂犬』のスイッチが入る音がした。

 彼は大股で俺たちに近づき、俺の胸ぐらを――絵名とまふゆの隙間を縫って――ガシィッと掴み上げた。

 

「お前、昨日うちのユニットを掻き回して、こはねと杏を『二人セットでプロデュースする』って宣言したばっかりだよな?」

 

「ち、ちが……俺はそんなこと一言も……!」

 

「こはねが泣きながら喜んでたんだよ! 『先輩が私たちの本当の居場所になってくれる』ってな! 杏のやつもなんか顔赤くして気合入ってたし……! なのに、朝から別の女二人(しかも一人は姉貴)とよろしくやってるとはどういう神経してんだテメェ!!」

 

「俺だって好きでこんなことやってるわけじゃないぃぃぃ!!」

 

 彰人の怒声が響く。

 ビビバスの夢のために、こはねの精神安定剤として俺を『管理』しようとしている彰人にとって、俺が他の女にうつつを抜かすことは、ユニットの崩壊を招く最大の裏切り行為なのだ。

 

「彰人、離しなさい! こいつは私の絵の絶対的な肯定者なの! あんたみたいなストリートのガキのユニットになんか、こいつは渡さないわよ!」

 

 絵名が、弟に向かって牙を剥いた。

 

「はあ!? 姉貴の絵の肯定者!? 寝言は寝て言え! こいつはうちの小豆沢こはねと白石杏の才能を引き出すための、必要不可欠な『プロデューサー』なんだよ! 部外者は引っ込んでろ!!」

 

「ぶ、部外者ぁ!? こいつが私の絵を『世界一だ』って言ったんだから、こいつの目は私だけのものよ!!」

 

 姉弟喧嘩、勃発。

 承認欲求の塊()vs 夢への狂信者()

 俺という存在の『使用用途(所有権)』を巡り、東雲姉弟がかつてないほどの激しい口論を始めた。

 

「……うるさい。彼は、私のもの」

 

 そこに、一切空気を読まないまふゆが、俺の腕をさらに強く引く。

 

「おい、そこの紫の髪のあんた。宮女のお嬢様か知らねえが、こいつにちょっかい出すんじゃねえ。……こはねが機嫌損ねて歌えなくなったら、お前らどう責任取るつもりだ」

 

「あなたのユニットの歌なんて知らない。彼がいなくなったら、私が消えちゃう。……だから、邪魔をするなら、あなたでも許さない」

 

 彰人の殺気と、まふゆの虚無。

 互いに一歩も譲らない。

 

(……やばい。このままじゃ本当に殺し合いが始まる……!)

 

 俺は絶望に包まれながらも、ふと、ある事実に気がついた。

 絵名、彰人、まふゆ。

 三人が三つ巴になって互いを威嚇し合い、俺を巡る所有権の主張に夢中になっている。

 

 ……ということは。

 

(今、俺への注意が、一瞬だけ……緩んでる!!)

 

 俺は、全神経を右腕と左腕に集中させた。

 そして、三人が「こいつは私の!」「うちのユニットのだ!」「彼を返して!」と怒鳴り合っているその一瞬の隙を突き――。

 

「――ごめん!! 俺、学校遅刻するから!!!!」

 

 バサァッ!!

 

 俺は、着ていた神山高校のブレザーを文字通り『脱ぎ捨てる』という荒業に出た。

 俺の腕をホールドしていた絵名とまふゆ、そして胸ぐらを掴んでいた彰人の手には、もぬけの殻となったブレザーだけが残された。

 

「えっ!?」

 

「なっ!?」

 

「……あ」

 

 三人が呆気にとられた瞬間、俺はワイシャツ一丁の姿で、ウサイン・ボルトもかくやという猛ダッシュでアパートの敷地から飛び出した。

 

「待ちなさいよ!!」

 

「おい逃げんなコラァ!!」

 

「……逃がさない」

 

 背後から、東雲姉弟とまふゆの恐ろしい追撃の声が聞こえる。

 だが、俺は振り向かない。ひたすらに、ただひたすらに前を見て、朝の住宅街を全力疾走した。

 

「ハァッ、ハァッ……! 助かった、なんとか抜け出せた……!」

 

 肺が破けそうになりながらも、俺は神山高校の校門が見える交差点まで辿り着いた。

 腕時計を見ると、時刻は7時半。

 

 まだホームルームには十分間に合う。

 このまま教室に逃げ込み、息を潜めていれば、とりあえず朝の修羅場はリセットできるはずだ。

 

 俺は安堵の息を吐きながら、校門を抜け、下駄箱へと足を踏み入れた。

 

 ――だが。

 運命という名のデスゲームは、俺に『安息の地』など絶対に与えてはくれない。

 

「――あ。やっと来た」

 

 下駄箱の影。

 薄暗い昇降口に、一人の少女が立っていた。

 

 フリルのついた神山高校の制服。ピンク色のふんわりとした髪。

 昨日の昼休み、屋上で俺に『秘密の共犯関係』という名の首輪をかけ、みのりの弁当を食い散らかした小悪魔。

 暁山瑞希だ。

 

「み、瑞希……!?」

 

「やっほー、共犯者くん。……ずいぶん急いできたみたいだけど、どうしたの? ブレザーも着てないし」

 

 瑞希は、ふんわりと笑いながら俺に近づいてきた。

 その笑顔は可愛らしいが、瞳の奥底には、昨日と同じ泥濘のような重い感情が渦巻いているのが分かった。

 

「いや、ちょっと……朝から犬(狂犬と承認欲求の塊)に追いかけられてて……」

 

「ふーん? まあいいや。そんなことよりさ」

 

 瑞希は、俺の胸元にスッと顔を寄せ、俺のワイシャツの襟元を指先でクイッと引っ張った。

 

「キミ、昨日ボクと約束したよね? ボク以外の女の子に優しくするのはルール違反だって」

 

「あ、ああ。約束、したよな……」

 

「じゃあさ。……なんでキミのワイシャツから、絵名とまふゆの匂いがするの?」

 

 ――――ッ!!!

 

 俺の心臓が、完全に凍りついた。

 咲希の嗅覚もヤバかったが、ニーゴのメンバーである瑞希が、仲間である二人の匂いを嗅ぎ間違えるはずがない。

 

 先ほどまで、絵名とまふゆに左右から密着されていた痕跡。

 それが、ブレザーを脱ぎ捨てたワイシャツに、くっきりと残ってしまっていたのだ。

 

「あ、いや! これはその、さっき偶然会って、ちょっと揉みくちゃにされて――」

 

「偶然? ふふっ、言い訳はいいよ」

 

 瑞希の笑顔が、スゥッと消えた。

 昨日見せたのと同じ、虚無と独占欲が入り混じった、ヤンデレ特有の黒い瞳。

 

「ボクの『秘密』を全部受け入れてくれたキミが、どうして他の子の匂いをつけてくるのかなぁ。……ボクがどれだけキミを特別に思ってるか、分かってないみたいだね」

 

 瑞希の冷たい指先が、俺の喉元をスッと撫で上げる。

 全身の産毛が総毛立ち、呼吸が止まった。

 

「キミは、ボクだけの共犯者なんだよ。……それを忘れさせないように、今日一日、キミにはボクの傍から一歩も離れないでもらおうかな」

 

 瑞希の宣言。

 それは、神山高校内部における、完璧な『監視(拘束)体制』の始まりだった。

 

 背後からは、いつ追いついてくるか分からない東雲姉弟とまふゆの足音。

 目の前には、俺のすべてを掌握しようとする瑞希の呪縛。

 

 3日目

 俺の平穏な日常を取り戻すためのバッドエンド回避RTAは、学校に辿り着いた瞬間に、最悪のバッドステータス『完全拘束』を付与されてしまったのだった。

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