プロセカの世界に転生したオタク、過去の俺がヒロインたちに重すぎるフラグを建てすぎていて平和な日常が戻ってこない件 作:雨風 時雨
神山高校、午前中の授業がすべて終了する5分前。
黒板に数式を書き連ねる教師の声を子守唄代わりにしながら、俺は意識の底へと深く深く潜り、現実逃避の聖地である『セカイ』のカフェテーブルに突っ伏していた。
「……なぁ、ミク」
「何よ、今日死刑が執行される囚人みたいな顔して」
ミクは、俺の頭上から心底呆れたような声を降らせた。
隣では鏡音リンが、「ねえ見てミク! 今日の神山高校の教室の人口密度、控えめに言ってスライムの巣窟みたいでウケるね!」と腹を抱えて笑い転げている。
「俺さ、ずっと疑問だったんだよ」
俺はテーブルに額を擦り付けたまま、魂の底から血を吐くような声で絞り出した。
「俺がおとといの放課後、『前世の記憶』を取り戻して、この地獄のバッドエンド回避RTAが始まったわけだろ? ……でも、俺がこいつらを依存させた致命的な地雷をバラ撒いたのって、何ヶ月、数年単位も前の話だよな?」
「ええ、そうね」
「だったら……なんでおとといまで、俺は刺されもせず、軟禁もされず、あんな平和な日常を過ごせてたんだ!? こはねも咲希も絵名も、なんで今まで暴走しなかったんだよ!!」
俺の悲痛な叫びに、ミクとリンはピタリと動きを止め――次の瞬間、これ以上ないほど腹を抱えて大爆笑し始めた。
「あははははっ! やっと気づいたの!? ウケる!!」
「ふふっ……あなたね、本当に
ミクは笑い涙を拭いながら、ティーカップをコトリと置いた。
その瞳に浮かぶのは、哀れみと、神様特有の残酷な愉悦だ。
「いい? 記憶を取り戻す前の『無自覚だったあなた』はね、それはもう完璧なバランサーだったのよ」
「……バランサー?」
「そう。あなたは息を吐くように全ユニットのヒロインたちの孤独に寄り添い、絶対に偏ることのない完璧なスケジュール管理と絶妙な距離感で、
俺は息を呑んだ。
なんだそれは。無自覚な俺、どれだけ恐ろしいジゴロスキルを発揮してたんだ!? 天才か何かか!?
「彼女たちの中には『彼は私のことを一番分かってくれている』という絶対的な安心感があった。あなたがいつも一定の優しさで傍にいてくれたから、他の女の子を牽制して自分の手元に縛り付ける必要すらなかったの」
だが、と。
ミクの瞳が、スゥッと冷たい光を帯びた。
「おととい、あなたが『前世の記憶』を取り戻して、彼女たちから
「えっ……」
「絶対の安心だったはずのあなたが、突然よそよそしくなった。自立させようと冷たい言葉を投げかけてきた。彼女たちからすれば、『私の大好きな彼が変わってしまった! 私の手から離れていこうとしている!』という、身を切られるような強烈な飢餓感と焦燥感に襲われたのよ」
ミクは残酷な宣告を続ける。
「その結果が、今のこの全ユニット
――ッ!!
俺は、その場に力なく崩れ落ちた。
そういうことか。
俺がおとといから必死にやっていた「自立させるための正論」や「物理的に距離を置く」という行動そのものが。
彼女たちを焦らせ、眠っていた狂気と独占欲を叩き起こす『最悪の起爆スイッチ』だったというのか!
「な、なんだよそれ……! じゃあ俺は、どうすればよかったんだよ!?」
「さあね。でも、もう手遅れよ。あなたが蒔いた種が、今、神山高校で一斉に大輪の花を咲かせようとしているんだから」
ミクが、楽しそうに指を鳴らす。
世界が反転し、チャイムの音が現実の教室に響き渡った。
キーンコーンカーンコーン。
「――はい、じゃあ午前中の授業はここまで。日直、号令」
教師の気の抜けた声と共に、昼休みの喧騒が始まる。
だが、俺には1秒の猶予もなかった。
「ちょっとアンタ! 約束通り、こはねのところへ――」
「逃がさないよ、共犯者くん。ボクと一緒にお昼――」
「どこに行くつもりなの! 私の特等席でショーのお話――」
「わんだほーい! 今日のお昼はえむと一緒にパン食べるよぉっっ!!」
教室のドアから猛然と突入してきた白石杏。隣の席から俺の右腕を絡め取ろうとした暁山瑞希。廊下から静かにプレッシャーをかける草薙寧々。そして窓から再び侵入しようとするピンク色の爆弾、鳳えむ。
だが、ミクの種明かしを聞いて極限まで高まった俺の
「――ごめん!! トイレ!!!」
4人の美少女たちの手が俺の制服に届くコンマ1秒前。俺は窓際の席から文字通り『跳躍』し、机を蹴り台にして教室の後ろのドアから廊下へと弾き出た。
「待ちなさいよ!!」
「あははっ、鬼ごっこ? いいよ、捕まえたらたっぷりお仕置きしてあげる!」
背後から迫る、狂犬、小悪魔、ヤンデレ役者、そしてバケモノ筋力の足音。
俺は全速力で階段を駆け上がり、神山高校の最上階、屋上への重い鉄扉を力任せに押し開けた。
ギィィィッ!!
まぶしい太陽の光。吹き抜ける秋風。
ここなら、四方を壁に囲まれた孤立空間だ。給水塔の裏に隠れて急いでお弁当を平らげ、事なきを得るしかない。
「ハァッ、ハァッ……! 頼む、誰もいないでくれ……!」
俺が祈るように屋上へ足を踏み入れた、その瞬間。
「――あ! やーっと来たぁっ!!」
パァァァッ! と。
屋上の中央。コンクリートの床に敷かれた華やかなピクニックシートの上に、宮益坂女子学園の制服を着た2人の少女が、まるでグラビア撮影のように優雅に座っていた。
花里みのりと、桐谷遥だ。
「み、みのり!? 遥!?」
俺は目ん玉を剥いた。
いやいやいや、ちょっと待て。いくらなんでもおかしいだろ!
「お前ら、宮女の生徒だろ!? なんで平日の昼休みに、他校の屋上で堂々とピクニックしてんだよ!! うちの学校のセキュリティとコンプライアンスどうなってんだ!!」
「ふふっ。あなたのすべてをスケジュール管理している私が、そんなこと計算していないとでも思ったのかしら?」
遥が、美しい青髪を秋風に揺らしながら、氷のように冷たく、しかし絶対の自信に満ちた微笑みを浮かべた。
「生徒会には『MORE MORE JUMP!のアイドル活動の一環として、神山高校の生徒のリアルな昼休み風景を見学したい』と事前に申し入れをして正式に許可をもらったわ」
遥は事もなげに言い放つ。
「もちろん、校門からここまでは帽子と伊達メガネの完璧な変装で突破したから、誰にも怪しまれていないわよ」
「それ絶対に職権濫用とご都合主義の塊だろ!! そもそもお前ら、自分の学校の午前中の授業どうしたんだよ!!」
「あなたのためなら、午前中の授業なんてお休みしても平気だよ! だって、あなたは私のたった一人の大切な専属ファンだもん!」
みのりが、一切の疑念を持たない無邪気な狂信の瞳で、俺を手招きする。
彼女の傍らには、昨日よりもさらに巨大化(重量増)した、豪華な三段重の『手作り弁当』が鎮座していた。
アイドルという
「さあ、冷めないうちに一緒に食べま――」
「――見ぃぃぃつけたわよ、この逃亡者ァ!!」
バンッ! と背後の鉄扉が蹴り開けられ、息を切らした杏と、余裕の笑みを浮かべた瑞希、そして顔を真っ赤にして怒る寧々と、元気いっぱいのえむが屋上へと雪崩れ込んできた。
「ハァッ、ハァッ……! あんた、さっさとこはねの……って、は?」
杏が、屋上の真ん中で豪華なピクニックを広げているモモジャンの2人を見て、言葉を失う。
遥もまた、神山高校のヒロインたちがゾロゾロと屋上に湧いてきたのを見て、不快そうにスッと眉をひそめた。
「……またあなたね、白石杏。それに、神山高校の生徒たち。……彼の大切な食事の時間を、土足で邪魔しないでくれるかしら」
「邪魔!? こいつは私たちビビバスのプロデューサーなの! アンタたちみたいなアイドル崩れのご機嫌取りをしてる暇なんてないのよ! ていうか他校のくせに何くつろいでんのよ!」
杏が噛み付く。遥の瞳が、絶対零度に冷え込んだ。
「アイドル崩れ? ……随分と野蛮な口を利くのね。彼を自由に野放しにしておいたから、あなたみたいな無礼な羽虫が寄り付いてしまったのね。……やっぱり、今日から彼のスマホは私が没収して、交友関係を完全にフィルタリングする必要があるわね」
「没収!? ふざけんじゃないわよ! こいつはこはねの……!」
「ちょっと待ってよ! この人は私たちワンダショのすっごく大切なお客さまで、えむの神様なんだからぁ!! 勝手にスマホ取らないでぇ!」
えむが抗議の声を上げる。
「……神様なんて、そんな浅い関係じゃない。あなたには、私のショーの特等席で一生私だけを見る義務があるの」
寧々が、地を這うような低音で俺を威圧してくる。
「――ねえねえ、キミたち」
バチバチと火花を散らす4つの陣営の真ん中に、瑞希がフワリと割り込んだ。
瑞希は、小悪魔のような笑みを浮かべながら、俺の背中に再びピタリと張り付いた。そして、俺の首筋にスッと冷たい指を這わせる。
「プロデューサーだの、お客さまだの、専属ファンだのって騒いでるけどさぁ。……そんなの、彼の本当の心には届いてないと思うよ?」
「……どういう意味よ」
杏が睨みつける。
「彼はね、ボクの『誰にも言えない秘密』を全部受け入れてくれた、ボクだけの共犯者なの。……キミたちみたいな、夢だの歌だの笑顔だのっていう『表の明るい顔』じゃなくて、ボクの一番暗くて汚いところを愛してくれたんだよ」
瑞希はさらに言葉を重ねる。
「だから、彼はボクのもの。キミたちが口出しする権利なんて、1ミリもないんじゃない?」
瑞希の最悪のマウント宣言。
それは、杏の相棒としてのプライドと、寧々の役者としての執着、そして遥のプロデューサーとしての絶対的支配欲を、同時に真っ向から否定する特大の燃料投下だった。
「……なんですって?」
「……へえ、言うじゃない」
「えむの神様は、えむといっしょにいる時が一番暗くないもん!!」
屋上の空気が、物理的に重力を持って押し潰してくるように重くなった。
ビビバスの狂犬(杏)。
モモジャンの完璧なる管理者(遥)。
ワンダショの執着姫(寧々)と狂戦士(えむ)。
ニーゴのヤンデレ共犯者(瑞希)。
さらに、俺の腕を引こうとする純真無垢な狂信者(みのり)。
俺を中心にして、6人の少女が完全に包囲網を形成している。
(……詰んだ。今度こそ、俺の人生はここで完全に終わる……!)
誰か一人を選べば、残りの派閥の手によって八つ裂きにされる。
もし誰からも逃れようとすれば、モモジャンの
逃げ場ゼロの
――ギィィィッ。
屋上の鉄扉が、再び、ひどくゆっくりとした嫌な音を立てて開いた。
「…………あれ?」
そこからひょっこりと顔を出したのは。
太陽のような金髪にピンクのメッシュを入れた、俺の幼なじみ。
天馬咲希。
彼女は、両手に『
(お前もかよ! 兄貴に弁当届ける名目なら、そりゃ他校の生徒でも堂々と神山高校に入れるだろうけどさぁ!!)
俺は心の中で激しくツッコミを入れたが、声には出せなかった。
なぜなら、咲希の視線の先には。
俺の背中に張り付いている瑞希。
俺の腕を引っ張ろうとしている杏と寧々とえむ。
俺のために豪華な弁当を広げている遥とみのり。
ついおとといの夜。『私以外の女の子のものは口にしない』『私が一番の特等席だよね』と約束し、あの異常なまでの圧力で愛を誓わせたはずの俺が。
この3日目の昼休みの屋上で、6人の他校&他クラスの美少女たちに囲まれ、壮絶なハーレム(※本人は拷問でしかない)を形成しているという、この地獄のような裏切りの光景。
「あ、咲希……ち、違うんだ、これは……!」
俺の必死の弁明は、最後まで空気を揺らすことはなかった。
ポトッ、と。
咲希の手から、あんなに大切に抱えていたサンドイッチの包みが、無残に地面に滑り落ちた。
中身が崩れる音。
そして。
「――――あははっ」
咲希が、笑った。
それは、ヒマワリのように明るい彼女が絶対に浮かべてはいけない、瞳の奥に一切の光がない、漆黒に塗り潰された絶望と狂気の笑顔だった。
「そっか。……キミは、私を裏切るんだね」
ゴゴゴゴゴゴ……!!
屋上の空気が、ついに臨界点を突破した音がした。
全ユニットの激重ヒロインたちが、一つの屋上に完全集結。
俺の命と男としての尊厳を懸けた、
実はあともう数話で最終回です