プロセカの世界に転生したオタク、過去の俺がヒロインたちに重すぎるフラグを建てすぎていて平和な日常が戻ってこない件   作:雨風 時雨

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ヒロインの数12人と書いてましたが正確には16人のため修正させていただきました



第18話

 深い、深い泥の底に沈んでいくような感覚だった。

 

 まぶたの裏に広がる真っ暗な視界の中、遠くの方で聞き慣れた電子音が微かに鳴っている。

 

『……あーあ。見事に全ヒロインの好感度を限界突破させた挙句、完全にオーバーヒートしてシャットダウンしちゃったよ、この子』

 

『自分のキャパシティを考えずに、無自覚なタラシ発言を全方位にばら撒いたんだから、自業自得よね。……このままここで永眠する? そうすれば、あの子たちの重すぎる愛情から永遠に逃げられるわよ?』

 

 ミク。それに、リンの声だ。

 

 ここは『セカイ』。俺の意識が現実の処理に耐えきれず、自己防衛機能として魂だけを一時的に避難させた絶対安全領域。

 

(……うるさい。俺はまだ死なない……死んでたまるか……)

 

 屋上での頂上決戦。

 俺が放った起死回生の『拒絶と正論』は、彼女たちの持つ「絶対信頼フィルター」を見事に通過し、全ユニットのヒロインたちの愛情――もとい執着を狂気的なレベルまで引き上げてしまった。

 

 結果、俺の脳は許容量を突破し、ブラックアウトしたのだ。

 

 だが、アニメや漫画のお約束なら、ここでヒロインたちが自己嫌悪に陥り、「私たちが彼を追い詰めすぎた……もう困らせるのはやめよう」と身を引いてくれるはずだ。

 

 一縷の希望を胸に、俺は重い身体を引き上げ、現実への扉をこじ開けた。

 

 ――スゥ、と。

 

 鼻腔を、強烈な消毒液の匂いが突いた。

 そしてそれ以上に、甘いフローラルなシャンプーの匂いや、柑橘系の香水、綿菓子のようにお菓子めいた匂いが、空気が薄くなるほどの密度で充満している。

 

「ん……ぁ……」

 

 ゆっくりと、まぶたを開く。

 真っ白な天井。微かに風に揺れて擦れる、白いカーテンの音。蛍光灯の明かり。

 

(ここは……、保健室か?)

 

 俺は屋上で倒れ、ここまで運ばれてきたらしい。

 ホッと安堵の息を吐き、身体を起こそうとした。

 

 ……起き上がれない。

 いや、正確には『身体中に重りが乗っていて身動き』が取れないのだ。

 

「え……?」

 

 視線を下に向けた俺の心臓は、恐怖で完全に氷結した。

 

「……あ。……先輩、気がつきましたか……?」

 

 俺の右腕。そこを抱き枕のようにして、小柄な少女が、泣き腫らした目で俺を見つめながらガシィッとホールドしていた。

 

 肩まで伸びた明るい茶色の髪。宮益坂女子学園の制服。

 

「こ、こはね……!?」

 

「よかったぁぁっ……! キミがもう目ぇ覚ましてくれなかったら、どうしようかと……っ」

 

 左腕には、太陽のような金髪の少女――天馬咲希が、大粒の涙をこぼしながら俺の袖を握りしめている。

 

 そして俺の足首を、ミントグリーンの髪の少女――草薙寧々が、誰にも渡さないとばかりに固くホールドしていた。

 

 さらに俺の胴体の上には、ピンク色の髪をした鳳えむが「えむの神様ぁぁぁっ!」 と顔を押し付けながら号泣して馬乗りになっている。

 

「……起きたみたいね。まったく、どれだけ心配をかければ気が済むのかしら」

 

 極めつけは、枕元。

 俺の頭を膝の上に乗せ――つまり、完璧な『膝枕』の状態で、氷のような、しかし熱を帯びた瞳で俺を見下ろしている桐谷遥の顔がそこにあった。

 

 その横で花里みのりが「起きたぁぁ! よかったぁ!」 と叫んでいる。

 

「…………」

 

 右にビビバス、左にレオニ、足元にワンダショ、頭上にモモジャン。

 四方八方を美少女に包囲された、文字通りの『ベッドの上の磔刑(たっけい)』。

 

 気絶から目覚めた瞬間に与えられたのは、安息などではなく、屋上のアルマゲドンを保健室のベッドにそのまま移植した、究極の絶望だった。

 

「お前ら……なんで、ここに……」

 

「授業なんて関係ないわ!」

 

 ベッドの脇から星柄のジャケットを翻し、白石杏が身を乗り出してきた。

 

「屋上で突然アンタが倒れて、みんなどこにいても駆けつけるに決まってるじゃない! このバカプロデューサー!」

 

「キミ……ごめんね……っ、私たちが、無理させたせいで……」

 

 俺の左腕を抱いている咲希が、震える声で謝罪した。

 

「屋上で倒れちゃうから……私、心臓が止まるかと思った。……また、私だけ置いて、どこか遠くにいなくなっちゃうのかって……!」

 

 咲希のトラウマである「病室での孤独」が刺激されてしまったのだ。彼女の手の震えは本物だった。

 

「ごめん、咲希。俺は平気だから。ただの立ちくらみで……」

 

「そうよ。アンタたち幼なじみが、おとといこいつを複数人でお風呂に入れたりして、無駄な体力を使わせたせいよ!!」

 

 杏が、咲希を指差して激しく吠えた。

 

「こいつの身体は私たちの大切な音楽のための資本なの! それをセクハラまがいの行為でボロボロにするなんて、言語道断だわ!」

 

「はああ!? 杏ちゃんこそ何言ってるの! お風呂で身体をピカピカにお洗濯するのは愛情表現の基本でしょ! そもそもキミが倒れたのは、最近みんながキミのことを振り回してストレス溜めさせたからでしょ!」

 

「あなたたちが勝手に彼を『共有財産』だのと言って縛り付けるから、こんな事態になったのよ」

 

 俺の頭を膝枕したまま、遥が絶対零度の視線を咲希と杏に向けて放つ。

 

「彼に確固たる『管理者』がいなかったから、あなたたちのような有象無象が群がり、過労を引き起こしたの。だから、今日から私が彼の生活を分単位で管理するわ」

 

「違うもん!!」

 

 俺の上に乗っているえむが、ジタバタと暴れた。肋骨が軋むような圧迫感に息が詰まる。

 

「この人はえむと一緒にずっと笑顔でいなきゃいけないんだから! スケジュールなんて窮屈なことさせないでよぉ!」

 

「……えむの言う通り。あなたのその堅苦しい管理は、彼のためにならない。私の隣(特等席)で、私の歌だけを聴いていれば……彼は、壊れたりしない」

 

 寧々が、俺の足首を掴む手に力を込めながら低く唸った。

 

「……違います」

 

 その口論を、こはねの静かな、だがゾッとするほど暗く冷たい声が切り裂いた。

 こはねは、俺の右腕を絶対に離さないまま、周囲のヒロインたちを真っ向から睨みつけた。

 

「私が委員会で待ってる間に……あなたたちが先輩に群がって、無理やりいろんなものを押し付けたから、先輩はストレスで倒れちゃったんです。……すべては、私のプロデュース(管理)が足りなかったからです」

 

「こ、こはね? 俺はお前らを突き放そうとして勝手にキャパオーバーに――」

 

「これからは、私と杏ちゃんが先輩の健康をすべて管理します。先輩はただ、ベッドの上で私たちの歌だけを聴いて、私たちだけを見ていればいいんです。……もう、あんな野蛮な人たちには近づかせません」

 

 ゾワァッ、と全身の産毛が逆立つ。

 内気な小動物が、完全な『保護者(監禁者)』の顔になっていた。

 

 俺が倒れた原因を「他の女たちのせい」と解釈し、俺を守るための唯一の手段が「私だけが先輩を隔離して世話をする」という極論に至ってしまったのだ。

 

「言いがかりはやめてもらえるかしら」

 

 遥の青い瞳が、すっと細まる。

 

「彼を倒れるまで追い詰めたあなたたちに、彼を任せるわけにはいかないわ」

 

「ちょっと待った!!」

 

 バンッ!! と。

 ただでさえ限界だった保健室の引き戸が、けたたましい音を立てて蹴り開けられた。

 

「――ずいぶんと賑やかじゃない。神山高校の保健室は、他校の生徒がそんなに大勢でたむろしていい場所なのかしら?」

 

 扉の前に立っていたのは、愛らしいウサギのヘアピンをつけた、強い意志を感じさせる眼差しの少女――桃井愛莉。

 

 そしてその後ろには、息を呑むほど美しい、完璧なプロポーションの美少女――日野森雫が、優雅に、しかし圧倒的な威圧感を放ちながら微笑んでいた。

 

 モモジャンの2年生組。

 アイドルの道を諦めかけ、どん底を這いつくばった彼女たちの背中を、かつての俺が無責任に押してしまった。その結末がこれだ。

 

「あ、愛莉ちゃん! 雫ちゃん!」

 

 みのりが安堵の声を上げるが、愛莉は腕を組み、ベッドの上の惨状を冷ややかに見下ろした。

 

「みのり、遥。あんたたちが昼休みになっても帰ってこないと思ったら……この男を巡ってこんなところで何をしてるの」

 

「私たちは、彼を保護するために……」

 

「言い訳はいいわ。……そこのあんた。うちの可愛い後輩たちに、昼休みに何を言ったの? まさか、泣かせるような真似はしてないでしょうね?」

 

 愛莉が、俺の目を見て凄む。

 だが、その瞳の奥には『私のアイドルとしての姿を肯定してくれた一番のファンであるお前が、まさか他の女を選ぶわけないわよね』という強烈な独占欲が見え隠れしていた。

 

「あ、愛莉先輩……雫先輩……ご、誤解です! 俺は何も……!」

 

「ふふ。あなたが私たちの後輩を傷つけない、優しい人だって分かってるわ」

 

 雫が、ふわりと俺の頬に手を伸ばして触れた。

 

「でも、あなたがこんなに色んな女の子に囲まれて苦しそうにしているのを見るのは、なんだか……とても『悲しい』わね。私が完璧じゃない時、道案内をしてくれるのは、あなただけだって言ったのに……」

 

 怖い。大人の余裕の中に隠された『私だけを見ていないなら殺す』という重すぎる仄暗い感情が伝わってくる。

 

 愛莉と雫という最強のプレッシャー枠が参戦し、俺の胃痛はもはや限界を通り越して出血を始めていた。

 

 さらに――地獄の蓋はまだ閉まらない。

 

「キミ、ズルいよ」

 

 突然、保健室の窓ガラスがガラッと開き、カーテンの影から、ひらりと神山高校の制服が舞い降りた。

 暁山瑞希だ。

 

「ボクの『共犯者』くんに、そんなに大勢でベタベタくっついてさ。……彼が倒れたのって、誰が原因かなんて明白じゃない?」

 

「あんたもその原因の一端でしょうが!」

 

 杏が吠える。

 

「……奏。遅い」

 

 瑞希の後ろ、窓枠のところに手をかけて、淡い紫色の髪を揺らす少女――朝比奈まふゆが、虚無の瞳でぬうっと顔を出した。

 

 そしてその後ろの窓下からは、「ゼェ……ハァッ……ハァッ……!」 と、今にも吐血しそうな呼吸音を響かせながら、ジャージ姿の宵崎奏が、絵名に支えられながら必死によじ登ってくるのが見えた。

 

「な、なんで他校の奴らが窓から……!」

 

「ふふ。ボクがこっそりナイトコードで『共犯者くんが保健室に拉致されたよ』って教えてあげたら、みんな見事に釣られて走ってきたね」

 

「彼が……いないと……私、曲が……」

 

 窓枠を越えて床に転がり込んだ奏は、這うようにしてベッドのシーツにすがりついた。

 

「だから、彼を……誰にも……渡さない……」

 

「あんたたち! 抜け駆けは許さないわよ! こいつは私の絵の価値を認める唯一の人間なんだから!!」

 

 絵名が怒り狂って叫ぶ。

 まふゆは、一切の表情を崩さないまま、俺の腕を掴む咲希とこはねを死んだ目で睨み下ろした。

 

「……離して。彼は、私といないとダメなの」

 

 ――ビビバス2人。ワンダショ2人。モモジャン4人。ニーゴ4人。

 そして俺の幼なじみの咲希、後から駆けつけた一歌、志歩、穂波。

 

 全ヒロイン16人が、狭い神山高校の保健室に完全集結してしまったのだ。

 

 人口密度がおかしい。

 もはや熱気とヤンデレの圧で室内の酸素が急激に薄くなり、物理的な致死空間へと変貌している。保健室の先生の姿は当然どこにもない。

 

「や、やめろ……頼むから俺のベッドの上で争わないでくれ……酸素が……」

 

「あなたは喋っちゃダメ!」

 

 俺が悲鳴を上げると、全員が一斉に俺の抗議をシャットアウトした。えむが「しーっ! だよ!」 と俺の口を物理的に塞ぐ。

 

「彼をお世話するのは私たちよ!」

 

「私たちのプロデューサーよ!」

 

「私の特等席(あなた)なの!」

 

「私たちのファンでしょう!?」

 

「ボクの共犯者だから!」

 

 俺を磔にしたまま、ベッドの上空で繰り広げられる血みどろの舌戦。

 

 反省? 身を引く?

 そんな生易しい概念は、このヤンデレ化した少女たちの頭の中には1ミリも存在しない。

 

 俺が倒れた理由はすべて「自分以外の女が彼に負担をかけたからだ」「私の独占()が足りなかったからだ」という狂った自己解釈によって消化されていた。

 

 俺の心電図モニターがピーッというフラットな音を鳴り響かせようとした、その時。

 

「――全員、静かにしなさい」

 

 桐谷遥が、低く、絶対的な冷たさを帯びた声で場を制した。

 

 国民的アイドルとして培ってきた圧倒的なカリスマ性と、愛莉や雫の持つ威圧感が連動し、他のヒロインたちも思わず言葉を飲み込む。

 

「このまま私たちがエゴをぶつけ合い、無秩序に争い続けて……もし彼が、再び倒れるようなことがあれば、本末転倒よ。……そうよね?」

 

 遥は、膝枕をしている俺の髪を、母性すら感じさせる優しさでそっと撫でた。

 だが、その青い瞳の奥に宿る計算高い光に、俺は背筋が凍る思いがした。

 

「私から、【提案】があるわ」

 

 遥は、全員の視線を集め、アイドルの重大発表のような完璧な間で口を開いた。

 

「私たちが彼を独占しようとして無秩序に群がるから、彼のキャパシティがオーバーする。ならば……私たちの『愛』を秩序立てて、彼に完璧なルーティンとして消化させればいいのよ」

 

「ルーティン……?」

 

 寧々が怪訝そうに眉をひそめる。

 

「ええ。各ユニットによる、【曜日別のお世話当(ローテーション)番制】よ。これなら、私たちも互いを牽制して無駄な争いをする必要がなくなり、彼は常に私たちの『完全な監視とケア』の元で、安全に生きることができるわ」

 

 ――ッ!!

 俺は、遥の口から放たれた言葉の意味を理解し、戦慄した。

 

 曜日別の、ローテーション。

 ハーレムアニメなどでヒロイン同士が争いを避けるために極稀に発生する、あの忌まわしき絶対協定だ。

 

「天馬咲希さん。彼を『共有財産』として扱うあなたのアイデアを、全ユニットに拡張・システム化したものよ。……どうかしら?」

 

「なるほど……。それなら、私がご飯を作ってお洗濯(お風呂)してる時に、他のみんなが邪魔してこないってことだよね?」

 

 咲希の瞳に、黒い納得の光が灯る。

 

「ちょっと待ってよ! 週に1日や2日じゃ、こはねの歌の練習と私のプロデュースが足りないじゃない!」

 

 杏が噛み付くが、こはねは俺の右腕を抱いたまま、小さく頷いた。

 

「杏ちゃん。このまま私たちが争って先輩が壊れちゃったら本末転倒だよ。……先輩にずっと私たちを見てもらうには、それを受け入れるしかないのかも……」

 

「私たちはどうなるの? えむたちも、この人と一緒に『わんだほーい』しなきゃいけないんだからね!」

 

 えむが叫ぶ。

 

「木曜日の夕方をあなたたちワンダショの担当にするわ。彼にショーの特等席を譲ってあげなさい」

 

 遥が淡々と提示する。

 

「ボクたちはどうなるの?」

 

 瑞希が口を尖らせ、まふゆが虚ろな瞳で遥を睨む。

 

「彼と会えない曜日があるなんて、無理」

 

「あなたたちナイトコードは、基本的に『夜』の活動でしょう?」

 

 遥は、ニーゴの特異性を完璧に突いて切り返した。

 

「深夜帯から朝までの通話と監視は、あなたたちのユニットに一任するわ。昼間は私たちが曜日で彼を生かし、夜はあなたたちが『秘密の時間』を共有する。これで棲み分けはできるはずよ」

 

「……あはっ、そういうこと。夜はボクたちの独占ってわけね」

 

「夜通し、彼に私の絵を褒めさせる時間が確保できるのね。……悪くないわ」

 

 瑞希と絵名が納得し、まふゆと奏も「彼と繋がっていられるなら」と静かに同意する。

 

 待て。待て待て待てぇぇぇ!!

 

「ふざけるな!!」

 

 俺は、ベッドの上で限界の身体から必死に頭を振り上げて叫んだ。

 

「俺の意思は!? 俺の人権は!? なんだよそのローテーションって!! 俺は曜日で所有権を切り売りされるようなペットじゃない!! 俺には俺の生活があるんだ!!」

 

 俺の悲痛な叫びは、少女たちの鼓膜に届いた。

 だが、その言葉が彼女たちの「絶対信頼フィルター」を通過した瞬間、どうなるかは既に証明されている。

 

「……ふふっ。先輩って、本当に不器用ですね」

 

 こはねが、優しく俺の胸をポンポンと叩いた。

 

「自分の時間がなくなっちゃうことよりも、私たちが無理してスケジュールを合わせることを心配してくれてるんでしょ? 大丈夫です。先輩のためなら、なんだって調整しますから」

 

「そ、そうよ! プロデューサーなんだから、文句言わずに私たちの管理下に大人しく収まりなさいよ!」

 

 杏が顔を真っ赤にする。

 

「あなたが不規則な生活をするから倒れるのよ。これからは私たちが健康を管理してあげるわ」

 

 愛莉が断言する。

 

「全部、キミのためなんだからね? 共犯者くん♪」

 

 瑞希がウインクを飛ばし、寧々が「これでずっと私の歌を聴けるね……」 と恐ろしい呟きを漏らす。

 

 ――一切、話が通じない。

 俺の全力の拒絶は、「私たちに気を使っている不器用な彼」という極上の愛情表現として吸収され、協定の成立を決定づける最後のピースとなってしまったのだ。

 

「決議を執るわ。彼を安全に管理し、私たち全員の『唯一の拠り所』として生かし続けるための『絶対休戦協定(ローテーション)』。……異議ある人は?」

 

「レオニは賛成ー!」

 

「ビビバスも賛成します」

 

「ワンダショも、絶対さんせい!!」

 

「モモジャンは当然賛成」

 

「ニーゴも、夜の権利をもらえるなら賛成」

 

 満場一致。

 神山高校の保健室で。一人の男子高校生の自由、青春、プライバシー、そして人権のすべてが、全ユニットのヤンデレヒロインたちの手によって、無慈悲に分割され、売り飛ばされた瞬間であった。

 

「決定ね。じゃあ、今度の月曜日からのスケジュールを割り振るわよ。この土日はフリーの調整枠としておくから」

 

 遥は手帳を取り出し、スラスラと俺の『処刑宣告』を書き連ねていく。

 

「月曜日は、天馬咲希さんたち『Leo/need』。幼なじみという特権を活かして、彼のお世話とお風呂での精神ケアを行ってちょうだい」

 

(嫌だ! 毎週あれをやられたら精神が持たない!)

 

「火曜日は、『Vivid BAD SQUAD』。ストリートの練習で彼にプロデュースさせてちょうだい」

 

(お前らの重すぎる練習、見てるだけで命が削れるんだけど!)

 

「水曜日は、『MORE MORE JUMP!』。私たちが彼の昼食と放課後を完全に管理し、監視下に置くわ」

 

(愛莉や雫のプレッシャーを受けながら重すぎる弁当を食わせる気だな!)

 

「木曜日は、『ワンダーランズ×ショウタイム』。彼に最前列であなたたちのショーを見せてあげてちょうだい」

 

(休まる暇がない!!)

 

「そして毎日深夜帯と休日の夜は、『25時、ナイトコードで。』の担当。……金曜日から日曜日の昼間は『フリー枠(全ユニット争奪戦)』とするわ」

 

 地獄の協定書が完成した。

 遥の手によってビリッと破り取られた手帳のページが、宣言書のように俺の胸元にペトリと貼り付けられた。

 

「これで、あなたは今日から私たちの『共有の神様』よ。……逃げ出そうなんて、思わないことね」

 

 遥のその言葉を合図に、ヒロイン全員が、一斉に俺に向かって『極上の、底なしに甘い笑顔』を向けた。

 

「……ミク……リン……助け、て……」

 

 俺の口から、魂の抜け殻のような声が漏れた。

 保健室の窓の外から、平和な放課後の生徒たちの声が聞こえる。

 

 だが、このベッドの上だけは、永遠に出口のないヤンデレループという名の監獄だ。

 

 俺のバッドエンド回避RTAは、ここに『回避不可能の強制確定ルート(ローテーション編)』へと突入した。

 

 俺というオタクの転生ライフは、来週の月曜日から毎日、全ユニットの激重ヒロインたちによって、曜日替わりで内臓から精神までを徹底的に管理されるという、世にも恐ろしいデスゲームへと変わったのだった。

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