プロセカの世界に転生したオタク、過去の俺がヒロインたちに重すぎるフラグを建てすぎていて平和な日常が戻ってこない件 作:雨風 時雨
ボロボロに崩壊しかけた、ノイズまじりのセカイ。
遊園地も、教室も、路地裏も、ステージも。すべてが暗く濁って混ざり合ったディストピアの中心で、俺は震える両足にありったけの力を込めた。
自らの意思で、泥濘から立ち上がる。
「…………」
顔を上げると、そこには涙で頬を濡らし、深い後悔に打ちひしがれている少女たちの姿があった。
「ごめん、なさい……っ。私、キミの本当の応援を、自分で壊そうとしてた……っ」
咲希が床に手をついたまま、激しくしゃくり上げている。
「先輩が、私たちの歌を……あんなに信じてくれてたのに……私が、弱いから……っ」
こはねは両手で顔を覆い、溢れる涙を止められずにいた。
「ボク……ただ、彼に甘えたかっただけだったんだ。彼が全部受け入れてくれるのをいいことに、自分の弱さを全部押し付けて……最低だ」
瑞希が自嘲するように乾いた笑いを漏らし、大粒の涙を落とす。
「私の絵を……本当は世界中の誰より信じてくれてたのに……」
絵名は筆を折るような絶望の表情で、ただ地面を凝視していた。
全員が、自分たちの押し付けた『エゴ』という名の依存の重さに気づき、打ちのめされている。
彼女たちの瞳からは、かつての眩しい輝きも、あの狂気的なヤンデレの光も消え失せていた。そこにいるのは、ただの等身大の傷ついた少女たちだ。
その姿を見て、俺の胸はギリギリと締め付けられる。
(違う。お前らは、そんな絶望した顔をするために生まれてきたんじゃない。……お前らの本当の顔は、もっと……眩しくて、美しくて、誰よりも世界を魅了する笑顔のはずだろ)
俺は大きく息を吸い込んだ。
そして――。
「……顔を上げろ!!」
セカイの空気を震わせるほどの、全力の大声を張り上げた。
ビクッと、少女たちが一斉に肩を跳ねさせ、涙で濡れた瞳を俺へと向ける。
「謝るな! お前らが泣く必要なんてない! 全部、俺が勝手にお節介を焼いて、中途半端にお前らの心に踏み込んだせいだ。……俺が、お前らの『自分の力で立ち上がる時間』を奪っちまったんだ」
俺は一歩、また一歩と、彼女たちの方へと歩み寄った。
「だけどな。……俺は、お前たちに手を伸ばしたことだけは、絶対に後悔していない」
「……え? 」
驚きに目を見開く彼女たちを見据え、俺は真っ直ぐに想いをぶつけた。
「未来で絶対にお前らが最高の絆を結ぶって分かってても、今目の前で、暗闇の中でボロボロに傷ついてるお前らを、放っておけるわけないだろ! 俺は……お前らのことが、誰よりも大好きなんだよ!」
俺の言葉に、彼女たちの瞳が大きく揺らぐ。
それは、ヤンデレ的な『好き』ではない。1人の人間として、1人のファンとして、彼女たちの存在そのものを肯定し、敬愛する『無償の愛』の叫びだった。
「だからこそ、お前らに言ってやる! ……俺という鳥籠から、今すぐ出ていけ!」
俺は、俺を『共有財産』と呼んで縛り付けようとした幼なじみたちに向かって指を差した。
「咲希! 一歌、志歩、穂波! 俺をお風呂に入れたり、俺を共有の神様にするなんて正気じゃない! お前らの本当の居場所は、4人で鳴らす『バンドの音』の中にあるはずだろ! 咲希はもう1人じゃないし、志歩は1人で強がる必要はない。穂波は自分の優しさを誇っていいし、一歌の想いはちゃんと届く。……俺なんかで、お前らの大事な幼なじみの絆を代用しようとするな!!」
「っ……! 」
咲希の目から、憑き物が落ちたように涙が弾け飛んだ。
俺は視線を横にずらし、ストリートの相棒たちを睨みつける。
「杏! こはね! 俺はプロデューサーなんかに絶対にならない! お前らの歌は、俺に指示されて歌うような安っぽいもんじゃないだろ! こはね、俺への依存をマイクのモチベーションにするな。杏、こはねの才能を俺への嫉妬で曇らせるな! お前らが目指すのは『RAD WEEKEND』を超えることだろ!? だったら俺の背中じゃなくて、隣にいる最高の相棒の横顔を見て歌え!!」
「こはね……! 」
「杏ちゃん……っ! 」
杏とこはねが、ハッとして互いの顔を見合わせた。一番近くにあったはずの『最高の相棒』の手を離してしまっていたことに、ようやく気づいたのだ。
そして、スケジュールで縛ろうとしたアイドルたちへ言葉を叩きつける。
「遥、みのり、愛莉、雫! アイドルがたった1人のファンに執着してどうするんだ! みのり、お前の不屈の努力は俺の弁当を作るためじゃない! 遥、お前のプロデュース能力は俺のスケジュールを管理するためじゃない! 愛莉、お前の泥臭さは俺1人の笑顔のためじゃない! 雫、お前の飾らない本当の顔は、世界中に見せてやるべき宝だろ! 俺というちっぽけな世界に引きこもるな、ドームの頂点に立て!!」
「私たちの……希望を届ける……」
遥が唇を震わせ、愛莉が「私のアイドル……」と強く両手を握りしめた。
次に、遊園地のキャストたちへ向き直る。
「寧々、えむ! 俺という逃げ場をステージに持ち込むな! 寧々、お前の歌は俺1人を安心させるためのものじゃない。世界中の観客の心を震わせるためのものだろ! えむ! お前の『わんだほーい』は、俺を束縛して1人占めするためのものじゃない。遊園地のお客さん全員を笑顔にする最強の魔法なんだから! 司や類たちを頼れ! 一緒に笑え! 世界1のショーを見せてくれ!!」
「私の、歌……みんなの心を、震わせる……」
寧々の瞳に消えかけていた役者の炎が再び点灯し、えむが本来の『本当の笑顔』を取り戻して力強く頷いた。
最後は、暗闇の中で最も俺に縋り付いていた、夜の底の4人だ。
「奏、まふゆ。……俺があの時、『俺にはお前たち2人が必要だ。3人で一緒にいよう』なんて言ったのは、俺というクッションがないと、奏の曲がまふゆの心に届かないと思ったからじゃない!」
「……えっ」
奏とまふゆが、ゆっくりと顔を上げる。
「あの時の俺は、ただただ……お前らが夜の底でバラバラに消えちまいそうだったから、俺という都合のいい鎖を使ってでも、強引に繋ぎ止めたかっただけなんだ。……俺が間に立たなきゃ、お前らが今にも壊れてしまいそうだったからだ」
「……」
「瑞希! 絵名! お前たちも同じだ。俺はお前たちの逃げ場になるために肯定したんじゃない。お前たちが自分の足で1歩を踏み出すのを、生きて待っててほしかったからだ」
俺は真っ直ぐに4人を見据え、言い放った。
「だけど……もう、俺という繋ぎ役はいらない! 俺とお前らは、秘密の共犯者でも依存先でもない。まふゆの心を満たすのは、俺じゃなくて奏の作る曲だ。……お前らが真っ暗闇で見つける本当の曲が、この先どれだけの人間を救うと思ってるんだ! お前ら4人で手を繋いで、自分たち自身を救い出す『本当の歌』を作れ!!」
「ボクたち、で……」
瑞希がハッとして隣にいる絵名を見た。絵名もまた、震える手で奏のジャージを掴む。奏は涙ぐみながら、まふゆの冷たい手を両手で包み込んだ。
「私が……見つける……」
まふゆの、底なし沼のように空虚だった瞳の奥に、ほんの微かな……けれど絶対に消えない、極小の光が灯った。
――息が切れる。
声帯から血が出そうなくらいの、全身全霊の叫びだった。
これまでの恐怖も、怒りも、胃痛もすべて吹き飛ばす。ただ「俺の好きな推したちに、最高に輝いてほしい」という願いだけを言葉の弾丸にして、全員の胸の奥底に撃ち込んだ。
セカイの空気が、シンと静まり返る。
16人の少女たちは、誰も声を発さなかった。
ただ、彼女たちの瞳からは、さきほどまでの濁った泥のような「依存」が完全に抜け落ち、本来の彼女たちが持っている燃えるような強い光が戻り始めていた。
俺は乱れた息を整えながら、最後の言葉を放つ。
「……俺は、誰の所有物にもならない。誰のプロデューサーにも、スケジュールに縛られる彼氏にもならない。……ただの『1番のファン』だ」
その言葉は、ある意味で彼女たちの『完全なる失恋』の宣告でもあった。
だが。
「でも、俺は絶対に約束する」
俺は力強く、誇り高く宣言した。
「お前らが暗闇を抜けて、自分の足で立ち上がって、それぞれの最高の夢を叶える時。1番でっかいステージで、誰よりも眩しく輝くその瞬間――俺は絶対に逃げない。お前らの真正面、世界で1番の『特等席』で、声を枯らして名前を呼んで、全力でサイリウムを振ってやる」
「…………! 」
「だから、俺に守られるな! 俺の影に隠れるな!! ――お前ら自身の手で、俺の人生を変えた、最高にカッコよくて眩しい『推し』のままでいろ!!!」
ズォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
俺の咆哮が響き渡った瞬間。
セカイを浸食していた黒や赤のノイズが、ガラスが砕け散るような派手な音を立てて、粉々に弾け飛んだ。
逆さまの観覧車も、空中に浮く教室の机も、血塗られたストリートも。すべてが光の粒子となって浄化され、真っ白な空間の天井へと舞い上がっていく。
「……浄化された」
リンがポカンと口を開けて空を見上げる。
ミクは優しく微笑みながら、ゆっくりと頷いた。
「ええ。彼女たちの魂から、エゴや依存という『濁り』が消え去ったの。……彼自身の純粋な魂の叫びが、彼女たちの本当に眠っていた『夢への渇望』を呼び覚ましたのね」
光の粒子が降り注ぐ中、少女たちはもう泣いていなかった。
その代わりに、彼女たちの表情には驚きと、そして……何かが決定的に吹っ切れたような、美しくも恐ろしいほどの『凄み』が浮かんでいた。
「……そっか。そうなんだね」
最初に口を開いたのは咲希だった。
彼女は目元を腕で乱暴に拭うと、ヒマワリが太陽を真っ直ぐに向くように、眩しい笑顔を俺に向けた。
先ほどのヤンデレのような暗い笑顔ではない。太陽のように強く、焦がれるような熱を持った、彼女本来の笑顔だ。
「キミは、私を共有物にしない。……私が、私たちで音を鳴らすのを見たいんだね。だったら……見せてあげる。キミが絶対に他の子のところに行けないくらい、私たちが世界で1番凄いバンドになってみせる!」
「ええ。あなたが私たちの特等席に座るって約束したのなら……もう逃がさない。最高の音を叩きつけてあげる」
「アタシたちのベースの音、一生アンタの耳から離れなくしてやる」
「私たちがみんなを包み込む音、あなたの一番近くで響かせるから」
咲希の言葉に呼応するように、一歌、志歩、穂波たちも、凛とした瞳で真っ直ぐに俺を見つめ返す。
「……バカね、ほんと。プロデューサーなんかにならなくていいなんて、私に一番恥ずかしい勘違いさせちゃってさ」
杏がフッと自嘲気味に笑いながら、隣にいるこはねの手をギュッと強く握りしめた。
「でも、絶対に観客席の端っこなんかに行かせないわよ。あんたは最前列で、私とこはねが『RAD WEEKEND』を超える伝説の瞬間を見届ける義務があるんだから!」
「はいっ……! 私たち2人で、先輩の心を撃ち抜くような、絶対忘れられない最高の歌を歌います!」
こはねが、これまでにないほど力強く、そして輝くような決意の目で頷いた。
「言ったわね? 私たちのすべてを応援するって。だったら、覚悟しなさいよ。……あなたの1秒の瞬きすら許さないくらい、絶対に世界1のアイドルになってみせるから」
遥がアイドルの誇りと絶対の自信を取り戻した、神々しいほどの笑みを浮かべる。
「えへへ……待っててね! キミのこと、絶対、もーっとMORE MORE JUMP! させてみせるからね!」
「バラエティだろうがドームだろうが関係ないわ! 最高のステージで、私の一番のファンでいさせてあげる!」
「完璧じゃない私でも……一番綺麗な笑顔は、あなただけに向けるから」
みのり、愛莉、雫も、それぞれの夢に向けた強烈な希望のオーラを身に纏っていた。
「私のショーで……一番に声を上げてくれるのがあなただっていうなら……もう逃げない。絶対にあなたから視線を外させない」
「わんだほーいっ!! キミの応援があれば、えむ、遊園地のお客さんもキミも、宇宙までいーっぱいの笑顔にできちゃう!! ずっとえむのお隣で見ててね!!」
寧々とえむの周りにも、重苦しい依存ではなく、世界を巻き込んで笑わせるための極彩色の輝きが戻っている。
「……まったく。秘密の共犯者じゃないなら、ただの熱狂的ファン? それはそれで、重い十字架だよね」
瑞希が困ったように肩をすくめ、そして、かつてないほど清々しい小悪魔のウインクを飛ばした。
「でも、キミがそこまで言うなら。……ボクたちが夜の底から這い上がって、世界で一番響く救いの曲を作ってあげる。その時まで、ちゃんと見守っててよね」
「あんたが世界一だって認めた私の絵で! あんただけじゃなくて、世界中の人間の目玉かっぴらいてやるわ!」
絵名が涙を拭い、挑発的な不敵な笑みを浮かべる。
「あなたが……二度と目を覚ましたくなくなるくらいの曲じゃなくて……何度でも生きたいと思えるような、光に満ちた一番の曲を作るから……待ってて」
奏が、依存ではない『約束』の言葉を力強く紡ぐ。
「……私が見つける。私の、本当を。そして……一番最初に、あなたに見せつける」
まふゆの瞳の中には、彼女自身の足で立つための、確かな『生への執着』がはっきりと宿っていた。
――彼女たちは、もう俺に暗闇の底で縋り付いてはこない。
俺をスケジュールで縛ることも、お風呂でマーキングすることもないだろう。
彼女たちの視線の先は、俺に甘えることから、『最高の自分たちの姿で、特等席の観客を圧倒的に魅了し、心臓ごと独占する』という、攻撃的なモチベーションへとパラダイムシフトを果たしたのだ。
「……ああ。お前らの全部、絶対に見届けてやるよ」
俺は極限の疲労を迎えながらも、これ以上ないほど満足げに笑い、彼女たちの想いに頷いた。
セカイを包む真っ白な光が、ついに限界に達する。
彼女たちの身体が、少しずつ光の粒子となって現実世界へと帰還していく。
「バイバイ、また後でね! 絶対だよ!」
「一番に帰って練習しなきゃね!」
「待ってて。私たちの最高を見せるから」
次々と光に包まれて消えていく少女たちを見送りながら、俺はついに緊張の糸が切れ、膝からガクリと崩れ落ちた。
「お疲れ様。見事なデバッグ作業だったわね」
ミクが俺の隣にしゃがみ込み、ポンと肩を叩いた。
「ハァッ……ハァッ……。マジで、魂の残機がごっそり削れたわ……」
「でも、これで彼女たちの『依存という名のバグ』は完全に消え去った。あなたもセカイごと圧死することはなくなったわ。大勝利の立派なハッピーエンドじゃない」
「……ああ、そうだな」
俺は白く輝く平和なセカイの天井を見上げながら、深い安堵の息を吐き出した。
これで、すべてが終わったのだ。
理不尽で狂気的な曜日ローテーションも、監禁の恐怖も、血で血を洗うヤンデレ抗争も、すべてがクリアされた。明日からは、俺も彼女たちも、ただの「夢を追う眩しい少女たち」と「それを全力で応援するファン」としての、平穏な日常が待っているはずだ。
「……じゃあ、俺も帰るわ。現実の身体、たぶん道端でぶっ倒れたままだしな」
「ええ。いってらっしゃい、誰よりも彼女たちを愛した『大人気…のファン第1号くん』」
ミクの少し含みを持たせた笑みも、今の俺には「やり切ったことへの称賛」にしか聞こえなかった。
光が溢れる。
俺の意識は深い眠りへと沈み、やがて来る『完璧なハッピーエンド』の朝へと向かって、心地よく浮上していった。
――しかし。
この時の俺は、ミクの言葉の意味をまだ分かっていなかったのだ。
彼女たちの異常な『ヤンデレ』が消滅したわけではなく……ただ単に前を向いたベクトルへと変質しただけで。
その『圧倒的な質量のクソデカ感情』自体は、これっぽっちも目減りしていないという、最も恐ろしい事実に。
ほぼ今回の話で最終話になるのですが最後の伏線回収ということで、もう一話書いております
ここまで付き合っていただけた方々、本当にありがとうございました!
なんか途中内容が噛み合わないとこがあるような気がしますが投稿したい内容は一旦できたのかなと思います
曇らせ激重 万歳!愉悦!感謝!
よし!甘々に逃げよう