『距離感バグってる年下に懐かれたら、いつの間にか好きになっていた話』   作:かみりあ

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分かっているので、急ぎません

 みかさんは、ちゃんと自分で言う人だと思っていた。

 

 だから昨夜のやり取りは、驚きというより、少しだけ早かったですね、という感想に近かった。

 

 ベッドの上に置いたスマートフォンには、昨夜のトーク履歴がそのまま残っている。

 

【姫みか】:たぶん、好きなんだと思う

【筋肉ゴリラ】:たぶん、ではなくて、もうかなりそうだと思います

【姫みか】:そこはもうちょっとこう

【姫みか】:優しく言うとかあるでしょ

【筋肉ゴリラ】:では言い直します

【筋肉ゴリラ】:みかさんが、私を好きになってくださったなら、とても嬉しいです

【姫みか】:……うん

【姫みか】:それはもう、だいぶ

【筋肉ゴリラ】:知っていました

【姫みか】:やっぱりね

【筋肉ゴリラ】:かなり分かりやすかったので

【姫みか】:そこに戻すな

 

 そこまで読み返して、なぎさは声を立てずに笑った。

 

「戻すな、はかなり良かったですね」

 

 自分で言っておいて、また少しだけ笑う。

 

 昨夜のみかさんは、画面の向こうでもよく分かるくらいに、照れて、困って、でもきちんと受け止めていた。普段ならもう一段階だけ冗談に寄せたり、別の話題へ逃がしたりするところを、今回はちゃんと止まって、自分の言葉で出してきた。

 

 そこが、かなりみかさんらしい。

 

 勢いだけで押し切ることはしない。けれど、一度納得したら、最後はちゃんと自分で認める。その慎重さと素直さが同居しているところが、あの人のかなり好きな部分だった。

 

 カーテン越しの光はやわらかい。まだ朝の白さが強くて、机の上の本やペンの輪郭を静かに浮かび上がらせている。部屋はきちんと片づいていて、昨日みかさんを迎えたときとほとんど変わらない。マグカップの位置も、ソファのクッションの角度も、ほとんどずれていない。

 

 でも、自分の中は昨日までと少し違う。

 

 昨夜、みかさんは自分の気持ちを言葉にした。

 

 それは、もう十分すぎるくらい大きな変化だ。

 

 普通なら、ここで一気に押す手もあるのだと思う。もっと分かりやすく喜んで、もう一段近い言葉を返して、話を早く進めることもできる。実際、そうするのが悪いとも思わない。

 

 ただ。

 

「急ぐ理由がないんですよね」

 

 独り言みたいに呟いて、なぎさはベッドから降りた。

 

 みかさんは、もうこちらにちゃんと向いている。

 気づいて、認めて、自分から言った。

 そこまで来ているなら、あとは時間の問題だ。

 

 それに、今のみかさんは、自分で一歩進んだあとに少し照れて、その照れたままこっちを見る時間まで含めて、かなり可愛い。そこを急いで畳んでしまうのは、少しもったいない気がする。

 

 洗面所で顔を洗いながら、昨夜のやり取りを思い返す。

 

 好きなんだと思う。

 それはもう、だいぶ。

 

 あのあたりの文面は、読み返すたびに温度がある。画面越しなのに、みかさんが少しだけ眉を寄せたり、視線を逸らしたりしながら打っていたのが、なんとなく想像できる。

 

「たぶん、は取りたかったですけれど」

 

 そこは譲れなかった。あの場で曖昧なまま受け取るのは、少し違う気がしたからだ。たぶん、で逃がしてしまうと、みかさんは次にまた少しだけ戻る。それが悪いわけではないが、あの瞬間は、ちゃんと前へ進んだ方が良かった。

 

 だから、少しだけ言った。

 

 たぶんではなくて、もうかなりそうだと思います、と。

 

 結果として、そこからの会話も崩れなかった。むしろ、ちゃんと笑って続いた。

 

 だったら正解だったのだと思う。

 

 キッチンへ向かい、お湯を沸かす。コーヒーの香りが部屋に広がると、ようやく朝の感覚が体に馴染んでくる。マグカップを手にしてソファへ座ると、昨日までとは少しだけ違う静けさがあった。

 

 落ち着いている。

 でも、何かが足りない感じではない。

 

 昨夜までなら、こういう一人の時間の中に、隣にいた気配の不在が少しだけ残っていた。けれど今日は違う。不在そのものより、次に会うときのことが先に浮かんでくる。

 

 もう、待つ時間の質が変わっている。

 

 スマートフォンが震えたのは、そのちょうどタイミングだった。

 

 画面を見る。

 

【姫みか】:おはよ

 

 たったそれだけの一言なのに、なぎさは思わず口元を緩めた。

 

「早いですね」

 

 声に出してから、すぐに返信を打つ。

 

【筋肉ゴリラ】:おはようございます

【筋肉ゴリラ】:今日は少しだけ早いですね

 

 既読はすぐについた。

 

【姫みか】:起きたら落ち着かなかった

【姫みか】:なにこれ

 

 なぎさはそこで小さく笑った。

 

 朝から正直だ。

 かなり良い。

 

【筋肉ゴリラ】:昨夜の続きかもしれません

【姫みか】:雑にまとめるな

【筋肉ゴリラ】:では丁寧に言い直します

【筋肉ゴリラ】:私のせいかもしれません

 

 数秒、間があいた。

 

 それから。

 

【姫みか】:そういうとこだって

【筋肉ゴリラ】:朝からですか

【姫みか】:朝からだよ

 

 文面の向こうで、みかさんが少しだけ顔をしかめながら笑っているのが見える気がする。そこまで想像できてしまうくらいには、もう相手の反応が身近になっていた。

 

【筋肉ゴリラ】:今日はご予定ありますか

【姫みか】:聞くと思った

【筋肉ゴリラ】:かなり自然な流れでしたので

【姫みか】:その使い方減ったと思ったのに

【筋肉ゴリラ】:少しだけ減らしました

【姫みか】:ゼロじゃないんだ

【筋肉ゴリラ】:気に入っているので難しいです

 

 なぎさはカップを持ったまま笑う。

 

 今朝のみかさんは、昨日より照れを隠す気が少ない。その代わり、ツッコミの精度は上がっている。気持ちを認めたあとで変にしおらしくなるのではなく、いつものやり取りの温度を保ったまま、ちゃんと“意味”だけが変わっている。その感じが、かなり良かった。

 

【姫みか】:今日は午後なら空いてる

【筋肉ゴリラ】:では、お会いしましょうか

【姫みか】:そこ即決なんだ

【筋肉ゴリラ】:会いたいので

【姫みか】:……朝から重い

【筋肉ゴリラ】:軽い方だと思っていました

 

 また間が空く。

 

 でも、その間は悪くない。みかさんが今、どんな顔で画面を見ているのかを想像する時間になるからだ。

 

【姫みか】:じゃあ会う

【姫みか】:ただし、今日はちょっとだけ私が決める

【筋肉ゴリラ】:それはかなり楽しそうです

【姫みか】:そういうの先回りしないで

【筋肉ゴリラ】:難しいですね

【姫みか】:難しいで済ませるな

 

 ここで少しだけ、なぎさは目を細めた。

 

 私が決める、か。

 

 なるほどと思う。

 

 昨夜、みかさんは自分の気持ちを認めた。だから今日は、そのあとで少しだけ主導権を取りたくなっているのだろう。全部分かっている顔をされるのは、たぶん少しだけ悔しいのだ。そういう悔しさまで含めて、かなり可愛い。

 

 だから、今日はそれでいい。

 

 むしろ、その方が楽しい。

 

 

 

 

 

 

 午後、なぎさは待ち合わせ場所へ向かう電車の中で、今日の流れを少しだけ考えていた。

 

 みかさんは「今日は私が決める」と言った。ということは、たぶん最初の行き先や座る位置、会話の主導権の一部を、少しだけ自分で握りたいのだろう。そこをこちらが全部拾ってしまうと、せっかくの“私が決める”が成立しなくなる。

 

 だから今日は、少しだけ遅れて反応した方がいい。

 少しだけ隙を見せて、少しだけ選ばせる。

 

 そういう日は、ある。

 

 駅前に着くと、みかさんはすでにそこにいた。

 

 前回より少しだけカジュアルな服装で、でも顔を上げた瞬間の反応は隠しきれていない。こちらを見つけた瞬間に、少しだけ口元が緩む。そのあとで慌てて普通の顔に戻そうとするのも、かなり分かりやすい。

 

「こんにちは」

 

 なぎさが声をかけると、みかさんはすぐに振り向いた。

 

「こんにちは」

 

「今日は私が決める日でしたね」

 

 その一言で、みかさんの眉が少しだけ動く。

 

「覚えてるんだ」

 

「そこは忘れません」

 

「なんか、その言い方だと負けた気がするんだけど」

 

「まだ何も始まっていませんよ」

 

「もうそういう会話になってるじゃん」

 

 なぎさは声を立てて笑った。

 

 反応が早い。

 そして機嫌もいい。

 

 良い状態だ。

 

「では、本日はお任せします」

 

 なぎさが少しだけ手を広げるように言うと、みかさんはほんのわずかに顎を上げた。

 

「ちゃんと任せてよ」

 

「もちろんです」

 

「ほんとに?」

 

「今日は、みかさんが決めた方が楽しそうですので」

 

「……そういう言い方すると、結局そっちの掌の上っぽいんだよな」

 

「そのように感じさせてしまったなら、少しだけ失敗ですね」

 

「少しなんだ」

 

「でも、本当に今日は任せるつもりです」

 

 そこまで言うと、みかさんはようやく少しだけ満足した顔になった。

 

「じゃあ、まず映画」

 

「いいですね」

 

「そこは普通なんだ」

 

「映画は好きですので」

 

 シネコンは駅ビルの上にある。エスカレーターを上がりながら、なぎさは横目でみかさんを見た。今日はいつもより少しだけ歩幅が速い。決める側に回っているからか、昨日までより表情に迷いが少ない。その代わり、こちらを気にしていないわけではなくて、時々ちらっと視線を向けてくる。

 

 つまり、元気で、照れていて、楽しんでいる。

 

 かなり良い。

 

 チケット売り場の前で、みかさんが上映スケジュールを見上げる。

 

「どれがいい?」

 

「今日はみかさんの日では」

 

「聞いただけ」

 

「では、二択までは絞りましょうか」

 

「中途半端に優しいな」

 

 結局、軽めの洋画コメディを観ることになった。二人とも、今日は“考え込むもの”より、ちゃんと笑えるものの方が合っていた。

 

 座席を取って、開演まで少し時間がある。売店でドリンクを買って、ロビーの隅にあるソファへ向かった。

 

 みかさんは座る前に、ほんの一瞬だけこちらを見た。

 

 たぶん、隣に座るかどうかをこっちに選ばせようとしたのだろう。

 

 なぎさはその意図が分かったうえで、少しだけ迷うふりをした。

 

「どうしますか。向かいでもよろしいですし、隣でも」

 

 すると、みかさんの目が少しだけ細くなる。

 

「……今日は私が決めるんだったよね」

 

「その通りです」

 

「じゃあ、隣」

 

 少しだけ勝ったみたいな顔で言う。

 

 その表情が面白くて、なぎさは笑いそうになるのを少しだけ堪えた。

 

「では、そちらに」

 

 並んで座る。

 

 肩が触れるほどではない。けれど、少し動けば当たりそうなくらいには近い。

 

 その距離に、みかさんはもうほとんど文句を言わない。代わりに、今みたいに“自分で決めた”形にしたがる。その変化は、かなり大事だと思う。

 

「なに笑ってるの」

 

「いえ、少しだけ嬉しいと思いまして」

 

「何が」

 

「みかさんが、こういう位置を自分で選ぶようになったので」

 

 みかさんが一瞬だけ黙る。

 

「……そこ、いちいち言う?」

 

「言いたくなりました」

 

「困るんだけど」

 

「でも、嬉しいのでは」

 

「……そういうとこだって」

 

 出た。

 

 かなり好きなやつだ。

 

「今日は三回目です」

 

「数えてるの!?」

 

「気に入っていますので」

 

「ほんと好きだねそれ」

 

「かなり」

 

「使った」

 

「ここは使いたかったので」

 

 みかさんが吹き出して、持っていたドリンクのカップを少し危なっかしく揺らした。慌てて持ち直す仕草まで面白くて、なぎさもつられて笑う。

 

 映画の上映中、二人の会話は止まる。けれど、沈黙そのものにもう違和感がない。同じ画面を見て、同じタイミングで少し笑って、クライマックスで隣がわずかに肩を揺らす気配がする。その共有の仕方が、思ったよりもずっと心地いい。

 

 エンドロールが流れ始めると、みかさんが小さく息を吐いた。

 

「……楽だった」

 

「映画の感想としては少し珍しいですね」

 

「いや、そうじゃなくて」

 

 館内がまだ暗い中で、みかさんが少しだけこちらを見る。

 

「一緒に見るの、楽だった」

 

 その言い方に、なぎさは少しだけ目を細めた。

 

「それはかなり良い感想です」

 

「また評価した」

 

「嬉しいので」

 

 映画館を出たあと、二人は遅めの昼食を取ることにした。レストランフロアを一周して、最終的に少し落ち着いた和食の店に入る。席についてメニューを見ながら、みかさんは昨日までよりだいぶ柔らかくなった表情で笑っていた。

 

「なんか、今日の私えらくない?」

 

「急にどうしましたか」

 

「ちゃんと決めてる」

 

「かなり頑張っていますね」

 

「その言い方だと子ども扱いなんだけど」

 

「少しだけ褒めています」

 

「少しなの?」

 

「みかさんは褒めすぎると警戒しそうですので」

 

「見抜くなぁ……」

 

 注文を終えて、料理を待つあいだ、会話はまた自然に転がる。映画の感想から入って、途中で俳優の顔は覚えられるのに登場人物の名前は全然入ってこないとか、ポップコーンの匂いはいつでも映画館の正解だとか、そういう少しどうでもいい話に逸れていく。

 

 その流れの中で、みかさんがふと箸袋をいじりながら言った。

 

「ねえ、なぎさ」

 

「何でしょう」

 

「昨日、私あれ言ったじゃん」

 

 あれ。

 それが何を指しているのか、なぎさにはすぐ分かった。

 

「好き、の話でしょうか」

 

 その瞬間、みかさんの肩がぴくっと揺れた。

 

「ストレートだなぁ……」

 

「ぼかす必要があまり感じられませんでしたので」

 

「だからその辺なんだよ」

 

 でも、否定しない。

 

 その反応だけで十分だった。

 

「で」

 

 みかさんが少しだけ真面目な顔になる。

 

「なぎさは、あのあと普通だったよね」

 

「そう見えましたか」

 

「見えた。もっとこう……なんかないの?」

 

「どういう感じをご希望でしょう」

 

「希望っていうか」

 

 みかさんは視線を逸らして、それからまた戻す。

 

「もうちょっと慌てるとか」

 

 なぎさはその一言に、思わず笑ってしまった。

 

「見てみたかったですか」

 

「……少しは」

 

「それは難しいですね」

 

「即答だ」

 

「嬉しい方が先に来ますので」

 

 みかさんが、ほんの少しだけ言葉を詰まらせる。

 

 でも、そのまま続ける。

 

「それって、余裕あるってこと?」

 

「半分くらいは」

 

「半分?」

 

「もう半分は、かなり好きなので」

 

 今度はみかさんが本当に黙った。

 

 店の中の音が一瞬だけ遠くなる。

 

 なぎさはそこでわざと追い打ちをかけなかった。ここで畳みかけると、あの人は少しだけ困りすぎる。だから、言ったあとは自然に湯呑みに手を伸ばし、そのまま普通の顔でお茶を飲む。

 

 そのやり方がまたずるいと、たぶん言われるだろうと思いながら。

 

 案の定、みかさんは少ししてから小さく息を吐いた。

 

「……ほんと、そういうとこだよ」

 

「今日は四回目です」

 

「そこカウントするな」

 

「気に入っていますので」

 

「知ってるって」

 

 料理が運ばれてきて、そこで会話は一度途切れた。ご飯を食べながら、みかさんは時々こちらを見て、そのたびにちょっとだけ困ったように笑う。たぶん、さっきの言葉をまだ処理しきっていないのだろう。

 

 それでも空気が悪くならないのは、あの人がもうここまで来ているからだ。

 

 好きだと言った。

 それを取り消さなかった。

 そして今、同じテーブルで普通に食事をしている。

 

 もう十分だった。

 

 店を出たあと、少しだけ遠回りして歩く。冬に向かう手前の空気は、夕方になると少しだけ冷える。ビルの谷間を抜ける風が、頬に当たるたびに温度の輪郭を教えてくる。

 

「寒い?」

 

 なぎさが聞くと、みかさんは少しだけ肩をすくめた。

 

「ちょっとだけ」

 

「では、温かいものでも買いますか」

 

「またなんか食べるの?」

 

「甘いものは別枠です」

 

「その理論ほんと好きだね」

 

 結局、小さなテイクアウトの店でホットドリンクを買う。紙カップを持って並んで歩くと、さっきまでより少しだけ距離が近くなる。みかさんが自然にこちらへ寄る。その動きに、なぎさは何も言わない。

 

 もう、それをわざわざ言葉にしなくてもいいところまで来ている。

 

「なぎさ」

 

「ええ」

 

「昨日さ」

 

「何でしょう」

 

「好きって言ったの、勢いだったらどうしようと思った」

 

 その言い方は軽い。けれど、その奥にある不安はちゃんと分かる。

 

 なぎさは歩きながら、少しだけ笑った。

 

「勢いだけでは、あそこまで言えないと思います」

 

「そうかな」

 

「ええ。みかさんは、そこまで雑ではありません」

 

「褒めてる?」

 

「かなり」

 

「減らすんじゃなかった?」

 

「要所では使います」

 

「便利すぎるな」

 

 みかさんも笑う。

 

 そのあとで、少しだけ静かになる。

 でも、その静けさは重くない。

 

「……じゃあ、なぎさは?」

 

 みかさんが言う。

 

「私は、どう見えてる?」

 

 その問いは、昨日までよりずっと近い。

 

 なぎさは少しだけ目を細めた。

 

「かなり可愛いです」

 

「雑!」

 

「では、もう少し丁寧に言います」

 

 歩幅を合わせたまま、続ける。

 

「素直で、少しだけ意地っ張りで、でもちゃんと嬉しいことは嬉しいと出ますし、困ると眉が少し寄ります。笑うと声が少しだけ軽くなりますし、私が思ったより深く刺さる言い方をすると、目を逸らすまでの時間が短くなります」

 

 みかさんが、そこで完全に顔をそらした。

 

「見すぎでしょ……」

 

「かなり」

 

「また使った」

 

「ここも要所です」

 

 なぎさは笑う。

 

 みかさんも、顔を逸らしたまま笑っていた。

 

 その横顔が、少しだけ赤い。

 

 冬の入り口の空気のせいだけでは、たぶんない。

 

 駅に着く頃には、もうすっかり夕方だった。改札の前で立ち止まる。ここまで来ると、別れ際の気まずさはない。その代わり、“次がある前提”がちゃんとある。

 

「今日は、みかさんの日だったわりに、かなり楽しかったです」

 

「その言い方なんか腹立つな」

 

「褒めています」

 

「そこは分かる」

 

 みかさんは少しだけ笑ってから、まっすぐこちらを見る。

 

「ねえ」

 

「何でしょう」

 

「次も、たぶんこんな感じでいい」

 

 たぶん、の使い方が少しだけ可愛い。

 

「かなり嬉しいです」

 

「それはもう聞いた」

 

「でも、本当にそうなので」

 

「……うん」

 

 みかさんはほんの少しだけ視線を落としてから、また戻す。

 

「じゃあ、また連絡して」

 

「もちろんです」

 

「待ってるから」

 

 その一言が、思った以上に真っ直ぐで。

 

 なぎさはそこで、少しだけ目を細めた。

 

「ええ。待たせすぎないようにします」

 

「その返しずるい」

 

「みかさんが待ってくださるなら、少し嬉しいので」

 

「ほらそういうの」

 

 困ったように言いながらも、みかさんはちゃんと笑っている。

 

 その顔を見送りながら、なぎさは静かに息を吐いた。

 

 もう十分だ。

 

 急ぐ必要はない。

 でも、止まる理由もない。

 

 言葉はもう出ている。

 意味も通じている。

 あとは、ちゃんとその先へ進むだけだ。

 

「かなり楽しみですね」

 

 誰もいないところでそう呟くと、自分の声が少しだけ弾んでいた。

 

 それを隠す気はなかった。

 隠す理由も、もうあまりなかった。

 

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