『距離感バグってる年下に懐かれたら、いつの間にか好きになっていた話』   作:かみりあ

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後日談① 甘やかされる側の才能があるらしい

 

 

 その日、みかはなぎさの部屋のソファに座りながら、自分の立場について真剣に考えていた。

 

 理由は単純で、状況があまりにも想定と違ったからだ。

 

「……なんで私、こんなに甘やかされてるの?」

 

 半分呆れた声でそう言うと、隣からすぐに返事が来る。

 

「かなり自然な流れかと」

 

「自然じゃないと思うんだけど」

 

 みかは横を向いた。

 

 そこには、いつも通り――いや、いつも以上に機嫌が良さそうななぎさがいる。姿勢は相変わらずきれいで、動きも丁寧で、それなのに距離だけはまったく遠慮がない。

 

 今日もまた、肩が軽く触れている。

 

 いや、軽くどころではない。みかが少し体を預ければ、そのまま支えられるくらいには近い。そして実際、ついさっきからそうなっている。

 

「ほら、また近い」

 

「ええ」

 

「否定しないんだ」

 

「事実ですので」

 

「開き直ったなぁ……」

 

 みかは苦笑しながら、マグカップに手を伸ばした。中身はなぎさが淹れてくれたミルクティーで、甘さが少し強めに調整されている。

 

 その“少し強め”が、絶妙にちょうどいい。

 

「これもさ」

 

「ええ」

 

「甘くしてるでしょ」

 

「みかさんが好きそうでしたので」

 

「そういうのも普通に言う」

 

「正直にいく方針です」

 

 なぎさはさらりとそう言って、隣で少しだけ笑った。

 

 楽しそうだ。

 

 本当に、楽しそうだ。

 

 付き合う前から機嫌がいいタイプではあったが、ここまで分かりやすく“嬉しい状態”を維持しているのは初めてかもしれない。しかも、それを隠すどころか、むしろ共有してくる。

 

 それがまた、じわじわ効いてくる。

 

「ねえ、なぎさ」

 

「何でしょう」

 

「今日、ずっと楽しそうじゃない?」

 

「かなり」

 

「やっぱり使うよね」

 

「便利ですので」

 

「ほんと好きなんだな、その単語」

 

 みかが呆れ気味に言うと、なぎさは少しだけ肩を揺らして笑った。

 

「今日は特にです」

 

「理由、聞いてもいい?」

 

「もちろんです」

 

 なぎさは、ほんの少しだけ言葉を選ぶように視線を落としてから、やわらかく続けた。

 

「みかさんが、かなり素直になってきているので」

 

 みかの動きが止まる。

 

「……どのへんが」

 

「今の距離です」

 

 視線を落とすと、自分がなぎさの肩にもたれているのがはっきり分かる。

 

 言われるまでもなく、自覚はあった。

 

 でも、指摘されると一気に恥ずかしくなる。

 

「これは……その」

 

「ええ」

 

「ちょっと楽だから」

 

「嬉しい理由です」

 

「だからそういう言い方なんだよ」

 

 みかは思わず顔を逸らした。

 

 でも、体は離れない。

 

 離れようと思えば離れられるのに、そのままでいる方が楽だと分かってしまっている。

 

 それがまた悔しい。

 

「それと」

 

 なぎさが続ける。

 

「先ほどから、こちらに寄る頻度が増えています」

 

「観察するな」

 

「つい」

 

「ついで済ませるな」

 

「ですが、かなり良い傾向です」

 

「だから評価するなって」

 

 みかは思わず笑った。

 

 もう、完全にペースを持っていかれている。それでも嫌ではないのが一番困るところだ。

 

「ねえ」

 

「ええ」

 

「こういうのさ」

 

 みかは少しだけ声を落とした。

 

「普通、逆じゃない?」

 

「何がでしょう」

 

「甘やかすのって、私の方じゃないの?」

 

 言いながら、自分でも少しだけ違和感がある。

 

 なぎさは小さいし、年下だし、見た目だけなら守る側に回る方が自然だ。だから、付き合う前まではなんとなくそういう役割になると思っていた。

 

 ところが、実際はこれだ。

 

 完全に甘やかされている。

 

 しかも、かなり自然に。

 

「そういう形もあると思います」

 

 なぎさは穏やかに答えた。

 

「ですが、今はこの方が合っているかと」

 

「合ってるって……」

 

「みかさんが、少しだけ力を抜いてくださるので」

 

 その言葉に、みかは一瞬だけ黙った。

 

 たしかに、力は抜けている。

 

 無理に強がる必要がない。変に格好をつける必要もない。少し困っても、そのまま言えばいいし、照れても誤魔化さなくていい。

 

 それが、思ったより楽だ。

 

「……ずるいよね、ほんと」

 

「どのあたりがでしょう」

 

「全部」

 

 なぎさは、その返しに嬉しそうに笑った。

 

「ありがとうございます」

 

「褒めてない」

 

「良い意味として受け取ります」

 

「都合よく変換するな」

 

 みかはそう言いながら、ほんの少しだけ体重を預ける。

 

 なぎさの肩は、相変わらず安定している。

 

 小柄なのに、妙に頼りになる。

 

「……ねえ」

 

「何でしょう」

 

「これ、やばくない?」

 

「何がでしょう」

 

「このまま、ずっとこうしてられる気がする」

 

 なぎさは少しだけ目を細めた。

 

「それはかなり良いことかと」

 

「そうなんだけどさ」

 

「ええ」

 

「ダメになる気もする」

 

「何がでしょう」

 

「私が」

 

 なぎさは一瞬だけ考えるような顔をしてから、静かに笑った。

 

「では、少しだけ支えます」

 

「軽いなぁ」

 

「重くする必要がありませんので」

 

 その言い方が、また絶妙だった。

 

 依存させるわけでもなく、突き放すわけでもない。ちょうどいい位置で、軽く支える。その距離感が、やっぱり上手い。

 

「みかさん」

 

「なに」

 

「今日は、もう少しだけ甘えていただいても大丈夫です」

 

 みかは、少しだけ顔を上げた。

 

「許可制なの?」

 

「お願い制です」

 

「どっちにしてもおかしいでしょ」

 

「ですが、嬉しいので」

 

「……ほんと、それだよね」

 

 みかは小さく息を吐いた。

 

 そして、ほんの少しだけ迷ってから、もう一歩だけ距離を詰める。

 

 肩だけでなく、腕も軽く触れる位置。

 

 さっきよりも、明らかに近い。

 

 なぎさの呼吸が、ほんの少しだけ変わる。

 

「……みかさん」

 

「なに」

 

「今日は、本当に危ないです」

 

「なにが」

 

「嬉しすぎます」

 

 みかは思わず笑った。

 

「さっきも聞いた」

 

「更新されています」

 

「更新するな」

 

 そのやり取りが可笑しくて、また笑いがこぼれる。

 

 こうして笑っているうちに、距離のことなんてどうでもよくなってくる。触れていることも、近いことも、全部まとめて自然に感じる。

 

 それが、少し怖くて、でもやっぱり心地いい。

 

「なぎさ」

 

「ええ」

 

「もうちょっとだけ」

 

「はい」

 

「このままでいい?」

 

 みかがそう言うと、なぎさは一瞬だけ目を丸くして、それからとても嬉しそうに笑った。

 

「もちろんです」

 

「かなり」

 

「使ったな」

 

「必要な場面でしたので」

 

 みかはその返しに肩を揺らして笑った。

 

 結局、この空気が好きなのだ。

 

 甘い。

 でも軽い。

 ちゃんと楽しくて、ちゃんと落ち着く。

 

 その全部が、今はちょうどいい。

 

 ソファの上で、二人はそのまま少しずつ沈み込むように寄り添う。会話は途切れない。けれど、無理に続ける必要もない。沈黙すら、ちゃんと共有できる。

 

 それが、前とは違う。

 

「……ほんと、やばいね」

 

 みかがぽつりと言う。

 

「ええ」

 

「このままダメになるやつだ」

 

「少しだけなら」

 

「調整する気ある?」

 

「必要に応じて」

 

「信用できないなぁ」

 

 そう言いながらも、みかは目を閉じた。

 

 隣にいる。

 触れている。

 それだけで、十分だった。

 

 付き合ったあとも、距離はやっぱりおかしい。

 でも、そのおかしさが、今は一番正しい。

 

 そんなふうに思ってしまうくらいには――

 

 もう、完全に甘やかされていた。

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