ミストは黄色のムラサメの前にレヴリアスを静止させた。
その機体は、全長22メートルに達するレヴリアスより一回り低く、細身で洗練されたボディをしている。
「さて、漂流者君。君の事を聞きたいのはやまやまだがね。こちらのトップが君と話したいそうだから、先にそっちになるかな」
先ほどまで戦場を律していた厳粛な通信ボイスは、一転してフランクな響きに変わった。
『……ミスト、あれがあのパイロットの素でしょうか。声紋と精神状態の乖離が激しすぎます』
「レヴィに分からないなら俺には判断できないよ。……でも、悪い人には見えないな」
ミストは戸惑いながらも、ムラサメの先導に従い、オーブ国防軍の秘密基地へと機体を滑り込ませた。岩壁を割って現れた巨大なハンガーには、無数のM1アストレイが並び、整備兵たちが驚愕の面持ちで「異星の機械」レヴリアスを見上げている。
『ミスト、オーブ連合首長国内部ではバックアップは最小限となります。一人でも大丈夫ですね?』
「……ああ、レヴィの手はできるだけ借りずに頑張るよ」
『ええ、そうしてください。何時までも新人感覚が抜けない貴方ですが、これくらいならできるはずです』
「新人って言っても、2年以上はレヴィに乗っているだろ」
『ちなみに腕輪に移動しているので困ったら頼りなさい』
「うん、それでいいや、お願い」
レヴィに機体のセキュリティについて任せ、コクピットハッチを開け、タラップを降りたミストを待っていたのは、サングラスを弄びながら不敵に笑うアンソニーと、その隣で険しい表情を浮かべる金髪の少女――オーブの代表、カガリ・ユラ・アスハその人だった。(レヴィの調べ)
その後、一室に通されたミストは対面にカガリ、その横をアンソニーが立っている。
「ああ、そう固くならないでくれ。少尉からあらましは聞いている。漂流者と言い、救助を望んでいる事もな」
カガリは手元の端末を操作し、ハンガーの様子を写し、レヴリアスの巨躯を見る。
「だが、その前に君が乗って来ている機体は、私たちの知っている技術体系から大きく脱している。まあ、この世界の技術進歩は日々進んでいる。知らない可能性も十分にありえるが……」
「うーん、僕もエリカ女史の話を全部は聞けて無いからね。彼の機体についてどうこう言えないね。ダリウス軍の映像を見せてもらったがあちらとも違うように感じるしね」
「えーと、お二人のお話が見えて来ないのですが」
「ああ、すまない。周りくどいな。要するに――君は異星から来たのではと思っている」
「──っ!」
「その反応は正解かな?」
「─あ、えっと」
当てられ、つい反応してしまった。
『──話の途中に失礼します』
「レヴィ? 出てこないんじゃなかったのか?」
『貴方では上手く行かなそうだったので』
ミストは困り顔で、自身の腕輪型端末を不思議そうに見つめる。
「……通信相手は?」
『ミスト』
「えっと、すみません。こいつは自分の機体に乗ってる支援AIでして……」
「へー、それは凄いな。支援AIか、僕も話では聞くけど、実際に見るのは初めてかな」
「ああ、エリカからそう言う話は聞いた事があるが……AIなんだな?」
『肯定します。私は惑星アトリーム防衛隊に配備されている量産機レヴリアスに、エルリック・シャルティール部隊長の意向によって搭載された、戦闘及びパイロットのメンタルケアを目的とした支援AI、レヴィ。今はミスト・レックスの腕輪型端末から失礼します』
レヴィの淀みない自己紹介に、カガリは深く溜息をつき、顎に手を当てた。
「ふむ、惑星アトリームか。私は聞いた事が無いな。すまないが調べさせて貰うぞ。……アレックス、話は聞いていたな?」
『……アスハ代表、自分の存在は秘密では?』
どこからか響いた冷静な声に、カガリは意に介さず答える。
「気にするな、少なくともミストからは危険な奴ではないだろう。な、バルトフェルド少尉」
「……代表、一応はアンソニーなんだがね?」
「亡命の為の方便に過ぎないだろう。それに兜達の前でもそうだろう? どうせいずれは知る事だ、時期が早くなっても問題はないだろう。それにミストにザフトや地球連合に伝があるとも思えん」
カガリは再びミストに向き直り、その瞳を真っ直ぐに射抜いた。
「お前が何者で、どこから来たのかはアレックスに調べさせる。だが、今話ているお前の人柄は個人としては悪い者とは思っていない。お前の正体が何であれ、今のその目は、かつての私や……あいつらと同じ、帰る場所を失った者の目だ。だから、お前が望むならここオーブはお前と言う存在を受け入れる土壌はある。まあ、なんであれはっきりするまでは私たちの監視下に入ってもらう。……異論はあるか?」
「……いえ。受け入れてもらえるだけで、ありがたいです。よろしくお願いします……代表」
「ああ、機体についてはそうだな、とりあえずどうするかを考えておいてくれ。すぐに答えを求める事はしない」
そう言って、アスハ代表は話を切り上げた。
自動制御で滑るように進む車内。代表との話の後、生活の場を与えるとして、バルトフェルドさんも暮らしている邸宅にお邪魔することになった。基地を出て、専用の車に乗り込んだ僕達は、世界の事について教えて貰う事になった。
バルトフェルドはサングラスを指で押し上げ、リラックスした様子で語り始めた。
「……さて、ミスト君。この星の現状を、ざっと整理しておこうか。今、この地球を分断しているのは、血の通った人間同士の争いだ。遺伝子を調整された『コーディネイター』と、そうでない『ナチュラル』。……持てる者と持たざる者、と言えば聞こえはいいが、要は隣近所での争いだ」
「……人間同士で、戦っているんですか? 外に敵がいるかもしれないのに」
「ははっ、手厳しいな。だが、そうだ。5年前には『巨神戦争』と呼ばれる大戦もあった。機械獣軍団や、正体不明の『擬態獣』の存在。……世界は一度その進行によって滅びかけた。しかし、当時の英雄たちが命を懸けてそれを退け、地球圏には平和が訪れるはずだった。…強い恐怖は時に大きな力を生む。人間は『より強力な力』を求め始めたのさ。それも英雄の様な特機では無く、量産された力をね。その象徴が、Gシリーズと呼ばれるMS開発計画だ。それは始まりに過ぎなかったが、泥沼の戦争を引き起こしたんだよ」
「そんな事が…」
『アトリームでも起こり得た事象であり、優劣がつく限り避けられない問題ですね』
「…ああ、それがここでは目に見え過ぎたんだろうね」
「……バルトフェルドさんはどうだったんですか?」
「…そうだね、やるかやられるか、そんな絶滅戦争を好む人種ではないよ」
「『……』」
車内の空気は少し重くなってしまった。
「とりあえず、そんな物さ。後は君達が見聞きして確かめると良いさ」
「はい…」
車を走らせた先は岬の先だった。夕焼けの景色を背にしつつ、たどり着いた邸宅からは美味しそうな匂いが漂っていた。……これは、シチューだろうか。
「さ、ミスト君。入りたまえ、しばらくはここが君の家となるのだからね」
『ミスト、貴方が最後に口にしたのは20時間前になります』
「あー、そうだっけ?」
「おっと、それはいけない。すぐに夕ご飯だろう。たくさん貰うと良い」
邸宅に入ると、匂いは強く鼻腔をくすぐる。奥から二人の男女が現れた。
「あら、バルトフェルドさんおかえりなさい。それと、あなたが連絡のあったミスト君ね」
「あ、はい。ミストです」
「はは、緊張しなくても大丈夫なんだが、難しいかな? 僕はハルマ・ヤマト。そして、隣が妻のカリダ・ヤマトだ」
「ええ、よろしくね」
『話し中、失礼します。私も自己紹介をさせてください。ミストの支援AIのレヴィです。しばらくよろしくお願いします』
「ええ、よろしくねレヴィちゃん。可愛い声ね」
その後、ハルマさんに誘われ、奥の部屋へ進む。バルトフェルドさんは着替えのために一度席を外した。
部屋の中には、三人の住人がテーブルで話していた。
「よろしくお願いしますね、私はラクス・クラインですわ」
ピンク色の髪を軽やかになびかせて、弾むような足取りで駆け寄ってきた少女。ラクス・クライン。この邸宅の住人の一人であり、その透き通るような微笑みは、初対面のミストの緊張を不思議なほどに溶かしていく。
「次は私かしらね。私はマリュー・ラミアスよ。よろしくね、ミスト君」
テーブルでグラスをいじりながら、柔和な、けれどどこか芯の強さを感じさせる眼差しを向けた女性。マリュー・ラミアス。彼女の纏う空気は、アトリームでミストを導いてくれた年上の将校たちに似て、どこか懐かしさを覚えさせた。
「……僕はキラ。キラ・ヤマトって言います。ミストさん、よろしくお願いします」
ラクスとは対照的に、静かな足取りで歩み寄ってきた少年、キラ・ヤマト。その紫の瞳には、多くの戦いを潜り抜けてきた者特有の深い哀しみと、それを包み込むような優しさが同居していた。
三人が、この温かな部屋で自分を待っていた。……バルトフェルドさんの話では、確かもう一人いるはずだったが、今は席を外しているのだろうか。
「……ミスト・レックスです。こちらこそ、よろしくお願いします」
そう言って、俺は彼等に頭を下げた。
「さあ、夕食にしましょう」
挨拶が一通り終わった辺りで、カリダさんの明るい声がリビングに響く。
「母さん、マルキオ導師さんは今日は別の用事があるそうだよ」
キラが台所の方を気にしながら伝えると、カリダさんは「あら、そうなのね」と少し残念そうに首を傾げた。
「残念だけど仕方ないわね。……キラ、ラクスさん、手伝ってくださいな」
「はい、お母様。ミストさんは座っていてください。すぐにご用意しますわ」
流れるような動作でエプロンを手に取るラクスと、それに続くキラ。二人は慣れた様子でカリダさんに連れられ、台所へと消えていった。
「あ、はい、わかりました……」
手伝おうとして腰を浮かせかけたミストだったが、あまりに自然な「家族の連携」に気圧されて、大人しく椅子に座り直す。
広いリビングに残されたのは、グラスを傾けるマリューさんと、手持ち無沙汰な自分だけだ。
『……ミスト。先ほどからこの地球の情報ネットワークに並列アクセスを試みていましたが、食事形態に関してはアトリームの標準的な記録と、驚くほど多くの類似点が存在しています』
静寂を破ったのは、腕輪から響くレヴィの淡々とした声だった。
「……黙ってるなと思ったら、そんな事を調べていたのか。まぁ、確かにシチューっぽい匂いもするし、見た目もそんなに変わらないからな」
「ミスト君、その子が支援AIの子かしら?」
レヴィと話す様子を観ていたマリューさんがテーブル越しに、興味深そうにミストの腕輪へと視線を向けた。
「はい。レヴィって言って、俺の……その、優秀な相棒です」
ミストが少し遠慮して紹介すると、待っていましたと言わんばかりに光が明滅する。
『はい、ミストの支援AIのレヴィです。機体制御から戦術分析、そしてミストがヘマをした際のフォローと生活習慣の改善補助も私の大切な仕事です』
「ふふ、多才なのね。流暢に話すAIとやり取りすることなんて滅多にないけれど……ミスト君、レヴィちゃんはとってもいい子なのね。あなたを大切に思っているのが伝わってくるわ」
「え、あ……はい。いつも、本当に助けられています」
マリューさんの真っ直ぐな言葉に、ミストは顔を赤くして視線を泳がせた。普段は口喧嘩ばかりの二人だが、こうして第三者に指摘されると、認めざるを得ない事実が胸を突く。
『……マリュー・ラミアスさん。ミスト共々、今後ともよろしくお願いします。彼の精神安定のためにも、こちらの良質な環境と食事には期待しております』
「問題無いわ、ふふ、いい関係を築けているのね。あ、キラ君、私も手伝うわ」
マリューさんはミストとレヴィのやり取りを微笑ましそうに見守った後、台所へと向かった。
「ミスト君、カリダの料理は美味しいから期待していてくれ」
「はい、正直、お腹が空いて何でも食べられそうです」
「はは、ぜひ堪能してくれ」
ハルマさんは愛おしそうに台所に目を向ける。そこでは妻と、息子と、娘のような少女が、一人の「迷い子」のために夕食を準備している。
ミストは、用意された椅子に深く腰を下ろした。
アトリームを失い、ベザートを追われ、銀河の果てまで逃げ延びてきた。
その果てに辿り着いたのが、この温かなシチューの匂いだったことに、彼は心の底から安堵していた。