温かく賑やかだったヤマト家での夕食が終わり、俺はバルトフェルドさんに案内されて二階の自室へと入った。
「さて、ここが君がしばらく過ごす部屋だ。必要な家具はあるけれど、細かい物は後で買い足すと良いね。……じゃあ、僕は下に行くよ。おやすみ」
「ありがとうございます。おやすみなさい」
バルトフェルドさんを見送った俺は、一人ベッドに腰を下ろし、今日一日の出来事に思いを馳せていた。
『ミスト、ぼーっとしているのなら眠る準備をなさい』
静寂を破ったのは、腕輪から響くレヴィの呆れたような声だった。
「……なんだ、レヴィか。……そうだな、でもその前に少し、夜風に当たってくるよ」
『……部屋を出て左方向よ。バルコニーがあるわ』
「ありがとう」
レヴィのナビゲートに従い、静まり返った邸宅の廊下を歩く。硝子扉の前で立ち止まると、そこには先客がいた。夜空を見上げる少年――キラ・ヤマトだ。
「他は……」
『戸惑う必要もないでしょう。行きなさい』
レヴィに背中を押される形で、俺はバルコニーへと足を踏み入れた。
「……」
「えーと、星が綺麗ですね」
不器用な俺の第一声に、キラはゆっくりと振り返った。
「うん、月も綺麗だ。ごめんね、先にいたから困ったみたいで」
「え、気がついていたんですね」
「うん、二人が話していたのが聞こえたから」
「あー、すみません……」
「ううん、ちょうど話したかったから」
キラは再び、柔らかな眼差しを夜空へと向けた。
「ミストさんの惑星でも、月はあったんですか?」
「月……いや、あれに近い衛星基地はあったけど、月の様な自然の天体はなかったね。だから、ここに来て驚いたよ。……キラさんは、ここで何を考えていたんですか?」
俺が問いかけると、キラの表情にわずかな翳りが差した。
「……二年前、地球とプラントで戦争がありました。僕もラクスも、その戦争で少しの得た物と、多くの物を失ったんだ」
「戦争……」
『記録にあった、コーディネイターとナチュラルの戦争ですね』
レヴィの補足に、キラは静かに頷く。
「……そうだね、そう言われている。あの戦争は地獄だったと、今でも思うよ」
「キラさんは、戦争に巻き込まれたんですよね? マリューさんが言っていました」
「そうだね、最初はそうだった。でも、ラクスに託された剣――フリーダムを手にしてからは、自分の意思で関わったと思う」
「後悔……しているんですか?」
「……ううん、たぶんしてない。そうしなければ、救えなかった命があったから」
その言葉に、俺は自分の胸の奥が熱くなるのを感じた。
「ミストさんはどうだったの?」
「俺は、うん、俺も自分の意思で戦った。参加したことへの後悔もない。……その結果、守れなかった物も多かったけどね」
「そっか。ミストさんは強いね」
「キラさんだって、強いじゃないですか」
「ううん、僕は強くないよ。ギリギリで精一杯だった。アスランやラクス、ムウさんに沢山助けられたんだ」
「……いえ、強いと思います。助けがあったとしても、剣があったとしても、戦えない人はいます。俺だって、二回の防衛戦を経ても、戦うより逃げたいと思う事の方が多いよ」
俺の吐露した告白に、キラは驚いたように目を丸くし、それから包み込むような優しい苦笑を浮かべた。
「……僕も同じだよ、ミストさん。何度も逃げ出したかった。でも、逃げた先で誰かが泣くのを見たくなくて、必死に踏み止まっていただけなんだ」
キラの言葉は、飾らない真実だった。他人から最強のコーディネイターと呼ばれようとも、その中身は傷つきやすい一人の人間でしかない。そんな二人を、月は静かに見下ろすばかりだった。
「レヴィさん。……ミストさんのこと、頼みます。彼は、僕たちと同じ匂いがするから」
『…当たり前です。私はそのためにいるのですから。ですが、その忠告は記録しておきます』
「あの、俺もこの場にいるので居ない所で、話す様な話をされると反応に困るのですが」
ミストの意見は、夜風に緩やかに流されるのだった。
――それから、二週間が経った。
オーブでの生活にも慣れ始めていた。朝はカリダさんの美味しい朝食で始まり、日中はキラやラクスと共に過ごし、時折バルトフェルドさんの淹れるこだわりのコーヒーを啜る。マリューさんの手伝いを行ったり、マルキオ導師にこの星の歴史を教わったりもした。
アトリームを失って以来、止まっていたミストの時間が、この穏やかな島国で少しずつ、確実に動き出していた。
オーブ国防軍にはアスハ代表の働きで入隊させてもらい、今日はレヴリアスについての件で呼び出されていた。
「……うーん、ミスト君。外装はどうにかなるかも知れないけど、武装については難しいわね」
モルゲンレーテの技術者、エリカ・シモンズさんは困り果てたようにモニターを見つめていた。
「やはりですか。レヴィからも言われていましたが……」
『そうですね。この星の技術力も低い訳ではありませんが、流石にステアードを修理する技術は見つかりません』
「手厳しいことを言うわね。まあ、実際そうなんだけど。……腕の良いジャンク屋に相談しましょうか? アタシよりも武器に関しては知っているはずだし」
「そんな人がいるんですね」
「まあ、進んで頼みたいわけじゃないけどね……」
「なら、大空魔竜のサコン先生も良いんじゃないかね?」
背後から響いた声に振り返ると、そこにはバルトフェルドさんが立っていた。
「バルトフェルドさん!?」
「やあ、少し彼を借りるよ。カガリが待っている」
『ミスト、私はエリカともう少し話を詰めます。行ってらっしゃい──エリカ、貴方が言うジャンク屋のデータ、私にも共有を。アトリームの技術を『直感』で理解できる人間がこの星にいるのか、興味があります』
レヴィに後を任せ、バルトフェルドさんに連れられて通された一室では、アスハ代表が待っていた。
「急に呼び出してすまないな、ミスト」
「いえ、アスハ代表にはいつも助けていただいているので」
「そう言って貰えると助かるよ。さて、呼び出した訳なんだが……ミストとバルトフェルドには、日本の『ダンナーベース』に行って貰いたい」
「日本……?」
「ああ。ここより北上した所にある島国で、オーブとも協力関係にある所だ」
そう言って、カガリはモニターに地図を映し出した。
「日本には『ダンナーベース』という基地があってね。巨神戦争を戦い抜いた英雄もそこにいるんだ」
バルトフェルドが懐かしむように目を細めて語る。
「まあ、擬態獣が落ち着いていた最近では、そこまで派手な出撃はなかったそうだがな」
「確か、連合やザフトが日本を接収しようとした時くらいかな。……ああ、見事に返り討ちだったそうだぞ」
カガリの言葉に、ミストは驚きを隠せなかった。この世界の二大勢力である連合とザフトを、一基地の戦力で退けたというのか。
「なるほど……。オーブと同じように、中立的な立場だったんですね」
「そうだな。中心人物であるパイロットの猿渡ゴオも、戦争には否定的な考えだったようだからな。返り討ちの際も、相手側の死傷者は驚くほど少なかったという」
「力があるのに、相手を殺さずに退ける……。凄いですね!」
「ああ。その『力』と『意志』があったからこそ、彼らはあの凄惨な巨神戦争を最後まで戦い抜けられたんだろうね」
バルトフェルドは地図を見ながらこぼした。
「……ところで、どうして俺がそのダンナーベースへ行く必要があるんですか?」
ミストの素朴な疑問に、カガリは少し居住まいを正した。
「話が逸れていたな。今回行ってほしいのは、ダンナーベースが主導となって行う『作戦』に参加してきてほしいからだ」
「……作戦、ですか」
ミストの緊張した声に、カガリは深く頷いた。
「ああ。巨神戦争の頃に比べると数は少ないが、擬態獣の特性上、早い内に叩かないと取り返しのつかない事になる。だから、今回の共同作戦だ。参加するのはダンナーベースのゴーダンナーとGガンナー。さらに光子力研究所からマジンガーZとダイアナンA、ボスボロットが参加すると聞いているよ」
バルトフェルドが補足した名前に、ミストは目を丸くした。マルキオ導師の講義で聞いた、伝説の英雄たちの名前だ。
「モビルスーツでは到底出せない馬力を持つ『スーパーロボット』たちだね」
「スーパーロボット……。凄いな、伝説の機体と一緒に戦うなんて」
「その中に、オーブからはミストのレヴリアスと、バルトフェルドのムラサメが加わることになる」
カガリの言葉に、ミストはふと疑問を口にした。
「……二人だけ、ですか? 小隊規模での派遣ではないんですか?」
「……すまない。私としてももっと戦力を割きたいのだが、今のオーブも決して一枚岩ではないのだ。正規軍を大々的に動かせば、国内の反対勢力や連合を刺激しかねない。擬態獣は世界中で目撃情報が出ているが、今の地球連合は、擬態獣を『新兵器の実験場』としか見ていない。そこにオーブが深入りすることを嫌っている連中がいるんだ」
カガリは悔しそうに拳を握った。一国の代表でありながら、自由にならない政治の壁。その苦悩を知るミストは、静かに首を振った。
「いえ……代表。僕とバルトフェルドさんだけで十分です。レヴィもいますし」
「はは、頼もしいねぇ。まあ、今ダンナーベースに停泊している大空魔竜隊も、状況次第では作戦に参加してくれるかもしれないという話だ。案外、賑やかな戦場になるかもしれないよ。頑張ればいいさ」
バルトフェルドが明るく肩を叩き、部屋の空気は少しだけ和らいだ。
「……分かりました、擬態獣の鎮圧。俺は全力を尽くします」
ミストは拳を強く握る。オーブへの恩返しの為。そして、3度目の故郷となる場所を守る為に、ミストは戦う決意を決めた。
数時間後、俺はヤマト邸に戻り、少ない荷物をまとめていた。
『ミスト、エリカによってステアードの応急処置が終わっているわ。ただ、スラッシュモードは使用を減らしなさい。ガンモードであれば問題無い』
「ああ、エリカさんに感謝だな」
『それと、カリダより伝言よ。「軽食を作っているから持って行くように」だそうよ』
「本当か?……カリダさん、ハルマさんには頭が上がらないな」
『なら、しっかりと作戦を成功させましょう』
「ああ!」
俺は迎えに来たバルトフェルドと共に、オーブの輸送機に乗り込む。輸送機のハッチが閉まる直前、ミストはヤマト邸のある岬を振り返った。
そこには、小さく手を振るカリダさんたちの姿があった。
『ミスト。心拍数が不安定です。……またここへ戻ってくればいい。アトリームやベザートとは違う。ここには、待っている人間がいるのですから』
「……分かってるよ。行こう、レヴィ。次は……何も失わせない」
激しいエンジン音と共に、機体は浮上した。
蒼い空の向こう、かつての戦火が嘘のような静寂を保つ日本へ。だが、ミストはまだ知らなかった。
その「平和」が、いかに脆い硝子細工の上に成り立っているかを。