レヴリアスに乗り込んだ俺は、用意されたジャケットを羽織り、グローブに指を通す。図らずもアトリームから持ってこれた、数少ない遺品の様な物。これを着る事はアトリーム防衛隊の生き残りとして、恥ずかしくない戦いをしなければならない。
そう胸に聞かせ、レヴィから現状の説明を聞いていた。
『現在は、大空魔竜より50キロ前方に擬態獣の群れが確認されています。群れは進路を日本にとっており、大空魔竜とは20分後には接触する計算となっています。此方の方針としては、大空魔竜は進路を遮る様に移動しています。所定の位置についてから順次機動部隊の出撃です。出撃後は大空魔竜を中心として、右翼左翼中央の3エリアに別れて迎撃です。レヴリアスはゴーダンナーとクラブバンカーと共に右翼を担当します』
「クラブバンカー…」
左モニターを見る。そこにはレヴリアスの横に並べれた赤い甲殻類を思わせる機体があった。
『パイロットはヤンマ、ハッチョ、ブビィの三人ですね。先ほどは食堂で姿が見られましたね』
「どんな人達だろう?」
『あまりその辺りの情報は得ていないので、私からは何とも言いませんが、ちょうど通信が入りました』
応答した先では3人の男性が顔を近づけていた。
「お前さんがミストか?俺はクラブバンカーに乗ってるヤンマだ。後2人はハッチョ、ブビィだぁ。作戦じゃぁ俺達は後方支援だが、何時でも前に出るから安心し戦うだよ!」
「はい、お願いします!」
「じゃあ、また後でな」
そう言って通信は終わった。
『通信を終了します。ミスト、深呼吸や目を閉じる事を推奨します』
静かになったコックピット内でレヴィの声に従い、ミストは目を閉じ瞑想を行う。
網膜に写るのはこれまでの戦いの記憶。かつての戦場。暴徒を鎮圧し、法を守るための「作業」としての戦場。そして、すべてを奪っていった侵略者との、絶望的な敗走戦。
——命の輝きを放ツ隊長のレヴリアス、崩れ落ちるセリウスⅡ。隊長の叫び、シェルディアの悲鳴。
「……っ」
ミストは奥歯を噛み締め、瞑想を打ち切った。
「……そうだ。今回は、一人じゃない」
頼れる仲間に囲まれ、敵を撃つ。ミスト、お前ならやれる。そう言い聞かせた。
『整理はついたようですね。さあ、ミスト時間になります』
グローブをはめた指先が、スロットルレバーの冷たい感触を掴む。
その瞬間、レヴリアスのジェネレーターが低く咆哮を上げ、機体各部から余剰熱を逃がす蒸気が噴き出した。
『……ミスト、これよりカタパルト接続(コネクト)。アトリームの残したその力を、この星に見せてやりましょう』
レヴィの言葉と共に、外部モニターの視界が急速にスライドする。
大空魔竜の口が開き、その向こう側に荒れ狂う日本の海が見えた。どんよりと濁った雲と、白波。そこには、数え切れないほどの「悪意」——擬態獣が蠢いている。
「……ああ。一人じゃないからこそ、俺は俺の役目を果たすんだ」
ミストは恐怖を噛み殺し、操縦桿を強く握り直した。
網膜ディスプレイに**「LAUNCH(発進)」**の文字が点滅する。
「全機、即時発進(スクランブル)! 各エリアへ急行せよ!」
『レヴリアス、システムオールグリーン。カウントダウン、三、二、一……』
「ミスト・レックス、レヴリアス、出ます!」
スロットルを押し込んだ瞬間、背中を巨大な槌で殴られたような衝撃が走った。
慣性制御システムが悲鳴を上げ、G(重力加速度)によって視界が微かに歪む。
『視界(モニター)修正。……ミスト、これが重力下の「海」です』
大空魔竜の口から解き放たれたレヴリアスを待ち受けていたのは、宇宙(そら)の静寂とは真逆の、混沌だった。
叩きつけるような潮風、弾けては連なる白波、そして——海面を埋め尽くす、黒い悪意の群れ。擬態獣。
「……う、あ……っ」
ミストは、肺から空気を搾り出されながらも、操縦桿を死守した。
眼下では、先行して射出されたクラブバンカーが、凄まじい水煙を上げながら海面を滑走し、巨大なハサミからミサイルを射出し、擬態獣の群れに叩き込んでいる。
荒れ狂う白波の向こうから、黒い粘液を滴らせた擬態獣が海面を割って躍り出る。
『目標、再設定。ミスト、ステアード・ガンモード。偏差補正、マイナス0.5。 海水の乱反射(リフレクション)を計算に入れて!』
「了解!……ステアード、シュート!」
可変兵装から放たれた白い光軸が、クラブバンカーの背後に迫った個体を貫く。だが、擬態獣は即死しない。貫かれた穴を気にもせずに、異形の咆哮を上げながらクラブバンカーに縋り付こうとする。
「こいつら、なんて生命力だ……! ヤンマさん、離れてください!」
ミストは急降下し、レヴリアスのスラスターを全開にして、縋り付く擬態獣に重い蹴りを叩き込んだ。
グチャリ、という、金属を蹴った時とは違う生々しい肉の感触。それがフットペダルを通じてミストに伝わり、背筋を凍らせる。
「お、おう、ミストか。くっそ、どんどん撃ってくれ!数が多いぞ!」
「ミストも気をつけろ!」
「はい!ハッチョさん達、もっ!」
そう言い、ミストはレヴリアスを跳び上がらせる。急激なGに耐えつつ、両腕の砲塔を構える。
『ミスト、グルーヴァイン・バスターセット』
「…っ、グルーヴァイン・バスター、シュート!!」
砲塔より放たれた火球弾が射線上の擬態獣を吹き飛ばした。しかし、擬態獣の死骸の上を新たな擬態獣が再び現れる。
『ゴーダンナー、発進。ミスト、ゴーダンナーと前衛のスイッチを提案』
戦場を跳び回る中、レヴィの声が響く。モニターの端には大空魔竜から飛び出すゴーダンナーが写る。
「承諾、クラブバンカーの退路の確保を優先する!」
「おう、ハッチョ、ブビィ、若いのに男気見せるだ!バンカー、ボルトパライザー!!」
クラブバンカーは、反転からの両バサミからプラズマを発生させ、擬態獣に叩きこんだ。怯んだ隙にクラブバンカーは擬態獣を足蹴にしながら後退していった。
後退するクラブバンカーと入れ替わるように、一筋の蒼い軌跡が海面を切り裂いた。
ゴーダンナー。
その巨躯が着水した瞬間、噴き上がった水煙が瞬時に蒸発し、コックピット内のミストの肌を刺すほどの熱気がモニター越しに伝わってくる。
「フンッ!!……ミスト、ヤンマ達。遅れてすまない、こっからは俺が前衛だ!」
その振り降ろした拳についた擬態獣の粘液がプラズマの熱で蒸発した。
アトリームの兵装が「効率よく貫く」ためなのなら、あれは「力任せに粉砕する」ための力。
ミストは、そのあまりに野蛮で、しかし頼もしい背中に、自分の常識が音を立てて崩れるのを感じていた。
『ミスト、ゴーダンナーに見惚れるのも理解は示しますが、戦場です。前方にさらなる擬態獣の群れ出現』
「くっ、もう一度グルーヴァイン・バスターを使う!」
『…グルーヴァイン・バスターセット』
「グルーヴァイン・バスター、シュート!!」
レヴリアスの砲身が咆哮し、海面を焦がす熱線が擬態獣の壁をぶち抜いた。蒸発した海水が霧となって視界を覆うが、レヴィの索敵(スキャン)は無慈悲な真実を映し出す。
『……確認、霧の向こう側、目標の熱源反応に変化なし。むしろ、固体の反応が大きくなっています。これは、死骸を食べている?…擬態獣は擬態獣同士で食い合う事で増幅するのですね。……そして、ミスト、今のグルーヴァイン・バスターの発射によって弾数は両腕合わせて2発。ステアードも残弾も30%を切りました。これらはクリスタルハートによる生成も時間がかかります。この戦闘ではこれ以上増えないと認識しなさい』
「……っ、化け物め! どこまで湧いてくるんだ!」
レヴリアスのスロットルを握る手が、微かに震える。
アトリームを滅ぼした時も、最後はこうだった。いくら撃っても、いくら壊しても、終わりの見えない「数」に呑み込まれていった。
『ミスト、バイタルが不安定です。深呼吸を……っ、下方より高エネルギー反応! 回避不能距離!』
見落としていた、いや、擬態獣が巧みだった。レヴィのセンサーを回避して擬態獣はレヴリアスの足に絡みついた。
「くっ!!レヴィ、どうなってる!?」
『海中に潜んでいた擬態獣が脚部に組み付きました。擬態獣により海中に引きづられています』
「振りほどけないか!?」
『複数の擬態獣が連なっています。レヴリアスの推力では単騎での復帰は不可能です』
ギシギシと軋み始める脚部を引かれ、海中に沈んだレヴリアス。レヴリアスの推力では気圧と擬態獣を突破する事はできなかった。
「レヴリアスはどうなった!?」
「おいおい、海中にいやがるじゃねーか!?」
「ヤンマ、クラブバンカーで行くか?」
「だがよハッチョ、ゴウの旦那を一人にさせるにゃあ」
「俺は良い!行ってミストを助けて来てくれ!」
「…ヤンマ、ハッチョ、覚悟を決めろ」
「…ブビィ」
「ぐぐ、俺が抑えておける時間は少ない、早く行け!」
「わかった、すまねぇ、行くぞ!」
「「おう」」
三人の心を燃やし、クラブバンカーが潜航を開始する。
視界が泡の奔流に呑み込まれ、空の光が遠ざかっていく。
ギシギシと悲鳴を上げるレヴリアスの脚部。海中から伸びる無数の触手が、蜘蛛の巣のように機体を絡めとり、深淵へと引きずり込んでいく。
「……っ、離せ! 離せよッ!」
必死にスロットルを蹴るが、推力偏向ノズルは泥を噛んだように重い。
『ミスト、バイタル危険域。脚部装甲の圧壊まで、あと30秒。……ごめんなさい、私の演算ミスです。海中からの伏兵を予測しきれませんでした』
レヴィの、これまで聞いたこともないような弱気な声。
暗い海。泡の向こうに見える擬態獣の群れ。それは、アトリームを焼き尽くしたあの炎と同じ、逃れられぬ「死」の形をしていた。
「……やっと、みんなの後を追う事が、できるな…?」
『意識レベル低下、しっかりしなさい』
意識が遠のきかけたその時、雷鳴のような、いや、プラズマが大きく周囲に広がった。広がるプラズマはレヴリアスに巻き付いた擬態獣だけでなく、辺りの海中に潜む擬態獣をまとめて攻撃した。
「おいおい、わけーもんが、諦めるのが早いじゃねぇーか」
「うう、クラブバンカー…?」
『確認しました、クラブバンカーです。ボルトパライザーのプラズマが海水を伝い、広範囲に広がった影響で拘束が解かれたようです。レヴリアス単体で上昇は厳しいでしょう』
「おお、まだ俺達の仕事が残ってたな」
「クラブバンカーに掴まれ、ミスト!」
「はい、ありがとうございます」
レヴリアスにクラブバンカーから伸ばされたワイヤーが括りつけられる。徐々に上がっていく水位、上空からの光が差し込み、ミストは安堵のため息が漏れ、不思議な安心感を感じていた。
泡の中に光が混じり始め、レヴリアスのセンサーが海面の輝きを捉えた。
「おっし、ハッチョ、ブビィ! 根性入れろ、一気に抜けるぞ!」
「「おうよ!!」」
クラブバンカーの唸るようなスラスター音が、ワイヤーを通じてミストに伝わる。
一気に水位が下がり、ドバァッ! と水飛沫を上げて二機が海面へと躍り出た。どんよりとした曇り空が、今は何よりも美しく見える。
「……ハアハア! 助かった……レヴィ、現状は?」
『機体各部、浸水被害軽微。擬態獣の侵食も許容範囲ないです。……ですがミスト、安堵している暇はありません。前方、ゴーダンナーが孤立。さらに周囲の擬態獣が集中しています』
モニターに写る光景は、擬態獣の中央で拳を振るい続けるゴーダンナーの姿だった。
「レヴィ、レヴリアスは動けるか!?」
『損傷軽微とはいえ、右脚部のスラスターに異常を確認、出力が安定していません。調整を平行で行うとして、救援には時間を所要します』
「そんな…」
「クラブバンカーじゃあ、あそこに飛び込むのは難しいよな」
「ああ、クラブバンカーが主役張る位に厳しいぜ」
「じゃあ、難しいなぁ」
「──見ているしか、ないのか?」
「──おいおい、諦めるのが早いぜ?」
その機体は突然、太陽を背に空から飛んできた。ピンチに現れるその機体は──
「──このマジンガーZと兜甲児様が来たんだからよ!」
僕等のくろがねの城、マジンガーZ。巨神戦争でDr.ヘルを打ち倒したその存在が、目の前のピンチに駆けつけないわけが無かった。
「行くぞ、マジィィン、ゴォォォォ!!」
赤い翼──ジェットスクランダーで空を舞うマジンガーZ。一息の間にゴーダンナーの元に飛んで行った。
「猿渡さん、てぇ貸すぜぇ!」
「──ムッ、兜か。お前のエリアはどうした!」
跳びかかる擬態獣に拳をぶつける。海中を滑る擬態獣を蹴り上げる。
「無敵のマジンガーZだぜ?一瞬で片付けてやったぜ」
「…そうか、ならこの場も一瞬で片付けて貰おうか?」
「へへ、冗談キツイぜ!だが、背中は任せて貰うぜ!」
ゴーダンナーの背中合わせに着地したマジンガーZ。軽口を言い合う甲児にジョークを返すゴウ。巨神戦争からの知り合いの二人は、同じ戦場にも幾度とともにした。
「さあ、マジンガーZで燃やし尽くす!喰らえ、ブレストファイヤァァ!!」
「良い火力だな!そら、跳べ!」
マジンガーZの胸部の放熱板から放たれる3万度の熱線。水上を走る熱線が擬態獣を融解させ、ドロドロに溶かしていく。ゴーダンナーはその熱線に擬態獣を吹き飛ばしていく。戦時中に大多数を相手取るさいに編み出した連係がここでも火を吹く。今まで散々てこずっていた擬態獣が瞬く間に溶かされて行った。
「あれが巨神戦争の英雄なのか…」
『とてつもない、力があの2機から計測されました。ゴーダンナーもマジンガーZが参戦してから出力が2割ほど上昇していました。何かマジンガーZにそのような作用があるのでしょうか』
「わからない、けど、あの2機が英雄と呼ばれる所以なのかも知れない」
『ミスト、理由になっていません。しかし、理由もないのかもしれませんね……。ミスト、大空魔竜が近づいています。作戦終了のようです』
「…そっか、ああ、良かった」
溶かされた擬態獣が広がるこの戦場で、茜色の夕日が沈むのを背に2機の巨人は立っていた。大空魔竜が来るまで、レヴリアスは見つめていた。英雄の背を。