やはり『過負荷』は青春ラブコメなんて出来ない。   作:くさいやつ

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あけましておめでとうございます!
遅い挨拶になってすいません。色々忙しかったんです。
やはり過負荷は難しい。由比ヶ浜の話しは適当です。比企谷くんを絡ませにくかったんで。


材木座義輝の小説

比企谷八幡は常に独りだ。友達も、仲間も、敵も、好敵手も存在しない。それは決して雪ノ下雪乃のように孤高(プラス)であるということではなく、その真逆で孤独(マイナス)であるのだ。

だが、決して比企谷はそれを直そうと、正そうとは思っていない。自身の孤独(マイナス性)を何よりも認めているからだ。

 

常に孤独だから、いくら教室で周りがワイワイと騒いでいようが気にせず1人で黙々と週刊少年ジャンプを熟読できる。それを比企谷は全く悪いとは思ってはいないが、今この時だけは少しだけ問題があった。

 

「おい。比企谷。このレポートはなんだ」

 

それは、何かあればジャンプの事を考えてしまうことである。休み時間のみならず授業中ですらジャンプに侵食されてしまっている。

その証拠に現在目の前にいる平塚静教諭が比企谷の眼前に突きつけたレポートに記されている。そのレポートは生物の時間に書かれた物だがその内容は主に某海賊漫画のデーモンフルーツの事であった。

 

「『せ』『先生は現国の先生でしょ?』『なんで生物のレポートなんて?』」

 

平塚が鋭い眼光で睨んでいるというのに、少しどもってはしまったが作り笑顔で白々しく返す比企谷の度胸に感心してしまう。

 

「私は生活指導だ。故に生物の先生に丸投げされたんだ」

 

「『それはまた』『その先生にも困ったものですね』」

 

比企谷は態とらしくはぁ、と額に手を当てて、疲れたようにため息を吐く。平塚は呆れたようにそれを見て

 

「君のせいだろう」

 

「『僕は悪くありませんよ?』『真面目に書きましたし』『内容もしっかりしてるでしょう?』」

 

「比企谷。この内容がおかしくないとでも言うつもりか?何が『動物(ゾオン)系悪魔の実の考察』だ。まぁ、後で色々と話し合いたいが、今は説教だ。まずテーマが『野生動物の生態』だろう。動物という点しかあっていないじゃないか。バカなのか貴様は」

 

平塚は眉間を抑えながら、疲れたようにため息を吐く。

 

「『バカでェーす☆』」

 

片手をピースにして横に置き目を挟むようにして、ポーズを取る。なんていうか、キャピッ!みたいな雰囲気がある。

 

「……」

 

それを見た平塚は無言で硬く握り拳を作り思い切り鳩尾に叩き込んだ。ブォンと鈍い風切り音がかなりの威力があることを証明している。見事にクリーンヒットした比企谷は「『グボォッ!』」と低く悲鳴をあげて、床に倒れこむ。

 

「比企谷、舐めるなよ。明日までに書き直してこい」

 

「『せ』『先生……』『仮にも教師が生徒に手を出すのはどうかとおもいますよ』」

 

今も鳩尾を抑えて、プルプルと床で震えている比企谷が絞り出すように言う。立派な体罰だが、比企谷が相手なら良いと思えてしまうのは仕方ないことなのだろうか。

 

「貴様が教師に対して舐めた態度をとるからだ。お前風に言うなら『私は悪くない』」

 

平塚は軽くウインクしてから、椅子を回転させて机に向き直る。

 

「そういえば、比企谷。この前の依頼者はどうだったんだ?」

 

しばらくして、痛みが収まり膝を震わせながらもヨロヨロと立ち上がった比企谷に平塚が聞く。

 

「『あー』『由比ヶ浜ちゃんのことですか?』『……………』『さぁ?』『わかりません』」

 

比企谷は顎に手を当てて少し考えてから、なんでもないように答える。

 

「…………そうか。なぁ、比企谷」

 

「『はい?』」

 

「特に他意はなく興味本位で聞くが、お前から見て雪ノ下雪乃はどう映る?」

 

少し真剣な空気を醸し出す平塚に対して比企谷はなんの反応もない。ただその様子をいつも通り気持ち悪く見ているだけだ。

 

「『雪ノ下?』『誰です?』『うーん』『聞いたことないなぁ』」

 

気の抜けた声で言う比企谷。

そんな比企谷に目を細める平塚。鋭い視線で睨まれた比企谷は笑いながら訂正する。

 

「『っとと』『なーんて』『嘘ですよ平塚先生』『だからそんな怖い顔しないでください』『雪ノ下さんかぁ……』『一言で言うなら』『天敵ですかね』」

 

妙な答えをした比企谷を訝しげな目で見る平塚。

 

「天敵?」

 

「『僕と彼女は相容れない』『理解しあえない』『許容できない』『僕は過負荷(マイナス)で彼女は天才(プラス)』『まるで磁石のS極とN極のように反対だ』『だけど何故か同じ極のように反発しあう』『あはは』『本当は似たもの同士なのかもしれませんね』」

 

薄っぺらい笑いを含みながら言った言葉なのに、平塚はそれが的を得ているように思えた

 

「そう……か。優秀な生徒なのだがな。まぁ、持つ者は持つ者で苦悩があるのだよ。元々はとても優しい娘だ。優しくて往々にして正しい。ただ世の中が優しくなくて正しくないからな。さぞや生き辛かろう。君たちは捻くれているから、上手く社会に適応出来そうに無いところが心配だよ。「『おいおい…いくら温厚で通っている僕と言っても』『その発言は聞き捨てならないぜ』『僕と彼女が似ているところなんて何一つ無いのに』『哀れな一般人の僕と化け物の雪ノ下さんを「君たち」でまとめるなんて』『平塚先生は僕を怒らせる天才だな』『僕を怒らせたら怖いんだぜ』『何が起こるかわからない』」………!!」

 

激しい怒りを表した顔。比企谷がここまで強い感情を見せたのは初めてだった。ふと垣間見せるこの男のマイナス性。まさに理不尽(マイナス)理解不能(マイナス)だ。

 

「『だけど何もしない』『僕は温厚だからね』『もし僕が温厚じゃなかったら今頃血の海に沈んでいたよ』『勿論この僕が』」

 

怒ったと思ったら、すぐに笑顔を作りニコニコと平塚に笑いかける。やはりこの男は捉えならないし掴みきれないな、もう一年間と少し見てきたがそんな結論を出す平塚。

 

「……はぁ。君と話していると疲れるよ。何を考えているかわからないからね。まぁ、君のようなタイプの人間は初めてだから見ていて面白い。これからも部活動を頑張ってくれたまえ」

 

「『先生のような美人に言われたら断ることなんて出来ませんね』『りょーかいです』『僕なりのやり方で頑張らせてもらいますよ』」

 

比企谷はペコリと小さくお辞儀をしてから、職員室から出て行く。その後ろ姿に平塚が

 

「期待している」

 

と声をかけた瞬間にドアがピシャリと閉まった。

 

 

☆ ☆ ☆

 

窓の外では雨が音を立てて、地面に打ち付けられている。ジメジメとした湿った空気の影響で生徒たちも少し陰気な雰囲気がある。

 

そんな中、周りに捉われず1人で週刊少年ジャンプを時に『あっはははー』と机をバンバンと叩きながら大声で笑い、また時に『グズッ……グズッ……』とポロポロと涙を零して鼻水を啜りながら読んでいる男がいた。

勿論、比企谷八幡のことである。

 

普段比企谷は気まぐれに昼食を摂る場所を変えるのだが、雨の日は教室くらいしか場所がない。比企谷(マイナス)が同じ空間に居る、という事実がよりこのクラスの雰囲気を悪くしているのかも知れない。

 

「えぇ〜〜。隼人〜〜」

 

だが、それはトップカーストの葉山達には関係のないことらしく、葉山達のグループでも特に異彩を放っている金髪の女生徒ーー三浦優美子がかなり大きな声で話し出す。葉山の相方とでも言える存在だ。

 

「ごめん、今日は無理だわ…。部活あるし」

 

「一日くらいよくない?」

 

葉山が少しすまなそうな声色で応えると、三浦は残念そうに言う。

 

「今日ね。41のダブルが安いんだよねぇ〜。あーし、チョコとショコラが食べたい」

 

三浦は今時珍しいガラケーを開きながら、確認をとるように見始める。

 

「どっちもチョコじゃん」

 

葉山が三浦の機嫌を損ねないように笑いながら言うと周りもそれに合わせて笑う。だが、その中で由比ヶ浜だけが馴染んでいない。何かを切り出そうとしてそれに躊躇しているような様子がわかる。背中に隠すように持っている弁当箱から大体予想は出来る。誰かと約束しているのだろう。だが、空気が読めてしまう由比ヶ浜は切り出せない。

 

「えー?全然違うし。てか、ちょーお腹減ったし」

 

「あんまり食べ過ぎると後悔するぞ?」

 

「あーし、いくら食べても太んないし」

 

携帯にポチポチと何か打ち込みながら気だるげに肘を着く。葉山が来ないことに不満があるようだ。

 

「ホント!優美子マジ神スタイルだよね。足とかちょー綺麗」

 

三浦の感情を機敏に読み取った由比ヶ浜が、空気を良くしようとする。三浦は由比ヶ浜の言葉にフフーンと満足そうに鼻から息を吐く。口元も緩んで、陰険な雰囲気も引っ込んでしまう。

 

「そ、それでさ。ちょっと私」

「そーかなぁ。でも雪ノ下さんとかいう娘の方がヤバくない?」

 

空気が良くなったところで、由比ヶ浜は話しを切り出そうとするが三浦に言葉を被せられて遮られてしまう。

 

「あー。確かにゆきのんはヤバい」

「……ゆきのん…?」

 

雪ノ下を思い出すように言った由比ヶ浜の言葉を先ほど引っ込んだ不機嫌な雰囲気をまた出して三浦が問う。

 

「でも!優美子の方が華やかというか、なんというか」

 

三浦の目が細くなったのに、慌てたように取り繕う。

 

「まぁまぁ。部活が終わったら付き合うからさ」

 

葉山のフォローも入った事で、機嫌を直した三浦は笑顔に戻り

 

「おっけ、じゃ終わったらメールして」

 

由比ヶ浜はそれに安心したようにホッと息を吐いて、胸を抑える。

 

チラリと由比ヶ浜はジャンプを読んでいる比企谷を見るが、こちらに何の関心も無いのか気にした様子はなく、今だに百面相のように表情を頻繁に変えながらジャンプに夢中になっている。その姿に雪ノ下と比企谷の歯に衣を着せぬ言い合いを思い出した由比ヶ浜は一歩だけ踏み出すことにした。

 

「あの、私さ。昼行くところがあるから……」

 

基本どこに行くにしても、何をするにしても周りに合わせる由比ヶ浜がおずおずと控えめだったが、確かに自分の意思を言った。

 

「あ、そうなん?じゃあ、レモンティー買ってきてよ。あーし飲みもん持ってくるの忘れちゃってさー」

 

三浦は携帯を弄りなから、手を振る。だが、昼休みが終わるまで教室に戻ってくるつもりが無かった由比ヶ浜は頬をポリポリと書きながら、言いにくそうに躊躇いながら言う。

 

「…いやー、私多分戻ってくるの五限になるっていうか。お昼丸々いないからそれは無理かなー、なんて」

 

それに惚けたように「は?」と言った後、すぐさまイラつきが顔に出始める。

 

「ちょ、何それ?結衣最近付き合い悪くない?」

 

最近、奉仕部にばかり顔を出していて三浦達との付き合いが疎かになっていたのは事実だったから、何も言えなくなってしまう由比ヶ浜。

 

「そ、それはそのー、止むに止まれぬといいますか。なんと言いますか……」

 

「それじゃわからないからちゃんと言ってよ。あーしら友達じゃん」

 

由比ヶ浜のゴニョゴニョと遠回しに伝えようとするやり方にイライラが増して行く。

その声は教室に響き、談笑していた生徒たちもシーンと黙って様子を伺っている。中にはすぐに教室から出て行こうとする人も居る。

 

「………ごめん」

 

三浦の威圧に萎縮してしまい、小さく謝る。だがそれが余計に三浦の琴線に触れてしまう。

 

「だぁから!ごめんじゃなくて……「『ねぇねぇ』」あ?なんだしお前」

 

更に声を大きくして、もはや怒鳴るように言おうとしていたところで外野から声がかける。

声をかけたのは比企谷八幡。それに驚いたのか目を見開く由比ヶ浜。

 

「『あー、と』『まずは自己紹介が大切だよね』『僕は比企谷八幡』」

 

「それで、あーしになんのようだし。こっちは立て込んでるんだけど」

 

「『いやいやいや』『まさかまさか僕が女子に用なんてあるわけが無いじゃないか』『話しかけたが最後』『通報されてしまうのがオチだよ』『僕は用があるのはそこのイケメン君だよ』」

 

比企谷が指を指したのは葉山だった。まさかのご指名を受けた葉山は少し驚いた様子だったが、すぐに隠して微笑みを浮かべる。

 

「僕かい?」

 

「『そうそう君だよ』『聞きたい事が有るんだけどいいかな?』」

 

普段、学校に来ても誰にも話しかけずに1人で週刊少年ジャンプを読んでケラケラと笑っている比企谷が珍しくも他人ーーそれもトップカーストの葉山にだ。

 

「ああ。構わないよ。何かな?」

 

先日の泉の一件で危ない奴だと思われている比企谷がトップカースト達の更にトップである葉山に話しかけた事で、教室により緊張が走る。由比ヶ浜と三浦に向いていた注目が既に葉山と比企谷に移っていた。

 

「『えー、とね』『なんだっけな……』『そう!』『泉くんの事なんだけど』」

 

ピクッと葉山の頬が動く。泉はもう暫くーーというのも比企谷との出来事以来登校していない。その原因と言うべき比企谷からその名前が出たのだ。反応しないわけがない。

 

「泉くんがどうかしたかい?」

 

「『何やら退学するつもりらしいんだけど詳しい話し聞いてないかな?』」

 

----!!

 

聞き耳を立てていた生徒の中で泉と深い親交があった友達以外が反応する。勿論、泉が退学するなんて知らなかったからである。

 

「……………。その話……、本当かい?」

 

「『僕は生まれてから一回も嘘をついたことが無いんだ』『まぁ、それも嘘なんだけどね』『でも、この話しは本当だよ』」

 

「そうなんだ。残念だけど、僕は知らないな。初耳だ」

 

葉山は目の前の人物が原因だろうなと考えながらもそれは言えないでいた。

 

「『へぇ』『僕は虐められたのが原因とかきいたんだけどな』」

 

「!!泉くんが虐められてるなんて知らなかったな。僕の方からも調べてみるよ」

 

皆仲良くが信条の葉山からしたら、虐めなんて聞き流せないものだった。実は、泉が比企谷を虐めていた時も葉山が裏で抑えて、あまり過激にならないようにしていたのだ。

 

「『うん』『そうだね』『僕も君を見習って泉くんの事を調べてみるよ』『例えば』『クラスメイトの男子の弁当箱にゴミを入れて』『食べさせたなんて平塚先生に知られれば』『どうなるんだろうね』」

 

「!!」

 

タラリと葉山の頬に汗が流れる。

調べてしまうと泉が今までやってきた全てがバレる。泉は葉山のようにトップカーストではないがそれなりに支持を持たれている。そんな人物を葉山が調べて、それが教師にバレたとしたら葉山の立場が揺るぐほどではないにしても、印象は悪くなる。それで、対立など起きれば葉山の信条とは真逆の事態だ。

 

「……脅しのつもりかい?」

 

小声で比企谷にしか聞こえないように言う。

 

「『まさか』『僕に君を脅してなんの得があるっていうんだ』『ただ』『もし調べたら泉くんがいままでしていた行動がバレて停学、または退学になる』『もし調べなかったらこのまま不登校として扱われるか、それとも自主退学という扱いになる』

『ほら』『僕には得も損もない』」

 

そこまで上手くいかないだろう、とは思う。思うのだが、もしかしたらこの過負荷(おとこ)ならやってしまうんじゃないか?とも同時に思ってしまう葉山。

 

「………………」

 

ニヤニヤと気持ち悪い笑みをやめずに葉山を覗き込むようにみる。

葉山はゾッと悪寒するが、今は必死に耐える。

 

「『まぁ?』『君はどうやら皆と仲良くやりたいみたいだから』『どうするかは決まってるよね?』」

 

ゾゾゾと蛇のように全身に絡みつく悪寒がする。

 

比企谷はこう言っているのだ。

----泉を犠牲にして、みんなで仲良くやるか。

----泉を救う代わりに、クラスに亀裂を作るか。

どっちかに決めろ、と。

しかも、どっちを選ぶにしろ泉が退学、停学、不登校のどれかと、大した違いは無いのだ。

 

「……………………ッ!し、調べるのはやめておくよ」

 

喉の奥から絞り出すように、かすれた声で応える。

 

「『ふぅん』『君がそう言うなら僕も調べるのはやめておくよ』」

 

急激に比企谷の眼から葉山に対する興味が薄れていく。それに葉山は、もしかして自分は選択を間違えてしまったのではないか、と錯覚してしまう。

 

「『じゃ!』『また今度』」

 

「………………」

 

ふんふん♪と鼻唄を唄いながら、廊下の方へ行ってしまう比企谷。

 

「『あ!』『由比ヶ浜ちゃん!』『頑張ってね!』『なんか喧嘩?してるみたいだけど』『この一件で由比ヶ浜ちゃんがクラスの皆から嫌われたとしても』『僕は由比ヶ浜ちゃんの味方だから』」

 

由比ヶ浜の隣を横切る時にそう言葉をかけてから廊下の方へ消えていく。全くの無関心だと思っていたが、どうやら少しは気にかけていたようだ。由比ヶ浜もまさかの発言に苦笑いしてしまう。だが、少しだけ気が楽になっていたことに由比ヶ浜本人は気づいていなかった。

 

「くぅっ!はぁ………はぁ………」

 

完全に見えなくなったところで、葉山は膝をついて息を整える。寒くもないのに身体がガクガクと震えて、目眩もする。おまけに吐き気もひどい。

 

「隼人だいじょぶ!?」と三浦が肩を支えて背中も摩ってくれるが、いまはそれすらうっとおしいと感じてしまう自分自身に嫌悪感が募る。

 

「だ、大丈夫だから。ありがとう」

 

他にも心配そうに見ているクラスの皆に「大丈夫だよ」と笑顔で返す。

 

だが、顔の青白さは誰の目から見ても異様だ。

 

----あれが本当に比企谷くんなのか……?

 

確かに昔から何故か気持ち悪いと感じてしまう男だったがさっきのは異常だった、と葉山は考える。

何故今まで抑えていたのか。何故今頃動き出したのか。と様々な疑問が巡るがそれは今考えても仕方ない事だ。

震える足を叩いて、ヨロヨロと立ち上がる葉山。それと同時くらいに比企谷が消えて行ったドアから声がかける。

 

「由比ヶ浜さん」

 

そこに立っていたのは長髪の綺麗な黒髪を揺らしている美少女。泣く子を更に泣かす雪ノ下雪乃だ。

雪ノ下の存在に気づき、小さく「ゆきのん……」と呟く由比ヶ浜。

 

「貴方、自分から誘っておいて来ないなんて……?何かあったのかしら?」

 

少し威圧感を込めながら言い始めた雪ノ下だったが、教室の空気がおかしい事に気づいて首を傾げる。

 

「い、いいや!何もないよ!それよりごめんね!いろいろあってさ」

 

「そうなの?まぁ、いいわ。それより、連絡の一本くらいするのが当然じゃなくて?」

 

「ごめんなさい。でも、ゆきのんの携帯知らないし……」

 

顔を俯かせて、申し訳なさそうに言ってくる由比ヶ浜に雪ノ下もこれ以上責める気を無くす。

 

「そう?なら、貴方だけ悪いなんて言えないわ「ちょっと!今あーし達が話してたんだけど!」……」

 

途中で割り込んできた三浦をギロリと睨む。だが、負けじと三浦も睨み返す。だが、それを宥めるように入っていくのは葉山。

 

「悪い、優美子。俺、少し体調悪いみたいだから。保険室行ってくるよ。出来ればなんだけど、一緒に行ってくれないか?」

 

「………わかったし。でも、ちょっち待って。結衣と少し話すから」

 

三浦が由比ヶ浜に視線を動かすとビクッと肩が震える。雪ノ下は由比ヶ浜が持っている弁当箱を見つける。

 

「………由比ヶ浜さん。先に行ってるわね」

 

パアァと明るくなる由比ヶ浜の表情。

 

「うん!わかった!」

 

そのまま、雪ノ下はドアをピシャリと閉めて教室から出て行く。

 

由比ヶ浜は三浦に振り向く。重い空気。鋭い視線。いつもなら空気を読んで何とかするところだが、由比ヶ浜にはそんなつもりはなかった。

 

「あのね……、私いつもつい空気を読んじゃってさ……」

 

それから由比ヶ浜口から漏れるのはいつもの空気を読んだ発言ではなく、由比ヶ浜の本当の気持ち。それを三浦は真正面から受け止める。自己中心的で唯我独尊だと思われやすい彼女だが、彼女は彼女で友達思いなのだ。

 

「………ふーん、別に。いいんじゃない?あーしは隼人を保険室に連れてくから。結衣は雪ノ下さんのとこ行ってあげたら?私は気にしないし、隼人も別にそれで怒ったりしないと思うから」

 

最後まで聞いた三浦はぶっきらぼうだったが、さっきまでのイラついた雰囲気は無かった。

 

「……うん!ごめん!ありがとう!優美子!」

 

華のような笑顔を浮かべてから由比ヶ浜は駆け足で教室から出て行く。今なら、いくらでも何処までも走れるような気がした由比ヶ浜だった。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

ある日の放課後のこと。

比企谷が奉仕部の前まで着くと雪ノ下と由比ヶ浜が身を屈めてドアの窓から覗き見るように奉仕部部室の中を盗み見ていた。

 

「『どーしたの?』」

 

ソソソ…、と足音を消して後ろから声をかける。すると二人して「うひゃあ!?」と悲鳴を上げて、ビクビクビクゥと身を震わせる。由比ヶ浜はまだしも雪ノ下がまさかこんな可愛らしい悲鳴を上げるなんて思ってもみなかった比企谷がぶふっ!と吹き出してしまう。

 

「比企谷くん。貴方、覚えてなさい……」

 

キッと目を細めて睨みつける雪ノ下。

 

「『そーだねー』『明日までは覚えておくよ』『それでそれで何かあったのかい?』」

 

雪ノ下と由比ヶ浜が言いにくそうに目を合わせる。

 

「えっとね。部室に不審人物がいるの……」

 

由比ヶ浜は視線を俯かせて不安そうに言うが、比企谷は対して動揺はない。

 

「『不審人物?』『へー』『そりゃ大変だ』」

 

「貴方なんでそんな余裕なのよ」

 

「『いやいや』『雪ノ下ちゃん』『それは勘違いだよ』『今だって僕は怖くて恐ろしくて足が震えているよ?』『ただそれを隠すのが上手いだけさ』」

 

『ほら』と制服のスボンの裾をあげて足を見せる。そこはプルプルと小さく震えていた。

 

「……ごめんなさい。そうよね。いくら吐き気のするくらい気持ちの悪い貴方でも怖いものもあるわよね」

 

申し訳なさそうに謝る雪ノ下。それでも比企谷を罵るのはやめないのは流石だった。

 

「『そうだよ』『ホント怖いんだよ?』『今すぐオシッコが漏れそうで』『トイレに行ってもいいかな?』『まぁ』『駄目と言われても行くけど』」

 

「別に駄目なんで言わな………ちょっと待って。今なんて言ったのかしら?」

 

雪ノ下の顔を見てヘラヘラと笑う比企谷。

 

「『うん?』『トイレに行くって言ったんだよ』」

 

「貴方……。足が震えていたのはそのせい?」

 

「『当たり前じゃないか!』『それ以外に理由があるかい?』」

 

大袈裟に身振り手振りをして、雪ノ下を馬鹿にしたような顔をする比企谷に雪ノ下は青筋を浮かべる

 

「やはり、トイレに行ったは駄目よ。許さないわ。そのまま、漏らしなさい。その姿をインターネットに流してあげるわ」

 

「『うわっ……』『雪ノ下さん性格悪ーい』」

 

「いつも人を馬鹿にしたような言動をする貴方に言われたくないわ。たまには真面目にしてみなさい」

 

「『僕の辞書には真面目だなんて単語は無いんだ』『ごめんね』」

 

「あら、ごめんなさい。私、頭が良いから馬鹿の脳味噌に「真面目」の言葉が無いなんて知らなかったわ。でも、その辞書捨てた方が良いわよ?乱丁も落丁も有るし、何よりまともな単語が一つもなさそうだもの」

 

先程まで不審人物のせいで不安そうにしていた雪ノ下だが、比企谷と喋っている時はイキイキとしている。だが、何時もならそんな2人の会話も日常の一部だと由比ヶ浜も笑って受け入れるところなのだが、今は部室内に不審者がいるのだ。悠長に話している場合ではない。

 

「2人とも!!今は事してる場合じゃないでしょ!?ヒッキーも男の子なら中を確認してよ!」

 

本人達は否定するだろうが、由比ヶ浜から見ると仲良く話しているように見える2人につい語調が強くなってしまったのは嫉妬も混ざっていたのだろう。どちらに対して嫉妬したのかは今の由比ヶ浜には分からなかったが。

 

「『「男の子だから」だなんて』『なんて差別的なんだ』『見損なったよ、由比ヶ浜ちゃん』」

 

「差別じゃなくて区別よ。分別でもいいわね。貴方は分別しても捨てられない粗大ゴミだけど」

 

「『残念ながら』『誰にも手に取られる事の無かった僕は』『最初から買われても貰われてもないから』『捨てられる事すら無いんだ』」

 

「また!ヒッキー訳のわからないこといってる!良いから!は!や!く!」

 

グイグイと比企谷の背を押して、無理矢理ドアの前に立たせる。

 

「『じゃあ』『開けるね?』」

 

後ろに身を隠している2人に最後の確認をとる。

 

「早くしなさい」

「早くして!」

 

2人揃っての急かす言葉を聞いてから慎重になるべく音を立てないようにゆっくりと扉を開く。

 

海辺にあるこの校舎は時間により風向きが変わり、窓から一陣の潮風が吹く。扉を開くとその風が3人の頬を濡らし、髪を揺らす。

部屋の中にいたのは不審人物ではなく1人の男子生徒。彼は3人が扉を開くタイミングに合わせてプリントをばら撒き、風に乗せてまるで手品師がイリュージョンを終わらせた後に舞う紙吹雪のように、まさに本物の吹雪のように舞わせていた。

窓ぎわに立っている男子生徒は制服の上から黄土色のコートを羽織り、手には黒い指ぬきグローブをはめていた。奇抜なファッションである。

 

「くふふふ、こんなところで会うとはな!待ち侘びたぞ!比企谷八幡!」

 

背を向けた状態で、まるで舞台で演じる役者のようなテンションで話しかけてくる。

 

「ねぇ、比企谷くん。知り合いかしら?」

 

あんなのと知り合いなの?と薄汚いものでも見るかのような目で比企谷を見る。

 

「『ちょっと待って』『思い出すから』」

 

比企谷は本当に覚えてないのか、真剣に頭を悩ましている。

 

「真逆、相棒であるこの私の事を忘れたとは言うまいな!見下げ果てたぞ、八幡!」

 

「向こうはヒッキーの事知ってるみたいだよ?相棒とか言ってるし」

 

由比ヶ浜の目も雪ノ下と同じように、どっちとも気持ち悪いから死ね、とでも言っているような目だ。

 

「『う〜ん?』『本当に忘れたんだよねぇ』」

 

「八幡!?本当に忘れたのか!?あの地獄のような時間を共にした私の事を!?」

 

そろそろ嘘ではなく、本当に忘れている事に気がついた男子生徒が焦ったように問いかける。

 

「『そんな事言われてもなぁ』『僕は平日、休日、祝日、祭日、忌日、凶日、陰日、虚日、毎日毎日地獄のような時間を生きてるからなぁ』『残念ながら覚えてないんだ』」

 

がくり、と膝から崩れ落ちる男子生徒。流石に不憫だと思ったのか雪ノ下と由比ヶ浜の瞳にも優しさが出る。反対に比企谷に対しては第三宇宙速度に匹敵するような信じられないスピードで冷たくなる。

 

「材木座だ!体育の時間に一緒にペアを組んだ材木座義輝だ!……どうだ?思い出したか?」

 

「『材木座……材木座……』『ああ!』『思い出した!』『そういや居たね!』『いやー』『ごめんね』『まるで眼中に無かったよ』」

 

雪ノ下と由比ヶ浜は軽い感じで言う比企谷に、本当に思い出したのか?と疑わしく見るが、本人が思い出したと言ったのだから確かめようがない。あと、材木座はさらりと言われた眼中に無いと言う言葉に「ぐふっ!」と唸る。

 

「お友達、貴方に用が有るんじゃないの?」

 

「『友達じゃないよ?』」

 

友達という単語にピクッと反応を示す材木座。

 

「そう!私に友達など居らぬ!……………いや、マジで1人。ふひひ」

 

最後に材木座の素が出てしまっている。

 

「時に八幡!ここが奉仕部であっているな?」

 

「ええ、奉仕部はここであっているわ」

 

比企谷の代わりに雪ノ下が応える。どうやら、依頼で来たのだと分かったから雪ノ下の顔付きも変わる。だが、材木座は雪ノ下の方をチラリと見てから比企谷に向き直る。

 

「ならば!お主には私の願いを叶える義務があるわけだな。ふふん!いく百の年月が流れても我が主従は変わらない、と。これも、八幡大菩薩の導きか……」

 

「別に奉仕部は貴方の願いを叶える部活ではないわ。ただ、お手伝いをするだけよ」

 

またしても、雪ノ下が応える。が、対する材木座もまたしても、チラリと見てから比企谷に向き直る。

 

「ええい!八幡!我とお主は対等の関係。再び、天下を握らんとしようではないか!」

 

「『ええ!?』『天下を握るだなんて弱者である僕が握っても滑り落ちちゃうのがオチだよ?』」

 

「そんな悲観することはないぞ!八幡!必ずや我とお主で天下を総て……みせ………る………」

 

雪ノ下と由比ヶ浜のジト目により、勢いが少しずつ無くなっていく。遂には比企谷に助けを求めるように見てしまう。

 

「ねぇねぇ、比企谷くん」

 

雪ノ下が比企谷の制服の端を摘み、少し引っ張る。

 

「なんなのかしら?剣豪将軍とか言ってるアレは」

 

比企谷の耳元に顔を寄せ、材木座に聞こえないように小声で言う。

 

「『所謂、中二病と言われるやつだね』」

 

「中二病?」

 

「『ああ』『気にしなくても本当の病気じゃないよ』『スラングみたいなものだから』『簡単に言うと中学二年生の思春期にありがちの背伸びした言動の事を自嘲気味に言った言葉だね』『彼の場合は更に酷い厨二病と言ったほうが良さそうだけど』」

 

比企谷が簡単に中二病の事を説明する。ある程度、説明を終わらせると由比ヶ浜は身を庇うように腕で包みながら「意味わかんない…」と呟く。由比ヶ浜のような人種には一生わからない部類の話だろう。

 

「つまり、お芝居をしているようなものって認識でいいのかしら?」

 

「『そんなもんでいいんじゃない?』『特に間違ってないし』『で』『彼は室町時代の何代目かの将軍である足利義輝を参考にして』『いろいろ妄想しているみたいだよ?』」

 

窓ぎわで太陽に向かって、様々なポーズをしている材木座を見ながら説明を終わらせた。

由比ヶ浜はそんな材木座を「うへぇ」と完全にドン引きしていて、鳥肌でも立っているのか身を包むようにした腕を解こうとしない。

 

「貴方を仲間として見ているのは?」

 

「『う〜ん』『確か』『清和源氏が厚く信奉してた八幡大菩薩を引っ張ってきているらしいよ?』」

 

雪ノ下は目を丸くして意外そうに比企谷を見る。

 

「驚いたわ。詳しいのね」

 

「『あはは』『体育のペアの時に長々と語られたんだよね』」

 

それを聞いて「なるほど」と納得する。由比ヶ浜は足利義輝や清和源氏などが出てくるから、会話についていけないのか途中から頭を抱えていた。

 

「『でも』『彼の場合まだ厨二病の中では軽症だと思うよ?』『重症なのはこんなものじゃないから』」

 

「あれより酷いのがいるの?」

 

「『僕にも一応あったんだよ?』『まぁ』『かめはめ波の練習をしたり』『忍術の印を覚えたり』『六王銃なんていいながら枕を殴ったり』『月牙天衝と叫んで新聞紙を丸めたのを振り回したり』『まぁ色々だね』」

 

赤裸々に語っていく比企谷。恥ずかしいとは思わないのか、全く表情に変化はない。

 

「『本当に重症なのは』『コスプレしたり』『妄想をノートなんかに書いて保管したり』『オリジナルの神話を考えたりするのかな?』『僕にもちょっとわかんないや』」

 

由比ヶ浜は比企谷の話を聞きながら「キモ……」と辛辣な言葉を放つ。本当に気持ち悪いと思っているのか、心なしか少し顔が青白い。

 

「…………なるほど。貴方もかなり恥ずかしい人間な事は分かったわ」

 

「『確かに僕は「恥の多い人生を送ってきました。」と断言できるくらいには』『恥ずかしい人間かな』」

 

「貴方太宰治を知っていたの?宮沢賢治は知らなかったのに?」

 

「『知名度の違い?』『って奴かな』」

 

雪ノ下は材木座のところに歩いて近づいていく。由比ヶ浜はその後ろ姿を心配そうに見ながら「逃げて〜〜」と必死に伝えるが、雪ノ下は気にした風でもなく材木座の真正面に立つ。

 

「分かったわ。その心の病を治すことが依頼と言う事でいいのかしら?」

 

「ぐふぅ」と悶える材木座。

助けを求めるように比企谷を見るが、比企谷はそれを笑顔で受け流す。

 

「八幡。我は汝との制約の元…」

「人に話しかけられた時は、その人の方を向いて喋りなさい」

「グッ………。ふ、ふははは!失敬、失敬。我は…」

「その喋り方もやめなさい」

「ぐぬ、ぐぬぬぬ……」

「それにそのコートはなんなの?きちんと指定された制服を着なさい」

「コレには魔界の瘴気を防ぐ高レベルの魔法障壁が…」

「あと、その指ぬきグローブ。なんの意味があるの?指が守られて無いじゃない」

「これは魔力を操作する時により精密に…」

「そんなふざけた理由でそんなものを付けているの?恥ずかしいとは思わないの?恥ずかしいと感じることは社会性を身につける上でかなり重要よ?」

「………………」

 

ボコボコに言い負かされる材木座。最後には肩をションボリと下げて、項垂れてしまった。流石は天下の雪ノ下さんだと感心する比企谷。由比ヶ浜も目を輝かせて「ゆきのんすご〜い!」と呟く。

 

「とにかく、貴方の依頼は病気を治すということでいいのよね?」

 

「いや、別にこれは病気じゃないですけど…。本当、大丈夫なんで……」

 

さっきまでのテンションはどこへ行ったのか。声はボソボソと聞き取りづらい上に、雪ノ下が怖いのか敬語だ。

 

「『お話は終わったかな?』『雪ノ下さん』」

 

ひと段落ついたところで、材木座と雪ノ下の間に入る比企谷。その手には数百ページもありそうなプリントがあった。どうやら、床に撒き散らかされていたプリントを材木座が雪ノ下にボコボコに言い負かされている間に集めていたようだ。

 

「それは?」

 

「『見た感じ……』『小説の原稿かな?』」

 

真剣に話すために教室後ろの椅子引っ張ってきて、どかりと座る材木座。太めの体型である材木座を乗せたことで貧弱なパイプ椅子はギシッと軋む音を出す。

 

「そう!いかにもそれはライトノベルの原稿だ!ある新人賞に出したいのだが友達がおらんから読んでくれる人がいない。それゆえ参考になる意見が無いのだ」

 

「さらりと悲しいことを言われたような気がするのだけど」

 

あっさりと告げられた友達いないの言葉に、眉間を抑える雪ノ下。

 

「『ふーん』『それは良いけど』『よりによって雪ノ下さんを読者にするとはね』『勘が良いのか、悪いのか』」

 

「あら、比企谷くん。馬鹿にしているのかしら?私はどんな作品でも真摯に向き合っているわよ?」

 

「『だからこそ、だよ』『どうせ材木座くんが求めているのは面白いやら続きが読みたいやらの幸福(プラス)なものだろうからね』」

 

チラリと材木座を見る。

 

「『今から考え直した方がいいと思うよ?』『別にこれで君の心が折れてしまっても』『僕は全く悪くないんだけど』『体育でペアになった仲だ』『警告くらいはしてあげるよ』」

 

「ふん!見縊らないでほしいな!我の心はそんな脆くはない!いや、正直投稿サイトの奴らの方が絶対怖い。酷評されたら死ぬぞ?我」

 

「『あーあ』『知らないよ』『僕は警告したから』『雪ノ下さんの方がネットの奴らより百万倍怖いのに』」

 

比企谷、雪ノ下、由比ヶ浜の3人は材木座から原稿を配られ明日感想を言う、ので今日のところは部活は終わりになった。材木座は途中まで比企谷と同じ道のりなので、別れるまでたわいのない話をして帰った。

 

比企谷は玄関の扉を開ける。生まれてから十何年慣れ親しんだ扉だ。だが、毎日、たとえ雨の日でも雪の日でも必ず、深呼吸して覚悟を決めてから開けるようにしている。なぜならーー

 

「おっにいっちゃ〜〜ん!!!」

 

扉を開けた瞬間黒い影が高速で腹部にタックルしてきた。いくら覚悟していたとはいえ、押し倒されてしまう。

 

「『小町ちゃんはいつまでたっても兄離れが出来そうにないね』」

 

背中にまで両手を回して、ガシッとしっかりと抱きついている少女。実妹である比企谷小町だ。

彼女は八幡のひ弱な腹筋に鼻を押し付けるようにスリスリと顔を擦り付ける。時々、クンクンと嗅ぎ、ニヘラと口角をだらしなく緩ませて「ヌフー」と息を吐く。その姿は立派なクンカーだった。

 

「ねぇねぇ、お兄ちゃん!今日も不幸だった?辛かった?」

 

ニコニコと子供のように楽しそうに嬉しそうに無邪気に質問する。その姿は純粋な乙女のようだが、若干の不気味さを感じさせる。

 

「『意地悪だなぁ』『僕に不幸じゃない日なんて無いんだよ?』『ここ最近毎日の様にそんな事を聞くんだから』『過負荷(マイナス)の僕が言うのはなんだけど』『小町よく性格悪いって言われるだろ?』『友達いるかい?』『虐められてない?』」

 

八幡は小町の細いウエストを掴み、自身の上から退けたちあがる。そして、ズボンの太ももやお尻の部分を叩いて砂を落とす。

小町はケラケラと笑って応える。

 

「あははは、まさか!お兄ちゃんみたいな歪な仮面被ってないもん!誰も私が本性だなんて気づいてないよ!てか、お兄ちゃん今日もそんな不幸じゃなかったでしょ!」

 

頬を膨らませてプンプンと擬音が付きそうな怒り方をする。八幡はポカポカと殴ってくる小町を鬱陶しそうに抑える。

 

「『へぇ?』『別に不幸だったと思うけど』『なんで?』」

 

「そりゃ、分かるよ?だって不幸な匂いが薄いんだもん!最近のお兄ちゃん面白くない!この前ご機嫌で帰ってきてから不幸の匂いが薄くなった!!返してよ〜!昔の抜き身の刀みたいだったお兄ちゃんを返してよぉ〜!まぁ、なまくら刀だったけど……ププッ」

 

1人でクスクス笑っている小町を玄関に置いていき、1人で家の中に入っていく。

 

「『はぁ』『小町は我が妹ながら良く分からないよ』『いや』『僕にわかることなんて一つもないけど』」

 

リビングに置いてあるソワァに座っていると、暫くして玄関の扉がダン!と勢いよく開く音が聞こえてその後廊下を音を鳴らして走ってくる足音がリビングまで響いてくる。

 

「ちょっと!お兄ちゃん!可愛い可愛い妹を置いていくなんてひどいじゃん!この人でなし!」

 

「『おいおい』『失礼だな』『確かに』『小町は可愛くて可愛くて例え眼球に指を突っ込まれても痛くないくらいには最愛の妹だと思ってるけど』『僕は差別が大嫌いな平等主義者だから』『小町の事をそこらへんに転がっている有象無象と一緒に扱うことにしているんだ』『どうだ』『偉いだろ?』」

 

散々の言われようである。だが、小町は嬉しそうに笑う。

 

「あっはは!やっぱりお兄ちゃんは良く分からないよ!でも、そんなところが大好きだよお兄ちゃん。でも、本当に最近のお兄ちゃんの様子がおかしいんだよなぁ。お兄ちゃんが不幸になることをこの世のなりよりも愛している小町としては、面白くないなぁ。やっぱり、学校で何かあったでしょ?」

 

この過負荷()にしてこの妹有り。

幼い頃から、良くも悪くも…いや、悪くも邪にも周囲に影響を与える八幡を見てきた小町は八幡ほどではないにしても歪だった。その歪さとは、兄に舞い込む不条理や理不尽といった不幸な物事を何よりも愛するようになっていたことだ。だが、同時に小町は兄に幸せになって欲しいと考えている。それは自分の手で幸せになる事をだが。寧ろ、自分の手で幸せにしないと兄が幸せになる事は無いと思っているし、自分の手以外で幸せになる事を絶対に認めない。許さない。もはや、病んでいるレベルで八幡の幸せや不幸せについて執着していた。普段の公共の場では欠片も表に出さないのが幸いだが。

 

「むむ!小町のレーダーがお兄ちゃんのバックに反応してるよ!ちょっと貸して!」

 

引ったくるように八幡からバックを受け取ると、なんの躊躇もなく開き中身を床にぶち撒ける。中から出てきたのは財布、筆記用具、音楽レコーダーなどで、教科書やノートのような物は一つもない。そのせいで、材木座から受け取った小説の原稿だけが目立っている。

 

「お、お兄ちゃん……。なに、これ?」

 

血の気が引き顔が青くなっている小町は声を震わせて小説の原稿を指差す。

 

「『うん?』『ああ』『小説の原稿だよ?』」

 

「一応、聞くけど。お兄ちゃんが書いたものじゃないよ……ね?」

 

「『うん』『読んで感想を聞かせてくれって言われてさ』」

 

感想を聞かせて→それなりに話すことのある人間+小説のタイトルから考えて男子生徒→つまり友達が出来た→幸せ

そこまで思考が回った小町は絶望感に打ちひしがれて

 

「あ………あ、あ……」

 

と意味のない音をふっくらプルンと可愛らしい唇から零らす。

 

「『あはは』『大丈夫だよ小町ちゃん』『試しに』『その小説少し読んでみなよ』」

 

大好きな兄からの言葉だ。例え、深い絶望の中だったとしても聞かなければならない。

プルプルと震える両手で床に落ちている小説の原稿を持ち上げ、ペラッと1ページめくる。 すると、少しだけ小町の顔に血色が戻る。

ペラッともう1ページめくる。次は、小町の口に笑みが出来る。

ペラッペラッとめくる度に小町は元気を取り戻していく。約10ページほどめくったところで大声で笑い出した。

 

「きゃはははは!!ひっー……ひっー……。いやー、これは読むのが辛いなぁ!酷すぎるよ!小町でもこれよりはもう少しいい小説を書けるんじゃないかな!まさか、お兄ちゃんに友達が出来たのかと思ったけどこんなの渡すのが友達のわけないよね!」

 

本当に酷い小説だった。まだ、序盤だと言うのにろくな説明もなく進む展開。誤字脱字の圧倒的な量。何処かで見たこともありそうなストーリーや台詞。言いたいことは沢山あるが、読むのが疲れる小説だ。

もし、全部読むとなるなら地獄だろう。不幸だろう。それが分かり、元気を取り戻す小町。

 

「『そうだね』『まぁ』『とりあえず今は友達じゃないかな』『徹夜になると思うけど』『頑張ってみるよ』」

 

そう言って、小町から小説の原稿を奪い取り、自室がある二階へと上がっていく。

 

「いい夢を〜。お兄ちゃん」

 

ニヒヒと楽しそうに意地悪く笑いながら皮肉る小町。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

翌日

 

朝から小町に「昨夜はお楽しみでしたね」とからかわれた比企谷は、徹夜ということも合わさり何時もより数割増し過負荷(ブルー)だった。

 

比企谷がガラリと奉仕部の教室を開けると、珍しくも椅子に座った状態で雪ノ下がコックリコックリと船を漕いでいた。雪ノ下も徹夜で材木座の原稿を読んでいたのだろう。雪ノ下のいつものきめ細やかな白い肌に、今日は若干ではあるが隈がある。

比企谷は息を潜めなるべく足音が鳴らないように教室に入って行き、雪ノ下の前に立つ。

 

「『うーん』『ここはベターに落書きかな?』『それとも』『ベストにエッチなイタズラかなぁ?』『とりあえず』『パンツでも……』」

 

「死になさい。いえ、殺すわ。そこに首を垂れなさい。介錯くらいはしてあげる」

 

さっ、と顔をあげ、鋭利な刃物のような瞳で比企谷を睨む。普通の人間なら背筋が凍るほどの冷たい瞳なのだが、残念ながら比企谷は普通ではない。

 

「『おいおい』『切腹でもしろっていうのか?』『僕の腹をいくら探っても』『雪ノ下ちゃんのパンツ並みに純潔で真っ白だぜ?』」

 

「嘘ね。由比ヶ浜さんの下着並みにまっ黒に決まっているわ」

 

そこでガラリ!と強く扉が開く。

 

「ちょっとちょっと!ゆきのん!?今廊下に居たら、失礼な言葉が聞こえてきた気がしたんだけど!?」

 

そこから、顔を出したのは由比ヶ浜。顔は紅に染まり、恥ずかしそうだ。

 

「あら?私変なこと言ったかしら?ねぇ?比企谷くん」

 

「『わかんないなぁ』」

 

「なんでそんな時は息ぴったりなんだし!?いつも仲悪いじゃん!?」

 

「ちょっと。由比ヶ浜さん。元気なのは素晴らしいことだけど。余り、大きな声を出さないでくれるかしら?」

 

大声で叫んでいる由比ヶ浜を静かに嗜める雪ノ下。この時間この棟に人は少ないとはいえ、迷惑な事には変わりない。それに反省したいのか由比ヶ浜はしゅんと申し訳なさそうな顔をする。

 

「ごめん…………、って、あれ?謝るの私じゃ無いよね!?先に言ってきたの、ゆきのんだよね!?」

 

「『あまり大声を出すなよ』『馬鹿に見えるぞ』」

 

雪ノ下の次は比企谷に嗜められる由比ヶ浜。これには流石の由比ヶ浜もよりによって比企谷に言われてしまって自分を情けなく感じてしまう。

 

「〜〜〜〜〜〜ッ!ヒッキーのばか!!」

 

結局、最後に胸中にモヤモヤとしている感情を比企谷に八つ当たりにしてこの騒動は無事閉幕。

 

ーーー数分後

 

遅れてやってきた材木座によって口火が切られる。

 

「さて。では感想を教えてくれたまえ!」

 

雪ノ下の原稿にはカラフルな大量の付箋が貼ってある。アレを見ただけでどれほどのダメ出しがあるか察して、材木座を同情してしまうのは仕方ないことだろうか。

由比ヶ浜は材木座が来る少し前にカバンからおり目やシワが全く無い昨日持って帰ったままの新品同然の原稿を比企谷に見られ、今この場で読むことになってしまった。むむむ、と眉間にシワを寄せて、難しい顔で読んでいる。読めない漢字でも出たのか。理解出来ないジャンルだったのか。それとも、両方か。

比企谷はというと、ジャンプを読んでいた。他の3人から突き刺すような視線を浴びようとも少しも気にかけず、ジャンプを読み続ける。

 

「私こういうの詳しくないのだけど……」

 

雪ノ下らしくなく控えめな物言いだった。

 

「構わぬ。凡俗の意見も聞かぬとな」

 

「そう………。つまらなかった。読むのが苦痛だったわ。想像を絶するつまらなさ」

 

初頭からばさりと胴と首を切り飛ばされる。ぐほぉ!と心臓の辺りを抑えて、唸り声を出す材木座。

 

「さ、参考までに……、どこらへんがつまらなかったかご教授願えるかな……?」

 

無謀にも材木座は詳しく聞くようだ。まだ罵倒を浴びたいらしい。雪ノ下はなんの躊躇いもなく、次々に原稿へダメ出しを言う。文法、ルビ、構成と言った小説の事から始まり、最後には常識にまで叱咤された材木座は椅子から崩れ落ち、床に膝を着く。

 

「『そこらへんでやめてあげなよ』『叱咤ばかりでアドバイスくらいしてあげたら?』」

 

そこで比企谷がジャンプから視線をズラし、雪ノ下を見る。

 

「したじゃない。「てにのは」を使うこと、ちゃんとした日本語を使うこと、ルビについて、ほらもっとしてるわよ?」

 

「『もっと』『具体的に出来ないかな?』『ここをこうするとか』『構成についてもさ』」

 

「あまり言ってしまうと、私の作品になってしまうのよ」

 

「『もしかして過去にそんなことあった?』」

 

比企谷はニヤニヤと嫌らしい笑みを作る。

 

「さぁ?どうだったかしら?」

 

「『ふぅん』『ま』『今はいいや』『それじゃあそこで眠そうにしている』『由比ヶ浜ちゃんにも何か言ってもらおうかな』」

 

原稿を膝に置いたまま、ウトウトと微睡んでいた由比ヶ浜は比企谷に声をかけられた事でビクと肩を震わせる。

 

「ね、寝てないし!」

 

「『あはは』『全然読み進めて無いのにそんな嘘を堂々と言えるだなんて』『由比ヶ浜ちゃんには失望したぜ』『もう』『適当でいいからなんか言ってよ』」

 

最初は笑っていたのに、一気に冷たい目になる比企谷。それに戸惑ったような顔になる由比ヶ浜。

 

「え?……あ、あのー、難しい漢字いっぱい知ってるね」

 

ちらり、と材木座を見えてからなるべく傷つけないように咄嗟に考えたのだろう。ひぎぃ!と叫ぶ材木座を見る限り余計傷つけてしまったようだが。

 

「えっと、ヒッキー……?ごめんね?本当は寝てたの……」

 

肩も目尻も下げて、悲しそうな顔になる由比ヶ浜。比企谷を見る目はまるで犬のようだった。良い上目遣いである。

 

「『パシャっと』『うん』『この写真で手を打ってあげるや』」

 

スマホで由比ヶ浜を撮る。

比企谷はそれを見ながら、うんうんと頷きながら満足そうな顔をする。

 

「あ、ありがと………………。うん?私、今普通に流されそうになったけど盗撮されたよね?ねぇ!ヒッキー……」

「『よーし!』『次は僕だね!』『なんて言おうかなぁ!』」

 

由比ヶ浜の言葉を掻き消すように態とらしく大声を出す。早くも由比ヶ浜はツッコミ役が板についてきたようにみえる。

 

「『そうだねぇ……』『みんなどうしたらいいか教えてあげないから』『いけないんだよ』」

 

材木座は「八幡………」と半ベソをかきながらも、嬉しそうな顔をする。優しい言葉を期待しているのだろう。

 

だが比企谷はそんな優しい奴ではない。

 

「『うん!』『材木座くん!』『君は……………』『漫画家を目指した方がいいよ!』」

 

止めとなった比企谷の言葉に最後の叫び声をあげると教室中をゴロゴロゴロと転がり回り、壁にぶつかってようやく止まった。

 

「暗に小説家は無理だと言っているようなものじゃない。容赦ないわね」

 

「『いやいやいや……』『そんなつもり無かったんだけどなぁ』『僕は彼ならジャンプでギリギリ1〜2巻分の話数で打ち切りになってしまうような』『そんな漫画家くらいにはなれそうだと思ってさ』」

 

止めを刺されたというのに更に息の根を止める。完全に死体蹴りだ。材木座の口から魂が抜けている幻覚が見える。

 

こうして、材木座の依頼は無事?終わった。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

玄関での別れ際。

 

「また読んでくれるか?」

 

材木座はあんなボコボコに言われたのにも関わらず性懲りも無く提案してきた。

 

「ドMなの………」とドン引きといった顔をする由比ヶ浜。

 

「確かに酷評はされたが、嬉しかったのだ。好きで書いたものを誰かに読んでもらって感想を言ってもらうというのは、存外良いものだな」

 

「『うん』『了解だよ』『でも次は漫画も書いてきてもいいんだよ?』『絵は下手でもいいから』『そんなの原作と絵を分ければいいんだからさ』」

 

材木座は何かに気づいたのかハッとした顔をする。そして、顎に手を当てて、考えるような顔をした。

 

「ぬぬぬ!その手もあったか!良かろう!次は原稿とネーム両方を持ってきてやろう!覚悟することだな!さらばだ!」

 

ビシ!とサムズアップをして、走って校外へと消えていく。

 

「元気ね」

「『いい事だと思うよ?』」

「もう少し抑えて欲しいし」

 

3人も帰路につく。

 

 

数日後の体育の時間。

 

「流行りの神絵師は誰かな?」

「『うーん?』『掲示板で聞いてみれば?』」

 

2人でストレッチをしながら、そんな話しをしていたを由比ヶ浜は発見した。

 




次回は待ちに待った戸塚ちゃん?くん?の登場。
比企谷くんを暴れさせるぜ!多分。
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