【超かぐや姫×FGO】パン屋のぐだ子とバイトの彩葉 作:生徒会副長
(2015年の夏の、東京駅、か──)
あの日のことは、今でも鮮明に思い出せる。朝からずっと、雲ひとつない青空が広がっていて、どこまでも翔んでいけそうなぐらいだった。
その日の私は、とあるオープンしたてのパン屋さんの様子を見に行こうと、東京駅前を歩いていた。
そんな私の瞳に、彼女の姿が映った──。
道に迷っている人を見かけたら、割と声を掛ける方な私だが──それでも、マシュを見かけたときの衝撃は、別格だった。
ずっと胸に空いていた穴を埋めるピースが見つかったような。
絶対に声を掛けなきゃいけないという、使命感や焦燥感のようなものというか。
実際に声を掛けてみると、あっという間に私達は意気投合してしまった。まるで、何年も一緒に旅をしてきた相棒のように。
マシュは立川にある南極・北極科学館へ行くところだったらしい。だからその日は、2人で南極・北極科学館へ行き、2人で同じパン屋さんでランチを食べて……最高の一日を過ごした。
その後しばらく、私たちは国境を越えてメールなどのやり取りをしていた。やがてマシュは日本に移住し、私と同じ大学に入学し、本当の意味で『先輩』と『後輩』の関係となる。
(……ん? 待てよ……?)
マシュの、常人とは異なる生まれ故郷と過去。
私とマシュの、奇跡のような出会い。
マシュの調子が悪くなった時期やきっかけと関係ありそうな……かぐやちゃんの存在。
嫌な悪寒が背中を走り、夏なのに身体が凍てつきそうな予感がした。
まさか……? いや、そんなはずは……。
それでも私は、唾をゴクリと飲んでから、聞くしかなかった……。
「あの……マシュ? まさかとは思うけど……。月へ帰るかぐや姫みたいに……。魔術の世界へ帰るとか……言い出さないよね……?」
するとマシュは、色彩ある笑顔で、私を安心させるように言ってくれた。
「ご安心ください。私はもう……魔術の世界を捨てた身ですので」
スーッと緊張が解けて、私はついベッドの上で座ったまま倒れ込んでしまった。
「良かったぁぁ〜〜〜〜!! もー怖がらせないでよーー!」
「一応まぁ、オルガマリー当主やキリシュタリアさんと年賀状のやり取りだけは続けていて、『いつでも戻ってきていい』と言われてはいるのですけどね」
「だめだめだめ。マシュは私の可愛い相棒で嫁で後輩で副店長で家老で恋人なんだから。せめて魔術の世界に帰るんなら私も道連れにして」
「才能なり交渉材料なりがないと、一般人が魔術の世界へ飛び込むのはちょっと……」
そうマシュと談笑しながら、ふと思う。
かぐやちゃんは彩葉ちゃんを、月の世界へ連れて行こうとは思わなかったのだろうか。
彩葉ちゃんはかぐやちゃんに、『私も月の世界へ連れて行って』と言わなかったのだろうか。
私とマシュの場合、『魔術の世界』は地球上にあるから、彩葉ちゃんとかぐやちゃんほどの深刻さは無いと勝手に思っているけど。
ところで……。
「ねぇマシュ? 魔術的な視点で見ると、かぐやちゃんってどういう存在なの? 彩葉ちゃんの話から考えると、普通の人間じゃないよね?」
するとマシュは、再び表情を新月のように暗くしてしまった。しかし、黙り込む訳ではなかった。
「それも悩みの種だったんです。私が見たり考えたりするだけでは何も分からず……。魔術協会やアニムスフィア家に報告・相談をすべきか、迷っていまして……」
なるほど。私にも相談できず、一人で苦悩してたんだね……。
「じゃあさ。私に説明するつもりで、メリットとデメリットを整理してみたら? 言葉にしてみれば、少しはスッキリするんじゃない?」
私が笑顔でそう言うと、マシュはコクリと頷いてから、探偵のように顎を手に当てて考え始めた。
「メリットとしては……。月の軍勢との戦いに、魔術協会の魔術師や、オルガマリー当主、キリシュタリアさんなどが参戦してくれる可能性があることです。特にキリシュタリアさんは、魔術協会での評判を聞く限り、戦力として圧倒的です。もしキリシュタリアさんの魔術がツクヨミでそのまま使えるなら、ブラックオニキスのお三人方ですら瞬殺……ではないでしょうか」
「そ、そんなに……?」
ツクヨミの戦闘エフェクトも中々派手だけどなぁ……。私や彩葉ちゃんの斬撃は山すら切断するし、かぐやちゃんや帝の打撃は大地を砕く。キリシュタリアさんはそれ以上なのか……。魔術師って凄いんだなぁ。
「デメリットは……?」
マシュが答えた内容は、かなりグロテスクなものだった……。
「魔術協会が……かぐやさんを解剖する可能性があることです……」
「かぐや姫が月へ帰る以上のバッドエンドじゃん!!」
ついフルパワーでツッコミを入れてしまう。
なんでマイナス方向に『Ex-Otogibanashi』してるのさ!
嫌だよ! かぐや姫が宇宙人扱いされて解剖されるおとぎ話とか!! マジで!!
「マシュっ!」
私はマシュの肩をがっしり掴み、真剣な眼で訴えかけた。
「魔術協会には秘密にしとこう。魔術協会には、内緒だよ?」
するとマシュも、青ざめた顔をしながら同意してくれた。
「そうですね……。口に出してみたらハッキリしました。メリットに対してデメリットが大きすぎます。こんな危ない橋は渡る必要がありません」
「そうそう。明日からは迷いを振り切った家老マシュが本気を出してくれるワケだし、月の軍勢にもきっと勝てるって!」
ハッと、マシュが瞳孔を開く。
「……マスター。今まで不甲斐ないところをお見せしました」
それから決意を秘めた眼で、彼女は言ってくれた。
「私は……ハッピーエンドが見たいです。魔術協会に私達の夢は穢させません。月の世界に酒寄さんとかぐやさんの未来は渡しません。私の盾で……全てを守り抜いてみせます!」
「うん! それでこそ私の相棒──マシュ・キリエライトだよ!」
過去を明かし、幾つかの憂いがなくなったマシュが、満面の笑みを見せてくれる。
晴れた青空のような笑顔を見て、私は確信した。もう明日からの、そして月の軍勢に挑むマシュは大丈夫だ。私の最高の相棒として、私の隣に立ってくれる。
「じゃ、そろそろ寝よっか。明日も頑張ろう、マシュ! お店も、帝とのトレーニングもさ!」
「はい。明後日には諫山さんやかぐやさんとのトリプルコラボ配信もあります。全力で、日々を楽しみましょう!」
ああ、マシュが笑顔でそう言う通りだ。
明後日には、さつまいも黒蜜デニッシュの宣伝動画を撮るのだ。
(大変なこともいっぱいだけど、楽しいこともいっぱいだなぁ……)
そうして私達は、同じベッドで寄せ合って、眠りに就く。
まどろみの淵で──。
私はその日、優しい夢を見た──。
夢の中……。何処かの厨房で……私は恰幅のいい金髪の男性とクロワッサンを焼いている……。
(はて……。どこの厨房だったっけ……? この人……誰だったっけ……?)
よく知っている場所と人のはずなのだけど、思い出せない。
クロワッサンと一緒に、サラダとベーコンエッグも用意して、食堂のテーブルに持っていく。
広い食堂だった。40人は余裕で座れそうに見える。しかし夢だからか、食堂にいる人の殆どは朧げな影のよう。顔が分かるのはほんの数人。
マシュは分かる。隣に座るウェーブがかかった茶髪の女の子は……よく分からない。
丈の長いコートを着た英国紳士がいた。銀髪で獣のような眼つきの青年がいた。名前は……やっぱり思い出せない。
けれど、確かなことがある。
それは……夢の中の私にとって、彼らが大切な人であること。
そして──。
彼らと一緒に楽しく食事が出来た何気ない日常は……とても尊いもので。
その日々で味わった美味しさや、交わした笑顔が、私の明日を照らしてくれているということだった──。
──※──
現実世界は深夜だが、ツクヨミのとあるトレーニングフィールドでは、太陽が青空を照らしていた。
風の匂いや感触を味わえないのが惜しくなるような高原のフィールドで、マシュがトレーニングの相手──ブラック・オニキスの帝アキラに攻撃を繰り出していく。
「ハァ! やぁっ!」
昨日とは別人のように、鋭く重い攻撃をマシュは繰り出していく。その合間合間には、華麗な回し蹴りや膝蹴りも絡めて、帝に反撃の隙を与えない。
そんなマシュに便乗して、私も帝に二刀流で攻撃を仕掛けていく。
爽やかな笑みで防御に徹しながら、帝は嬉しそうに、歌を詠むようにマシュを褒め称えていた。
「堅くてしなやか! 重い面押しと軽やかな体術! いいじゃねぇか! 解釈一致!」
「お褒めに預かり光栄です! アキラさん!」
褒めては貰えたが、二人がかりでも追い詰めることが出来ていない。小さいダメージは何度か入っているが、致命的な攻撃は確実に避けられるかガードされてしまっている。
「そらっ!」
私の一瞬の隙をついて、帝が金棒で回転薙ぎ祓いを繰り出す。ダメージは小さめだが、ガードし切れなかった私は数メートル吹っ飛ばされてしまう。
一方、ガードが間に合ったマシュは、帝のクールタイムを狙って盾を突き出す。
そのとき──。
私とマシュは、目だけで会話した──。
帝では見えないところで──。
「あいにく足技は……あんたの専売特許じゃない!」
そう言い放ちながら帝が繰り出したのは、輝く華麗なサマーソルトキック! 金棒のクールタイムと足技のクールタイムは別だったのだ。
攻撃モーション中に被弾したことで、マシュの盾は勢いよく宙へ舞い上がった。風を受けた青葉のように。
「もらった!」
金棒を構えて、帝が迫る。
ガキンと、激しい金属音が鳴り響く。
「なにっ!?」
驚く帝。ぶつかり合う刀と金棒。しかし刀の柄を握っているのは私ではなく──。
「あいにく武器交換も……かぐやちゃんと彩葉ちゃんの専売特許じゃない!」
マシュは私が投げ渡した刀で帝の攻撃をガードした。
そして私は、宙に向かって飛び出して、マシュの盾を握っている。
盾を手に、私は帝とマシュがいる地面へと突撃する。
それは喩えるなら、流星のごとく──!
「喰らえぇぇええええっ!!」
マシュが牽制してくれたことで、帝はこの攻撃を回避できなかった。私の攻撃と帝の防御が、火花と衝撃波をぶち撒けながらせめぎ合う。
その均衡を崩すのは、当然──。
「先輩! 手を!」
「うん!」
衝撃波を受けないようジャンプしたマシュが、私の傍に来てくれる。一緒に盾を構えて、一緒に戦ってくれている!
「私は先輩と共に……未来へいきます!」
「かぐやちゃんと彩葉ちゃんに出来たことぐらい、私とマシュにも出来るっての!!」
それを聞いた帝は……フッと笑った。美しい景色に心奪われた旅人のように。
次の瞬間──。
ドッゴォォォォオオオオンと、隕石が落ちたような爆発音と共に……。
大地はポリゴンとなって、帝のアバターが桜の花弁となって……四散していった。
「……なかなかやるじゃねぇか。ま……彩葉ほどじゃねぇがな……!」
そう負け惜しみを言い残し、帝は消えていった……。
これはトレーニングモードだ。帝も私達も残機は無限。別にここで帝を倒しても、何の称号も報酬もありはしない。
それでも──。
「やったぁぁぁぁ────っっ! マシュのおかげ! やっぱり私とマシュのコンビって最っ強──!」
私がマシュに抱き着いて、マシュもそれに抱き返して応えてくれる。
「はい! やりましたね、マスター! 本番──月の軍勢との戦いでも、守りはこのマシュ・キリエライトにお任せください!」
「オッケー! じゃあ──」
私もマシュを守ると……言いたかったけど、それはありきたり過ぎる気がして。
彩葉ちゃんとかぐやちゃんの笑顔に張り合ってみたくて。
「──私はマシュが稼いでくれた時間で
ちょっぴり意地悪なことを言ってみる。
まぁ、彩葉ちゃんの『かぐやがミスったら私は置いてくー』ほどヒドくはないから……。
「先輩っ!?」
「あっははは! マシュならすぐ戻ってくるでしょ。私の隣にさ!」
今のマシュなら、私のマシュなら大丈夫。
その安心感が、意地悪な冗談を笑いに変えてくれる。
二人だけの宝物の笑顔。これがヤチヨカップ中ならかぐやちゃんともワンチャン張り合えたんじゃね?……と思ってしまうほど活き活きとしている私達。
そこへ一人の男性が歩み寄ってくる。残機を使って復活した帝だ。
「この調子なら、月の軍勢とも張り合えるかもな」
マシュは少し誇らしげに口角を上げた。
「はい! パンケーキ防衛隊、その守りの要は、このマシュ・家老・キリエライトにお任せください!」
パンケーキ防衛隊というのは、月の軍勢と戦う私達のチーム名だ。彩葉ちゃん、真実ちゃん、芦花ちゃんの3人が出してくれたネーミングである。女子高生らしく、可愛いものだ。
私はジト目で帝に訊ねた。
「そういう帝こそ大丈夫〜? 妹の彩葉ちゃんはともかく、アラサーの素人相手に負けてさぁ〜〜?」
「あぁん? 口だけは達者じゃねぇか。さんざん手の内を明かして、ステータス面でもちょいとハンデ背負ってんだよこっちは。彩葉のときと違ってな」
「ぐぬぬ、そうだった……」
あまりに帝の圧勝だとトレーニングにならないからって、攻撃力や防御力のステータスにハンディキャップを付けてトレーニングして貰ってたんだった。
「まぁスピードのステータスやプレイングは、本気のときと同じだけどな」
「ステータスも込みで本気の帝は、当日までお預けか。ちょっぴり残念」
私が言う当日とは、9月12日。今日から5日後だ。
本気の帝をマシュと一緒に倒してみたかった気もするが、まぁ仕方ない。私達の敵は月の軍勢、帝は頼もしい味方なのだ。
帝は「うーん……」と唸ってから、小さめの声で私達に告げてきた。
「本気以上の俺を、見せてやれるかもしれない。そんでアンタらも、本気以上の自分を、見せられるかもしれない。そんな話があったら……乗るか?」
私とマシュは顔を見合わせる。
私もマシュも、出し惜しみというのは好きじゃない。アイコンタクトと僅かな頷きだけで、私達の心は決まった。
「帝。その話……詳しく聞かせて」
本気以上の帝。
本気以上の私とマシュ。
それを実際にお披露目するのは、9月12日までお預けだ。
代わりに……ではないが、明日はかぐやちゃんや真実ちゃんと一緒にトリプルコラボ配信をお披露目だ。
おそらく明日が、決戦前最後の、華やぐ思い出作りの日となる。
もうやり残しはない、と心から言える人生を。
彩葉ちゃんもかぐやちゃんも、私もマシュもそうであってくれるなら──と、願ってやまないが。
今はその願いの為に、ひとつひとつ積み重ねていくだけである──。