【超かぐや姫×FGO】パン屋のぐだ子とバイトの彩葉 作:生徒会副長
その日の藤丸ベーカリーは1時間早く、19時に閉店した。
表向きは新商品『さつまいも黒蜜デニッシュ』の準備と、かぐやちゃん卒業ライブの為だ。オリンピックやワールドカップの為に臨時休業する飲食店と似たノリである。
実際のところは、そこに『月の軍勢と戦う為の戦支度』という事情も隠れている。
ライブ開始時刻は21時30分。一時間早く店じまいをしたから、ゆったりシャワーを浴びてからでも卒業ライブには間に合う。
腹が減っては戦はできぬ。さつまいも黒蜜デニッシュの試作品をアイスコーヒーと一緒に楽しんで、ソファーの上で数分まどろんだら……準備完了! 私もマシュも、間違いなくベストコンディションに仕上がった。
私とマシュはソファーに並んで腰掛けて、顔を見合わせた。
マシュが静かな声で話す。
「さつまいも黒蜜デニッシュ、やっぱり美味しいですよね」
「うん! 動画の評判も良かったし、明日は大盛況間違い無しだね!」
例のトリプルコラボ動画は、ツクヨミの日間再生数ランキングで楽々1位を獲得した。あわてん坊のお客さんが今日発売と勘違いして来店してしまうほどだ。
強いて不安があるとすれば、明日は朝から雨の予報だってことぐらいか。
いやそもそも、これから決戦だっていうのに明日の売上の心配をしている方がおかしい……か?
「明日の大盛況、かぐやさんにも見て欲しいですね」
「もちろん!」
いや、おかしくなかったな。マシュの言葉に、私は力強く同意する。
人間の願望なんて、たいてい都合のいいものだ。その都合のいいものが見たくてここまで積み上げてきたんだ。
僅かな時間を作ってブラックオニキスの面々とKASSENの稽古をしてきたし、仲間達──パンケーキ防衛隊メンバーの手の内は、全て頭に叩き込んだ。
月の軍勢に勝った場合に、私がナレーションとして読み上げる台本だって用意しているのだ。
──かぐや姫が地上で紡いだ絆は、力強く鮮やかな色彩を放っていました。
──それは、月の軍勢を追い払ってしまうほど眩い輝きでした。
──こうしてかぐや姫は、不老不死の月の世界を手放した代わりに、地上で生きていく命を手にしたのです。
──今日を以て、
──しかしこれからかぐや姫は、地上で生きる一人の人間として、いろPや仲間達と共に、幸せな日々を過ごしていくのでした。
──めでたしめでたし。
「マシュ……絶対勝とう!」
勝利したときには、絶対この台本を声高らかに読み上げてやる……。そんな決意を込めた言葉に、マシュは力強く頷いてくれた。
「先輩。手を握ってもらって、いいですか?」
コクリと頷き、私とマシュは手を握る。
15年前は皺一つない、きめ細かい肌をしていたマシュの手。
しかし今は、指は細く長く、節にわずかな陰影が宿る。その微細な起伏さえ、積み重ねた年月が与えた品格のように見える。
私にとっては、それが愛おしい。
同じような色彩を、彩葉ちゃんとかぐやちゃんにも味わってもらいたい。
「いくよ。せーのっ……」
手を握ったまま、私とマシュは目を閉じる。
私達の意識は、月の軍勢との戦いが待つ、仮想空間ツクヨミへと、潜っていく──。
──※──
パンケーキ防衛隊の控室では、先に来ていた芦花ちゃんと真実ちゃんがソファーに腰掛けていた。
この控え室は高級ホテルのロビーのように広々していて、それでいて落ち着く雰囲気である。しかし二人は、手を擦り合わせたり、足をぶらぶらさせたり、どうにも決戦前の緊張の方が上回っているようだった。
「真実ちゃん、芦花ちゃん、おつかれー!」
「こんばんは、真実さん、芦花さん。お早いご到着ですね」
だからこそ大人である私達二人は、明るい平常心で挨拶をする。すると少女二人は、作り笑顔ではあるものの「こんばんはー」「お疲れ様です」と、明るい声で挨拶を返してくれた。
「藤丸さん、今日は浅葱の隊服じゃないんですね」
「そうなんだよ芦花ちゃん。ひとりだけ悪目立ちしそうだから色味を抑えたんだよ〜」
ご指摘通り、私が今着ているのは白と黒のだんだら模様の隊服だ。浅葱の隊服に比べてシックで落ち着いた雰囲気でキメてみた。
「真実ちゃん、重ね重ねトリプルコラボ配信ありがとうね。明日は大盛況間違い無しだよ! 明日の帰り、ぜひ寄っていってね!」
「あ、あはは……。そうですね、はい……」
真実ちゃんはまだまだ緊張が解けていない様子。一方の芦花ちゃんは、数回パチパチと綺麗な眼を瞬きさせてから、ニヤリと口角を上げた。
「そういえば真実さぁ。マシュ副店長とパン作りについて詳しい話がしたいって言ってたよね?」
……ん? その話、本当?
本当だとしたら、なんで真実ちゃんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている?
「……いや、そんなことは──」
「言ってたよね?」
真実ちゃんを、有無を言わさぬ態度で制した芦花ちゃん。そのまま彼女は、私に対して目配せをした。
……あぁ、なるほど?
流れを察した私は、マシュに身体を寄せ、耳元で囁いた。
「マシュ〜? せっかくだし、真実ちゃんにパン作りの真髄ってヤツを教えてあげたら〜? また商品の宣伝してもらえるかもしれないし、未来の藤丸ベーカリー幹部候補に……なんて可能性もあるかもよ? 私も芦花ちゃんとちょっとコスメの相談したいしさ」
マシュは私の目と芦花ちゃんの目を交互に見て、ようやく察したようだった。そして微笑みと共に話を合わせてくれる。
「……そうですね。では真実さん、あちらでゆっくり話しましょうか。戦いと全く関係ない話をした方が、うまくリラックスできるかもしれませんし」
すると真実ちゃんは、マシュの顔と芦花ちゃんの顔を交互に見やってから、コクリと頷いた。
「は、はい! 藤丸ベーカリーのパン作りについて、もっと詳しく聞かせてください!」
マシュに誘導された真実ちゃんは、ソファーから立ち上がって少し離れた座席へ向かう。
(……よし、これでいい)
私は自然な足取りで、真実ちゃんが座っていた席──芦花ちゃんの隣に、腰を下ろした。
「……察してくださって、ありがとうございます」
机の一点を見つめたまま、控えめな声で芦花ちゃんは礼を言った。
「全然いいよ。私、こういうの慣れてるから」
どうやら芦花ちゃんは、私と二人きりで何か話したいらしい。
「さーて、何を聞きたいのかな? 何でも──は無理だけど、答えられる範囲で答えてあげる。これから背中を預け合う仲だしね!」
鼻歌で空気を和ませながら、私は芦花ちゃんからの質問を待った。
「ふんふーん……♪」
鼻歌を数秒口づさんでいると、ついに芦花ちゃんが口を開いた。
「……マシュさんと藤丸さんって、どういう関係なんですか?」
「うん? えーっと、そうだなぁ……」
とりあえず、無難かついつも通りに答えてみるか。
「マシュは私にとって、最高の後輩で相棒で家老で副店長……かなっ?」
「……最初の作戦会議のとき、聞いちゃったんですけど……」
細々と言葉を紡ぐ芦花ちゃんが、横目で私の心中を伺うようにしながら、私に問いかけてきた。
「マシュさんと藤丸さんって、付き合ってるんですか?」
……あぁ、“そっち”の話か。
ここで誤魔化すようじゃ、マシュの“恋人”である資格はないな。
「……キスより先だって経験してるし、ツクヨミで結婚式をすることも考えてる仲だよ」
私はきっぱりと答えた。
今の私は、世間一般でいう『同性愛者』ということになるんだろう。私の場合、好きになった相手がたまたま女性だっただけ、という認識だが……。
再び俯き加減になった芦花ちゃんが、躊躇いがちに話してくれた。
「……私にも、好きな人がいるんです」
「ふぅん……。どんな人?」
「酒寄彩葉」
……うん? 彩葉……ちゃん?
おぉっ、と……?
いやっ……あのっ……。彩葉ちゃんの傍には、かぐやちゃんがいるよね……?
“そういう関係”か探りを入れたことはないけど……状況証拠は十分揃っている訳で……。
チラリと、私はマシュと真実ちゃんの方を見る。距離が離れているし、うまく話が弾んでいるようなので、こっちの会話は絶対に聞かれていない。
「
私の目線の動きに気づいた芦花ちゃんが、淡々と事実を告げた。
「……良い友達に恵まれたね」
私は素直にそう思った。『私のことも、そういう目で見てたの?』とか『気持ち悪い』とか言って絶縁されるケースも、容易に想像がつくからだ。
「私が相談したいのは、もっとドス黒い気持ちのことです」
真実ちゃんに聞かれたくないぐらいドロドロとした感情──ということだろうか。
唾を呑み込んで身構える私に対し、芦花ちゃんは語った。
それは、敢えてジャンル分けをするなら──メリーバッドエンドのおとぎ話だった。
「……もし……かぐや姫が……月に帰れば……。私の王子様は……私を愛してくれるんでしょうか……」
背筋に虫が這うような悪寒を覚えた。
呼吸すら止め、刹那の緊張と沈黙が私と彼女を包む。
……無論、こんなものはただのおとぎ話だ。筆が乗っていないときのアンデルセンやシェイクスピアが書くような、悪趣味なおとぎ話。
それは本人も分かっていたらしい。美貌の少女はその顔に陰を差し、少しばかり自嘲をした。
「……なんて馬鹿なことを考えているんでしょうね、私は。そんな訳ないのに……。私には、そんな魅力も強さもないのに……」
「……芦花ちゃんは、自分を……弱い存在だと思う?」
私の問いに対し、芦花ちゃんは他人事のように平然と言った。
「思いますよ。ヤチヨやかぐやちゃんや藤丸さん、彩葉やその家族の面々なんかと比べたら、全然。今日だって、迷ってしまったんですよ……?」
芦花ちゃんは、その眼、その端正な顔立ちに、人を怠惰へ誘う淫魔のような艶を宿らせて、こう囁いてきた。
「『いっそ仮病でも使って、休んじゃおうかなぁ』とか……『ほどほどに手を抜こうかなぁ』なんて……思っちゃたり……」
その色香に溺れるでもなく、裁きを下すでもなく、ただ私は尋ねた。
「……芦花ちゃんがいま、
安っぽいドキュメンタリーとか、乱造されているネット小説でよくある台詞を、芦花ちゃんは期待しているのだろうか……。
「いっそ潔く、『やる気がないなら帰れ!』とか、『お前をパンケーキ防衛隊から追放する!』とか言って欲しかったから……かな?」
私が穏やかに尋ねると、芦花ちゃんは小さく、しかし確かに、コクリと頷いた。
「私みたいな半端な気持ちの人間が前線に立ったら……士気が下がるんじゃないですか?」
「まぁそういう考え方もあるかもね。芦花ちゃんは真面目だなぁ」
ははは、と私は笑って、彼女を褒める。しかし『真面目』という言葉は、今の芦花ちゃんにとって褒め言葉にならなかった。
「何が正解で何が不正解か分からなかったら、真面目さなんて正直邪魔ですよ……。私の恋心にとって、この戦いは正しいのか、間違ってるのか……。地球の未来や月の未来にとって、この戦いは正しいのか、間違ってるのか……。考えてたら……頭が、ぐちゃぐちゃになっちゃって……」
終わらせたい気持ち、終わりにして欲しい気持ちが込められたその声は、聞いているだけで胸が締め付けられる思いがした。だから、
「そっか……。芦花ちゃんも大変だったんだねぇ……」
私はそっと、少女の髪を撫でる。一番辛いのは本人だろうから。ツクヨミに触覚はないのだが、私の慈しみは芦花ちゃんに、少しでも伝わるだろうか……。
「正しいことなら、一つあるよ」
撫でるだけでは足りないと思った私は、そう言った。すると芦花ちゃんが縋るような目で私を見つめてきたので、私ははっきり伝えた。
「そうして悩んでいる、芦花ちゃん自身の心だよ」
ぱちぱちと、彼女は睫毛が長く美しい眼を、瞬きさせた──。