【超かぐや姫×FGO】パン屋のぐだ子とバイトの彩葉 作:生徒会副長
かぐやちゃんが消えたあと。
かぐや姫が月に帰ったあと。
かぐや姫を拾った者、竹取の翁の役を羽織った女子高生・酒寄彩葉の第一声は──。
「みんな、お疲れ様でした。本当にありがとう」
礼儀正しくて、整った笑顔による、労いの言葉だった。お辞儀だってちゃんとして見せた。
まぁあくまで……綺麗なのは外面だけだけど。
(やめてよ……そんな演技は……)
今って……そういう演技する場面じゃなくない?
原典である『竹取物語』だと、かぐや姫を見送った竹取の翁は、
しかし今、彩葉ちゃんが見せているこの演技は何なんだ。
いっそ彩葉ちゃんには泣いて欲しかった。一生分の涙を流して、それを受け止める役を──芦花ちゃんにでもやらせてあげたかった。もちろん私だって、彼女の涙を受け止めてあげたい気持ちはあるし、マシュや帝──朝日さんだって、きっとそうだろう。
そして皆でいっぱい泣いて……誤魔化して笑って前を向くのは、その後の話なんだ。なんだか過程をすっ飛ばされた気分だ。
弱みや悲しみといった中身は、他人に見せない。優等生という役を羽織り、外見を完璧に整える。これじゃあまるで──。
(かぐやちゃんが来る前に……逆戻り……)
それを恐れた私が、声を掛けるより早く──。
「……先、帰るね。……ごめん」
彩葉ちゃんはログアウトしてしまった。白い光の花弁が散るようなエフェクトと共に。砂上の楼閣が風と共に消え去るように……。
「いろは……ちゃん……」
「いろ……は……」
私と芦花ちゃんがそう声を漏らした後……どれだけ沈黙の時間が続いただろう……?
10秒のようにも、10分のようにも思えた。
沈黙を破ったのは、パンケーキ防衛隊宛のメッセージ通知だった。
送り主は──。
「ヤチヨ……!」
ツクヨミの管理人、八千年の知識と経験を持つと謳う彼女なら、この虚しさと絶望に涼風を送り込んでくれるかもしれない……。
期待しながら開いた、メッセージの内容は──。
──※──
From:月見ヤチヨ
パンケーキ防衛隊のみんな、お疲れ様。
今回の卒業ライブ、KASSENの演出処理とか観客の皆が送るメッセージやふじゅ〜の情報処理が大変で、ツクヨミのサーバーにもヤチヨ自身にも、重い負荷がかかってるの。
だから悪いけど、私は合戦場には行けないんだ。
なんなら数日は、みんなとも会ったり話したり出来ないかも。
後のことは、リーダーの帝と、サブリーダーのぐだ子に任せようと思うの。
そういう訳だから、帝様とぐだ子、申し訳ないんだけど、後のことよろしくね。
──※──
(…………どうしたの? ヤチヨ)
ヤチヨのメールとは思えないほど、テンションが低く、余裕がない。ここに顔を出せないにしても、私達を励ましたり慰めたりする言葉がないのは妙だった。
仮想空間ツクヨミのコンセプトの一つは、『誰も孤独にならず、いつでも返事をもらえる場所』だ。なのに、並ぶ言葉は『行けない』『会ったり話したり出来ない』など、あまりに消極的で寂しげなものだ。
少し……さっきの彩葉ちゃんの態度と似てるな……と、思ってしまった。
「……オレ帰っていーい?」
全員がやっとヤチヨのメッセージを咀嚼し終えた頃、口を開いたのは乃依君だった。返事が来るより前に、乃依くんは苛立ちを滲ませながら言った。
「チート使っても勝てないとか、クソゲー過ぎるでしょ。まぁ、味方にプレミした人がいたとは思ってないけど? ……うん、こんな感じで。今は何喋ってもヘイトにしかならなさそーだから。だから帰る。駄目?」
「……帰っていいぞ」
そう口を開いたのは、雷さんだった。
「あとは俺とアキラでどうとでもする」
「ん。サンキュ、兄貴。それじゃ……バイバイ」
ただそれだけ言うと、乃依君はログアウトしてしまった。まだ何が起こっているのかすら分かっていないであろう、真実ちゃんや芦花ちゃんを一瞥もせず……。
「……すまない。申し訳ない」
乃依くんのログアウトを見届けてから、雷さんが頭を下げた。私やマシュが気遣って何か言うよりも、雷さんが話し始める方が早かった。
それは、乃依くんの話……である。
「現実で、色々あったから……。乃依は乃依なりに、仮想空間ツクヨミも、KASSENも大好きでな……。今日の敗北は、その気持ちを否定された気分になったんだろう……。だからといって、チームメイトを蔑ろにしていい理由にはならないんだが……。兄として、弟の不始末を謝らせてくれ。すまない……」
「……俺も、リーダーとして不甲斐ない! マジで申し訳ねぇ!!」
雷さんが作った空気に乗りつつ風を吹かせるように、帝が強い口調で言う。
「俺を恨んで気持ちが楽になるってんなら、それでも構わない! リーダーっつうのは、こういう時に泥を被るのが仕事ってもんだ!」
「謝らないでください、アキラさん。アキラさんのプレイングやリーダーシップに非があったと思っている人はいません」
「そ、そうですよぉ……。帝様は……最強ですよ……」
帝に対して、マシュと真実ちゃんがフォローをするけれど……。
(……うん。なんか……嫌だなぁ……この空気)
誰が悪いとか悪くないとか……そんな傷の舐め合いで……この心の痛みが和らぐものかなぁ……。
うん……。あぁ……。なるほどね……。
(私がパンケーキ防衛隊のサブリーダーになったのは……こういう時のためだったんだな──)
意を決した私は、帝に言った。
「帝さぁ……。泥なんて被るぐらいならさぁ……」
さぁやるぞ、藤丸立香。
むかーしむかし、小学校で『かぐや姫』の舞台に立ったとき、アドリブで強引にハッピーエンドに持ち込んだときのように──。
この悲劇に風穴を開けるときだ──。
「一緒に死線をくぐり抜けた仲間に、美味しいご飯でも奢ってよ」
必死に作った私の笑顔を、パンケーキ防衛隊の残された5人が、ぱちぱち瞬きしながら見つめていた。
私の一人舞台はまだまだ続く。
「かぐやちゃんを守ることが出来なかったのは……まぁ悔しいけどさ。かぐやちゃん以外の私達は、みんな一応無事だし、垢BANもされずに済んだでしょ? せっかく集まって、チーム組んで、作戦練って、一緒に戦ったんだからさ……。お疲れ様会ぐらい、やろうよ」
すると帝が、仄かな笑みを浮かべて訊ねてきた。
「俺の奢りでお疲れ様会するのはいいけどよ」
「いいんだ?」
「どこで何が食いたい? やっぱ藤丸ベーカリーを貸し切って打ち上げか?」
「んー、それもいいけどね。どうせなら帝様の分厚いお財布をアテにしないと食べられないようなご馳走がいいなぁ〜? 高級フレンチのフルコースとか〜。中華料理店で円卓をくるくる回したりとか〜。バーベキューに出掛けて分厚い霜降り肉を焼くのもいいねぇ〜」
必死に……必死に涙を堪えながら、私は明るくサブリーダーを演じた。
もしそのお疲れ様会にかぐやちゃんが居たら……。
『うおー! なにこのソースのかけ方っ! めっちゃ映えるし美味しそー! 練習したらかぐやも出来るかなー!?』
『いろはー。このテーブルなんでくるくる回るようになってるの? まぁ楽しいからいいけどさー。あ、料理の見栄えとか匂いを楽しむ為か!』
『うはー! 肉が焼ける匂いだけでご飯三杯いけちゃう! 何漬けて食べようかなー♡ 塩コショウにわさび醤油……ポン酢もいいなぁ〜!』
……そんな想像を巡らせると、胸が引き裂かれそうになるけど……まだ泣いちゃいけない。今はまだその時じゃない……。
「……キャンプ場でバーベキューだったら、水遊びやキャンプファイヤーも出来ていいかもしれませんね……」
「お、いいねぇ〜! マシュ良いこと言った! これから秋! 行楽シーズンだもん! 楽しまなきゃソンソン!」
笑顔で演じる私が観客を見遣れば、真実ちゃんと芦花ちゃんが……笑いながら涙粒を零していた。
……うん。もういいかな……。
「……まぁ、そんな訳でさ……」
無理やり取り繕っていたハイテンションを解いて、乾いた笑みで私は言った。
「……また新しい物語を、始めようよ。彩葉ちゃんも入れて、私達みんなで。だからさ……その為にさ……」
あぁ……駄目だなぁ……。
抑えきれなかった涙が、滲み出てきてしまう……。
このまま号泣したい気持ちは……正直ある。
でも同じくらい……いや、それ以上に……責務を果たしたい気持ちもある。
だから──私は──。
涙ぐみながらも、ちゃんと言った。言い切った。
「今日の卒業ライブは……今日のKASSENは……これで終わりっ! 一丁締めで終わりにする! ってなワケで皆さん! お手を拝借!」
一丁締めを知っている雷さんと帝、私とマシュは手を広げた。しかし真実ちゃんと芦花ちゃんは知らなかったようで……。
「真実。一丁締めっていうのはな……」
「芦花さん、マスターが合図をしたらですね……」
真実ちゃんに帝が、芦花ちゃんにマシュが、一丁締めのやり方を教えてくれた。
全員の準備が整ったところで、
「よーーっ!」
私の合図に合わせて、“パンッ”と、乾いた良い音が、ツクヨミの夜空に響いた。
「じゃ、お疲れ様! みんなおやすみ! またね〜!」
“またね”と。続きがあるんだと告げて、私はツクヨミからログアウトした──。
──※──
瞼を開け、仮想空間から現実世界に帰ってくると……現実世界は何も変わっていなかった。
クーラーが効いたリビングで、私はソファーに腰掛けている。隣にはマシュがいる。変わったことがあるとすれば──。
「いつっっ……!? あっ……ガァッッ……!」
少し身体を傾けようとした瞬間、神経を電線に繋いで焼いたかのような激痛が走った。
心当たりは……メチャクチャある。あのチートプラグイン……【戦闘能力活性アンプル:ver16.8】の副作用だろう。
「ん……。せん……ぱい……? 先輩っ! 大丈夫ですか!?」
私からわずかに遅れて現実世界に戻ってきたマシュが、私の背中を擦ってくれた。
マシュの優しさに甘え、私はそのままマシュの胸元を涙で濡らしてしまう。
「先輩っ? 泣くほど、どこか痛み────」
マシュの口が不意に止まった後、改めて私に訊ねた。
「…………こころが……痛むのですか……?」
嗚咽でうまく口が動かせないけれど、それでも私は……。
「……うん」
そう伝えた。
胸が痛い。心が痛い。
『続きがある』とか『ゲーム
「うぅ……ひぐっ……うぁぁぁぁ…………!」
月の軍勢に勝ちたかった。
かぐやちゃんを守りたかった。
彩葉ちゃんを救いたかった。
叶わなかった願いが、どうしようもなく、涙となって溢れ出す。
「……マスター……。そう……ですね……。悲しいときは……今は……泣いて……いいんです。泣い、て……うぅ……ひぐっ……!」
マシュもポロポロと、透明な涙を流していた。
先ほどまで居た、合戦場とは違う。ここには私達以外誰もいない。
誰に憚ることもなく、何かを演じる訳でもなく。
私とマシュはしばし、心の中身を曝け出して泣き続けた……。
──※──
涙も全身の痛みも収まった頃、夜闇に包まれた寝室にて。
私はベッドで独り、ボーッと天井を見つめていた。
(……何だったんだろう? あの幻覚……)
ひとしきり泣き終えた後、マシュとは別々の部屋で寝ることにした。たった一晩のうちに色々なことがあり過ぎて、うまく寝られる自信がなかったからだ。それでも明日4時半起きなのは変わらないので、少しでも寝ておきたい……とは……思うけど……。
(斎藤一と……オベロンと……コヤンスカヤと……)
活性アンプルを使っていたときに見たあの
似たような既視感や夢は、今までの人生でも味わったり見たりしたような気がする。しかしここまで記憶や五感がはっきりしているのは初めてだ。
これは──忘れてもいい記憶なのだろうか?
いや──。
(……メモしとこう)
このまま眠ってしまえば、忘れてしまう気がするから、その前に。書き出すことで頭がスッキリして、よく眠れるようになるかもしれないし。
ベッドから起き上がり、寝室のライトを付ける。
机に向かい、ルーズリーフに覚えている限りのことを書き留めていく。
書き出すごとに私の頭はスッキリしていく。埃を被った本棚を掃除していたら、面白そうな小説を見つけたかのような嬉しさがこみ上げる。
しかし逆に、不満も出てくるもので──。
「なーんでこう……! 中途半端にしか思い出せないのかなぁ!?」
斎藤一と私が、どうやって知り合ったのか全く思い出せない。
オベロンと私がどういう関係だったのか、全く分からない。
他の面々もそうだ。ルーズリーフに書き出したから忘れずには済みそうだけど、名前が分からない人やら顔が思い出せない人やら、色々。先ほどの小説の例えで言えば、ページが飛んでいたり白紙のページがあったりするようなものだ。
「ページが白紙だったら、小説じゃなくてノートじゃん、まったく……!」
とうとう、思い出す嬉しさより、空白に対する苛立ちが上回ってしまう──。
まさにそのときだった。
『私は夢の存在で、アンタ──アナタが、私の夢を見ているのよ』
ハッとして振り返ると、そこでは
一人は私──藤丸立香。髪の結び方や水着のセンスを見るに、18歳前後のように見える。ただ、どうも着た覚えや買った覚えがない水着を着ている。
もう一人は……誰だろう? 銀髪ロングで勝ち気な表情の美少女だった。スタイルのいい肢体に黒い水着を纏っている。しかし、リングと紐でアクセントを加えたり、左脚には黒いベルトを巻きつつ右脚は赤いタイツを履いて左右非対称にしていたりと、一度見たら忘れられなさそうなファッションセンスをしている……もちろん良い意味で。
その少女は微笑を浮かべて言った。
『痛みも嘆きも……ある時、ある瞬間──マスターちゃんが何かを終わらせれば、消えて無くなるのでしょう? そう、全ては……うたかたの夢のように』
『オルタ。それは……』
痛みや嘆きが夢のように消えゆくことは、正しいことなのだろうか。許していいことなのだろうか。
『悲しいんじゃないわ。むしろ嬉しいくらい』
かと言って、完全な本音でもない。
ただ確かなのは、その微妙さが彼女らしさであり、人間臭さだということだった。
『そういう日、そういう瞬間──夢の終わりが、ある日突然訪れたとするわね? そしてアナタは、夢から醒めた後にこう思うの』
今度は芝居がかった手の振り方を加えながら、彼女は言う。
『“ああ。誰よりも強くて美しかった彼女が、消えてしまった──”』
演技を終え、くるりと水着の私の方を向き直した彼女は、嗜虐的な笑みをしていた。
『その時、アナタは喪失の痛みで泣くのかしら? 離別の美しさに笑うのかしら? ふふっ、どちらでもいいわ。私のことは、それで忘れてしまいなさい』
事実として──。
2030年の私は、“オルタ”という彼女のことを覚えていない。忘れてしまっている……。
彼女とどうやって巡り合ったのか、この潮騒の情景以外にどんな思い出があったのか、まるで思い出せないのだ。
『私は、うたかたの夢。弾けて消えたそれを抱いて、アナタは眠るの。分かったかしら?』
嫌だ──。
忘れたくない、覚えていてやる、思い出してやる。
2030年の私はそう訴えかけたかったけど、
『じゃ、遠慮なく忘れるね〜♪』
『フン、薄情者だこと』
『いやぁ情があるよ? オルタが好みそうな答えを選んであげたんだから!』
あぁ……すごいな……
オルタの想い、オルタの願いを察して、あんなに鮮やかに美しく演技ができるなんて。
そしてオルタは、それに満足しているようだった。いい夢だったとでも言いたげに。
『ふっ……薄情者だなんて、嘘よ。それでいいの。それがいいの。忘れられるから、嬉しいの。忘れてくれるから、楽しいの。忘れるって、大切なことよ?』
『それは……
また分からない単語が出てきた。
『そうね。私達
サリエリ……嘘八百……。
それはアレか。アントニオ・サリエリがアマデウス・モーツァルトを殺したっていう、根も葉もないクセに世界中に広まってしまった噂か。
(あーあ……。オルタに怒られそうだなぁ……)
サリエリについて、歴史知識以上のことが思い出せない。
サリエリによるモーツァルト殺害説を、私は忘れてあげることが出来なかったみたいだ。
『憎悪は忘れるけれど、楽しい思い出や音楽だけは思い出す……っていうのは、虫が良すぎるかな?』
『良すぎるわね。甘ったるいったらありゃしない』
オルタは顔をしかめた。
『でも……』
彼女のことは思い出せないけれど……。
それでも“彼女らしからぬ”思いやりを感じさせる柔和な笑みで、彼女は言ってくれた。
『マスターちゃんの未来には、そんなハッピーエンドがあって欲しいと、願ってるわ──』
その祈りを最後に──オルタと呼ばれた、銀髪の少女は消え去った。それこそ、うたかたの夢のように。
すると、
それは──歌だった──。
小声でも、サビだけでも、強さと美しさを思い出させてくれる……そんな歌──。
────微睡みの淵で────
────私は優しい夢を見る────
────幻と知りながら────
────あなたに駆け寄って────
────もうすぐ指が触れる────
────そして────
────微笑みながら目覚めるの────
ポロポロと、涙が零れる。
さっきマシュと一緒にさんざん泣いたのに、まだ涸れていなかったのか。
喪失の痛みで泣きながら、私は必死にその歌詞を書き留めた。
『憎悪は忘れるけれど、楽しい思い出や音楽だけは思い出す』
……それがハッピーエンドだというのなら、その証を、真っ白なページに刻む為に、ペンを走らせる。
「…………いい曲だなぁ」
サビしか思い出せないのが悔しいけれど。
終わってしまったもの、忘れてしまったものは、沢山あるけれど。
でも……。
(今日は……それでいいんだ)
それがオルタの願いなら、それでいい。それがいい。
そう自分に言い聞かせて……。
私はベッドへ向かい、優しい夢を見るために、寝床についたのだった──。
【あとがき】
ここまでお読み頂き、ありがとうございました。
彩葉が茫然自失していた間に何が起こっていたか書くのは楽しいですね!
コメント等お待ちしています。