【超かぐや姫×FGO】パン屋のぐだ子とバイトの彩葉 作:生徒会副長
かぐやちゃんが月に帰った翌朝は、雨が降っていて空は暗かった。まるで昨日涙を見せなかった彩葉ちゃんの代わりに泣いているかのよう……という言い回しは、いささか詩人だろうか。
正直なところ、私だって休みたいしマシュだって休ませてあげたい。かぐやちゃんがいなくなった心痛に加えて、活性アンプルの副作用に、睡眠不足。コンディションは最悪に近い。
しかしコンディションが悪かろうが、雨が降っていようが悲しい出来事があろうが、世界は変わらず回っている。もちろん藤丸ベーカリーも、いつも通り9時に開店した。
今日は新商品、さつまいも黒蜜デニッシュの発売日でもある。その客足は……。
「好き!!(挨拶)」
……こんな挨拶(?)をしてくれる可愛らしいOLさんがいるほど、11時時点で絶好調な客足だった。今日は金曜日なのだが、晴れた日曜日よりお客様が多い。
ちなみに今話している、色素が薄めながら元気で童顔なこのOLさんは一見さん──初対面である。
断じて
「……いらっしゃいませ。何が……お好きなのでしょうか? オススメは今日新発売のさつまいも黒蜜デニッシュなんですよ〜」
「うふふ。わたくしが『好き!!』なのは、パンケーキ防衛隊のサブリーダーにして、藤丸ベーカリーの店長……つまり立香様、ですわ♡」
はい、客足が好調な理由はコレである。
あの卒業ライブの後、スマートフォンや『ぐだぐだチャンネル』の通知は、そりゃあもう凄いことになっていた。応援のコメントやらふじゅーのスパチャやら。
ヤチヨカップが始まる前の『ぐだぐだチャンネル』のファン数はだいたい8万人ぐらい──つまり当時のROKAチャンネルの半分ぐらい──だった。しかしトリプルコラボ配信でグッと増えて、卒業ライブで火が付いた結果、ファン数は20万人となった。
ちなみにぐだぐだチャンネルだけでなく、芦花ちゃんや真実ちゃん、黒鬼のチャンネルもかぐやちゃんパワーでファン数は増えている。一番上げ幅が大きいのはぐだぐだチャンネルだけど。
「あぁ……一夜の内に何度見返したことでしょう……。月の軍勢に立ち向かう貴女様の勇姿……。貴女様の隣にいるのが家老マシュやROKAではなくわたくしだったらと、夢見て夢見て……。つい夢小説を3本も書いてしまいました♡」
文豪かな?
「あ、わたくしが竜となって大嘘つきを焼き払って世界を救う2作目とか特にオススメですわよ。あとでURLを送っておきますわね」
まぁ私やマシュ目当てでたくさんのお客さんが来てくれるのは大いに結構なことである。
結構なことなのだが……。
「お客さん? その『好き!!』は、LIKEやRESPECTの意味なのかな?」
「まぁ……いけずな方……。もちろんLOVEの意味に決まっていますわ♡ それにお客さんだなんて他人行儀な呼び方ではなく、ぜひ気軽に『清美』とお呼びくださいな♡」
はいアウトー! 清美ちゃんその頬の染め方はアウトー!
藤丸ベーカリーは健全なパン屋です! ガチ恋営業はやってません!!
「二人の愛の巣はどこがいいでしょうか。わたくし実家が和歌山のパン屋でして、栄養士の免許も持ってますのよ。今は食品メーカーで営業をしておりますが、このお店で愛を育むのも、立香様を連れて和歌山に帰るのも大歓迎ですわ!」
「う、うーん……。清美ちゃんには申し訳ないんだけど、このパン屋がマシュと私の愛の巣なんだよね」
ガチ恋営業でズルズル関係を引き伸ばすのは気が引けたので、きっぱりそう言わせてもらった。マシュにも悪いしね……。
清美ちゃんは一瞬真顔になってから、こちらの心を窺うような細い目で尋ねてきた。
「……マシュさんと立香様は……“そういう”お関係で?」
「えぇ……まぁ……。かぐやちゃん卒業の余韻が落ち着いたら正式に発表しようかと思います」
ヤチヨとのコラボライブのときにプロポーズしたのはいいものの、その後はかぐやちゃんのことやらパンケーキ防衛隊のことやらで色々あったからなぁ……。
今はまだ、かぐやちゃんがいなくなった虚しさと悲しさで胸が苦しいけれど、これが落ち着いたら公式発表とか結婚式とかをやろう。
ヤチヨや彩葉ちゃん、芦花ちゃんにもお祝いして欲しいしね。
「ふむ。嘘はおっしゃってないようですね……。今日のところはその誠実さに敬意を払って、一人のお客さんとしてお買い物させていただきますわ。お客さんと店長の関係から始まる恋も……いいですわよね?」
「うん、一般論としては良いと思うよ?」
「うふふ。では何を買いましょうか……。やはりさつまいも黒蜜デニッシュはマストとして……」
そう愉しげに呟きながら、清美ちゃんはパン売り場を見に行った。
「
「あ、うん。ありがとうマシュ」
ちょうどそこへ、マシュが声を掛けてくれた。
昼ラッシュ前の体力を補給する為、私はバックヤードへ向かうが……。
「ところで……
……うん?
なんでツクヨミじゃないのに私を『
なんでそんな爽やかな笑顔なのに目が笑ってないの??
「
「……ハイ、ゴ理解シテマス……」
うわぁ……清美ちゃんとの会話聞かれてたか……。
つーか条件次第で側室OKなんかい。
その条件の手綱を勝手に握られてるのが微妙に怖い……。いやどうせ浮気しないにしてもね?
「すみませんね、マスター。昨日活性アンプル使ったとき、妙な幻覚を見てからというもの、調子が変でして……」
「あ……マシュも?」
私の
「アイリーンを名乗る痴女とか……ランスロットを名乗る日焼けしたナンパ男とか……見た目だけ整っていて中身空っぽな男だとか……。私にも譲れないモノ、負けられない相手がいたような……そんな記憶というか……幻覚? なのですが……」
「うーん。生活に支障が出るほど酷くなったら、帝にも相談してみよっか」
「先輩はともかく、私はオルガマリー当主やキリシュタリアさんの意見を聞いてみる手もありますね。かぐやさんは……もう……いませんので……」
「……うん」
なぜツクヨミで起きたことを、魔術の関係者に話す選択肢が出たか。
それはもう、かぐやちゃんが魔術協会に解剖されたり、捕まったりする心配がなくなったから……。
かぐやちゃんがいなくなった虚しさが胸を刺し、私達の表情には影が差した。
……しかしまぁ、弱音ばかり吐いていても仕方がない。
「……じゃ、休憩入るねー。この調子なら、昼のラッシュもすんごいぞー!」
「……ええ。忙しい分、稼ぎもがっちり! ……ですよね、マスター」
私もマシュも、誤魔化して笑う。
それが大人だから。それが生きていくってことだからと、自分に言い聞かせながら……。
──※──
辛いことや悲しいことがあったとき、人の反応は大雑把に分けて二通りあると思う。
とにかく身体を動かして誤魔化すか、まるで動けなくなってしまうか。
私はどちらかと言えば前者なのだが……。
(彩葉ちゃんは……後者なのかな……)
私が今朝、彩葉ちゃん宛に送ったメッセージを、改めて自分で読み返してみる。
──※──
>>彩葉ちゃん、おはよう。
>>昨日はお疲れ様。
>>あの後どうだったかな? 少しは眠れた? 食欲はある?
>>かぐやちゃんがいなくなったのは、すごく悲しいよね。
>>私も……悲しいよ。彩葉ちゃん程じゃないかもしれないけれど。
>>彩葉ちゃんがどう思っているか、私なんかで良かったら、聞かせて欲しいな。
>>今日の夕方のシフト、休みたかったら休んでくれていいよ。そのつもりでシフト増員してるし。
>>でもできれば、休むって一報入れてくれたら、私やマシュも安心できるし、嬉しいな。
>>もちろん、身体を動かしてる方が気が紛れるなら、それはそれで否定しないし。
>>何はともあれ、連絡が欲しいです。
>>パンケーキ防衛隊のサブリーダーとしては不甲斐なかったかもしれないけれど、店長としては頑張るから、これからもよろしくね。
──※──
これに対して……返事が来ないどころか、既読すらつかなかった。
(彩葉ちゃん、どうしてるのかな……)
雨の音だけが響く独りきりの部屋で、失意に打ちのめされながら、座り込んでいるのだろうか。
そうだとしたら、ぎゅっと温かく抱き締めてあげたいものだ。
……実際のところはと言えば、彼女のタワーマンションに顔を出すとしても、それは閉店後になるだろうけど……。
なんせ店を放っておく訳にはいかない。私は無力だ……。
(……いや、ネガティブなことばっかり考えるのは良くないな)
同じメッセージアプリで、今度は帝からのメッセージを読み返してみる。
その内容を見た私は、誇らしい気持ちやら、明日を夢見る気持ちやらが湧いてくるのだった……。
──※──
>>藤丸、おはよう!!
>>昨日はマジで助かったぜ!
>>お前が一丁締めでケリをつけてくれたお陰で、綺麗に終われたってもんだ!
>>そういえば昨日使ったチートについてだけど、副作用は大丈夫か?
>>あんまり酷かったら俺のかかりつけ医を紹介するから、ちゃんと言えよな!
>>あと、チートを使っちまった件についての謝罪文を添付しとくから、下手に炎上する前にお前のSNSに載せといた方がいいぜ。
>>そのままSNSに載せられるように書いたつもりだけど、まぁ一応藤丸も、頼れる家老と一緒に読み返した上で使ってくれ。
>>お前が言ったとおりお疲れ様会もしなきゃだし、まだまだこれからもよろしくな。パンケーキ防衛隊の、頼れるサブリーダー!
>>追記
>>チート込みの挙動とはいえ、『剣嵐の流星雨』に17撃目っていう続きを作ったのマジで面白すぎるだろお前!
>>Eスポーツ関連で取材とか番組出演交渉とか来たら、一旦俺に相談しろよな!
──※──
そんなこんなで休憩を終えた後、怒涛の昼ラッシュを乗り越えて──。
客足が多い分お昼過ぎも気が抜けないけど、それでもまぁ昼ラッシュの片付けや帰宅ラッシュの準備をして……。
帰宅ラッシュの17時15分。私は、焼きたてのさつまいも黒蜜デニッシュを工房から売り場に運び出した。
「さつまいも黒蜜デニッシュ焼きたてでーす!」
すると、トングとトレーを持つお客さんから声をかけられる。
「焼きたての方、もらっていい?」
「どうぞどうぞ!」
「めっちゃいい匂い! 私もちょうだい!」
「もちろんいいですよー!」
何人かのお客さんに声をかけられたり、或いはこっちから声をかけて、幾つものさつまいも黒蜜デニッシュが私の大きなトレーからお客さんの小さなトレーへ移っていく。
雨が未だに振り続いているにもかかわらず、レジには行列が出来ていた。パンの追加焼きがちょうどキリよく終わったところなので、私がレジに入ることにする。
そんな藤丸ベーカリーの店員の顔触れの中に、彩葉ちゃんの姿は……なかった。
本当なら17時からのシフトに彩葉ちゃんが入っているはずで、いつもより一人増員したマンパワーで帰宅ラッシュを余裕をもって乗り越えるはずだったのだけれど……。
(……やっぱり、塞ぎ込んじゃってるのかな)
レジの行列が落ち着いたところで、私はバックヤードに入った。
彩葉ちゃんに電話をするが……やはり出ない。
(学校も休んでるのかな……。何も食べてないのかな……)
そう思いを巡らせながら、私は店内に戻る。
さっき私がレジに入ったのもあって、一時的に客足は落ち着いていた。
まぁまた、次の波が間もなく来るだろうけど。
「マスター。酒寄さんは……」
ホール対応をしていたマシュにそう聞かれ、私は力なく首を振る。
「……そうですか。心配ですね……。まぁ店の方は、ちょっと忙しくて疲れるぐらいで、一応回せてはいますけど……」
「マシュにも悪いね、負担かけちゃって」
「いえいえ! マスターこそ、無理をなさらないでくださいね」
そんな話をしていると、新しいお客さんが店内に入ってきた。
「「いらっしゃいませ!」」
と言い切ってから……私とマシュは目を見開くことになった。
彩葉ちゃんと同じ、武蔵川高校女子制服の二人組。
芦花ちゃんと真実ちゃんが、スカートの裾や髪の穂先を雨で濡らし、暗い表情で入店してきた。真実ちゃんは2回目だが、芦花ちゃんは初のご来店だった。
「……いらっしゃい、芦花ちゃんに真実ちゃん。テイクアウト? イートイン? それとも……」
慈しむような淡い笑みを作って、私は二人を誘った。
「……奥で、ゆっくり話す?」
二人は沈んだ表情のまま、コクリと頷いた。
店内のオペレーションをマシュに任せ、私はバックヤードに、二人を連れて入った──。
──※──
バックヤードに入った二人は、私が出した従業員用のインスタントコーヒーを飲みながら教えてくれた。ポツポツと、途切れ途切れになりながら。
彩葉ちゃんが今日、学校を無断欠席したこと。
放課後になってから、二人は彩葉ちゃんが住まうタワーマンションにも訪れたが、インターホンを鳴らしても反応はなく、オートロックなので中に入ることもできなかったこと。
「そっか……。ありがとうね。タワマンまで行ってくれたことも、学校で何があったか教えてくれたことも、全部込みでね」
「私の方こそ……藤丸さんには、改めてお礼を言いたかったんです……」
芦花ちゃんは掠れる声で言った。
「藤丸さんのお陰で、全力で戦えました。藤丸さんが一矢報いてくれたお陰で、少し
「じゃあさ、今は……平気?」
私が問うと、芦花ちゃんはハッと顔を上げた。そんな彼女を、真実ちゃんは心配そうに見つめている……。
「芦花ちゃんは……落ち着いてる? 正気でいられる?」
僅かに、小刻みに震える彼女の様子は、首を振る仕草と見間違えそうなものだった。
「気が狂いそうな程、胸につっかえているものがあるなら……ここで吐き出していきなよ」
「私は……わたしは……っ!」
外の雨に劣らないほど大粒の涙を流し、彼女は言った──。
「……彩葉の顔が……見たかった……!」
そこからはもう、女子高生二人による大号泣の嵐だった。
勝ちたかった、かぐやちゃんとお別れしたくなかった……というのは勿論のこと。
「彩葉には……笑っていて欲しいんです……」
芦花ちゃんは、私の胸で泣きながらそう話してくれた。
「誰よりも頑張っていて、誰よりも傷ついているのに。凛と、綺麗すぎるぐらいに取り繕ってる彩葉に……幸せになって欲しい……。それが私の、最初の願いだったんです……」
「色々理由こじつけてさ……。彩葉に美味しいもの食べさせるために苦労したのも、いい思い出だよね……」
真実ちゃんも続けて、そう話す。
私やマシュもまぁ……彩葉ちゃんに賄いは渡していたけれど、一線を超えるものを渡そうとすると断られてしまった記憶がある。二人も、似た経験をしてきたんだね……。
「……彩葉、いなくなっちゃったらどうしよう……!」
美しい顔をまた涙で濡らしながら、芦花ちゃんは不安を打ち明けた。
「かぐやちゃんが来る前の彩葉って……ふって、いなくなりそうな希薄さがあったんです……」
「……ちょっと、分かる気がするね」
彩葉ちゃんが居るか居ないかで、売上や清掃の出来映えが変わる程なので、存在感自体はある。
喩えるならシンデレラだろうか。出番が終われば退場して、もう帰ってこないんじゃないかと、不安に駆られるときがあった。
私が渡した賄いや、退勤前に掛けてきた言葉たちは、そんな彩葉ちゃんを引き留める錨に、少しはなれただろうか。
「じゃあさ」
私は告げた。
「月曜日になっても音信不通のままだったら……マンションの鍵、開けてもらうことにするよ。学校の先生と私、朝日さんと紅葉さんの四人で話し合って」
「紅葉……さん?」
「あぁ、彩葉ちゃんのお母さんのことね」
この四者の内だと、かぐやちゃんと彩葉ちゃんの事情を知っているのは私と朝日さんだけ。私は十分、朝日さんや彩葉ちゃんの役に立てるだろう。
「……藤丸店長になら、安心して任せられるよ。ねぇ、芦花」
「うん……。藤丸さんなら……。うんっ……」
芦花ちゃんは涙を拭いながら、真実ちゃんの言葉に頷いていた。
「……さ。泣き疲れたでしょ? さつまいも黒蜜デニッシュ、食べていかない?」
二人が「……お願いします」「……ありがとうございます」と、控えめながらも確かに言ったので、私は売り場からそれを取ってくる。
三種の異なる香ばしさが鼻腔を刺激し、黄金色のさつまいもと黒蜜のコントラストが美しい。かぐやちゃんや真実ちゃんとトリプルコラボ配信で宣伝したことも相まって売れまくっている新商品──さつまいも黒蜜デニッシュだ。
「めしあがれ〜♪」
ひとしきり泣いて食欲が出たのか、はたまた私のパンの匂いに食欲をそそられたのか。
寂しげな表情はそのままに、しかし芦花ちゃんと真実ちゃんはパンを口に頬張った……。
「……美味しいね、芦花……」
「うん……! うん……!」
涙をほんの一筋ずつ流しながら、しかし美味しそうに二人はさつまいも黒蜜デニッシュを味わっていた。
(いいよね。こういうの……)
パン屋より楽に安定して稼げる仕事なんて、世の中にいくらでもあるけれど──。
私が焼いたパンを食べて、希望や元気が湧いてくる人がいる……。
そんなとき私は、パン屋さんになって良かったと、心の底から思うのだ──。
【あとがき】
清美ちゃんの元ネタは、概念礼装『蛇先輩s』のOLきよひーです。
ちなみに単独顕現や受肉をした清姫本人ではありません。
あくまでそっくりな別人です。赤兎馬とレッドラビットの関係みたいな。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
感想等いつもありがとうございます。
また頂けますと励みになります。