彩葉のバイト先の店長は前作主人公感漂う藤丸立香です(旧題:パン屋のぐだ子とバイトの彩葉)   作:生徒会副長

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㉔VS酒寄紅葉(2回目)

 

 藤丸ベーカリーのバックヤードで、私は電話機を前に唸っていた。

 

「うーん……」

 

 時計の針は19時を指しており、芦花ちゃんと真実ちゃんが帰ってから、もう1時間半は経っている。

 彩葉ちゃんから未だに連絡はないし、メッセージアプリの既読もつかない。完全なる無断欠勤にして音信不通である。

 常識的に考えてみよう。女子高生アルバイトが無断欠勤&音信不通になった後することは?

 

「電話するしかないよなぁ……」

 

 そう。当然……緊急連絡先への電話連絡だ。

 私は雇用主として、あの酒寄紅葉さんに電話をしなくてはならないのだ。

 あまり連絡が遅いと『あぁやっと連絡くれはったん? 藤丸さんとこの時計壊れてしもたんちゃうかと心配してましてんけど、藤丸ベーカリーではさぞかし優雅な時間がゆっくり流れてはるんやろうねぇ?』といった具合に、嫌味と皮肉たっぷりに問い詰められるに違いない。

 やるしか……ない。

 電話機の前でウンウン唸って時間を無駄にしていたら、店内で他の仕事をしているマシュや田中くんにも申し訳ないし。

 

「すー……はー……」

 

 深呼吸をして、私は覚悟を決めた。やると言ったらやる! やり切る! 演じ切る!

 

「よし!」

 

 意を決して、私は紅葉さんの携帯番号に電話をかけた──。

 

『……もしもし、酒寄です』

「もしもし、夜分に失礼します。藤丸ベーカリー店長の藤丸です。いつもお世話になっております」

『こちらこそ、いつも娘がお世話になっております』

 

 2回のコール音のあと、型通りの挨拶で紅葉さんとの通話は幕を開けた。

 さぁ、ここからが本題だ──。

 

『本日はどのようなご要件でしょうか?』

「実はですね……。彩葉ちゃんが今日の17時からのシフトをお休みしておりまして……。電話も繋がらず、メッセージアプリの既読もつかないんですよね……」

『……そうですか。娘がご迷惑をおかけして申し訳ございません』

 

 怯えや不安など一切感じさせない声だった。

 礼儀正しくはあるが、感情は感じさせない……そんな声色で紅葉さんは謝罪をして、そのまま続けて話した。

 

『実は学校も無断欠席しているようでして、学校や私からの電話にも出ないんです』

「……そうですか。私も彩葉ちゃんのお友達から聞きました。紅葉さんも、さぞご心配でしょう」

 

 一瞬の沈黙の後、淡々と紅葉さんは言った。

 

『……私が心配や不安を抱いたところで、事態が好転する訳でもありません。私と娘の不徳の致すところで、多くの方にご迷惑をおかけしているのは事実です』

「迷惑だなんてそんな。私は、彩葉ちゃんの無事を確認できれば、それで十分です」

『……それなのですけどね。あの子、実は前々から、私の電話に出ようとしなかったんです。緊急連絡先がウチやのにね』

 

 ……やっぱり、そうか。

 何となく、そんな気はしていた。密に連絡を取り合えていたら、紅葉さんがかぐやちゃんの居候を許すはずがないし、紅葉さんが藤丸ベーカリーに探りを入れるような電話を入れるはずがない。

 

『つきましては藤丸さん』

 

 淡々と、事務連絡のように紅葉さんは宣言した──。

 

『ウチ、彩葉を京都の実家に連れ戻そうかと思ってますねん』

「……そのこころは?」

 

 なるべく平静を装って、私は彼女の言い分に耳を傾けた。

 

『緊急連絡先が緊急連絡先として機能していない。そして実際に音信不通になってから人様に大変なご迷惑をかける。こんなふざけた真似をする小娘に、東京で一人暮らしなんてさせたウチが間違っとりました。連絡がついてからの彩葉の態度や言い分次第で、彩葉は京都の実家に連れ戻します。その場合はもちろん……』

 

 間違えて伸びた枝を剪定するように、紅葉さんは容赦なく、彩葉ちゃんの東京での物語を切り捨てにかかった。

 

『武蔵川高校からは転校、藤丸ベーカリーは退職ということになりますねんけど』

 

 芦花ちゃんが危惧した、“ふっといなくなる”彩葉ちゃんの、鮮明で残酷なイメージが頭をよぎる。

 

『藤丸さん。そのときは、ウチの側に立ってくれはります? また似たようなことしでかして迷惑おかけする訳にはいきませんし。それに、突然無断欠勤だの音信不通だのになる小娘が野放しになっとったら、店の規律も乱れますやろ?』

「お断りします。私は彩葉ちゃんの側に立ちます」

 

 私は毅然と返答していた。脳裏に映ったイメージを断ち切るように。

 

『あらそう? 藤丸さんて、無断欠勤するような小娘の手も借りたいほど、まともに店回せてへん甘ちゃんやったのん?』

「そうじゃありません」

 

 やや冗談めかしつつ挑発してくる紅葉さんだが、不退転の覚悟で私は応じた。

 

『……では、どうして?』

「……確かに、突然無断欠勤や音信不通になる従業員は、リスクと言わざるを得ないでしょうね。従業員を、マニュアル通りに動いて儲けを生み出す駒としか見ていない経営者からすれば」

『……藤丸さんと彩葉の関係は、そうやないの?』

「違います」

 

 何が違うのか。今までの彩葉ちゃんの姿を思い出しながら、これからの彩葉ちゃんの未来に思いを馳せながら、私は言葉を紡いだ……。

 

「……彩葉ちゃんは、誰よりも優しくて頑張り屋さんの、とても良い子です。私は一人の人間として、彼女には幸せになって欲しいと思いますし、一人の人間として、彼女には手を差し伸べます。心からそう思えるだけの時間を、私達藤丸ベーカリーと彩葉ちゃんは、積み重ねてきたんです」

 

 それは一種の、宣戦布告だった。その真意を確かめるための質問が、紅葉さんから突きつけられる。

 

『……ウチが、人として間違ってると言いたいん?』

「いいえ。紅葉さんは強く、正しい人です。ですが……」

 

 正しさを理由に、苦しむ誰かを見捨てることは──できない!

 

「私はっ! 好きなものの為にっ! 愛するものの為に生きますっ! 頑張ります! 闘います! たとえそれが……誰かが決めた正しさから外れているとしてもです!!」

 

 私が言いたいことを言い切ると、紅葉さんは数秒、沈黙していた。私に気圧されたからなのか、彼女の中の何かが揺らいだからなのか……。

 

『……とんでもない甘ちゃんやね。はぁ……胸焼けしそうやわ』

 

 あ、どっちでも無い? 私に呆れただけ?

 ……と思ったら。

 

『ええよ。好きにし』

 

 ひどく落ち着いた声で、そう言った。

 見放すのではなく、認めて送り出すような……そんな意思が感じ取れた。

 

『ただし、主役はあくまで彩葉や。あの子が本気で京都に帰ると言い出したときや、東京に住み続ける資格を自らドブに捨てたときは、潔く諦めたが楽チンでええんちゃう?』

「あいにく私は、彩葉ちゃんを救えるのならドブの中にも手を突っ込みます! 主役が彩葉ちゃんなのは異論ないですけどね!」

『フン……。それでアンタが泥だらけになっても、もうウチは知らぬことやで』

 

 いけず言葉を使っておきながら、よく言う。

 “諦めた方が楽チン”は“諦めの悪い人が好き”ぐらいの意味でしょうに。

 彼女の嫌味と皮肉に敬意を表し、

 

「邪魔しないでくれるんですね! ありがとうございます!」

 

 と返しておいた。

 

『……はぁ。アンタみたいな甘ちゃんのお人好しがアルバイト先の店長やなんて……』

 

 それは気の緩みか、はたまた私に気を許したのか……。

 

『──良い出会いに恵まれたんやね、彩葉は──』

 

 ポロリと、紅葉さんはそんな言葉を零した。 

 

「ところで……紅葉さんは彩葉ちゃんに手を差し伸べないんですか?」

 

 その油断につけ込んで、私は核心になる部分を尋ねてみる。

 すると……。

 

『……生憎やけど、お優しい母親として振る舞う資格は、もうドブに捨てたんや』

 

 その台詞には、わずかに未練や後悔が滲んでいる気がした。

 

「……拾ってきましょうか?」

『……アンタがか? たかが従業員の母親相手にそこまでするほど暇なんか?』

「もう友達ですから」

 

 別に世辞で言ってる訳じゃない。一人ぐらい、十歳年上で、遠慮なく皮肉を言い合える友人がいてもいいと思っているだけだ。

 

『……かわりに1個、聞いてええか?』

「いくつでもどうぞ。私は彩葉ちゃんのことも好きですけど、紅葉さんのことも好きですからね」

 

 私の口説き文句は華麗にスルーして、紅葉さんは尋ねてきた。

 

『アンタんとこの店、スコーンって置いてはる? それも甘ったるいヤツやのうて、紅茶の香りを楽しめるようなヤツ』

「はい。“小麦と全粒粉のシンプルプレーンスコーン”は、イギリス出身の常連さんからもご好評頂いています」

『そうですか』

 

 数秒、ほんの少し迷ってから、紅葉さんは言ってくれた。

 

『……高校の三者面談が終わった後。藤丸ベーカリーで、スコーン食べながら進路の話を詰めるぐらいやったら……まぁええかもね……』

 

 つい私は、口角が上がってしまう。それぐらい嬉しかった。

 いがみ合っていた母娘の歯車が、ほんの少しでも噛み合うきっかけに、私のパン屋さんがなれるとしたら……!

 

「ありがとうございます! 母娘でのご来店、お待ちしていますね!」

『はいはい。……藤丸さん』

「はいっ!」

 

 事務的な声色に戻してから、紅葉さんは言った。

 

『……彩葉のこと、これからもよろしくお願い致します』

「はい! お任せください!」

 

 それを最後に、紅葉さんとの電話は終わった。

 受話器を置いてから、

 

「……よっしゃァ!」

 

 私はつい、ガッツポーズを決めてしまった。

 その達成感を抱いたまま、バックヤードから店内に戻る。

 

「あ、マスター。酒寄紅葉さんとの電話、どうでした?」

 

 心配そうに聞いてくるマシュに対し、私は満面の笑みで返した。

 

「首尾は上々! 一番要の、深すぎる外堀が埋まったよ!」

 

 例えばいま彩葉ちゃんが、暗い闇の中にいるとして──。

 その闇から立ち上がった後、新芽を紅葉さんに叩き潰される心配は、かなり減ったはずだ。

 しかしマシュの顔には、まだ陰が差している。

 

「……そうですか。じゃあ後は、酒寄さんが元気に戻ってきてくれるか次第ですね……」

「やっぱり心配?」

「はい……。大ごとにならなければいいのですが……」

「でもまぁ、主役はあくまで彩葉ちゃんだから」

 

 紅葉さんの言葉を引用し、笑みを作って、私はマシュに言った。

 

「脇役だか傍観者だかの私達は、彩葉ちゃんがいつでも戻ってこられるように、舞台を整えとくしかないよ」

 

 するとマシュも、誤魔化して笑みを作った。

 だって今は、私もマシュも、それが出来うる最善なのだから。

 

「……そうですね。今日の営業もあと1時間。お互い頑張りましょう!」

「うん。店を閉め終わったら、彩葉ちゃんのタワマンに行ってみるよ」

 

 彩葉ちゃんのタワマンまでは徒歩15分だ。

 ハッと目を開いてから、マシュは私を気遣った。

 

「お疲れではないですか、マスター? 今日は大繁盛でしたし、まだ活性アンプルの副作用も……」

「まぁ、パンケーキ防衛隊で一番近くに住んでるの、私達だし……。私みたいな脇役相手でこそ、話せることってあるかもしれないでしょ?」

 

 実際私も、マシュに話し辛いことって……無くはないし。私の場合そういうときは、あまり会えない友達だったり、ヤチヨだったりに話を聞いてもらっているのだが……。

 

「……一緒に行くよりは、お風呂やご飯の用意をする方がいいですかね?」

「うん。よろしくね」

 

 そう言って、マシュは納得してくれた。

 

 その後────。

 

 結局私は9月13日に、彩葉ちゃんに会うことは出来なかった──。

 

 14日も音信不通。夜にタワマンに行ってインターホンを押しても、何も返ってこない──。

 

 そして──。

 

 9月15日、日曜日の夜、三度目の訪問で──。

 

 

──※──

 

 

 

『……藤丸店長……ですか?』

 

 無機質で生気はないけれど、インターホン越しに聞こえたそれは、3日ぶりに聞いた声。

 ずっと聞きたかったその声の主こそ──まさしく、彩葉ちゃんだ。

 満月と比べて左側がわずかに欠けた月の下、21時15分。私は彩葉ちゃんのタワーマンションのエントランスに来ている。

 翌朝月曜日も彩葉ちゃんが音信不通と無断欠席を続けるようなら、マンションの管理者や学校、朝日さんや紅葉さんに連絡して、鍵を開けてもらうところだった。でも──何とか約12時間後のタイムリミットに、間に合った……!

 

「……彩葉ちゃん。夜遅くにごめんね。色々大変かなって思って……お見舞いに来たよ。さつまいも黒蜜デニッシュも持ってきてるんだ。入っていい? 迷惑なら帰るけど……どうかな?」

 

 インターホン越しに騒いだってしょうがないと自分に言い聞かせて、努めて落ち着いた声で語りかけた。

 別にこのまま帰る羽目になったって構わない。彩葉ちゃんの無事が確認できただけでも大戦果だ──と思っていたら。

 

『……いま開けます。入ってください』

 

 コンピュータープログラムのように感情のない声で、しかし私を招き入れる返事が来た。まもなく、RPGのダンジョンの仕掛けを解いたかのように、タワーマンションの自動ドアが開く。

 清潔で綺麗すぎる──まるで一切の穢れを許さないような──真っ白な大理石の共用部分を歩いていく。滑らかに完璧に動くエレベーターに乗って、彩葉ちゃんがいる階──25階を目指す。

 

「……高いな」

 

 エレベーターに乗っている時間の長さが、ますます25階という高さを私に実感させる。雲を突く高さ──という表現は、さすがに大袈裟だろうか。

 この高さの住まいでかぐやちゃんと暮らすのは、どんな気持ちだっただろうか。天国に2人きりでいるかのような夢心地だったのだろうか。

 逆に、この高さの住まいで独り眠るのは、どんな気持ちだったんだろう。街の喧騒からも隔絶され、静かな部屋で絶望に打ちのめされるのは、どれほど辛かっただろう。

 そんなことを考えている内に、ついに部屋の前まで来た。インターホンを押すと、二日間の門前払いが嘘のように、扉はあっさりと開いた。

 

「……こんばんは」

「……彩葉ちゃん」

 

 完璧な営業スマイルが輝く藤丸ベーカリー自慢の看板娘、凛とした京風美人女子高生の面影は、まるで無かった。

 闇に沈んだ虚ろな眼。その眼を強調してしまうひどい隈。遭難者のようにガサガサの肌と艶を失った髪。それが、今の酒寄彩葉を構成するパーツだった。

 それでも……。

 彼女が無事だったこと。彼女が生きていてくれたことが嬉しくて、幽霊や幻ではないことを確かめたくて……その身体をギュッと抱き締めた。

 

「……心配したんだよっ。無事でよかった……! 本当によかった……!」

 

 骨と皮だけになってしまったかのように、抱き締めた彼女の身体には瑞々しさや生気が感じられないし、彩葉ちゃんが格別の反応を返すこともない。私の腕に感じた水滴は、私の眼から零れた涙だった。

 

「……申し訳ありません」

「いいよ……。いいんだよ……。謝らなくっても……。彩葉ちゃんは悪くない……。悪くないよ……」

 

 壊れたボーカロイドのように謝罪を口にした彩葉ちゃんを、私は必死に慰めた。

 慰めの言葉を掛けつつ、私は彼女の肩口で涙粒を繰り返し落とし続ける。

 乾いた彼女の心に水をやるように──なんてのは、恩着せがましい言い訳だ。

 彩葉ちゃんがこんなにボロボロになるまで、彼女の傍にいることが叶わなかった自分の無力さを思い知り……。

 彼女の痛みを自分のことのように共感し、投影した……。

 そんな私自身の心が、悲鳴を上げているだけだった……。

 

 

──※──

 

 

 

 私が涙を止めた後、私は部屋の中──リビングルームへ案内された。

 彩葉ちゃんから『お渡ししたいものがあるので、少し待って頂けますか』と言われて。

 私のベッドよりふわふわなんじゃないかと思うクソデカソファーに寝転がりたい気持ちを抑え、座り心地のよい木製の椅子に腰掛けて、彩葉ちゃんが戻ってくるのを待つ。

 

「……良い部屋だなぁ」

 

 広々とした生活スペースや、開放感たっぷりの吹き抜けの天井もそうだが。

 マシュと結婚するのなら、こんな理想の住まいでマシュを幸せにするぐらいの甲斐性は持ちたくもなるが。

 それより何より魅力的なのは、今はいない……かぐやちゃんが残した光だ。

 システムキッチンに並んだ包丁やまな板。製麺機や古今東西のスパイスに、パンケーキ作りの粉。それらのメンバーは、かぐやちゃんがハッピーな料理の時間を始めるのを、今か今かと待ちわびている。

 

『もー彩葉ってば! ドンキに買い出しなんか行かなくてもパンケーキの粉あるじゃ~ん♡ じゃあデザートはパンケーキでぇ……メインディッシュはカルパッチョにしようかなぁー?』

 

 先ほど私が寝転がろうかと迷ってしまったクソデカソファーでは、彩葉ちゃんとかぐやちゃんがふわふわのクッションを抱いて、肩を寄せ合って、一緒にテレビで映画を観ている。

 

『うはははは! ここのダンスパートおもろー! いろはー、これオマージュしてかぐやの新曲に採用しようよー!』

『そんな時間ないってぇ……。あー、でもこれミームになってるから、カバーとして歌って踊ればウケるんじゃない?』

『え! マジで!? よっしゃ、これ見終わったら早速練習だっ!!』

 

 そんな、彩葉ちゃんとかぐやちゃんが過ごした日々の残滓に思いを馳せている内に……彩葉ちゃんは戻ってきた。そして私の向かい合うように座る。

 

「藤丸店長。お待たせしました」

「あぁ、全然。それで……渡したいものって……なに?」

 

 彩葉ちゃんが──そんな体力は残っていないだろうに──姿勢正しく椅子に座っているのを見て、私も姿勢を正した。

 

「……この度は、無断欠勤に音信不通と、大変なご迷惑とご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」

「いや、いいよいいよ。あんなことがあった後だもん……。仕方、ないよ……」

 

 私はそう言うが、無い感情は揺さぶりようがないと言わんばかりに、彩葉ちゃんは虚ろな眼をしたままだった。

 そのまま、彼女は淡々と言った。

 

「いいえ、仕方ないで済ませていい話ではありません。私は無断欠勤で藤丸ベーカリーの規律を乱し、音信不通で藤丸店長のお気遣いとご厚意を踏み躙りました。そのケジメつけさせて頂きたいと思います」

 

 スッと、機械のように正確な動作で、彼女は封筒を差し出してきた。

 それには、パソコンで印刷したのではないかと思うほどの達筆で、漢字三文字が書かれていた──。

 

「藤丸ベーカリーを……退職させて頂きたいです」

 

 

 

 




【あとがき】
ここまでお読み頂きありがとうございます。

当初は紅葉さんとの電話が終わったタイミング(5000字ぐらい?)で24話の締めにしようかと思っていましたが、よりインパクトのある引きが作りたくて、24話を7000字ぐらいにさせてもらいました。

感想等いつでもお待ちしております。
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