彩葉のバイト先の店長は前作主人公感漂う藤丸立香です(旧題:パン屋のぐだ子とバイトの彩葉) 作:生徒会副長
マシュとノッブに守られながら、後ろにダビデとサリエリを従えながら──私の
曲と楽譜はFUSHIの能力で既に共有済みだ。雨空の下で歩く人をそっと見守るような、その優しいメロディーの曲は──。
「──埃をかぶったノート──中身なんて──覚えていないけど──♪」
月見ヤチヨのデビュー曲であり、彩葉ちゃんが一番好きな曲──『Remember』!!
この曲なら……!
「──たどたどしいピアノ──ほの甘いパンケーキ──なぜか懐かしい──♪」
「…………
ヤチヨ・オルタが召喚したのは、刃が2枚付いた薙刀だ。その刃は三日月、或いは死神の鎌を連想させるほど反り返っている。
私の歌を止めるつもりで急降下し、猛追してきたヤチヨ・オルタ。その眼前に、へし切長谷部を握ったノッブが立ちはだかった。
薙刀と打刀による鍔迫り合いの中で、二人が口撃を交わす。
「……邪魔しないで。この世界に楽しい歌なんて必要ない。正しい歌さえあればいい」
「ふはははは! そう焦ることもなかろう。善きにせよ悪しきにせよ、思うところがあるなら一曲聴いていけ。……ここは通さん」
一度間合いを取ったヤチヨ・オルタは、二枚刃がついた薙刀を、二本の薙刀に分離させた。ギロチンのような勢いで左右から薙刀が迫るが、ノッブはそれを刀と火縄銃で受け止める。
「──あやふやな物語 歩こうとして──何一つ上手には描けなくて──涙がこぼれだして 気づいてく──大人になってく今日に──いるんだって──♪」
ノッブとヤチヨ・オルタは戦い続け、私は歌い続ける。
正直、歌声が届いている手応えは……ない。
それでも私は……止まる訳にはいかない!
「──暮れてく夕日の──向こうに朝焼け──♪」
「……仮想第一宝具──カミカゼ」
私の歌声を無視して、ヤチヨ・オルタが歯車のように規則正しく身体を回転させる。その回転の渦から飛び出したのは真っ黒なチビヤチヨの大群だったけれど──それは瞬く間に真っ黒な戦闘機へと姿を変え、私達に特攻を仕掛けてくる。
「……っ…………あなたを照らして──星はまた巡ってく──♪」
いつか彩葉ちゃんが言っていた。分身能力は、月見ヤチヨの優しい願いの産物だと。
誰も寂しくならないように。誰も
それを攻撃宝具に、しかも神風特別攻撃隊に似せた兵器にされてしまったことに悲しみと怒りが込み上げる。
それでも──私は歌い続ける!
「──小さな願いは──確かな道標──♪ 微笑む明日は──きっとそばにあるから──♪」
「……手数で勝負か? ならば『
ノッブは大量の火縄銃を召喚、すぐさま発泡し、特攻機たちを撃ち落とす。しかし弾幕を避けた特攻機が十機ほど、私やノッブに迫って──。
「シールド、展開します!」
万に一つも演奏が止まることなどあってはならないとばかりに、マシュが展開した障壁が私やノッブを守ってくれた。
一方のヤチヨ・オルタには、特攻機で相殺し切れなかった銃弾が何発か命中している。
「ぐぅっ……!」
「ちぃ……全力で攻撃できんというのは……やりづらいのぅ!」
「……っ…………壊れてしまったら──直そう自転車を──♪ 萎れてしまったら──水やろう花びら──♪」
加減を間違えて彩葉ちゃんやヤチヨを死なせてしまったら、人理や世界は救えるかもしれないがこのグランドオーダーはバッドエンドだ。それは当然ノッブも分かってくれている。
「──あなたの世界は──そこでは終わらない──まぶしい日々が──どこかで待ってるから──♪」
再びヤチヨ・オルタが、薙刀を振りかざして襲ってくる。薙刀とへし切長谷部が、激しく火花を散らす。
そこに感情の発露や動揺は……あまり無いように見えてしまう……。
「──大切なメロディーは流れてるよ──あなたのハートに──♪」
「……別に流れてないけど?」
私の不安を的中させるかのように、ヤチヨ・オルタが淡々と言った。薙刀をノッブに振るいながら。
「なっ……なんでそんなこと言うんだよぉ!! ヤチヨ! 目を醒ましてよ!!」
私はまだ歌っているけれど、FUSHIがたまらず私の肩から降りて、そう叫んだ。
「ヤチヨ! 思い出してよ! 『Remember』を作詞作曲した日のこと! 彩葉に届けばいいなって、これを聴いた彩葉が元気になったらいいなって、ワクワクしながら作詞も作曲もしてたじゃないか!!」
「あーはいはい。そんなこともあったね、無駄なことなのに」
薙刀二本で嵐のような斬撃をノッブに繰り出しながら、ヤチヨ・オルタは気怠げに語ってみせた。
「そんなことしたって──どうせ酒寄彩葉という個体も、いつかは死にゆくのに」
「そんな──そんな言い方、しないでください!!」
演奏組の護衛だったはずのマシュが、ヤチヨ・オルタとノッブの間に割って入る。
「信長さん、代わってください!」
「……深入りし過ぎるでないぞ、マシュ!」
マシュがヤチヨ・オルタに接近戦を挑み、ノッブが私の傍まで後退する。
「──暮れてく夕日の──向こうに朝焼け──♪」
「酒寄さん! 思い出してください! 『Remember』が人生で一番好きな曲だって、言ってたじゃないですか! 私やマスターが少し『Remember』を歌うだけで涙が溢れだして……それでも必死に、気高く、美しく、頑張って……一緒に藤丸ベーカリーで働いてきたじゃないですか!」
私の歌をBGMに、マシュは盾による打撃と、感情に訴えかける言葉をぶつけていく。しかしヤチヨ・オルタは、それを軽々と避けている。
十撃目となる盾の横薙ぎをヤチヨ・オルタが避けたとき、その身体が四人に分身した……。
「────えっ?」
「仮想第二宝具──ヤオヨロズ」
分身したヤチヨ・オルタは、それぞれが二本ずつ薙刀を持っている。合計八本の薙刀が、それぞれ異なる軌跡でマシュに襲い掛かる。
「くぅっ! あぁっ……!」
甲冑や手甲の守り、対魔力スキルまでアテにして、致命傷だけは避けようと立ち回るマシュ。肌が斬れる音こそしない……けど……甲冑が傷つけられる金属音が鳴る度、心臓が縮む思いがする。
そこへ──銃撃の弾幕が放たれた! 怯んだヤチヨ・オルタが包囲を解く。
「……すみません信長さん。助かりました!」
「馬鹿もの! 深入りするなと言っておろうが!」
一旦マシュも私の傍まで退いて、戦闘は小休止。そして私の……私の『Remember』は……。
「──微笑む明日は──消えたりはしない──きっとそばにあるから──…………」
最後まで歌い切ったはいいものの……ヤチヨ・オルタに変化は……なかった……。
「……ダメ……だった……?」
「怖気づくな! マスター!!」
私がつい零してしまった弱音を掻き消すような叫び。それを上げたのは、サリエリだ。
「本当にどうでもいい音楽なら──いちいち文句を言ったり、殺意を向けたりはしない! 効き目が弱かっただけだ! 効いていない訳ではない!」
「サリエリ……」
流石はアヴェンジャー、愛憎と恩讐を物語るクラス。頼もしいまでの説得力だ。
「僕としては、マスターの歌声は素晴らしかったと思う! だからさ、次の曲を試そうじゃないか。作戦どおりの2曲目でもいいし、別の曲の楽譜をFUSHIの能力で覚えてもいい! 僕はまだまだやれるとも!」
そう言うダビデの爽やかな笑顔もまた、ありがたいものだった。
そうだ、私だってまだまだやれる……!
「皆……2曲目いくよ! 選曲は予定通り──『Ex−Otogibanashi』で!」
マシュは気丈に気高く、ノッブは楽しげに口角を上げてみせた。
「ふっ……それでこそワシのマスター、ワシの家臣、人類を救った女よな!」
「お任せください! この程度──イヴァン雷帝のときに比べれば、へのかっぱですので!」
ダビデが竪琴を、サリエリが
本来ならシンセサイザーの電子サウンドから始まり、近未来の音を響かせる前奏。サリエリとその使い魔、そしてダビデが見事に中世〜近世風にアレンジして奏でてくれたのを合図に、私も歌い出した。
「今は昔 誰もが知る物語──かの有名なかぐや姫はこう言った──♪」
“これ”と似たことを言ったのは、多分あのボロアパートでのことだ。
彩葉ちゃん……かぐやちゃん……思い出して──!
「──そんな結末ちっとも望んでないし──運命だからってキミそれで頷くのっ!?」
ヤチヨ・オルタが再び薙刀を手に迫ってくる。その顔には苛立ちの色が見えた気がした。
「……諦めが悪いね」
吐き捨てるように、彼女は言う。
うん、それでいい。
殺意や憎悪の裏にはきっと──。
愛と希望が隠れているはずだから──!
「いい家臣じゃろ? どこぞの神頼みしとる甘ったれと違ってのぅ! 欲しくてもお前にはやらんぞ!」
「ッッ……!
ノッブの打刀と、ヤチヨ・オルタの薙刀が再び激突する。ノッブの挑発は……確実に効いてる……!
(この調子なら……!)
希望を胸に抱き、想いを込めて、私は必死に歌った──。
「キミと今見てるこの景色 何億回思い出したろう! 七色きらめいて──Ex-Otogibanashi☆ そうよ私がヒロイン! そのハートを射抜いてあげる! 知らないなんて言わせない! 名前 呼んで 私は誰? 押しも押されぬお姫様──!」
時折ヤチヨ・オルタの仮想宝具カミカゼの流れ弾が飛んできても、それはマシュが防いでくれると信じて、止まらず。
「そんな──おとぎ──ばなし──♪」
だけど……それでも……。
「──ヤチヨ! すごくいい曲だったよね!? 三人のコラボライブ……すっごく楽しかっただろう!? キミ、最後の方で泣いてたじゃないか! そのことも忘れちゃったのか!?」
FUSHIが涙ながらにそう語りかけるが……。
「…………別に?」
黒い髪のヤチヨオルタは……未だ健在だった……。
「たかが4分かそこらの聞き飽きた音楽。たかが1時間程度のリプレイし飽きたライブ。そんな程度のものが、八千年の絶望に敵う訳がない。そんな程度のものを欲して、愛して、生きて、死にゆく命は、バカバカしい」
「バカで悪かったなぁ!? 百年後にはどうせくたばる凡人で悪かったなぁ!?」
啖呵を切ったのは私だ。相手が八千年の重みを知る怪物だろうと……叫んだのは私──藤丸立香だ。
「でも……! それでも……!」
思わず涙を零しながら、私は叫ばずにはいられなかった。
「その一曲でっ! そのライブでっ! 感極まって一世一代のプロポーズをやっちゃった人間がここにいるんだよ! かぐやちゃん! 彩葉ちゃん! ヤチヨ! 帰ってきてよ! 貴女達のお陰で実った愛がここにあるんだよォ!!」
「それだって、百年後には──」
「意地でも残してやるわぁ!! うたかたの夢のよーに消えた後にすら……何かしら後に続くものを残してやるからなぁ!! 私とマシュを舐めんのも大概にしろ!!」
景気よく言い返してやったはいいものの……「ぜぇ……ぜぇ……」と、私は息切れを起こしてしまう。
私だけではない。サリエリは使い魔に
相対的に、あくまで相対的に言えば……まだ……。
「よし! ここはちょっくら、僕が時間を稼いでこよう! 皆はその間に一息ついた方がいい!」
そう。そう言ったダビデは、まだ余裕がある方ではある。申し出はありがたいけど……。
「……何? 案外やる気じゃん、ダビデ」
効率だの経済的にだのと言って、そこまで好戦的・積極的でなかったサーヴァントがダビデ──というのが、カルデアのマスターである私の認識だ。しかし。
「それはアレだよ。僕は……カルデアの未来にオールインすることにしたからねぇ。冬木でも、今回でも」
「…………ダビデ?」
もしかして……。
ソロモンの……ロマニの分まで……って……こと……?
「カルデアを知る者同士で、いいアイデアでも考えてくれたまえ、僕がギブアップする前にね! まぁ大丈夫、僕最強だから。具体的に言えば、星3アーチャーの中だと……」
「モノマネやらメタいことやらをぐだぐだ言っとる暇があったらさっさと出陣せい!!」
ノッブにそう叱咤され、ダビデは「りょうかーい」と軽快な返事をする。そしてヤチヨ・オルタの前に躍り出た。
「やぁ素晴らしき
「……興味はない。ワタシに必要なのは正しい歌だけ。不要なものは消し去るだけ」
「うん、君と似たような理想を口にした男を一人知っている。でもね……君達が不要と切り捨てたものこそ、僕達にとっては案外宝物だったりするんだ。それを奪わせる訳には──いかないのさ!」
挨拶代わりの投石の後、杖を手にしたダビデがヤチヨ・オルタに肉薄する。神の加護を受けたダビデの身体能力は、第六天魔王・織田信長と比べてもまるで見劣りすることはない。時間稼ぎの仕事は確実にこなしてくれるだろう。
「皆、今の隙に魔力を回復してくれ! また無味無臭なのは申し訳ないけど、今度は金平糖の形を真似てみた!」
「うむ、でかしたFUSHI!」
FUSHIの小さな身体の上に乗っている金平糖を、各々が一粒ずつ口に入れる。何の食感も味もないけれど、魔力が少し回復した実感だけはある。
「で、具体的な策じゃ、策。いまFUSHIの金平糖で僅かに回復はしたが、もはや
鳴かぬなら──というあの有名な句が、私の頭によぎった。
「次の一曲じゃ! 次の一曲で勝負を決めよ! それで無理なら──ワシはヤチヨ・オルタを討つ! この手を血で穢してでも──この特異点を修正する!」
「そんな……! 信長さん……!」
「情に流されて全滅するよりマシじゃろ!!」
唇を喰む、マシュと私。
何度も何度も味わった悔しさだ。修正するしかなかった特異点で、剪定するしかなかった異聞帯で。
助けたかった人がいた。続きを見たかった物語があった。でも全てを拾って、救って前に行くには、あまりにも私は無力で──。
彩葉ちゃんも、かぐやちゃんも、ヤチヨも、そうするしかないとでもいうのか。
(そうしない為には……どうすればいい……?)
『Remember』と『Ex-Otogibanashi』が通じなかった今、『ワールドイズマイン』や『星降る海』、『ライラック』や『幾億光年』が通じる気はしない。
かぐやちゃんの卒業ライブ最後の曲も無理だろう。アレは私もマシュもワンコーラス分しか知らないし、FUSHIの記憶にも何故かロックが掛けられている。ハッキングか何かで“続き”を把握しないと、切り札にはなり得ない。
「考えたって無駄だよ」
ヤチヨ・オルタのそんな声が響くと同時に、ダビデが私達の傍まで吹っ飛ばされてきた。その逞しい四肢や精悍な顔立ちには、あちこち血が滲んでいた。
「ダビデ!」
「いやぁ……すまない。ちょっとばかり彼女の美しさに目が眩んだのかもしれないね。ははは……」
彼に駆け寄った私は、礼装を起動してその傷を癒す。
ヤチヨ・オルタが仮想宝具カミカゼで追撃を仕掛け、それをマシュがシールドで防ぐ。そんな攻防の中、ヤチヨ・オルタは淡々と告げる。
「ワタシは八千年の人類史を生きてきて、八千年の人類史を酒寄彩葉という個体の精神世界で演算した。そして近代に入ってからは、電子の海でこの地球上のあらゆる音楽を学習した。その演算・調査結果として告げるよ。もはやこの地球上の音楽に続きなんて必要ない。楽しさなんて必要ない。ワタシが歌う正しささえあればいい。人間は何も考えず、その正しさに導かれてさえいればいい……」
「そんなモノは人間ではない! 絡繰人形と変わらぬわ!!」
私の代わりに、ノッブが言い返してくれた。そして当の私は──ある
(八千年の……人類史…………?)
八千年は、確かに凄まじい年月だ。私もウルクより
(…………いるじゃん…………! ここに…………!!)
生命に競争があるように、歴史にも勝敗がある。正解不正解がある。
彼女は知らない。あの旅路を生きた、私達しか知らない。
敗者の歴史を! 間違えてしまった歴史を!
ならば──!
「令呪を以て、我がアヴェンジャー、アントニオ・サリエリに命ずる──!」
私の右手で、紅く輝く令呪。それに精一杯の想いを込めながら、私は確信していた。
「なんだ? マスター? 相談もなく私に令呪を使って──何を──」
錦の御旗のように、正しさを高らかに掲げるヤチヨ・オルタ。
あれに勝てるとしたら……立ち向かえるとしたら……。
至高の天才、音楽の神に愛された英霊──アマデウス・ヴォルフガング・モーツァルトが、
「────『逆光』を、演奏して!!」
私の令呪が、一際強く──星のように煌めいた。
【あとがき】
本作の世界では、『色彩』はFGOと関係ないところで作られた曲、『逆光』はカルデアでアマデウスが作った曲という設定です。
次回、『㉞逆光』、お楽しみに!
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