彩葉のバイト先の店長は前作主人公感漂う藤丸立香です(旧題:パン屋のぐだ子とバイトの彩葉) 作:生徒会副長
(もうすぐ……新しい世界が……始まる……)
暗い闇の中で膝を抱えながら、その少女は時を待っていた。
世界から全ての悲しみと苦しみが消える時を。
(八千年……準備してきた。頭脳の中で……精神世界で演算した……八千年……)
その頭脳とは、精神世界とは誰のものか。
それすら少女は忘れているが、最終目的は忘れていない。
(ひたすらに──正しい世界。もう誰も争わないし、誰も間違えない。誰も悲しまないし、誰も苦しまない。皆が平等で同じ色。味も温度も、匂いも色彩もいらない……。そんな……月の世界と同じような……世界が……)
そのとき──。
声が……歌が……聞こえた気がした──。
『絶望の畔──懐かしい人の名を──叫ぶ──それは遠雷のように──』
何を歌っているんだろうと、少女は思う。
自分は、誰も絶望しない世界を創ろうとしているのに──。
名前なんていう個体を識別する文字列は、これからの世界に不要なのに──。
『──かぐやって、素敵な名前をもらったから! だからこれは──そのお返し!』
外から聞こえた声ではなかった。
少女の心の内から、思い出の中から聞こえた声だった……。
(…………。かぐや……?)
大切な人の名前だった気がすると、少女は思う。
いや、“正義”に比べれば、優先順位は劣るはず……要らないもののはずーーなのだが。
かぐやという人物から、少女は──何を受け取ったのか……。
『まだ戦ってると──嵐の向こう側の──いると──』
声のする方へ、少女は目を向ける。
誰かが盾を手に戦っている。誰かが涙ながらに歌っている。
そして……少女も……かつて……。
そんな風に……歌った、ような……。
かぐやという人物から受け取ったものを手に……歌った、ような……。
(いや……正確には……ブレスレットだ。ブレスレットを手に……月に向かって……歌った……ような……)
その目的は──。
『あなただけに届けばいい──』
嗚呼……そうだった……!
少女は……いや……私は……
富とか名声とか、正しさとかお母さんとか、そんなことはもう──どうでも良かった!!
『いつか終わりが訪れること自体は、別にいいんだ。ただその終わりの瞬間までに、一つでも多くのタスクをこなしていくんだよ。失敗したっていいし、間違えたっていいし』
『かぐやは続きを聴きたがってたのに……! お父さんと一緒に作った、大切なメロディーなのに……! あの曲を完成させて、かぐやに届けたいんです! “もっとかぐやと一緒に居たかった”って、願いと想いを込めて……!』
私の背中を──そっと押してくれたのは!
正しさより大切なものを──気づかせてくれたのは!
『……本音を聞かせてよ』
あの曲の──『Reply』の、大切なワンフレーズをくれたのは!
いま、八千年の人類史にも、電子の海にも見当たらない素晴らしい歌を──私に届けてくれたのは!
(藤丸……店長……!!)
優しくて頼もしい、そっと誰かの傍に、私の傍に寄り添ってくれる──藤丸ベーカリーの名物店長……藤丸立香!!
伝えなくっちゃ。帰らなくっちゃ。あの人とマシュさんのところへ! あの温かな藤丸ベーカリーへ!
間違いのない世界を創るためとか!
もう苦しいのも悲しいのも嫌だとか!
「そんな
「昨日の続き……。喋りたかった……」
そんなか細い歌声は、この特異点の遥か上空から聞こえている気がした。
「くだらなくても……。ちょうどよかった……」
いや、気のせいではない。特異点を包む曇天に二ヶ所──ヒビが入っていた。ちょうど、『
「並んでたかったよ……。ごちゃつく隙間で……」
ヤチヨ・オルタが黒ずんでいき、まるでシャドウ・サーヴァントのようになっていく。
それに比例して、曇天のヒビは大きくなり、そこから七色の光が顔を覗かせている。
「聞き分けのいい……。振りはもうできない……」
か細く途切れ途切れの歌声だったので、確信をなかなか持てなかったけど……この声は……。
「……彩葉……ちゃん……?」
返事の代わり……ではないが、歌声はまだ続いている。
「飛び立つ背中……。追いかけてみたい……」
初めて聞く曲だったが、次のフレーズで、何の曲か感じ取れた──。
「……本音を聞かせて……ただ叶えてみたいから──!」
「……あの曲だ!!」
私はあの夜──彩葉ちゃんが退職願を出してきたとき、『本音を聞かせて』と言った!
かぐやちゃんに届けるあの曲の
次の瞬間──。
空に生じた2か所のヒビが、七色に光る穴となる。
そこから落ちてくるのは、二人の少女──。黒いワンピースと高校の制服を着ている──。
「彩葉ちゃん!! ヤチヨ!!」
たまらず駆け出した私の隣には、マシュがいた。
二人を同時に受け止められるほど、救えるほど、私の手は大きくないけれど──。
「私は酒寄さんを受け止めます! 先輩はヤチヨさんを!」
「おっけー! 彩葉ちゃんの着地、任せた!」
いつだって私の隣には──最高に可愛くてカッコよくて、強くて頼もしい──後輩でファーストサーヴァントで家老で副店長で私の嫁の──マシュ・キリエライトがいた!!
(うおおおおっっ!! 間に合えっ! 間に合わせるっ!!)
私が出し得る限りの全速力で、ヤチヨが落ちてくるところへ向かって走る! 走る! 具体的に喩えれば、妖精國のノリッジの街が厄災に襲われて、走っているマシュを目にしたときぐらい!
あーはいはい! あのときと一緒だね! マシュが傍にいて、誰を救う為の疾走だ! だから魔術回路が悲鳴を上げていようが酸欠で肺が潰れそうになっていようが走れるんだね! やっぱ凄いや、カルデアの私!
ついにその場所が間近に迫ったとき、私はホームへ帰ろうとするランナーのような勢いでスライディングした。その胸元に──ヤチヨがストンと……落下スピードから考えると信じられないほどの軽さで──収まった。
「う……あ……。藤丸……店長……?」
ヤチヨはゆっくりと目を開ける。こうしている今も、質量を感じない。もはや電子の歌姫となった彼女は、重さの単位がグラムではなくバイトなのだろうか……。
そんな身体になってまで……貴女は……ずっと……。
「──八千年……お疲れ様! おかえりかぐやちゃん! よく……よく頑張ったね……!」
ぽろぽろと、私の涙が8000歳のかぐやちゃんの身体に降り注ぐ。
すると彼女も、ポリゴン状の涙を目から零した。
「藤丸……店長……! 私っ……わだじっ……うわぁぁぁぁぁぁん…………!!」
赤ちゃんのように元気よく、色鮮やかに、彼女は号泣した。多分きっと、ゲーミング電柱とやらから生まれた直後も……こんな風に大泣きして、彩葉ちゃんを困らせたのだろう。
可愛いと思うけどねー? うーん、かぐや道は深い……。
「マスター。酒寄さんも無事ですよ」
そこへ、彩葉ちゃんをお姫様だっこしながらマシュが歩いてきた。私が必死にかぐやちゃんを受け止めている間の、マシュがバッチリ彩葉ちゃんを救ってくれたのだ。
「藤丸店長……。私っ……わだじっ…………!」
「ふふっ、私みたいな脇役は後回しで全然いいよ」
マシュとアイコンタクトを交わし、かぐやちゃんと彩葉ちゃんを、それぞれ地面に降ろして座らせた。
「この物語の主役同士で……話さなきゃいけないこと……あるんじゃない……?」
数秒見つめ合う、彩葉ちゃんとかぐやちゃん。
先に動いたのは彩葉ちゃんだった。八千年の旅を終えた唯一無二の相棒を、ギュッと抱き締めた。
「かぐや……ごめんね。ずっと気付いてあげられなくて」
「彩葉」
「ずっと待っててくれたのに。ずっと探してくれてたのに」
「……彩葉」
「……ごめんね……。 『私と居たかぐやは?』とか……『私とかぐやがお別れしたのは正しいことだったの?』とか言って……ごめんね……!」
「いいの……。もういいんだよ……」
「結局……かぐやの8000年には……追いつけなかった……」
抱擁を解き、どこか悟りを開いたような眼で、彩葉ちゃんは話す。
「かぐやの8000年を、FUSHIの能力で見たけど……。お母さんや日本が掲げる『正しさ』に呑まれて……かぐやにも、藤丸店長やマシュさんにも……迷惑かけちゃった……。どういう原理や方法かは自分でもよく分からないけど……。危うく世界を、滅ぼしちゃうところだった……」
するとかぐやちゃんは、小さくと首を振った。
「追いつけなかったのは私のほう。私さ、覚悟を決めた彩葉の表情が……すごく綺麗でさ……。すぐ好きになった。すごく好きになったの。卒業ライブをして、片付けもロクにせずに月に帰って……彩葉の真似っこが出来た気になってた。ヤチヨになってからもそう。無責任な立場からテキトーなことばっかり言って、責任や覚悟なんてちっとも足りてなかった。彩葉や彩葉のお母さん……藤丸店長やマシュさんみたいには……なれなかったよ……」
「でも……それで、いいんじゃないでしょうか」
そう口を出したのはマシュだった。
「私にも実は、憧れた人がいました。その人を理想とし、その人に拒絶されれば自分に価値がないと思うほどの、立派な方でした……」
これは……
きっと、ギャラハッドのことだ……。
「でも結局、その人とは訣別しました。突き詰めれば違う人間でしたし、その人を理想としているだけでは、先輩を守れませんでしたから。人と人の間に……差は生まれるものです。その差を、無理に埋める必要はないと思います。酒寄さんの優しさと正しさに助けられた人もいれば、月見ヤチヨの笑顔と言葉に救われた人もいる……。それで、いいんじゃないでしょうか!」
「うんうん! あの訣別のお陰で、マシュは最強にカッコよく可愛くなったからね!」
マシュを見つめていた二人が、再び目を合わせた。
彩葉ちゃんが言う。
「かぐや……。その……。私は私なりに、成長したよ? お母さんとも話せたし……あの曲……『Reply』だって完成させられた。やり残したことはないから……お話はもう十分……ハッピーエンド……」
「彩葉……」
「……なんてこと、思ってた……。でも……! 違う……!」
一層強く、一層美しい涙を流しながら、彩葉ちゃんは願い事を言った。
「……かぐやといたい……! 私一人の命なんかじゃ、かぐやの8000年と釣り合わないとしても……ずっと手を伸ばし続けたい……!」
かぐやちゃん……いや、ヤチヨが、ハッと目を見開いてから、涙を流した。彩葉ちゃんが流しているものとよく似ているけれど、少し違う……八千年分の積み重ねを伴った色彩の涙だった……。
「……もう……終わってもいいって……思ってたのに……!」
か細い声で、ヤチヨが歌い始める。
「この一瞬を……最高の……パーティーにしよ──」
きっとあの曲──『Reply』の、3番のサビだ。
「聞き飽きたなんて言って……ごめんね……! でもね……。ちょっとずつ変奏して……アレンジを加えて……八千年、私は……このメロディーと一緒に……生きてきたんだよ……!」
「──大切な……メロディーは……流れてるよ──。あなたの……ハートに──」
すると彩葉ちゃんは、『Remember』のサビを、返事の代わりに贈る。
「この曲のおかげで……生き残れた。素晴らしい明日に……2030年の夏に……私は……辿り着けたんだよ……」
二人が同時に、手を少し上げる。
かぐやといろPのハンドサイン。黒鬼とのKASSENでも見せていた、仲良しのやつ。
良かった。これで……。
「めでたしめでたし……では済むまいなぁ……」
私とマシュに、歩いて追いついた彼女がそう言った。アヴェンジャーの第六天魔王──織田信長。
いつの間にか長身の美女の姿ではなく、美少女のノッブの姿に戻っている。しかし迸るその怒りとカリスマは、第六天魔王の名に恥じない。その後ろには、ダビデとサリエリもついてきてくれている。
「遥かなる時を旅するウミウシ──かぐやは、織田信長のかけがえのない友人であった」
虫けらを踏み散らすかのように、悠然と彼女は歩みを進める。
「カルデアのマスター──藤丸立香は、サーヴァント・織田信長と、揺るぎない絆で結ばれておる」
彼女が歩く先、彼女が見据える先には──黒い影となりつつも、未だ消滅の気配はなく、未だ聖杯と特異点の主導権を握る『何か』が浮かんでいる。
「かぐやの理想の集大成である仮想空間ツクヨミを──。立香の夢の結晶である藤丸ベーカリーを──。よくもまぁ好き勝手に穢してくれたのぅ……?」
その『何か』に銃口を向け、魔王は殺意を込めて告げた──。
「たとえ神仏衆生が許そうとも──ワシだけは、お前を許さん」
深く頷いた私は、ノッブと同じ方向を睨んだ。
「よくも私の大好きな推しを──ウチの大事な従業員を──泣かせてくれたね! このケジメは、きっちりつけさせてもらう!!」
銃口を向けたまま、虚ろな影に向かって、ノッブは問いかける。
「改めて名乗るがよい。おぬし……本当にヤチヨ・オルタか? ヤチヨはこちらに帰ってきたにもかかわらず……? 名無しの権兵衛のまま滅ぼされたいなら名乗らずともよいが?」
するとその影から──旧世代のボーカロイドのように……どこか無機質な声が響いた……。
「妾を定義する呼称ハ……。……
・君が代……」
「きょく……せい……てい……?」
「肯定。それは正しい発音デアル」
もはや人型すら保てなくなっている“その影”に、マシュが訊ねた。
「……君が代とは……日本の国歌の……“あの”君が代でしょうか……」
「肯定、それは正しい解釈デアル。では問オウ、マシュ・キリエライト」
「えっ? はい……?」
「『君が代』の“君”とは……何を指スカ?」
戸惑いつつも、マシュは理路整然と答えた。
「……作曲された当時、大日本帝国においては……天皇を指していたはずです。しかし戦後、平成、令和においては……そうではないでしょう。大切な家族や友人や恋人。名も知らぬ隣人やすれ違う人々まで含めた、一人一人の人間を意味すると……そう思います」
「不正解デアル。以後、マシュ・キリエライト──汝を非国民・逆賊・朝敵と見ナス」
「え? ……えっ?」
あまりに突然の宣告で……ショックよりも困惑が
「『君が代』の“君”とは、天皇を意味スル。今までモ、これからモ。そして『君が代』とは如何なる世デアルカ。それは──次の三要素から成ル」
恥ずかしげもなく、そいつは堂々と言ってのけた。
「絶対的ナ正義。完全ナル平和。永遠ノ共存。妾はその為に、酒寄彩葉の精神世界──八千年の記憶の中で演算・設計された機構デアル!」
「マスター……つまり……この
「……ゲーティアと似てる!」
マシュと私は、そう解釈した。
人理焼却式ゲーティアは、魔術王ソロモンの遺体に巣食った──意志を持つ魔術式だ。
なら
「十中八九ロクな世界じゃないでしょ、あんたの創ろうとしてる世界」
ゲーティアの一部始終を知る私は、突っ込まざるを得なかった。
「似たようなことを言ってたヤツが、5、6人ぐらいは思い浮かぶよ。そいつらが何をやったか知ってる? 人類史を全部燃料として使おうとしたり、地球表面と宇宙の星々を漂白しようとしたりしたよ」
「あんな鬼畜米英どもと同一視スルナ。 そして──妾の基礎となった、酒寄彩葉や月見ヤチヨとも同一視スルナ。お前達が人質と思っていたソレラは……足手まといの部品ダ。空へ羽ばたく雛が捨てるべき、卵の殻のようなモノ」
「人質じゃ……なかった……?」
つまりここからが……奴の本気ってコト……?
「人の為に正義があるのではナイ。正義の為に人は生きてイル。正義の価値を示せない人間の生命に価値はナイ。妾の正義に背く者は、何万人だろうと何億人だろうと死ねばイイ」
「…………」
私達は目を丸くして沈黙するしかなかった。
素晴らしいと思ったからではない。怒りと呆れのあまり、言葉すら忘れていた。
「……駄目です。まるで対話が成立する気がしません。完全に目的と手段が逆転しているように見えます……」
「で? 偉そうなことを言うからには、それなりの大義名分はあるんだろうね? 神託を賜ったとか、なんかそういう感じのアレがさ。無いなら子どもの駄々か、或いは身勝手な侵略者でしかないと思うけど?」
それでも何とか、マシュとダビデが口を開く。すると、
「大義ならばアル! 妾には比類なき──日ノ本八千年の正義アリ! いざ仰ぎ見ヨ! 妾の真の姿──!」
シャドウサーヴァント程度の大きさだったそれは、見る見る内に膨らんでいく。
「
マシュの盾の後ろに、私と彩葉ちゃんとヤチヨは下がる。どんどん大きくなるその威容は──巨大さは──まるで──。
「ま……魔神柱!?」
「お……大きさだけは……勝るとも劣りません!」
それほどの大きさだった。天の雲を貫く高さと、視界を圧迫するほどの太さの──純粋な赤だった。
いや、ただ赤いだけではない。全く同じ大きさの円が規則正しく重ねられて、
そしてその柱の上部に浮かび上がったのは──金色に輝く、菊の紋章──。
まさか──これは……!
「これゾ! 妾コソ! 日ノ本における絶対的ナ正義、
【あとがき】
先週はお騒がせしました……。
もうちっと続くんじゃよ。
その分、面白い展開はご提供できるかな、と思っております。
八千年の演算についてですが
●八千年分×巡った輪廻から生じた悪性情報
●もと光る竹というやべー代物(しかも壊れてる)
●酒寄彩葉という超かぐや姫の超担当の精神世界と、人体という名の小宇宙(ミクロコスモス)
●特異点では通常の世界と時間の流れが違う
これらの要素が合わさればイケるかなーと思っています。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
この1週間は多くの温かな感想を読ませて頂き、大変励みになりました。お陰様で難産の箇所はなんとか越えられたかな……といったところです。
また感想をお書き頂ければ嬉しいですし、打ち切りが頭をよぎる瞬間も少なくなるかと思います。
……それにしても2026年って、ぐだぐだイベントやるのか……。しかもアフタータイムを参加条件に?
私がやろうとしてる展開と被った場合喜べばいいのか絶望すればいいのか……。いやまぁ多分被らないけど。