【超かぐや姫×FGO】パン屋のぐだ子とバイトの彩葉 作:生徒会副長
8月10日土曜日の夕方15時半。私のパン屋さんである藤丸ベーカリーは昼の喧騒を終え、落ち着いた雰囲気に包まれている。
日差しが強いからだろうか。暑さから逃げてきたようなお客さんが、チラホラと席に座って寛いでいる。アイスコーヒーを飲みながらスマートフォンを眺める若い男性とか、オレンジジュースを飲みながら談笑するカップルとか。
パン棚はところどころ空いているが、本格的に焼いていくのはまだ早い。帰宅ラッシュのお客さんに焼き立ての香りを味あわせたいからね。
厨房では、マシュが女子高生アルバイトのみおちゃんと一緒に、カレールーの仕込みを進めている。ホールとレジ担当のアルバイト店員、男子大学生の田中君は、空いている席の掃除をしていた。
「平和だなー」
そう呟きつつ、私はバックヤードでタブレットを手に売上や在庫のデータとにらめっこして、発注や製造について考えを巡らせている。
「かぐやちゃんバーガーいいねぇ」
コラボカフェを開催している『くノ一喫茶しのぶ』からバンズの追加発注が来ていたので、こちらも材料を追加発注だ。かぐやちゃんの波に乗って良かった……。ヤチヨカップ終了は8月18日。あと1週間、或いはその後も──このビッグウェーブが続いて欲しいものである。
「暑すぎだからチョコレート系もうちょい減らして……。その分、フルーツ系を……。あ、ここの会社は盆に休むのか……。今のうちにコレは発注しといた方がいいな……」
ぶつぶつ呟きつつ、発注手続きや見積もりのメールなどを処理していく。
そんなとき、私のスマートフォンがブルブルと震え始めた。
「ん? ビデオチャット?」
誰からだろう……と思って名前を見ると、『酒寄彩葉』と表示されている。
「珍しいな?」
彩葉ちゃんとはシフトの穴埋めの相談などでよくメッセージをやり取りしているが、ビデオチャットは初めてのような気がする。
あと、彩葉ちゃんは全然休んだり体調を崩したりしないので、彩葉ちゃんから連絡が来るというのも珍しい。情けないことだが『彩葉ちゃん◯日の◯時のシフト入れるかな?』みたいなメッセージを私が送ってしまうことが多い。藤丸ベーカリーは真面目で優秀な従業員たちのお陰で今日も回っております。
何はともあれ、私はそのビデオチャットに応答した。
「はい、藤丸です」
『は……はじめまして。酒寄彩葉の妹の、シロハです』
「あら。妹さん? はじめまして、こんにちは。藤丸ベーカリー店長の藤丸立香です」
いやどう見ても、お相手はかぐやちゃんだけどね?
その長くて綺麗なまつ毛といい、赤みがかったタレ目といい、いつも配信で拝見させて頂いてるかぐやちゃんだよ? 髪の色だけはいつもの金髪じゃなくてアッシュグレーになってるけど。染めたともウィッグとも思えないほどサラサラでキューティクルな髪だなぁ。
役を演じて羽織っている人に対しては、その役に付き合うか、役を引っ剥がして本音でぶつかるかの二択というのが、私のポリシーだ。かぐやちゃんが何らかの事情で『酒寄彩葉の妹』を演じているのなら、私は喜んで付き合うというものだ。
「いつもお姉さんには助けられてます。何かご用ですか?」
にこやかに私は聞くが、かぐやちゃんは『えっと……』と言い淀む。いつもの元気に明るく配信をしている姿とは大違いだ。
不安げな表情のかぐやちゃんが、やっと口を開いた。
『あの……。彩葉……お姉ちゃんの身体がアツアツで……バイトなんてできなさそうです。お休みにしてもらえませんかっ!?』
「……体調不良ですね。はい、分かりました。こちらのことは気にせず、ゆっくり休むよう、彩葉さんには伝えておいてください」
本当は今日、16時から彩葉ちゃんがシフトに入るはずだったが、無論体調不良をおしてまで働いて欲しいだなんて私は思っていない。
私は努めて優しく語りかけたのだが、かぐやちゃんの不安げな表情は晴れないし、ビデオチャットもつながったままだ。
『あの……店長さん……』
「うん。どうしたの?」
やっと絞り出した声に対して、私は穏やかに返事をした。
『お姉ちゃん……彩葉……死んじゃったらどうしよう……!』
夏なのに、背筋にゾクッと寒気がした。
いや或いは、夏だからこそか。
(身体がアツアツ……。まさか──?)
「落ち着いて、シロハちゃん。まず、今どこにいるの?」
「彩葉……お姉ちゃんの部屋です。クーラーをガンガン効かせて、彩葉お姉ちゃんを寝かせてます!」
軽度の熱中症なら、とりあえずそれだけでもいいだろう。
しかし重度の熱中症であれば、バイトを休むどころの話ではない。救急車が必要だ。
「身体がアツアツっていうのは、体温が何度か分かる?」
『今は、さ、37.9℃です……』
40℃を超えていないなら、とりあえず大丈夫そうかな……? もう少し判断材料が欲しい。
「彩葉お姉ちゃんは、ちゃんと水やお茶を飲んでた?」
『はい。朝から昼までに、水を1リットルぐらいと、エナドリを2本』
心の内で、ホッと胸をなで下ろす。
それだけ水を飲んでいたなら、致命的な脱水症状は起こしていなさそうかな? エナドリに関してはカフェインと糖分が多いから水分補給って意味ではむしろ逆効果な可能性あるけど。エナドリなんてのは元気や人生の前借りをしてるだけだよ……。
うーん。体力が摩耗しているところに強い日差しを浴びて、軽い熱中症を起こしたってところかな?
「いい? シロハちゃん。大丈夫だよ。シロハちゃんが上手に看病してあげれば、きっとすぐ彩葉お姉ちゃんは元気になるよ」
『そう……かな……』
「うん。きっと大丈夫。リツカが保証しちゃう! ふふっ、月見ヤチヨの真似〜」
ふふっとかぐやちゃんが笑った拍子に、涙が一粒零れた。よほど気が張り詰めていて、そして彩葉ちゃんを心配していたということだろう。
「いい? シロハちゃん。部屋はそのままクーラーをよく効かせて、あと枕は氷枕にしてあげて。それから……シロハちゃんは、料理って得意かな?」
『はい、得意です!』
自信満々、元気いっぱいにかぐやちゃんは返事をする。
まぁ配信で知ってたけどね。中華料理に関しては私より上手いぐらいだ。
「なにか、消化にいい料理を作ってあげるといいんじゃないかな。おじやとかおかゆとか」
『……はい! わかりました!』
「うん。その調子で、看病頑張ってね! 彩葉ちゃんが元気になるように看病するのが、シロハちゃんの仕事だよ」
「あ、あの……」
もじもじしているかぐやちゃんは、何かを聞きたげな様子に見えた。
「どうしたの? 何でも聞いてくれていいよ」
私が促すと、決心がついたかぐやちゃんが、やっと質問してきた。
「パン屋さんのお仕事って……大変ですか?」
「んー。まぁ、大変なこともあるかな。お客さんが多すぎてパンが売り切れたり、お客さんを待たせちゃったりすることもあるし。逆にお客さんが全然来なくて、せっかく焼いたパンを捨てることになる日もあるよ。必要とされ過ぎるのも、必要とされないのもツライよねぇ」
社会見学に来た小学生にも、似たようなことを話した覚えがあるなぁ。
そんなことを思っている私に対し、かぐやちゃんは訊ねてきた。透き通ったつぶらな目で。
「なんで藤丸さんや彩葉は、大変な仕事でも頑張れるの?」
純真無垢な心から出た、素朴な疑問のように見える。
この答え次第で彼女の人生の色彩が決まってしまう──そんな責任感と緊張感が、私の胸によぎった。
「彩葉ちゃんの理由は、彩葉ちゃん本人に聞いてごらん。私の理由でよかったら、教えてあげる」
コクコクと、かぐやちゃんが頷いたのを確かめてから、私ははっきり答えた。
「私のそばにいる人たちに、笑っていて欲しいからだよ。大切な相棒のマシュとか、お客さんとか、彩葉ちゃんを含めた一緒に働く仲間にもね」
全てを投げ捨てて逃げ出したくなるときも、無いわけではない。だって私はロボットじゃなくて人間だし。
しかしまぁ、そうやって逃げ出したときにマシュがどんな顔をするかと思うと、ゾッとするというものだ。そして逆に、マシュと一緒ならどんな逆境でも、私は頑張れると思う。たとえそれが虚勢だったとしても……マシュは私の人生における、最高の共演者であり観客だから。
「シロハちゃんだって、きっとそうじゃないかな? シロハちゃんが頑張って看病して、彩葉ちゃんがまた元気な笑顔を見せてくれたら……それはとっても、幸せなことだと思わない?」
かぐやちゃんは目を丸くしていたが、徐々にその目は星のような輝きを
『うんっ! 彩葉が笑ってくれると、かぐ……シロハも幸せ!』
「そっかそっか。じゃあ、看病、一人で頑張れるね?」
『はいっ!』
可愛らしい、いい返事だ。帰ればこんな素敵な笑顔が待っているとなれば、今日まで彩葉ちゃんが頑張ってこれたのも納得がいくというものだ。
「じゃ、また困ったことがあったら、遠慮なく電話してね。さよなら〜」
『はい。ありがとうございました!』
そんな別れの挨拶で、ビデオチャットは終わった。
すかさず彩葉ちゃんには『病欠承知しました。可愛い妹さんですね。くれぐれもゆっくり身体を休めてください』というメッセージを送っておく。
さっきまでビデオチャットをしていた彼女を“かぐやちゃん”ではなく“妹”と称するのは、私なりの、彼女の演技に対する敬意だ。
かぐやちゃんはいろPの身バレ対策の一環として、藤丸ベーカリーを相手に『かぐや』の名前は出さなかった──ということだろう。
「……健気だねぇ」
さーて、かぐやちゃんがお仕事するなら、こっちはこっちで仕事しないと。
私はバックヤードから出て、この後16時からのシフトについて、相談に向かうのだった──。
──※──
翌日、8月11日の藤丸ベーカリーバックヤードにて。
きっちり身体を治してきた彩葉ちゃんが、16時10分前に出勤してくれた。
「昨日は突然の病欠で、ご迷惑をおかけしました」
「あぁ、いいよ全然。仕方ない仕方ない」
深々と頭を下げる彩葉ちゃんに対し、私は笑顔で返す。
「ホントに治ったの? 食欲は?」
言外には『かぐやちゃんに何を作ってもらったの?』という問いを込めたつもりだった。彩葉ちゃんはそれを察したようで……。
「昨日お休みを頂いた後も、食欲は一応あったんです。ネギみそ生姜のお味噌汁と、玉子おじやを食べて、病院で薬を貰って……。あとは一晩眠れば、すっかり良くなった、といった具合です」
「うんうん。それは良かったね!」
ネギみそ生姜か。いかにも一発で夏バテが吹き飛びそうな響きだ。いいなぁ、私も作ろうかな。
「お医者さんは何か言ってた?」
今日こうやって出勤している以上は大丈夫だろうけど、気になったので私は訊ねた。
「軽い熱中症と、風邪のひき始めだろう、と……」
「そっかそっか。まぁ病み上がりなんだから、無理しないでね」
「そういえば昨日の16時からのシフトって、結局どうなったんですか?」
僅かな怯えを優等生の仮面の下に隠しながら、彩葉ちゃんは聞いてきた。
「田中君が快くラストまで残ってくれたよ。この前19時半で帰っちゃったときの恩も酒寄さんにはあるから〜って」
「……そうですか。またお礼を言っておきます」
僅かに彩葉ちゃんの気が抜けたのを見逃さなかった私は、少しイジワルな質問をしてみた。
「意外だった? 自分が休んでも店が回ってるのが」
「い、いえ! そんなことは……」
「彩葉ちゃんが普段から真面目に頑張ってるからこそ、田中君も快く残ってくれたんだと思うよ」
店長としてシフトの穴埋め交渉をしていると分かるんだけど。
『アイツと同じシフトに入るの嫌だなー』とか『あの人が空けたシフトの穴を埋めるのって気が進まないなー』みたいな感情は、従業員それぞれにある。空っぽなロボットじゃなくて中身のある人間なんだから当然だ。
その点昨日の田中くんは、どこか誇らしげな様子すら窺えた。『彩葉さんに恩を貸したり返したりするチャンスなんて滅多に巡ってこないんだから、今こそ頑張らないと』という感じだった。
「シフト通りに出勤して労働するっていう外見や結果だけじゃなくてさ、彩葉ちゃんの中身まで慕ってたり尊敬してたりする仲間がここにはいるからさ。彩葉ちゃんらしさっていうか中身っていうか……それが壊れちゃわないように、ほどほどに休むようにしてね」
「はい。肝に銘じておきます」
「まー世の中には? 休み過ぎて中身が腐っちゃう人もいるワケだけどっ」
マジメに甘ちゃんなことを言い過ぎたので、おどけつつ苦いことを言ってバランスを取る。
彩葉ちゃんのお母さんは、彩葉ちゃんが身の守り方を自ら悟れるように、彩葉ちゃんを厳しく躾けたんだと思う。彩葉ちゃんの中身が壊れたり腐ったりしないように、硬い『完璧な優等生』の仮面を与えたんじゃなかろうか。
「じゃ、着替えて仕事に入りますね」
「あぁ、うん。今日もよろしくね!」
話を切り上げて着替えを始める彩葉ちゃんを、私は見遣る。
(そろそろ完璧な優等生の仮面も、御役御免かなー?)
かぐやちゃんと過ごす日々の中で、彩葉ちゃんの中身は出来上がりつつある気がする。そうなれば、彩葉ちゃんのお母さんが与えた優等生の仮面は外されて、たまに着ける程度のものになりさがるだろう。
近い内に訪れるであろうその日。蛹から羽化した蝶のように羽ばたく彩葉ちゃんの勇姿を夢想して、私は頬を緩ませてしまうのだった──。
【あとがき】
かぐやに偽名はあまり使わせたくなかったんですが、偽名がないと会話文が書きづら過ぎるのでやむを得ず採用しました。
ぐだ子がかぐやにアドバイスを送り過ぎるのも如何なものかと思いましたが、ぐだ子に役割や出番が欲しかったので描きました。
次回! ヤチヨカップの結果発表!
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