TSミステリアスダウナーお姉さんとして少年少女を惑わし続けてきた転生者の末路 作:ソナラ
とにかく、誰かにバレる前にどうにかしないと行けない。
幸いにも龍桜山脈を通過するのには結構な時間がかかる。
道中何日か野宿の必要があり、そのタイミングで抜け出せばバレないはずだ。
この時期龍桜山脈を通る旅人は多く、どこの野営地も人がそこそこいるんだけど、相手は赤の他人。
多少夜に出歩く人間がいても、咎めるものはいないはず。
しかし問題は、やはりルルアーシャとレヴィスだ。
「お姉さん、今日もいっぱい二人でおしゃべりしましょうね」
「ふふ、楽しみにしているよ」
現在、野宿が必要な場合私とレヴィスは馬車の中で寝ることになっている。
これは単純に馬車自体が魔術的な結界で守られているのと、馬車の中の席がそこらのベッドよりよっぽど質がいいため。
なんなら御者台で眠ることになっているレヴィスさんの席ですら、使用人が使うにはあまりにも質の良いクッションが敷かれていて、それをベッドにすることが可能になっていた。
御者台も布で覆えば周囲の目を避けられるから、レヴィスさんのプライバシーも確保されているぞ。
ちょっと話が逸れたけど、ようするに私は常にルルアーシャと二人で眠ることになるわけだ。
ルルアーシャはかなり優秀な魔法剣士であり、ちょっとした気配なら魔術の探知なしでも気付ける。
私が起きて外に行こうとしたら、速攻で気づいてしまうことだろう。
であればどうするか。
ここは致し方ない。
大事の前の小事、いまさら罪を重ねても全体に比べれば些細なもの。
私はその夜、あることをルルアーシャに対して行った。
一言でいえばそれは――
「ルルはきれいになったねぇ。こんなに髪もサラサラで、お肌もきれいだ。本当にきれいだよ……ルル」
「ひあああああああぁぁぁぁぁ……」
ASMR。
ルルアーシャの耳元で――敢えて呼び方も昔のものに戻して――囁く。
ひたっすらささやき続ける。
私は普段のミステリアスロールのお陰で、声質は大変穏やかで聞き取りやすい。
すなわち、ASMRに適したウィスパーボイスで、耳元で囁やけばてきめんに効果を発揮するということ。
これを使って、ひたすら相手を褒め続けると、その人は寝ちゃうみたい。
それはもうぐっすりとすやすやと、よっぽどのことがないと起きてこないくらい熟睡できてしまう。
過去に何度かこの手で危機を脱してきた私にはわかる、ルルアーシャは特にこのASMR攻撃に弱い。
昔から程よく自己評価が低く、最近は使命感も加わって何かと気苦労が絶えないだろうルルアーシャ。
この二ヶ月の休暇で少しは羽を伸ばせているとはいえ、逆に私という恩人を前に気張っているところもあるだろう。
そんなルルアーシャの疲れに、私の声はダイレクトに突き刺さる。
「疲れてるみたいだねぇ。いいんだよ、今はゆっくり休んでもいいんだ。ルルは偉い子だからね、頑張ったご褒美に夜はぐっすり眠ってしまおう」
「ひううううぅぅぅ」
なんとも言えない猫なで声を上げながら、ルルアーシャは顔を真っ赤にして目をトロンとさせている。
よしよしこの調子で行けば、もうすぐルルアーシャは眠りにつくことだろう。
かれこれ一時間、導入の会話からちょっとずつ距離を詰めて、最終的に耳元囁きASMRに持ち込むまでかかった。
夜は長いけれど短い、ここは一気にルルアーシャを眠りの世界にいざなって、私も自分の目的を果たすとしよう。
「じゃあ、そのまま目を閉じて、気持ちを落ち着けるんだ。そして私が十数えると、君はすっと眠りに落ちていく」
「はいぃぃぃ……」
十、九と優しくカウントダウンして、最後に――
「ゼロ、ゼロ、ゼロ……」
「すやぁ……」
優しくゼロを繰り返すと、すとんとルルアーシャは眠りに落ちた。
ミッションコンプリートだぜ。
レヴィスさんには、今日はルルアーシャと大事な話をするから、絶対に中を覗かないよう伝えてある。
これでレヴィスさんは私とルルアーシャが大事な話をしていると思って、聞き耳を立てたりもしないはず。
早速私は、抜き足差し足忍び足、バレないように馬車から抜け出して山の奥へと向かうのだった。
――なお、言うまでもないけど、この時点の私は自分がレヴィスさんにとんでもないことを言い放ってしまったことに気づいていないぞ。
□
魔術というのは便利なもので、私は自分を魔術で飛ばすことができる。
全力形態になれば魔術を使わずに飛べるんだけど、それをやると死ぬほど目立つので今回はなしだ。
夜闇の涼しい風を浴びながら、空に浮かび上がる。
髪とローブをたなびかせながら上を目指すと、すぐにその”気配”は私の下まで伝わってきた。
濃密な存在感、そこに理外の存在がいることを示すかのように、魔力が猛りうねっている。
「この感覚、お父様にずいぶんと雰囲気が似てきたねぇ」
ポツリとこぼす、果たしてそれが聞こえているのかいないのか。
気配は一直線に私の下へむかってきているようだった。
私もまたその身を雲の中へと突っ込ませる。
今日は空が曇に覆われており、その”上”ならばよっぽどのことがなければ地上の人間が私を視認することがなくなるからだ。
そして、雲を突き抜けたところで停止。
私のもとへ向かってきていた”気配”を待つ。
そしてそれは、数分もせずに現れた。
『るるるるぉおおおおおおお!』
これだけの高度からでも地を響かせるのではないかと危惧してしまうほどの咆哮。
それと同時に雲を突き破って、黒い鱗に覆われたドラゴンが姿を表す。
たった三十年でずいぶんと成長しているものの、間違いなくサクセサくんだ。
私はその身が起こす突風に帽子を押さえながら、いつものように笑みを浮かべた。
「――ふふふ。久しぶりだね、サクセサくん」
『るるるるるぅ!』
対するサクセサくんも、咆哮でそれに返す。
どうやらまだ言葉を話せるようにはなっていないようだ。
レギウスさんも、言語を解するようになった……というかテレパシーみたいな感じで会話する魔術を習得したのは結構遅くになってからだと言うし、疑問はない。
強いて疑問を上げるとするなら――サクセサくんの気配。
それは、一言で言えばどこか剣呑なものが混じっていたからだ。
「私としては、こうしてまた君に会えたことを嬉しく思うのだけど……君は違うのかな?」
その言葉に、サクセサくんは応えない。
いや、応えても言語として理解できるわけじゃないんだけどさ。
「まずはおめでとう。ルルアーシャから聞いたよ、彼女の行った救世の旅に、龍の王として応えたのだと」
『るるるるぅ……』
続く称賛には、比較的素直な返答を見せるサクセサくん。
それは私の言葉を当然だと受け取るかのようだった。
ともすれば”傲慢”にも思える態度だが、サクセサくんが王であるということを考えればこれはいたって威厳のある態度とも言える。
率直に私の称賛を受け取ってくれた……のであれば、それはそれでいいのだけど。
サクセサくんの根底にある”怒り”が、収まっているようには見えなかった。
「――約束を果たしに来たよ。君が龍の王としてふさわしい存在になった時、また会いに来る……と」
『るるるるぉおおおおああああああ!!』
その言葉に、サクセサくんは強い反応を見せた。
そこにはただの怒り以外にも、無数の感情が混じっているのが見える。
複雑すぎる込み入った心情だが、私はなんとなくその根底にあるものを理解できた。
サクセサくんは
かつての弱かった自分を。
そんな自分を打ち負かした私に、見惚れてしまったことを。
なにせ私は竜ではない、精霊だ。
他種族の女に見惚れてしまう、これは竜にとってとても恥ずかしいことなのだと。
あまつさえ、求愛行動すらとってしまったのだから――
ええと、要するに……
「今の君にとって――かつての私への愛情は、消し去りたい過去ってことか」
『
サクセサくんは、言語がなくても伝わる勢いの咆哮とともに襲いかかってきた。
……ごめんなさい!!