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わらわらと群がる人間達―――要するに、ボーダー入隊試験を受ける為に集まってきた少年少女の群衆から少し遠ざかった場所で、最上はスマホを見ながら棒立ちの状態に陥っていたのだ。
事は、今日に至る前日である。
『そういや集合場所ってどうすんだ? 特にこれって決めてねぇけど』
『そもそも、何時集まるのかも具体的に決めていないけれど。まずそこじゃないかしら』
『提案者、そこはどうするんだ?』
『皆で集まるなら試験日で良いんじゃない? 試験終わったらそのまま遊べるじゃん!』
『マジで言ってますの? 一応あれ実技もあんのよ?』
『私は問題ないわ』
『俺も問題ないな』
『わたしもなし!』
『クソがこのフィジカルモンスター共めくたばっちまえ』
『お前がそれ言うか?』
そんな仲間達の会話から数十時間の経過の後、朝日は登り切って現在は昼過ぎである。
結論から言ってしまえば、試験は既に終わっている。ボーダーの入隊希望者が思いの外多く、団体に分けた試験となったのだが、最上は最初の団体に入っていた為、他の3人よりも一足先に試験を受ける事が出来た訳だ。
今は他の3人が来るのを待機している状況であるのだが、如何せん落ち着かない。
オフ会は全然良い。というか、入隊すれば一緒に部隊として頑張っていくのだ。そこを気にすることは全くない。寧ろ、知らない奴に声を掛けたり掛けられたりで隊を作るよりは落ち着きがあると言うべきだろう。
とにかく、皆と会う事に対する緊張は無い。彼がこうも思い悩む問題は―――
「安価したくねぇェェェェェェェ……………………」
自分のトリガー構成であった。
試験に合格して入隊すれば、最上も晴れてボーダー隊員。つまりは、『トリガー』という武器を用いて
だがしかし、残念ながら彼にトリガーの決定権などある訳がない。何故って?
それはひとえに―――彼がスレッドの主であるからだ。
スレッドを開いたからには安価をせねばならん。これは世の摂理であり絶対である。スレ主であるならば、誰もがその
「孤月とスコピは絶対欲しい。あとシールド。グラホは最悪無くても走れば何とか……でもやっぱグラホも欲しいんだよなぁ。けどスレ民だからなぁ……絶対巫山戯たのが確定で一、二個は着いてくるのクソ過ぎんだろ。最悪どれも貰えない可能性が……いやマジで
「独り言がデカいし多いぞ、最上」
「うっせ。トリガー自分で決められるやつは
ぴしゃりと刺す様に放たれた声に対して、最上は悪態で返した。
絵に書いた様な仏頂面を浮かべ、肩には縦に長い何かを納めた布物を担った、一見すれば大人に見間違えてしまう体格―――仲間内では『剣豪』のHNで呼ばれている青年、
「お疲れ、最上。自信の程はどうだ」
「そっちもな、シズ。実技はともかく、筆記は自信ねぇなー。あれだ、なんか戦術みたいなのが関わってたやつ」
実技に関しては、最上とて抜かりはなかった。
決して頭脳明晰ではなく、かと言って武芸百般に至る訳でもない凡才ではあるものの、しかし『身体機能』というその一点においては、他の誰よりも凌駕していた。
実技は満点に近しい成績を残せたという実感がある。だが、如何せん筆記試験に関しては些かそれが足りずにいた。
筆記試験の最終問題―――『この戦術を中心に据えた計画を立て、その実行手順と期待される結果を論理的に説明しなさい』という長文の問題には、かなりの時間を費やしてしまったのだ。
「あぁ、アレか。確かに面倒だったな。俺も二、三分程は手間取った」
「二、三分で終わらせといて面倒って、あれに半分の時間を注ぎ込んだ俺への嫌味か?」
「それも正しい事だ。おそらくあれに正解は無いぞ、短慮も長考も関係無い。一つの事態にどれだけ踏み込み、何を拾って、どこまで割り切れるのかを試しているだけだ」
「そこまで考え及ばねぇて、普通……つか、お前のそれ何? 野太刀?」
「あぁ、コレか。野太刀で合ってるぞ」
竹刀袋というにはあまりにも長すぎるそれの中身は、賎政が修める流派―――もとい、薬丸自顕流の必須道具である三尺程の長物。
江戸の初期頃、薩摩藩に仕えて多くの戦を経験した剣士、薬丸兼陳を開祖とした古流剣術である薬丸自顕流は、世に数少ない野太刀を用いた実践的な剣術である。
野太刀は槍にも並ぶ長さが特徴の刀剣であるが、その長さ故に扱いが難しく、抜刀するにも相応の技術を要する代物。だが、薬丸自顕流はその野太刀を使いこなし、その長さと重さに全身の力を預け、先制して相手を切り伏せるものだ。
源流である示現流よりも攻撃に特化し、防御など全て捨て去った、まさに薩摩隼人を象徴とする剣術と言えるだろうそれを、賎政は修めていた。
「流派を修めている場合は、その証明になるものを持参しても良いと書かれてあったからな。入隊の前祝いと独り立ちの意味も込めて、父さんから貰った」
「ほーん……でもそれめっちゃ視線集めね?」
「それはそうだな。流石に視線が痛かった。だがまぁ、これはこれで印象付くだろ?」
「あんま良い印象にはならなさそうだけどな…つか、アイツら遅くね?」
もう三十分くらいは待ってるぞ……と、最上は疲れた様に入口の方を見やる。
流石に人は少なくなり、もはや待機している自分達の方が珍しいとさえ思えるくらいには終わりが見えてきた筈なのだが、未だに紅二点は来ずである。
野太刀ぶら下げた男とスマホばっかの男が待機しているこの状況は、ぶっちゃけて言えば不審者と思われても何ら不思議なことはないものであった。
「言ってはなんだが、この面子に女子が合流するのはそれはそれで怪しくないか?」
「うんそれ十中八九お前の所為だね? 野太刀ぶら下げてる奴が居りゃだいたいは怪しく見えるね???」
「正直すまんかった。反省はしてる。後悔は無い」
「すっかりネットに染まりやがって……いや、それよりマジで遅せぇ。いっその事先に帰るか?」
「止めておけ。あゆゆは兎も角として、そんな事したら紫月から撲殺されるぞ」
「おうふ……あの暴力女ならやりかね」
「おかしいわね、聞き違いかしら? 今、この
「そーだそーだー! あとわたしなら兎も角ってなにさー!」
腰まで届く黒い長髪を一束に纏め上げ、女らしからぬ鋭い眼光を持った麗人―――『しーちゃん』こと津雲原紫月と、それに悪ノリする様にブーイングを投げ飛ばす、ボブカットの茶髪と金と緑のオッドアイが特徴の少女―――『あゆゆ』こと
「文武両道を地で行き、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花の権化である私の何処が暴力女だと言うの? 百文字程度の猶予はあげるから10秒で回答しなさい」
「無理ゲー過ぎんだろバカじゃねぇの!? 文字数と時間が比例してねぇんだよ! つか襟掴むんじゃねぇよ締まる締まる首締まるぅぅぅぅぅぅゥ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
がっつり襟を鷲掴みにされ、足が地面から僅かに浮いてしまうくらいには持ち上げられている様は、もはや恐怖の域であった。
身長にして165cm。出る所は出て整う所は整った、まさに『黄金比』と表現しても過言ではない肉体の持ち主である彼女の腕力は、決して男のそれには届かない。
……筈なのだが、この現状は『それ嘘じゃね?』と言われても仕方ないくらいには、些か現実離れしていた。
「バカと言ったわね? やっぱり遺言は聞かないわ。シズ、それ貸しなさい。今この場でこの不届き者の残念で可哀想な脳みそを切り分けてやるわよ」
「普通に嫌だが。父さんから貰ったものだぞ、最上の血で汚したくない」
「あ、気にする所そこなんだ? わっくんの事はどうでもいいんだ?」
「おい巫山戯んなっ! 助けろやシズ! コイツ止めれんのお前ぐらいだろうがよぉ!?」
「いやお前の自業自得だろ。秘匿すべき事実というのはこういう事を言う」
「マサマサ、それフォローしてないよ」
「……墓穴を掘ったか」
たらりと冷や汗を流しても遅過ぎる。
鋭い目つきは引っ込み、穏やかな笑顔が浮かび上がる。しかし何故だろうか、麗人の笑顔に対して『綺麗』だとか『美しい』とかではなく、『恐怖』というものが湧き上がってくるのは。
いや、何故と疑問を抱くのがそもそもの誤りであるのかもしれない。笑顔とは本来攻撃的なものであるらしいのだから。
「そう、いいわ。二人共、そこに直りなさい。今から撫で斬りにしてあげるわ―――手刀で」
「バケモンかよっ!? どこの虚刀流家長だよ!!!! おい逃げるぞシズ! オフ会どころの話じゃねぇ!!」
「無論だ。入隊前に死ぬのでは話にならん!」
「逃がさないわよ。絶対ぶった斬るわ」
「なんか想定してた楽しいとは違う様な……でもいっか! わたしも追い掛けるー!」
逃げ出す二人を追う二人。合わせて4人。
皆で遊びたい、なんてくだらない理由を元にして、ボーダーへと入隊しに来た4人のA級部隊を目指した物語は、このふざけた追いかけっこから始まるのだ。
「―――血縁者が居る、なんて聞いてないって…最上さん」