ルリハの冒険〜魔王の復活と勇者の帰還   作:nocomimi

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旅の仲間

一時間後、会議室に留め置かれたルリハたち四人のもとにアッシュが戻ってきた。

 

出発したときと全く同じような平静な様子だ。だが、その甲冑のところどころに黒い血がこびりついている。それを見たルリハは慄然とした。

 

――本物の戦闘を終えて帰ってきたんだ――

 

「長官殿。鬼の群れは討ち果たしてございます」

 

アッシュは軽く一礼し、廷臣のひとりに報告した。

 

「ご...ご苦労。死傷者は?」

 

「幸い死者はおりませぬが、重傷四名。軽傷が18名。町民に被害はありませぬ」

 

するとルダが立ち上がった。

 

「診療所まで戻ってる暇はなさそうね。搬送場所は兵舎?」

 

「そうだ。かたじけない、ルダ先生」

 

アッシュが頭を下げる。ルダはカバンを抱えると慌ただしく出ていった。

 

アッシュが着席すると、シャッド博士が一同を見回して発言した。

 

「まずいことになったよ。これで今年に入って三度目だ。しかも頻度が高くなってきている」

 

「博士、お言葉ながら、その為に兵を訓練しておるのだ。今日もアッシュ少佐の指揮で無事打ち払ったではないか」

 

廷臣のひとりが答える。だがアッシュは無表情に言った。

 

「無事...ではござらぬ。敵の数は毎回百匹近い。負傷者が続けば隊は弱体化いたそう」

 

「ひゃッ....百匹って....」

 

聞いていたルリハは思わず呟いた。昔、父モイがアッシュと二人で戦ったという鬼の大群。それと同程度の数が何度も発生するとはただ事ではない。

 

「長官どの。先刻決まったとおり、このアッシュは討伐隊を率いねばなりませぬ。私不在の間、隊をお願い致しまする」

 

アッシュは長官と呼ばれた男に申し出た。すると、相手は面食らったように答えた。

 

「えっ...あっ....しかし....儂はあまり実務は.....」

 

「長官どの。先頭に立つ者がおらねば士気が下がります。どうか隊を鼓舞し、激励し、この危機が打開されるまで...」

 

「いや...だが儂はその...あれだ。全体を俯瞰的に見てだな..」

 

長官と呼ばれた男は髭を震わせながらも必死で言い訳する。だがアッシュは続けた。

 

「軍の指揮官は兵たちの頭。状況を俯瞰的に見つつも、兵たちと痛みと苦楽をともにする者でなければなりませぬ。どうか長官どの、ご奮起くださるよう」

 

アッシュの口調は慇懃ではあったが、有無を言わせないような圧があった。だが長官は抗弁し続けた。

 

「い..いや。儂は軍の財政や運営を統括しているのだ。だからこそ現場の指揮は君に任せて....」

 

「長官どの。現今の危機は二面における危機、すなわち魔物の大群と魔王復活の危機。ならば隊を二分するは致し方なきこと」

 

「そ...それは上策ではなかろう。軍の本分はあくまで女王陛下をお守りし王都を防衛することだ。そうであろう、各々方!」

 

万策尽きたような顔で長官が一同を見回す。アッシュはほんの少し目を見開いた。その目に感情が浮かぶのをルリハは初めて見た気がした。

 

「ならば長官どの。失礼ながら貴殿の誓いの真正さに疑義を持たざるを得ませぬ。隊は階級を問わず自らの剣に誓い、命をかけて王国を守ると....」

 

「な...何を申すか!言わせておけば出放題を!」

 

アッシュの言葉に長官は色をなして反論した。

 

「まったく、平民出身の癖にプライドばかり高くなりおって。儂は適材適所を説いているのに過ぎぬのに、まだ分からぬか!」

 

「―――ねえ、ふたりとも喧嘩しないで」

 

リンクルが唐突に声を上げた。その場の空気にあまりに似つかわしくないその声音に一同全員が驚いて彼女を見た。

 

「喧嘩しないで。うちがひとりで探しに行くから。それでいいでしょ?それで見つけたら教えたげるから」

 

会議室は静まり帰った。唾を飲み込む音さえ聞こえない。

 

「探して、見つかったら伝書鳩かなんかで場所教えるから。それであとで兵隊さんたちが来てなんとかすればいいじゃん。でしょ?」

 

「な...何を言い出すのだ。村娘ひとりで何ができると....」

 

別の廷臣が目を丸くしながら言う。

 

だがその時ルリハは立ち上がった。そして考えるより早く言葉が口から出てきた。

 

「あたしも行きます」

 

一同に大きなどよめきが走った。

 

言ってしまったあと、彼女は驚いて目を見張った。背筋を冷や汗が滴り落ちる。だが、引っ込める気は微塵も湧いてこない。ルリハは繰り返した。

 

「あたしも行きます。だって、この子はあたしの妹だから」

 

リンクルが驚いて顔を上げた。そして、微笑んだ。だが、やや恥ずかしげな微笑みだった。

 

「で....ドンゴおじさん。頼みがあるんだけど、いい?」

 

ルリハが振り返ってドンゴを顧みる。すると彼は溜め息をつき、指で頬を搔きながら呟いた。

 

「俺はボディーガードってとこゴロか?全く世話の焼ける娘たちだゴロ」

 

だがその表情はまんざらでもなさそうだった。

 

「むう....。あっぱれ。リンクルとやら、見直したぞ。実に立派な心がけだ!」

 

長官が我が意を得たりとばかりに笑みを浮かべて手を叩いた。そして同意を求めるように周囲の廷臣たちを見回した。

 

「まあ、捜索だけならさほど難儀はなかろう」

 

「ゴロンがついていれば、兵士十人分と同じだからのう」

 

「うむうむ。これでひとまず安心だ」

 

廷臣たちも口々に言い合う。

 

だがアッシュはまた目を見開いた。そして目を閉じた。彼女がほんの僅かに溜め息をついたかのようにルリハには見えた。

 

「やれやれ、なんだか変なことになっちゃったなぁ」

 

シャッド博士が栗色の豊かな髪を搔き上げながら近づいてきた。

 

「君たち、本当にいいのかい?いくらゴロンの戦士がついているとはいえ...」

 

「俺の腕を疑うゴロ、博士?」

 

ドンゴが腕組みして立ち上がる。すると博士は怖気付いたように両手を上げた。

 

「い...いや、そんなことはないさ」

 

「ルリハ嬢、リンクル嬢、ドンゴ殿」

 

アッシュが近寄ってきて声をかけてきた。

 

「こちらに来られよ」

 

「は...はいッ....!」

 

ルリハは畏まって返事をした。三人はアッシュに先導されて部屋を出た。階段を降り、兵舎のある中庭に向かった。

 

「任務に向けての備えをしてもらう」

 

アッシュは前を向いて歩いたまま言った。中庭のあちこちで、戦闘を終えたばかりと見られる兵士たちが休憩している。その中の何人かは血の滲んだガーゼを頭に押し当てたり、腕を肩から布で吊っていた。

 

―――『任務』に向けての備え。―――

 

ルリハの心に緊張感が湧き上がった。自分がいったいどれほど重大な任務に手を上げてしまったのか、今更ながら実感が湧いてきた。

 

だが、やるしかない。絶対に後には退かない。彼女はそう決意した。

 

すると兵舎の中から誰かが飛び出してきた。

 

ルダだ。

 

「ルダ先生。重傷者の様子はいかがか?」

 

アッシュが足を止めて尋ねる。

 

「命に別状はないわ。いま処置を終えたところよ。念のため診療所から薬を....」

 

答えかけたところで、ルダが少女たちに気づいて怪訝な顔をした。

 

「....アッシュ姉さん、この子たち....」

 

「ああ。捜索隊として動いてもらう。今装備を支給するところだ」

 

アッシュの答えを聞いてルダは目を見開いた。

 

「何を言ってるのアッシュ!まだ子供じゃないの!」

 

「わかっている。だがやむを得ない判断だ」

 

「やむを得ないって...あなたらしくもないわ。どうしてそんなことを許したの?」

 

だがルダの言葉にアッシュは無言で相手を見、それから再び歩を進め始めた。

 

「今は説明している時間はない。キリがついたところで衛生兵に引き継いでくれ」

 

「待って!」

 

ルダは叫んだ。歩きかけていたルリハは思わず振り返った。

 

「私も行く。放ってはおけないわ」

 

「ルダ先生。捜索任務は戦士の領域だ。貴女はあくまで...」

 

アッシュが立ち止まって振り返った。だがルダは進み出ると言葉を継いだ。

 

「戦士?その二人の女の子たちを『戦士』だなんて言って送り出すなんて、私は絶対賛成しない」

 

「賛成、反対の問題ではない。御前会議での決定事項だ」

 

「そんなの関係ないわ。常識の問題よ」

 

「ゴロンの戦士を同行させる。兵士十人分の戦力だ」

 

「だからといって危険がなくなるわけじゃないわ....だから」

 

ルダは首を振ると続けた。

 

「私も同行する。負傷した場合の処置は早ければ早いほどいいから」

 

「先生。山野を歩き回る捜索は並大抵の仕事ではない」

 

アッシュの言葉を聞いたルダは、挑戦的な微笑みを浮かべた。

 

「だから何?私は二昼夜ぶっ続けで手術したこともあるけど?」

 

それを聞いたアッシュはしばらく相手を見つめていたが、やがて言った。

 

「...了解した。同行を認めよう。先生も武装なされよ」

 

「私は自分の武器があるから大丈夫。剣じゃあないけどね」

 

ルダは得意そうに顔を上げる。アッシュは数瞬黙ったあと、また歩き始めた。

 

「一時間後、城門前に集合する」

 

「わかったわ」

 

女医は慌ただしく駆けていった。ルリハは目まぐるしいほどの事態の変転に頭がくらくらし始めていた。背後を歩くドンゴを見ると、彼も目を丸くし肩をすくめながら見返してくる。だがリンクルだけはニコニコしながら呟いていた。

 

「やったぁ...楽しい旅になりそう!」

 

* * * * * * * * * * * * 

 

「好きなものを好きなだけ持っていけ」

 

兵舎の隣にあった倉庫の扉を開けると、アッシュが言った。

 

ルリハはその内部を見るなり、驚いて口をポカンと開けてしまった。

 

ラックにズラリと並ぶ剣、槍、戦斧。壁に一面に掛けられた盾。どれも金属製で鈍く光っている。

 

さらに、棚には箱や袋が山と積まれ、別の隅には兜、鎖帷子、小手、すね当て、その他の武具が所狭しと置かれている。ルリハは呟いた。

 

「あ...あの...これって....」

 

「軍の装備品だ。女王陛下のお墨付きがある以上、予算に制限はない」

 

アッシュは言い放った。そしてルリハに合図して防具のコーナーにいざなった。

 

「これを着ろ。今の胴着だけでは防御力が足りぬ」

 

彼女は革鎧を一着取り上げた。ルリハがそれを着てみるとピッタリだった。

 

「凄い...女性用の鎧もあるんですね」

 

「私に合わせてあつらえさせたものだ」

 

アッシュは答えると、今度は剣のコーナーに向かった。ルリハは慌ててついていく。

 

「剣は時として折れることがある。予備を携行しろ」

 

アッシュが見繕った剣を受け取ると、ルリハは急いで革鎧のストラップを締め込んだ。

 

「リンクル嬢。貴女のボウガンに合う中距離用の矢はここだ」

 

アッシュは物珍し気に周囲を見回していたリンクルに声をかけた。棚の一つから箱を軽々と下ろし、蓋を開けると中身を示した。リンクルが歓声を上げる。

 

「凄ぉい!じゃあ....二束くらいもらってくね!」

 

「いや、二束では足りぬ。二箱持っていけ」

 

「ふ...ふた...箱?」

 

リンクルが戸惑ってアッシュの顔を見る。

 

「一箱につき200発。計400発。....いや、もう一箱あったほうがいいな」

 

言いながらアッシュは次々と箱を下ろしていく。

 

「なんだか...俺は荷物持ちっていう雲行きになりそうだゴロよ」

 

見ていたドンゴがやや不満げに呟く。だが両手を打ち合わせながらアッシュが答えた。

 

「案ずるなドンゴ殿。馬車を用意させるゆえ」

 

「.....そ...そりゃ豪気だゴロよ.....」

 

ドンゴは元々丸い目をさらに丸くして言った。そして、棚の一角に袋があるのを見つけた。

 

「おい、アネさんよ。これ、爆弾ゴロか?」

 

「そうだ。....そうか、貴殿は鉱山労働者でもあったな」

 

問われたアッシュが答えた。

 

「もちろんゴロよ。爆弾はゴロン族の嗜みみたいなもんゴロよ。一袋もらっていって良いゴロ?」

 

「問題ない。二袋持っていけ。一袋30発入りだ」

 

「さすが軍隊だゴロな。気前が良いゴロ」

 

ドンゴはホクホク顔で袋を腰に括りつける。

 

全員の装備が整ったところでアッシュは口を開いた。

 

「ルリハ嬢。貴女をパーティリーダーとする。問題はないな?」

 

「え...あ....ハイッ!」

 

ルリハは直立して答えた。

 

「まず貴女に言っておく」

 

アッシュは彼女に近づいてくると続けた。

 

「英雄になろうとするな。無理な闘いは避けろ。従って―――」

 

真っ直ぐにルリハの目を見つめながらアッシュは言う。

 

「貴女の第一の使命は、生きて戻ってくること。第二の使命は、捜索の間見たことを全てそのまま報告すること。そして、第三の使命が、その間可能ならば魔物を狩ることだ」

 

「は...はい」

 

ルリハは頷いた。するとアッシュは被せるよう言葉を継いだ。

 

「復唱せよ」

 

「は....ハイッ...えっと...」

 

ルリハは唾を飲み込みながら頭を働かせた。

 

「あたしたちの第一の使命は、生きて戻ること。第二の使命は、捜索の間見たことを全部そのまま報告すること。第三の使命が、その間可能なら魔物を狩ること」

 

「いいだろう」

 

アッシュは頷くと踵を返した。三人は彼女に続いて倉庫を出た。

 

* * * * * * * * 

 

正門のところでしばらく待っていると、幌馬車が一台兵舎の方角からやってきた。質素だが堅牢な造りの馬車だ。

 

「お嬢ちゃんたち、それからゴロンの旦那!よろしく頼んまっせ!」

 

初老の御者が馬車を停車させ、勢いよく声をかけてくる。アッシュが紹介した。

 

「御者のアレハンドロだ。退役軍人だからある程度心得はある」

 

「勘弁して下せぇ少佐。あっしはもう切った張ったは引退済みですぜぇ」

 

だが、アッシュはそれを無視し、倉庫から取ってきた剣を無理やり御者の太腿の上に置くと、数歩下がった。

 

「ルダ先生が来たら出発できるよう準備しろ。食料、水、衣料その他は積んである。点検し、中途での補給を念頭に置いて大まかな旅行計画を立てておけ。まずはフィローネ地方から始めることを勧める」

 

「は...ハイッ!」

 

ルリハは返事をした。だが頭がついて行かない。今朝から全ての物事が目まぐるしく動き過ぎる。

 

「ねえアッシュお姉ちゃん。伝書鳩は?」

 

「積んである。世話を頼むぞ、リンクル嬢」

 

リンクルとアッシュが緊張度の噛み合わない会話をしている間、ルリハは馬車の荷台に登って携行品の全てを点検し、地図を確認した。

 

「遅くなってごめんなさい。念のため余計に薬持ってきたわ」

 

ルダが慌ただしく駆けてくる。四人は馬車に乗った。

 

「よぉし、出発、進行ぉ〜!」

 

リンクルが拳を突き上げて叫ぶ。

 

御者が手綱を鳴らした。馬車が城門前の回廊を通り抜けていく。

 

―――『任務』。―――

 

これから一体何が待ち受けているのか?

 

だが、それはリンクルのコンパスが指し示す方向と同様、まるで予測できない。

 

だが、それでも進む。前に進むんだ。

 

ルリハはそう自分に言い聞かせた。

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