ルリハの冒険〜魔王の復活と勇者の帰還   作:nocomimi

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巨石の内部

ルリハはカンテラを片手に掲げながら用心深い足取りで進んだ。二番手にドンゴ、その後ろにリンクルとルダが続く。真っ直ぐ続く廊下を進みながら、ルリハは振り向かずに指示した。

 

「リンクル、万一があるから武器の用意して」

 

「ええっ?でもコンパス見ながらボウガンなんか構えたら危ないよ」

 

「私がコンパスを見てあげるわ」

 

ルダが提案した。結局リンクルはボウガンを取り出して構えた。だが、コンパスが気になって仕方がない様子だった。

 

「ねえ、今どっち?」

 

「ずっと真っ直ぐよ」

 

ルダは冷静に答える。廊下は相変わらず真っ直ぐだったが、進むほどに空気が変わっていくのが分かった。湿り気が増し、壁からもひんやりとした冷たさが伝わってくる。

 

「……なんか、息がしづらい」

 

リンクルが小声で言った。そのボウガンの持ち方も、足の運び方もぎこちなかった。肩越しに彼女を一瞥したルリハは心配しながらも言った。

 

「リンクル、時々背後も確認をお願い。どっかに隠れて待ち伏せして後ろから来る魔物もいるかも知れないし...」

 

「もぉ、そんなに一辺に何もかもできないよぉ!」

 

やや癇癪を起こしたリンクルの声が、石の廊下に反響して聞こえた。

 

再び肩越しに妹分を見たルリハはすぐに察した。リンクルは顔が強張り、目は落ち着きなく揺れている。怒っているというより怯えている。

 

やがて入り口から射す外の光が完全に届かなくなった。何の物音もしない。ただ、一行の靴の底が石の床に擦れる音だけが響く。

 

「...蝙蝠の一羽もいないなんて変ね」

 

ルダが時折コンパスを見ながらも呟いた。

 

だが、次第に前方に明かりが見えてきた。リンクルが少なからず安堵した声を上げた。

 

「出口かな?よかったぁ。うち、閉所恐怖症のケがあるから...」

 

「シッ...!」

 

ルリハが合図して立ち止まった。彼女の目は床に注がれていた。

 

床に薄く堆積した土に、足跡がついている。

 

しかも、真新しい。

 

「こいつは先客がいたゴロな」

 

ドンゴが低い声で囁いた。ルリハも極力声を落としながら答える。

 

「もしかするといきなり戦いになるかも。相手は最低でも人型魔物数匹。....いや」

 

ルリハは剣を持ち直しながら言葉を継いだ。

 

「ひょっとするとあの『クローナック』....」

 

するとゴロン戦士は不敵な笑みを浮かべた。

 

「相手にとって不足はないゴロ」

 

一行は顔を見合わせた。リンクルも緊張に唇を噛み締めながらも頷く。四人は歩調を早めて廊下を前進した。向こう側からの光が次第に強くなる。どうやら開けた場所に出ようとしているようだ。それと同時に、水の流れる音も聞こえてきた。

 

やがて廊下の出口に到達した。その先は広大な円形の空間だ。天井も極めて高い。巨大な木の洞の内部のように、自然木の壁に囲まれている。

 

部屋そのものが、人手で作られたのではなく、元々巨木の洞であったのかも知れない。上部に空いた穴から光が射し込んでくるほか、フロアの向こう側半分が沼になっていた。

 

「古代の礼拝所みたいな場所ね」

 

ルダが小さな声で呟いた。ルリハはカンテラを仕舞いながらも用心深く周囲を見回した。敵の姿は見当たらない。リンクルは安堵した顔でボウガンを下げた。

 

「それにしちゃおかしな沼だゴロ。水が汚すぎるゴロ」

 

ドンゴが目の前の沼を指さした。確かに言われた通りだった。水の色が、濁っているのを通り越して毒々しい赤紫色なのだ。ルリハは尋ねた。

 

「ルダ先生、コンパスは?」

 

「...待って。ええと...この沼ね。指しているのは」

 

ルダがコンパスを覗き込む。リンクルはくすぐったそうに言った。

 

「やりづらいでしょ?もういいよ、うちが見るから」

 

「リンクル、警戒を緩めないで。まだ魔物たちが中にいるかも...」

 

ルリハがそう言った瞬間だった。

 

男の低い笑い声がどこからか聞こえてきた。

 

「くッくッくッ....もう来たのかね。随分熱心なことだな、君たちも」

 

ルリハは顔を上げると剣を構えた。あたりを見回すが、残響が長すぎて相手の位置が特定できない。

 

その時ルダが部屋の奥の壁を指さした。

 

「見て!」

 

全員の視線が女医の指し示す方角に注がれた。

 

沼の向こうの壁際に設けられた祭壇のような場所の上に、男が立っている。

 

それはノクス博士だった。

 

* * * * * * * * * * * * * * * 

 

「やはりコンパスか。良い道具に恵まれたな」

 

博士は頷くと、祭壇を数段降りながら言葉を継いだ。

 

「だが、遅すぎたようだね。私は逮捕される前からこの施設の再建に取り組んでいたのだよ」

 

ルリハは相手を見上げると言った。

 

「博士、魔王なんて復活させて何をしようっていうの?そんなことをしても魔王に感謝なんてしてもらえないわよ。利用されて捨てられるのがオチよ」

 

すると博士は失笑にたえないといった風情でせせら笑った。

 

「全く....科学を学んだことの無い人間の発想というものはなんと貧しいことだろう」

 

博士はようやく笑いを納めると続けた。

 

「私は君たちのように日常の損得を基準にして生きてはいない。私の目標は人類の限界を押し広げることだ。人の頭脳と身体は確かによくできている。だが一方でその強靭さと生命力では魔物に及ばない。だから私はハイブリッド研究をライフワークとしたのだ」

 

博士の言葉を聞きながらもルリハは注意深く壁という壁を目で走査した。博士が立っている祭壇の背後には開口部がある。だがそれ以外に出入り口らしきものはない。

 

あの黒ずくめの手下どもの姿もない。

 

なのになぜ博士はこんなに落ち着き払っていられるのだろう?

 

「....それなのに愚かな王城は私の研究を禁止してしまった。実に退行的じゃないか。成果を吟味することなく、研究そのものを禁ずるなどあってはならないことだ」

 

「博士、お言葉ですけど」

 

ルダが博士の独白に口を挟んだ。

 

「ハイブリッド研究は人体実験を伴う以上倫理上許されないのは当然よ。医学校の一年次に習う内容ではなくて?」

 

「倫理?人の進歩は倫理を超えた場所にある。それくらい君も医師だったらよく知ってるだろう」

 

博士は一歩も譲らない。まるで討論会に参加する弁士のように、彼は片手を上げて熱弁し始めた。

 

「考えてもみろ。薬も手術も人体実験なしには成立しえなかった技術ではないか。その果実を享受している君が、進歩に貢献せんとする私の営為を非難するなど滑稽ではないか?」

 

「詭弁だわ。あなたのは貢献ではなく自己満足よ。魔物と一体化してまで強くなりたいなんていう人間に必要なのはむしろカウンセリングだわ」

 

ルダが語気鋭く言い返した。博士は鼻を鳴らした。

 

「ふん、カウンセリングか。弱い人間を弱いままで受容する。そして全ての進歩がそこで止まる。私はそれを科学とは思わぬ。それは単なる現状維持だ」

 

「それは違う。弱い人間を弱いからといって切り捨てない。これこそが数千年かけて積み上げた人類の進歩だと思わなくて?あなたのはむしろ動物世界への退行に見えるけど」

 

女医は間髪を入れず言い返す。まるで彼女自身もこの討論会を楽しんでいるかのように生き生きしていた。だが博士はゆっくりと首を振った。

 

「退行?むしろ逆だ。進化というものが激しい自然淘汰により生じるというのは自然科学では当然の前提ではないか。つまり、その自然淘汰を悪として排除した人類の倫理こそが退行だ」

 

そこまで言うと、博士はルダ以外の三人の聴衆に判断を求めるように見回した。

 

「どうだね?私の言うことがどこか間違っているかね?」

 

「あたしは学校も行ったこともないし辛うじて読み書きできるくらいの学しかないけど、ハッキリ言ってあんたの理屈にはヘドが出るわ」

 

ルリハは吐き捨てた。

 

「あたしは剣士。剣士の世界ではあんたみたいなのは三下にもなれない下衆扱いよ」

 

「英雄ごっこのおとぎ話の世界は君に任せよう、お嬢さん。私は科学の話をしている」

 

博士は気にもせずに答えた。

 

「いいかね。私の研究は既に第二段階に進んでいるのだ。『ハイブリッド』から始まって『魔王の復活』一歩手前までこぎつけている。見たまえ....この『胚』を」

 

博士は手に持った試験管を掲げた。ガラス製の筒の中に何かが浮いている。ルリハは何のことかわからず眉をひそめた。

 

「....胚?何なのそれ?」

 

「あ...うち知ってる!」

 

そのときリンクルが声を上げた。皆が一斉に彼女を見た。

 

「それってさぁ、ネズミさんの卵子から核をぬいて別の細胞の核を入れて別のお母さんネズミのお腹で育てるんでしょ。うちのパパが言ってた。前の職場でやらされてたけど嫌で嫌で仕方なかったって」

 

彼女は誰にともなく続けた。

 

「だからパパは仕事辞めたんだって。雇い主も最初は優しい人だと思ったけど、そのうち悪魔みたいな頭のおかしい人だってわかったから怖くなったって。うち、よくわかんないけどさぁ、意味もなく動物をいじめる人ってたいてい性格がおかしくなっちゃってるんだなって思った」

 

それを聞いた博士は怪訝な顔をしてリンクルを見つめた。

 

「うん?君はなぜそれを....」

 

ルリハもルダも驚きに打たれ、言葉もなくリンクルを見つめた。だが、博士はやがて合点したように自分の顎に手を当てた。

 

「いや、そうか。ハハハ....これは傑作だ。まさかハルバート君のご息女に会えるとは」

 

「え....。なんでパパの名前知ってるの?」

 

リンクルが怯えたように後じさりしながら言った。

 

「ハルバート君は優秀だったよ。だが頭が硬すぎた。口を開けば『倫理』『倫理』とそればかり気にしていてね。私のような革新を目指す者についていけなくなるのもムリはない」

 

博士は一息置いてから続けた。

 

「ここいらで君らともお別れだ。私は計画を進めなければならないのでね」

 

「逃げるの?そんな計画、あたしたちが阻止するから」

 

ルリハは叫んだ。だが博士は笑いながら祭壇を登ると、壁の開口部に入って姿を消してしまった。去り際に、声だけが木霊する。

 

「.....私は失礼する。ここでせいぜいゆっくりとダンスでも楽しんでくれたまえ」

 

「追いかけようにもこの沼を渡るのが難儀だゴロ」

 

ドンゴが忌々しそうに言った。ルリハも悔しさに舌打ちをこらえられなかった。だがルダは冷静な語調で促した。

 

「ルリハ、私達の任務は調査よ。まずは内部を調べて....」

 

その瞬間だった。

 

ズシ....ン....!

 

重い振動が響き渡る。背後の廊下の方角から、地響きが聞こえてきた。巨大な木の洞の壁がわずかに軋み、天井から細かな木屑がぱらぱらと降ってくる。

 

「今の...何?」

 

リンクルが不安げな表情を浮かべた。ルリハは踵を返すと、カンテラに火をつけて廊下の中を照らした。その時再び振動が襲った。

 

ガラガラガラッ....!

 

廊下の奥がみるみるうちに崩落した岩で埋まっていく。

 

「出口が...!」

 

ルリハが叫んだ。だが、ドンゴは眉ひとつ動かさず呟いた。

 

「やれやれ、久しぶりにバトルかと思って楽しみにしてたのに、待ってたのは単純労働だゴロよ」

 

ドンゴはぼやきながらも、岩の崩れた廊下の奥に進んでいった。

 

「おじさん...通路、開けられそう?」

 

ルリハが呼びかけると、ドンゴは首だけ振り返ってウィンクした。

 

「ま、十分もあれば片付くゴロよ」

 

「頼もしい限りね。じゃあ私達はこっちで調査してるわ」

 

ルダが声をかける。やがて、ドンゴは自分の顔を分厚い手のひらで数回叩くと、猛烈な勢いで岩を取り除け始めた。ルリハは安堵の息をつくと、改めて周囲を見回した。

 

―――『見たものをそのまま報告する』。これが第二の任務。―――

 

アッシュの言葉を思い出したルリハは、周囲の情景をメモしようと腰の物入れを探った。

 

だが、その瞬間だった。

 

ズシ....ン!

 

再び激しい振動が襲う。廊下の開口部を見ると、天井となっていた巨大な一枚岩がそのままズレ落ちようとしていた。

 

「お....おじさん!」

 

ルリハは叫んだ。

 

ゴゴゴゴゴ....!

 

厚さ数メートルの岩が上部からのしかかるように沈下していった。リンクルとルダも驚いてこちらを見た。だが、成すすべもない。

 

数秒もすると、廊下の開口部そのものが消失していた。眼の前に見えるのは、かつては天井を構成していた岩の塊のみだ。

 

「う...うそ!おじさんが.....」

 

リンクルが叫ぶ。ルリハは驚愕に息を飲んで立ち尽くした。その瞬間ルダが鋭く叫んだ。

 

「ふたりとも!敵よ!」

 

振り向くと、ルダが天井を指さしている。見ると、高い天井に人のような何かが貼り付いていた。

 

黒ずくめの痩せた体。

 

その『人のような何か』は、次々と身軽に飛び降りてきて、三人の前に立った。

 

獣のような唸り声を漏らしながら、ゆっくりとにじり寄ってくる。

 

クローナックだ。ちょうど三体だった。各個体が両手の長い鉤爪を広げ、背を屈めて戦闘体勢をとろうとしていた。

 

「.......ずっと天井にいてこっちを見張ってたってわけね」

 

ルリハは剣を両手で構えた。頭の中で素早く計算した。背後にはリンクルとルダ。女医は非戦闘員。リンクルは射撃の腕は良くても冒険は不慣れ。

 

ドンゴはいない。逃げ道もない。

 

自分が前に出る以外の選択肢は一つもない。

 

恐れと緊張が喉までせり上がってくる。剣を握る手のひらに汗が滲む。

 

だが彼女は言った。

 

「ふたりとも....下がってて。あたしが相手する」

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