ルリハの冒険〜魔王の復活と勇者の帰還   作:nocomimi

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爪の魔物

「ふたりとも....下がってて。あたしが相手する」

 

ルリハは剣を両手で構えた。

 

背後にはリンクルとルダ。女医は非戦闘員。リンクルは射撃の腕は良くても冒険は不慣れ。

 

ドンゴはいない。逃げ道もない。自分が前に出る以外の選択肢は一つもない。

 

恐れと緊張が喉までせり上がってくる。剣を握る手のひらに汗が滲む。

 

眼の前に三体いる、黒ずくめで背の高い痩せた男たち。細長い腕を前に出し、背筋を曲げた姿勢でにじり寄ってくる。そして獣のような唸り声。マスクの上の目だけがギラギラと光っていた。

 

「ルリハお姉ちゃん...」

 

リンクルが呟いた。その途端に、真ん中の一体が動いた。

 

身体をバネじかけのようにしてこちらに跳躍してくる。

 

横飛びして避ける。だが右手の一匹が突進し、長い鉤爪の生えた手を払ってきた。

 

身を伏せて躱し、反射的に胴払いをかける。手応えがあった。

 

だが、一撃では倒せないと分かっていた。ルリハは相手から飛び退くと、敵を誘導するように二人の仲間たちから距離を取った。

 

敵は手傷を負った個体を先頭に、何事もなかったかのようにこちらに向きを変えて迫ってくる。

 

リンクルが怯え切った顔をしながらもボウガンを上げた。だがルリハは言った。

 

「リンクル、手出ししないで。あたしが引き付ける。その間に先生と脱出口を探して」

 

「でも....」

 

「いいから!」

 

ルリハは剣を構え直すと、囲まれないよう摺り足で横に移動した。

 

三人が距離を詰めてくる。一匹が突進し爪を振り下ろしてきた。剣を跳ね上げ逸らす。火花が散った。もう片方の手でこちらの胴を狙ってきた。すんでのところで身体を躱しながら袈裟斬りをかける。

 

ドシュッ....

 

手応えがあった。だが相手は倒れない。咄嗟に前蹴りで牽制し下がらせた。その頃にはもう残りが迫ってきていた。左右から激しく動く影が接近する。

 

右から来る。首筋めがけて飛んできた爪の一撃を剣の刀身で逸らし、素早く突きを繰り出した。

 

手応え。だがもう一匹が来る。時間がない。背後で何かが動く。目には見えなかった。だが音と振動を感じる。

 

ルリハはわずかに首を回した。空気を斬り裂くものが近づいてくる。

 

首を反らす。顔の皮膚を何かがかすめて通り過ぎる。身体の泳いだ相手の顔が近づいた。ギラギラと光る目。

 

咄嗟に後ろ蹴りを放ち、いま刺した相手を突き放す。もう一匹の顔の真ん中めがけて剣の柄の石突きを叩きつける。服の襟首を片手で掴むと足払いをかけた。

 

だが引き倒した相手が思いもよらない敏捷さで脚を振り回し、蹴りがルリハの側頭部に当たった。

 

まずい。頭が痺れる。脚がふらつく。必死でこらえながら後ろに下がる。その頃には既に敵は三人とも立ち上がっていた。

 

頬から血が流れ落ちるのを感じた。傷がジンジンと痛む。

 

「お姉ちゃん!」

 

リンクルが悲痛な声を上げた。ルリハに迫る魔物たちにボウガンを向けようとしている。

 

「ダメ!あんたたちは逃げて!」

 

ルリハは叫ぶと剣を構え直した。革鎧の腹の部分も引き裂かれている。鎧がなければ重傷を負っていただろう。

 

だけど、リンクルと先生だけは守るんだ。絶対に。

 

グルルル....

 

獣のような唸り声を上げながら、3つの影が近づいてくる。

 

心臓が割れそうに早鐘を打つ。呼吸が乱れる。でも、終われない。

 

その時だった。

 

ドカァ...ン!

 

岩で塞がれた出入り口のほうから物凄い音が聞こえてきた。

 

ドカァ...ン!

 

まただ。三匹の敵も驚いたように音のほうをみやった。

 

ドカァ...ン!

 

三度目の音が響き、部屋の床が揺れた。リンクルとルダも、慌てたようにその場を離れた。

 

かと思うと、巨石に亀裂が走った。亀裂がみるみるうちに大きくなる。

 

「ぐぬぉぉぉぉぉぉ!」

 

凄まじい気合いの声が岩の向こうから聞こえる。2つに割れた巨石が徐々に押し分けれ、その間から声が聞こえてきた。

 

「俺を除け者にして盛り上がるんじゃないゴロ!今行くから待ってろゴロ!」

 

リンクルとルダの顔が途端に輝いた。ルリハも胸中の絶望が一気に希望に変わるのを感じた。

 

「そりゃ!」

 

ドンゴが叫ぶと岩を一気に押し上げ、身体を丸めて岩の間から転がり出てきた。その背後で落下した岩塊が激しい衝突音を立て、土煙が上がった。

 

クローナックたちは思わぬ展開に動揺したのか、ルリハを包囲するのを忘れて顔を見合わせ始めた。

 

「おじさん!良かった、生きてて....」

 

リンクルがドンゴに抱きつこうとする。だがゴロン戦士は手を上げて制した。

 

「油断するなゴロ。まずはこいつらを片付けるゴロよ」

 

「ドンゴおじさん、一匹はお願いね」

 

ルリハはニヤリと笑うと剣を構え直して言った。だがドンゴは顔をしかめて首を振った。

 

「ルリハ、無理はするなゴロ。俺ひとりでこんな連中....」

 

「それで山に帰ってから『人間は弱かった』なんて噂話に花咲かせるんでしょ?そうはさせないから」

 

ルリハは言い放つと、中段に構えて手近の一匹に摺り足で近づいた。ドンゴは両手の拳を握るともう一匹に迫っていく。リンクルもボウガンを構えた。

 

「お姉ちゃん、一匹はうちが...」

 

「それこそムリしないで。後で加勢するから時間稼ぎして」

 

ルリハは答える。狼狽した様子のクローナックたちはようやく立ち直ると、それぞれの相手に向き直った。

 

「でやぁぁぁッ!」

 

ルリハは眼の前の一匹に踏み込むと横斬りをしかけた。相手が飛び退く。さらに袈裟斬りを放つ。敵は身体を反らして刃を躱した。

 

だがフェイントだ。彼女はそのまま低く潜り込み相手の脛に斬りつけた。ザックリと刃が徹る。

 

ドンゴは重い拳を振り上げ、パンチを放つ。だがクローナックは飛び退いて回避すると、脇に回り込みゴロンの弱点の腹に攻撃を仕掛けた。ドンゴは手の甲をかざし、鎧のような岩の肌でそれを弾きながら叫んだ。

 

「チョコマカ動きやがって!」

 

ドンゴが手を振り払うと、クローナックが吹き飛ばされた。だがそれでも、数秒後ユラリと立ち上がる。

 

ルリハは手傷を負わせた相手との間合いを詰めていた。相手はわずかに脚を引きずっている。間違いない。効いている。

 

敵は両手の爪を開くと、矢継ぎ早に攻撃を繰り出してきた。だが、単調だ。右、左と鉤爪が飛んでくる。だがルリハはそれを躱すと、逆袈裟斬りに胴を斬り上げた。

 

だがそのときだった。

 

「な...なんで?なんで倒れないの?」

 

悲鳴に近いリンクルの叫び声が聞こえた。

 

肩越しに見やると、リンクルとルダの眼の前に立った魔物の身体に矢が何本も突き刺さっている。だが相手はそれでも平気そうな様子で二人ににじり寄っていた。

 

「えっと....矢....矢....」

 

リンクルは肩から下げた矢筒に手を伸ばした。だが指が震えている。矢筒から矢がバラバラとこぼれ落ちた。

 

グルルル.....

 

二人に迫っていたクローナックが唸り声を上げ、飛びかかる構えを見せた。

 

―――リンクル!―――

 

救援に向かうかどうするか、ルリハが迷った瞬間だった。

 

「下がって!」

 

ルダが手に持った薬瓶のようなものを振り上げた。その瓶の口からは火のついた布切れが下がっている。

 

バリ....ンッ!

 

空中を飛んだ瓶が敵の足元で割れる。その途端に床から火炎が上がり、クローナックは火だるまになった。

 

その時、ルリハの眼の前の敵が飛びかかってきた。

 

反射敵に刃を払う。剣先が徹り相手の首筋がバッサリと斬れた。だがそれでも勢いを止めきれず、後ろに押し倒される形になった。

 

馬乗りになった相手が、獣のような声を上げながら鉤爪を振りかざす。ルリハは咄嗟に巴投げをかけた。

 

空中を一回転した相手が背後の床に叩きつけられた。ルリハは必死で立ち上がり、剣を拾うと、同じく体勢を立て直した相手に殺到した。

 

突き出してきた爪を避けて袈裟斬りをかける。斬れた。黒い血が飛び散る。それでも横殴りに攻撃してきたのを身を伏せて避け、相手の脚に斬りつけた。これも手応えがあった。

 

「捕まえたゴロ!」

 

ドンゴの声が聞こえたかと思うと、凄まじい衝撃音がした。

 

ドゴ...ン!

 

重い岩のような拳が頭蓋骨を砕く音。

 

ルリハは眼の前の相手が弱っているのを見て取ると、縦斬り、横斬りと連続で斬り掛かった。躱されたところで前蹴りでよろめかせる。隙を見てジャンプ斬りを浴びせ、頭部に打撃を与えると、相手の片脚を蹴りつけ、もう片方の脚を剣ですくうように払った。

 

クローナックはバタリと倒れた。だがまだ生きている。

 

『とどめ』を刺さねば。ルリハは剣を逆手に持ち替えた。だが、その瞬間、兄の言葉が脳裏に蘇った。

 

――とどめは危険も大きい。外したら隙が生まれる――

 

一瞬の迷い。その瞬間、クローナックは思いもよらない素早さで立ち上がると、脱兎のごとく逃げ出した。

 

「待て!」

 

ルリハは追いかけた。だが相手は両手足を使って異様な速度で走った。壁に到達すると、昆虫のような自然な動作でよじ登り始めた。

 

「逃さんゴロ!」

 

ドンゴの割れ鐘のような声が響く。岩のように身体を丸めたゴロン戦士は転がって突進すると、壁に激突した。部屋全体がグラグラと揺れ、逃げようとしていたクローナックは壁から転げ落ちた。

 

「ぬおぉぉぉぉぉッ!」

 

立ち上がったドンゴが拳を振り上げ、クローナックの上に叩きつける。凄まじい衝撃音がした。魔物は数秒の間ピクピクしていたが、やがて動かなくなった。

 

* * * * * * * * * * * 

 

「点呼!ルリハ....」

 

「ドンゴ」

 

「....リンクル」

 

「ルダ。全員無事ね」

 

点呼をとると、ルダがルリハに駆け寄ってきて、その頬に手をやった。

 

「すぐ処置させて。傷が残ったら大変よ」

 

顔を上げると、リンクルとルダを狙っていた魔物は頭に矢を受けて倒れていた。その身体からはまだ炎が上がっている。だがリンクルは半ば茫然とした顔でそれを眺めていた。

 

ルダはカバンから道具を取り出すと手早く傷を治療していった。ルリハはじっとしながらも眼だけ動かして周囲を点検した。もう危険はないようだ。

 

「ったく、先生も危ないことするゴロな」

 

ドンゴが火の収まりかかった魔物の遺骸を見ながら呟く。

 

「まさかこの世に火炎瓶振りかざす医者がいるとは思わなかったゴロ」

 

彼はルダを見ながら続けた。だが、その眼には尊敬と感心の色が込められていた。

 

「女は男と違って身を守るのに頭を使うのよ」

 

ルリハの傷を覗き込み処置をしながら女医は答える。だが、ルリハはリンクルのことが気になった。

 

「リンクル、あんたは大丈夫?」

 

顔を動かさないまま尋ねると、妹分はわずかに頷いたようだ。ルリハは溜め息をつくと、言葉を継いだ。

 

「リンクル、気にしない。あんたはダンジョン未経験なんだから。生きてるだけで上出来よ」

 

だがリンクルは答えずに座り込んでしまった。しばらくして処置を終えると、女医はルリハに言った。

 

「しばらく笑うの禁止ね。ガーゼは毎日取り替えるのよ。あ.....あと、これからは頬当てつきの兜被ったほうがいいわよ。あなたは女子なんだから」

 

「...はい、先生」

 

ハイを二回繰り返しそうになるのをこらえながらルリハは言った。

 

「しかし、こんな連中俺も今まで見たことがないゴロ。魔物の癖して妙に人間っぽいゴロな」

 

ドンゴは足のつま先で魔物たちの死体をつつきながら呟いた。ルダは道具を仕舞うと、手袋をして魔物の一匹の死体に近づいた。しゃがみ込み、その顔のマスクの縁をつまんで静かに外す。

 

「....三割は人間ね」

 

魔物の顔を調べていたルダが誰にともなく言う。ルリハも剣の掃除を終えると、思わず近づいて覗き込んだ。だが女医は手で制した。

 

「ルリハ、あなたは見ないほうがいい」

 

「どうしてですか?」

 

「余計なものを背負い込むことになる。深く知らないほうがいいことも世の中にはあるのよ」

 

ルリハは得心がいかなかったが、魔物の身体の検分は結局ルダに任せることにした。リンクルに近づくと、彼女はようやく腰を上げ、床に取り落とした矢を拾い集めていた。

 

「リンクル、ドンマイよ。城の兵隊でさえ手こずってたんだから、あんたがそんなすぐにあいつらを倒せるわけ.....」

 

「わかってるよ、そんなの」

 

突っけんどんな調子でリンクルは答えた。だが眼も合わせようとしなかった。

 

「どうせうち、役立たずだもん。子供で、経験もなくて、臆病で、戦うどころかルダ先生に守ってもらってる。お情けで仲間に入れてもらってるだけでしょ?」

 

「リンクル....」

 

ルリハは溜め息をついて言った。

 

「今はむくれてる場合じゃないよ。この施設を調べたあと、残り二箇所も探さないと。博士の計画も絶対止めないといけないし」

 

だがリンクルはそっぽを向いたまま言った。

 

「うちはルリハお姉ちゃんみたいに勇気もないし、ドンゴおじさんみたいに強くもないし、ルダ先生みたいに頭良くもない。うちにはそんな勇者みたいなことなんて、できない....。できない....。わかってる。わかってるんだよ....もう」

 

語尾がすすり泣きになっていく。ルリハはかける言葉も失ってしまった。励ますべきか、叱るべきか。

 

――そもそもリンクルのような幼い少女を冒険行に連れ出したことが間違いだったのか――

 

「よし、俺は岩を片付けてくるゴロ。調査ってやつはお前らに任せたゴロよ」

 

ふたりの様子を見たドンゴがバツの悪そうな顔をしながら声を上げた。

 

「ルリハ、魔物の死体の所見はまとめたわ。後であなたの報告と一緒に王城へ....」

 

ルダが立ち上がると声をかけてきた。

 

その瞬間だった。

 

部屋全体が振動し始めた。低い地の底から響くような音が聞こえる。

 

「なに?」

 

リンクルが周囲を見回す。

 

「見て!」

 

ルダが沼を指さして叫んだ。

 

沼の水面が、

 

ざわ……ざわ……

 

と、不自然な波紋を広げていた。

 

まるで何かが、水の下で呼吸しているかのように。

 

水面に次々と気泡が浮いてきている。

 

「こんな沼に生き物が....?」

 

ドンゴが不思議そうに言った。だが言った直後に気づいたように叫んだ。

 

「魔物...ゴロ!」

 

すると地響きが収まった。部屋の中に静寂が走る。

 

そして四人が顔を見合わせた瞬間。

 

バシャァ.....ン!!

 

水を跳ね上げて何者かが姿を現した。

 

それは、二本の食人植物だった。いわゆるデクババだ。

 

いや、デクババと言っていいのかわからないほど巨大だ。

 

その頭の大きさはゆうに大人ひとりをすっぽり呑み込めるほど。その表皮は岩のようにゴツゴツしていて、顎には肉食獣のような牙がいくつも生えていた。

 

食人植物たちは威嚇するような音を立てて大きく口を開けると、ルリハたちを獲物と見定めたかのか、ピタリとこちらに向き直った。

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