ルリハたち四人がダンジョンから脱出した頃には日が暮れかかっていた。やむなく、一行は森の中で宿営し、翌日早朝に出発して馬車のある場所までとって返した。
「お嬢さん方!行ったきり戻って来ないから心配しましたぜ!」
崖下から御者のアレハンドロが手を振ってくる。ルリハたちはロープで崖を降りると改めて休憩した。ルリハは状況報告を書くと、ルダのまとめた魔物の所見とともに伝書鳩の足にくくりつけた。
「あたしたち、博士から一歩遅れをとってるから急がないと」
飛んでいく鳩を見送りながらルリハは呟いた。だがルダがたしなめた。
「だからってあまり慌てちゃダメよ。シャッド博士がきっと情報を分析してくれる。彼らを信頼しましょう」
一息つくと一行は馬車に乗って出発した。次なる目的はオルディン地方と定めてある。馬車が快速に平原を西に走っていくなか、ルリハは御者席の横で前方を警戒した。
「アレハンドロおじさん、昨日は魔物に会わなかった?」
「いんや、遠くの空をカーゴロックが飛んでるくらいでねぇ。言われてる割りにゃ拍子抜けでしたよ」
するとルダが言った。
「ねえ、リンクルのコンパスはどこを指してるの?魔物が大量発生していたら反応するんじゃないかしら。それで事前に分かれば対策も立てられるんじゃない?」
「先生頭いい!ちょっと待って」
リンクルがコンパスを取り上げて覗き込む。
「こっち。ええっと、西北西?北西西っていうの?」
彼女は針を見ながら安心したように付け加えた。
「どっちにしても近くにはいないよ。近くにいたら針がピクピク震えるから」
「‥‥まるでゴロン鉱山を指してるみたいだゴロな」
するとドンゴが眉をしかめて呟く。ルリハは顔を上げた。
「ゴロン鉱山?...それっておじさんたちゴロン族の....」
「仕事場....いや、聖域みたいなもんだゴロ」
「そんなところに博士が行ったりするのかなぁ?でも...うちのコンパスが嘘つくわけないし....」
リンクルも不思議そうな顔をした。ルリハはさり気なく付け加えた。
「リンクル、一応後ろの警戒もお願いね」
「あ....ハイッ!イエッサー」
「あれ?サー...って女性の場合違うんじゃなかったっけ。ま、いいっか」
リンクルが珍しく素直に従ったので、ルリハは安心して前方に集中した。
一日馬車を走らせると、ハイラル平原の西端に到着した。夕暮れのなか宿営を張り、夕食をとる。食事を終えてくつろいでいると、リンクルがモジモジしながらルリハのところにやってきた。
「ねえ、ルリハお姉ちゃん。お願いがあるんだけど」
「なに、リンクル?」
リンクルはルリハの剣を指さして言った。
「お姉ちゃんの剣、触らせてくんない?」
ルリハは驚いて妹分の顔を見つめた。
「い....いいけど。でも、『剣なんて効率悪い』って言ってたのに、どういう風の吹き回し?」
「もぉ...意地悪言わないでよ、お姉ちゃん」
リンクルは膨れ面になってそっぽを向いた。だが、こちらに背を向けながらも彼女は続けた。
「うち、このままじゃ嫌なんだもん....。怖がってばっかりだし、普段なら絶対に外さないのに、肝心のときには手が震えて当てられないし....」
そう言いながら、リンクルはこちらを向いた。だが恥ずかしいのか、眼を合わせないまま言葉を継いだ。
「だから、敵と近くで戦ってるお姉ちゃんの気持ちが分かれば強くなれるかもって思っ....ただけ。でも嫌ならいいから」
ルリハは慌てて立ち上がると、リンクルの肩に手をかけた。
「偉いよ、リンクル。あんた、本気で強くなりたいって決心したんだね」
剣を鞘からゆっくり抜き放つと、ルリハはそっと妹分の手にそれを握らせた。
「まず構えてみて。ゆっくりね」
ところが、剣を持ち上げようとしたリンクルは悲鳴を上げた。手放しそうになってしまったところをルリハが慌てて支えてやった。
「お....重ッ!なんでこんなに重いの?」
リンクルが目を丸くしてルリハを見る。
「そ...そりゃぁある程度重さがないと切れないからね」
そう言いながらルリハは剣を受け取ると、また鞘に納めた。
「ま、いきなり真剣は無理があるわね。この任務が終わったら木剣作ってあげるから...」
「お姉ちゃん、こんなのよく持てるね。筋肉痛にならない?」
リンクルは感心しきりだった。ルリハは答えた。
「最初はなったけど今は平気。身体の一部みたいになってきたから」
「お姉ちゃん、腕触ってみていい?」
「いいけど?」
ルリハは軽く力こぶを作った。リンクルはしばらくそれを手でいじくっていたが、やがて呟いた。
「...なんかゴリラみたい」
「ちょっとぉッ!言い方!」
ルリハが顔を真赤にして怒鳴ると、それを聞いていたドンゴが大笑いした。
「おじさん!笑い事じゃないから!」
「いやいや、笑ってないゴロ!」
ドンゴが腹を抱えながらも否定する。
「笑ってるじゃん!現行犯で!」
ちらりとルダを見ると、彼女までもが笑いを必死でこらえている風に顔を引きつらせている。
「ごめんってばぁ。そんなに怒らないで、お姉ちゃん」
リンクルも反省しているのかしていないのか、ヘラヘラしながら謝ってくる。赦すことにはしたが、ルリハは動揺を押さえるのに一苦労だった。
「まったく....ッ」
* * * * * * *
交代で睡眠を取ると、一行は夜明けとともに西に向けて出発した。ハイラル南平原からオルディン地方へ抜ける街道に入る。
両側を崖に挟まれた道を進んでいく。この先の平原で前回ボコブリンを見かけたことをルリハは思い出した。
「リンクル!コンパスの向きは?」
ルリハは前方を注視しながら呼びかけた。リンクルが後部から返事をする。
「待って...ええっと。ちょっと針が北向きになったかな?」
「やっぱりゴロン鉱山ゴロか...」
ドンゴはますます合点のいかない顔で呟いた。
「ねえ、鉱山ってどれくらい大きいの?」
リンクルが尋ねる。
「物凄く大きいゴロよ。数百年堀り続けてるゴロからな。ゴロン族全員の住居と、闘技場が五つと、選鉱施設もあるゴロ。巨大工業団地みたいなもんゴロなぁ」
「じゃあ、博士が知らん顔して入ってもバレない....とか?」
リンクルの言葉にドンゴは首を振った。
「それはありえんゴロ。人間の出入りは厳しく制限されてるゴロ。設備の技師以外で今まで鉱山の奥に入ることを許された人間は勇者リンクだけだゴロ」
「16年前....族長ダルボスの乱心...ね」
ルダが口を開いた。その言葉にドンゴの表情が一瞬だけ強張った。彼は人差し指を口に当てて言った。
「....そいつは大きな声で言わない約束だゴロ。何しろ、『影の結晶石』に魅入られて魔物に変身したのを勇者リンクに正気に戻してもらっただなんて、族長は未だに知らないゴロからな」
「え?知らないって....覚えてない...ってこと?」
ルリハは口を挟んだ。その話は彼女も兄コリンを通じて聞いたことがあったからだ。
「覚えてないどころか、その周辺の記憶が丸ごと抜け落ちてるゴロ。族長はそんなことがあったなんて夢にも思ってないゴロよ」
「じゃ...じゃあ....みんなで知らないふり...してるってこと?」
ルリハは驚いて聞き返した。ドンゴは深刻な顔で溜め息をついた。
「そんなことを公に認めたら族長の威信は地に落ちるゴロ。だから長老たちが話し合ってそう決めたんだゴロ」
今回は魔物に行き会うこともなく、馬車は無事にカカリコ狭谷の橋に到着した。そこで休憩を取っていると日が傾いてきた。
「見て」
ルダが街道の脇の平原を指さす。見ると、遥か遠くに蓬髪でナタを担いだ食人鬼・ボコブリンが歩いているのが見えた。
「やっぱ急いだほうがいいね。アレハンドロおじさん、ちょっと飛ばせる?」
「ガッテンでさぁ。つかまっててくだせぇよ」
四人が乗り込むと馬車は走り始めた。舗装されていない街道の上でガタガタ揺れるが致し方ない。
「とりあえず礼拝所で一泊ね。建物がちゃんと残ってるといいんだけど」
暮れかかった空を眺めながらルダが言う。するとリンクルが上目遣いでルリハを見てくる。
「お姉ちゃん、温泉ホテルは?」
「ダメ。高すぎる」
「えぇ〜。でも一泊くらいのお金はアッシュさんから....」
「ダメ。無駄使いしない」
ルリハとリンクルが言い合っている間も、ドンゴは腕を組んだまま、考え込むように黙りこくっていた。
カカリコ村の門をくぐったときにはすっかり夜になっていた。森の入口の泉の前に馬車を止め、礼拝所に入ると、ルダが竈に火を入れて料理をしてくれた。久しぶりの温かい食事だ。旅の疲れからか、皆言葉少なに食事を終えると、建物に内鍵をかけてぐっすりと睡眠を取った。
* * * * * * * * * * *
「おぉい、ドンゴ!人間の女なんか連れてどうしたんだゴロ?しかも三人も」
翌朝。ルリハたちがコンパスの指す方向に従って村の目抜き通りを北上していると、通りがかりのゴロンたちが声をかけてきた。
「ドンゴお前、さては城下町に慣れすぎて人間の女と所帯を持ったのかゴロ?しかも子供を二人もこさえたゴロ?」
「バカなこと言うなゴロよ」
ドンゴは呆れたように首を振ると、ルリハたちを指さした。
「こいつらは俺の旅の仲間だゴロ。こっちのルリハは剣士で、巨大な化け物の目玉を串刺しにする凄腕だゴロ。こっちのリンクルは、爆弾をボウガンで飛ばすムチャな娘だゴロ。で、こっちの女医の先生は怒ると相手を火炎瓶で火だるまにする怖い先生だゴロ」
ドンゴが紹介すると、物珍しさからかゴロンたちだけではなく人間の村人たちも集まってきた。そして、ルダに気づいた者たちが次々に声を上げた。
「ル....ルダお嬢さま!」
「お元気だったんでやすね!」
「みんな、ご無沙汰しててごめんなさい」
ルダは挨拶すると、村人たちとよもやま話を始めた。ドンゴをからかいにきたゴロンの青年たちは、バツの悪そうな顔で頭を掻いた。
「ドンゴ、お前も人が悪いゴロよ。レナード祭司の娘さんなら最初からそう言えゴロ」
「お前らが勝手に勘違いしたゴロよ」
ドンゴは言い捨てると道を先に歩き始めた。
「ねえおじさん。うちらって事情を説明したら鉱山に入れてもらえるのかなぁ」
リンクルはドンゴに追いつくと、好奇心に輝く目で相手を見上げた。
「...うち、鉱山の中見てみたい!物凄く大きい機械とかが一杯あるんでしょ?」
「リンクル、鉱山の中は溶岩だらけだって話だよ。足を滑らせて落ちたら死ぬって」
ルリハも追いつきながらリンクルに言った。すると妹分は驚きに大声を上げた。
「えぇ〜ッ!おじさんそんな危険なとこで働いてるの?」
「ゴロンは溶岩に落ちたくらいじゃ死なないゴロよ。すぐに上がれば、火傷ぐらいで済むゴロよ」
ドンゴは言う。だがその表情は曇っていた。
「ともかく入れるかどうかは行ってみないとわからんゴロ。人間を鉱山に入れるのは族長の許可がいるゴロ」
リンクルは歩きながら、コンパスを胸に抱えたまま不安げにドンゴを見上げる。
「族長さんって....怖いの?」
「俺にとっては叔父貴にあたる人ゴロよ」
ドンゴは前を向いたまま言った。
「え!じゃあコネで入れてもらえそうじゃん。ねえ、お姉ちゃん!」
リンクルが言うと、ドンゴは即座に首を振った。
「族長はそんなことは絶対にしないゴロ。掟に厳しく、自分自身も親族も絶対に甘やかすようなことは許さないゴロからな」
「みんな、ごめんなさい。話が長引いちゃったわ」
ルダが後ろから走って追いついてきた。歩いていると次々に村人たちが声をかけてくる。ルリハは思わず言った。
「...ルダ先生って人気者なんですね」
「父のお陰ね。父は誰でも無料で治療したから。父が亡くなって私が村を出てから十年経つけど、それで皆覚えててくれるの」
ルダは声をかけてくる者に手を振ったり返事をしながら答えた。するとドンゴは呟いた。
「ゴロンの中にもレナード祭司にお世話になった者は大勢いるゴロ。だから、いい加減人間の立ち入りを毛嫌いする風習はやめにしてもいいと俺は思うゴロが....」
そうこうしているうちに、四人は村の北端の分岐路についた。右の道がハイラル西平原、左の道がゴロン鉱山へ続く道だ。
「やっぱこっち指してる。うちのコンパス」
リンクルがコンパスを覗き込みながら、左手の道を指さした。ドンゴは大きな溜め息をつくと、再び歩を進め始めた。
* * * * * * * * *
崖に挟まれた山道を登っていくと、リンクルがぱっと指を伸ばした。
「見て!凄い!煙出てる!」
ルリハが顔を上げると、遠くに高くそびえる山の頂上から灰色の煙がもうもうと立ち上っている。さらに、かすかな振動が足元に伝わってきていた。
「この振動って...もしかしてあの山が?」
ルリハが思わず足を止めて尋ねるとリンクルが笑った。
「あ。もしかして、お姉ちゃんってば怖いの?」
「う....うるさい。なによ、たまたま自分が平気だからって!」
ルリハは真っ赤な顔で否定した。だが、足元が揺れるという経験自体が全く馴染みがなく、本能的に足が止まってしまう。
「早く行くゴロ」
ドンゴはそう声をかけると足早に進み始めた。残り三人も後ろからついていった。
巨大な階段や段差をいくつも乗り越えると、一行はやがて山を螺旋状に登る坂道に出た。山頂に近づくにつれて、煙を吹き出す噴火口から轟く音が大きくなっていく。また、足元を揺らす振動も同様だった。
坂道の右手は切り立った崖になっている。そこを見下ろしたリンクルが叫んだ。
「見て!温泉だ!」
リンクルはルリハを捕まえるとしきりにせがみ始めた。
「ねえ、ここの調査が終わったら温泉入っていいでしょ!」
「そんなヒマないの。任務が全部終わってからにしなさい」
「そもそもここは女湯がないゴロよ」
ドンゴの言葉を聞くとリンクルは失望に唇を歪めた。
「え゛え゛つまんないぃ〜。そんなの差別だよ。板かなんかで仕切りつくればいいじゃん」
「ゴロン族は極端な男系文化なのよ。女性が公に姿を見せることさえ滅多にないわ」
ルダが補足した。それを聞いたルリハは不安に思い始めた。
「ねえおじさん。そしたら...もしかして『女は鉱山に入っちゃダメ』とかそういう謎ルールもあったりするんじゃ?」
ドンゴは険しい表情のまま答える。
「ルール以前に想定すらされてないゴロ」
「女の人が鉱山に入る....ことが?」
ルリハは驚いて聞き返した。だがドンゴはそのまま黙ってしまった。
坂道を登っていくとゴロン族の労働者たちと時々すれ違う。彼らは好奇の目でルリハたちを見たが、何も言わずに通り過ぎていった。やがて一行は坂道の終端にたどり着いた。そこには山の岩壁に馬蹄形の入り口が彫り抜いてある。
「ここが入り口だゴロ」
ドンゴは短く言うと、先頭に立って入っていった。ルリハたちも続いた。
* * * * * * * *
四人が入っていくと、内部は広い円形の部屋だった。部屋の中央には土俵が設えられてある。
その周囲に十名ほどのゴロン族の男たちが座り込んでいる。休憩時間なのか、みな岩の塊のような身体を揺らしながら談笑している。その中央にはひときわ大きな身体をしたゴロンがいた。
「あれが族長だゴロ」
ドンゴが言う。ルリハは彼の横顔を見上げた。その表情は険しく、緊張が漂っているのがわかった。
「どうするの、おじさん?」
「単刀直入に頼むしか無いゴロ。もしダメだったら.....」
「ダメだったら?」
ルリハが尋ねると、ドンゴは静かに答えた。
「....『力』で押し通るしかないゴロ」