「勇者リンクは行方不明なのです。もう何年も前から...」
ゼルダ女王は言った。それを聞いたルリハは信じられない思いだった。
「あ....あたしは...てっきりいつもの冒険に出てるんだとばっかり...」
ルリハは呟き、そして続けた。
「イリア姉さんが言ってたんです。『リンクはフラっと冒険に出て、またフラっと戻ってくる。いつもそうだ』って」
「残念ながら...今回だけは『いつもの冒険』ではありませんでした」
女王は首を振った。
「彼は魔王の血の呪いを解く鍵を探すため、ゲルド地方に赴いたのです。滅亡したゲルド族の地。ひときわ濃い『魔』と呪いが立ち込めると同時に、大妖精のおわす妖精たちのふるさとでもあります」
ゲルド。その名前を聞いたとき、ルリハの心の中に説明のつかない嫌な予感が漂った。女王は言葉を継いだ。
「そう。ゲルドはまさに、魔王の生誕の地でもあります。ですからそこに手がかりがあると考えたのでしょう....ですが....」
そう言うと、女王は悲しげに顔を伏せた。するとアッシュが口を開く。
「リンク殿を捜すため、我々は何度も捜索隊を出した。だが、結局見つけられた者はいなかった。しかし.....」
アッシュはルリハを見ながら続けた。
「リンク殿は砂漠などに飲まれるような剣士ではない。必ず戻ってくる。だが、それまでの間、我々は持ちこたえなければならない。だからルリハ嬢、貴女にも働いて頂くが...」
そこまで言うと彼女は微笑んだ。ルリハはびっくりして相手を見つめた。
「それは勇者の代わりをせよ、という意味ではないのだ。わかるな、ルリハ嬢?」
「わ...わかりました」
ルリハは我に返って答えた。だが心の中の驚きは消えない。
――いま、アッシュさんが笑った?――
「今日は休息を取って明朝出発しろ。補給品は兵舎に用意してある。寒冷地用の装備もだ」
アッシュは元の無機質な語調に戻り、そう指示をして席を立つと、机の上に置かれた封筒を指先で押し出した。
「それから、ゾーラ王への紹介状を書いておいた。領地を通過させてもらうために必要だ。持っていけ」
「は...はい」
ルリハは封筒を受け取ると立ち上がった。会議は解散となり、ルリハたち四人は兵舎に案内され、バラックを2つあてがわれた。ルリハたち女子三人とドンゴの分だ。
時刻は夕暮れに近かった。周囲では勤務の終わった兵士たちがそれぞれの部屋に戻っている。ドンゴが部屋に引っ込んでしまうと、ルリハは落ちていた木剣をリンクルに持たせて素振りをさせてみた。すると思いのほか筋がいい。
「.......あんたけっこう上手いじゃん」
「でしょ?でしょ?うちもそう思った!」
思わず褒めると、リンクルはたちまち得意になる。すると、通りがかりの兵士たちがからかってきた。
「何だあれは?子供の剣士ごっこか?」
「しかも女だ。真剣持たせたら重くて腰抜かすんじゃないのか?」
ルリハは途端に頭に血が上ってしまった。だが、啖呵を切ろうと振り向いた途端、大柄な下士官がちょうど目の前に立って兵士たちに言った。
「お前ら、強くなろうと努力するヤツを笑うのか?」
「ぐ....軍曹どの!」
兵士たちは途端に畏まってしまった。軍曹と呼ばれた大柄な男は続けて問うた。
「お前らはこの娘たちと同じ歳だったとき、剣で魔物を倒したことがあるのか?弓矢で鬼を射って殺したことはあるのか?」
「い...いや...それは...」
兵士たちは口ごもる。軍曹はジロリと彼らを一瞥すると、ルリハたちに向き直った。
「あ...ありがとうございます」
ルリハが頭を下げると、男はこちらを見下ろしたまま言った。
「礼はいらん。任務、ご苦労だった」
男は踵を返しながらこう続け、立ち去った。
「......なるほど、教官に真剣勝負を申し込むだけあって筋はいいな」
その声色は平静だったが、どこかに棘があるようにルリハには聞こえた。彼女がその背中を見送っていると、近くに腰掛けて見ていたルダが言った。
「バルド軍曹よ。アッシュ姉さんの一番弟子」
「一番弟子...!」
ルリハは目を見開いた。ルダは続ける。
「アッシュ姉さんを除いては隊の中で敵うものはいないって噂よ。訓練でアザ作って診療所に来るのって、最初はアッシュ姉さんにやられた人ばかりだったのに、今じゃ全部犯人はあの男よ」
「へえぇ...髭剃ったら結構イケメンじゃん?」
リンクルが無邪気に言う。ルリハは呆れてしまった。
「そっち?」
「え?違ったの?」
「違ったのって...あんたねぇ」
ルリハは溜め息をつく。だがリンクルは続けた。
「だってほら、今のって恋愛フラグでしょ?違う?」
「違う。絶対違う」
リンクルを黙らせると、ルリハは素振り百本を言い渡した。
* * * * * * * * * * * * *
翌日の早朝、四人は兵舎の前で出発の準備をした。荷物を積み込んでいると、アッシュとシャッドが見送りにやってきた。シャッド博士の目の下には濃い隈ができている。
「ハハ、酷い顔だろ?...でも、君らと違って命を懸けていない分だけ、せめて自分の仕事を頑張らなきゃと思ってね」
博士は眼鏡をずらして目じりを揉みながら言った。
「..というわけだ、ルリハ嬢。引き続き情報収集を頼む」
アッシュは言うと、こう付け加えた。
「もう一つ。寒冷地の魔物との戦闘は出来る限り避けろ。特に白い霧を纏っているタイプは要注意だ」
「え....。避けるっ...て?そんなに強いんですか?」
ルリハは作業の手を休めて尋ねた。
「一撃を喰らうと数秒の間身体が動かなくなる。その間に攻撃されたら不味い」
アッシュは言う。博士が横から口を出した。
「経験者は語るって奴さ。アッシュはスノーピーク育ちだからね」
「役に立つ経験というものは不愉快なものだ。よって貴女には避けてもらいたい」
アッシュが言葉を継ぐ。
「わかりました」
ルリハが答える。すると苦労して矢の箱を積み終わったリンクルが寄ってきた。
「ねえ、シャッドおじさん。こないだうちのボウガンを見て何か言ってたじゃん。うちのパパを知ってるの?」
それを聞いたシャッド博士は微笑んだ。
「...ああ。知ってるよ。大学で同期だったのさ」
「そうなんだ!」
リンクルは目を輝かせて言った。
「うちのパパ、よく学校の時の友達の話をしてくれたの。もしかしてそれっておじさんのことだったのかなぁ」
彼女は思い出すように自分の頬に人さし指を当てた。するとシャッドは答えた。
「ハルバートは寮も一緒だったんだ。よく夜中まで議論したよ。彼はその頃から連射ボウガンの構想を練ってた。僕は火筒こそが新時代の兵器だっていう考えだったから、意見が合わなくってね」
「ねえ、おじさんって『シャイボーイ』って呼ばれてなかった?」
唐突にリンクルが口を挟んだ。途端にシャッドは固まってしまった。
「ええっ?」
「パパ、言ってた。大学の時『シャイボーイ』って呼ばれてる奴がいて、成績は抜群だったけど、人前ではいつもモジモジしてて。でも自分の研究の話になると止まらないって」
「ま...参ったなぁ。そんな風に君に話してたなんて」
シャッド博士は顔を真っ赤にしながら頭を掻いた。リンクルは無邪気に続けた。
「一度見聞きしたモノは絶対忘れない天才だったけど、女の子の前では何も言えなくなるって。これっておじさんのこと?」
「...そ...そうさ。確かにそうだった。やれやれ、ハルバートの奴、随分辛辣なんだな」
うろたえるシャッドをよそに、リンクルは懐かしそうに言った。
「うちのパパ、城下町育ちなんよ。だから村では浮いてて友達がいなかったの。夜寝る前に若い頃の友達の話、よくうちにしてくれた。それがおじさんのことだったんだね」
「...僕も驚いたよ。君があいつの忘れ形見だったなんて」
シャッド博士もようやく落ち着くと、感慨深げにリンクルを見つめた。
「リンクル、任務が終わったらぜひとも大学に遊びに来てくれ。君の父さんが通ってた実験室や講義室を見せてあげるよ」
「うん!ありがとうおじさん!」
「博士...でしょ」
ルリハが横から注意する。だがシャッド博士は笑った。
「いや、いいのさ。ただ『シャイボーイ』だけはやめてくれるとありがたいけど」
「大丈夫です。あたしが見張りますから」
ルリハは請け合った。一行は準備を終えると出発した。
* * * * * * * * * * * * *
馬車は東門から町の外に出て北上した。数時間飛ばすと、両側を崖に挟まれた街道を抜けて、北ハイラル平原に出た。
そこから北西に進路をとると、遥か遠方に見える険しい岩山が少しづつ近づいてくる。一日中走り続けると、やがて一行は岸壁に開いた巨大な洞窟に行き当たった。
時刻は既に日没近い。だが地図によればこの先が経由地であるゾーラの里だという。
「...なんか、不気味だね」
リンクルが呟く。だが、アッシュからは紹介状を見せれば通してもらえると聞いている。ルリハは決心すると、馬車の前面にカンテラをくくりつけ、御者に先を急がせた。
「...あっしも馬車稼業は長いですが、こんなところまで来たことはねぇんでさぁ」
馬車を走らせながらも、御者のアレハンドロが不安げに言う。
すると居眠りしていたドンゴが顔を上げて行った。
「ゾーラは怖い種族じゃないゴロよ。俺たちと違って喧嘩っ早くもないし、どちらかと言えば大人しいゴロ」
「でもそれっておじさんたちと比べてってことでしょ?....どうしよう。顔中鱗だらけで、口から牙が突き出てたら.....」
リンクルがまた呟いた。だがルダは窘めた。
「ゾーラ族は文化的な王政の自治種族よ。私、父がゾーラを治療するのを手伝ったことがある。あなたよりちょっと年下の少年だったわ。とっても賢くて可愛い子だった」
「そうなの?鱗も牙もないの?」
リンクルが驚いて尋ねるとルダは笑った。
「ないわ。だって私たちと同じ哺乳類だもの」
一時間ほども馬車を進めると、やがて洞窟の前方が明るくなってきた。上空の月明りが射し込んできている。さらに、滝の音が聞こえてきた。
やがて一行は壮大なテラスのような場所に出た。ルリハたちはその美しさに息を呑んだ。
眼下には巨大な滝から落ちる水が滔々と流れる川が見える。その切り立った両岸には自然岩の一面に精巧な意匠の彫刻が施してあった。
「止まれ!何者だ」
数人の人影が前方に現れたので、御者は馬を停めた。
「怪しい者じゃありません。ゼルダ女王のご命で来たものです」
ルリハは答えながら馬車から降りた。
「うん....?まだ子供じゃないか。デタラメじゃないだろうな?」
人影のひとりが答える。スラリとした体形で、頭に兜を被り手に長槍を持っている。
「ゼルダ女王の名を出すなら、書状か何か持っているはずだ。見せてみろ」
促されたルリハは懐から紹介状を取り出した。相手を観察すると、肌は滑らかな銀色。身体は細身だが鍛えられた筋肉質だ。
「....うん?ゼルダ女王の名の横に軍補佐官アッシュ少佐とある。きみ、アッシュお嬢様の知り合いなのか?」
書状を見たゾーラ兵が尋ねてきた。ルリハは思わず答えた。
「あ...はい。その...弟子です」
それを聞くなり、ゾーラ兵は相好を崩し、部下たちにも武器を下げるよう合図した。
「そうかそうか!アッシュお嬢様のお名前を聞くのは久しぶりだ。お元気でおられるのか?」
「...あ、はい。今は実質的に軍のトップみたいになってます」
「そうか、目に浮かぶよ。あの人は若い頃から優秀だったからな」
ゾーラ兵たちが先導するなか、ルリハは彼らと話しながら歩き、その後を馬車がついてきた。
しばらく進むと、一行は泉を囲む広大な広場に出た。泉の回りは岩に精巧な彫りを施した柵がかけられている。
やがてルリハと仲間たちは広場の一番奥にある一角に通された。
多くのゾーラたちが集っており、その中心にある玉座にはゾーラの若い男が腰かけていた。
「ラルス陛下、ゼルダ女王の命で城下町から派遣されてきたという者たちです」
先ほどのゾーラ兵が恭しく声を掛けた。ルリハたちは膝を屈めて頭を下げる。
「案内ご苦労だった、エヴァン。....おい皆のもの、ご客人たちに何か食べ物をもて。旅でお疲れであろうから」
玉座にいた若い男がこちらを向いて答えた。肌が銀色なのは兵士たちと変わらないが、驚くほどの美男子だった。
「わぁ......イ...イケメン.....!」
ふと顔を上げたリンクルが数秒固まった後呟く。それを聞いたルリハはパニック状態で妹分の口を塞いだ。
「バカッ!相手は王様よ?口を慎みなさい!」
「ハハハ....褒めて頂いて光栄だ。お嬢さん」
男は立ち上がると両手を広げて挨拶した。
「私はゾーラ王のラルス。以後お見知りおきを」
やっとのことで気を鎮めたルリハは頭を下げて名乗った。他の仲間たちも名乗ると、ラルス王はルダの前にやってきて立ち止まった。
「うん?....ルダさんと言いましたね。あなたはもしかして、カカリコ村のレナード祭司の...」
「はい。娘です」
「そうでしたか!まさかここであなたにお会いできるとは!」
王の顔がパッと輝いた。彼は自分も膝を曲げるとルダの両手をそっと握りしめた。
「一体何年ぶりでしょうか。あなたとレナード祭司が、瀕死だった私を治療して下さったそのご恩は片時も忘れませんでした」
ルリハとリンクルは驚いて二人を見た。ルリハは尋ねた。
「えっ...じゃあルダ先生の言っていた『賢くて可愛い少年』って...」
「ハハハ。ルダさんも当時はおかっぱ頭の似合う可愛らしい少女でしたよ、今では美しい大人の女性になられましたが」
そう言ってラルスは立ち上がると、ルリハ達を食堂にいざなった。
「さあ、ささやかですがこちらでお食事を。積もる話も聞かせてください」
一同が席につくと次々と料理が運ばれてくる。食事をしていると、ラルス王はルダの前の席についてあれこれ尋ねてきた。だが、レナード祭司の逝去を知ると彼は顔を曇らせた。
「そうでしたか....惜しい方を亡くしました。最後の最後まで村人たちに尽くされたのですね」
「父も後悔はしていないと思います。ああいう生き方しかできない人でしたから」
ルダが答えると、王は彼女を見て微笑んだ。
「だが、ルダさんはこうしてお父様の跡を継いで医術師になられた。お父様もお喜びでしょう」
「いえ....私は父のようにはなれません。ただ物真似をするのが精一杯です」
「ご謙遜を。....ところで、イリアさんはお元気なのでしょうか?」
「イリア姉さんは元気です。あたしの再従姉妹なんです。いま村長代理をやってます」
ルリハが代わりに答えると王は言った。
「それはよかった。あの方は、私がカカリコ村を去るときまでずっと記憶喪失を患っておられました。ですから、あの後もずっと気掛かりだったのです」
「記憶喪失?」
「そう。彼女は鬼に誘拐され、脱出する過程で頭を打って記憶を失ったのです。しかし、その状態にありながら、道端に倒れていた私を助け、身を粉にして看病してくれたのです」
そこまで言うと王は遠くを見る目をした。
「イリアさんこそは献身の鑑のような人物。あの時の私にとっては女神の化身と言っても過言ではありませんでした」
ルリハはそれを聞いてちょっと可笑しくなってしまったが、顔に出さずにいた。あの毒舌で押しの強いイリアが、そんな風に思われていたとは夢にも思わなかったからだ。
「ところで皆さん。我が領地の通過の許可を得たいと書状にはありましたが、いったいどちらに行かれるのですか?」
ラルス王が尋ねる。ルリハは何気なく答えた。
「『氷壁の砦』という場所です。ここから北に行ったところの....」
ところが、それを聞いた瞬間、王の表情が凍りついた。
「...『氷壁の...砦...』ですか」
ラルス王は口の中でそう繰り返すと目を上げ、立ち上がるとルリハの前にやってきた。
「ルリハさん、とおっしゃいましたね」
驚いて見返すルリハに対し、王は静かな口調で言った。
「私から警告します。行ってはいけません。あれは呪われた地です」