「タートナック...!かつて開発された巨人戦士よ...!」
ルダが言った。三体並んだ怪物たちは足音を響かせながら歩いてくる。
「みんな、さっきの部屋に!」
ルリハは後じさりしながら言った。
「戸口を通らせれば敵の数を一度に一体に絞れる...!」
ルダとドンゴは下がって前の部屋に戻り、最後にルリハが続いた。合流したリンクルもボウガンを構える。
重い足音が戸口に到達する。一体のタートナックが巨体をこじ入れるようにしてそこを潜り抜けた。
「俺が相手だゴロ!」
ドンゴが叫ぶと、拳を振り上げて殴りかかる。
ドゴッ....ン!
激しい衝突音がした。魔物が鉄の盾でドンゴの巨大な拳を受けたのだ。
盾の金属板が凹み、タートナックは二、三歩下がった。だが、瞬時に立ち直ると片手の戦棍を振り上げる。
ガンッ......!
咄嗟にガードしたドンゴの前腕に武器が激突する。火花が散った。
ルリハたち三人は背後で固唾を飲んで見守る。
だがその時だった。
ドカァ.....ン!!
轟音とともに戸口の左右の壁が吹き飛ぶ。
そして、左右から一体づつ新手のタートナックが進み出てきた。
「リンクル、時間稼ぎして!」
ルリハは叫ぶと剣を構え、横から現れた怪物たちのうちの一体に向かっていった。
獣のような唸り声とともに、タートナックが戦棍を縦に振り下ろす。ルリハは横にステップして躱すと、突きで牽制した。だが相手は巨大な盾を掲げる。金属と金属が衝突する音が響く。
タートナックが戦棍を横に払う。ルリハは身を低く伏せ辛うじて回避し、剣を中段に構えながら後じさりした。
「ぬぉぉぉぉぉぉッ!」
ドンゴの叫び声がする。横目で見ると、ゴロン戦士は相撲のようにタートナックとがっぷり組みついていた。ジリジリと後方に押しやっているかと思えば、再び押し返されている。
ビシュッ...!ビシュッ...!
リンクルがボウガンを立て続けに発射する。だが、金属板に弾き返される音しか聞こえない。ルダとリンクルに迫った一体が、戦棍を振り下ろした。地響きのような音がする。
二人は無事だろうか。だがルリハは見る余裕がなかった。
眼前のタートナックは盾を前に掲げると、戦棍を高く振り上げた。
来る。縦か?横か?
ルリハは寸前まで動かず見極めた。横だ。バックステップして上体を反らす。目の前数センチを物凄い勢いで質量が通り過ぎる。
次の瞬間ルリハは突進し跳躍した。ジャンプ斬りを放つ。剣が鎧の肩口を切り裂いた。すかさず突きを繰り出す。剣先が鎧の間から食い込んだ。
だが相手が巨体過ぎる。致命傷には程遠い。
タートナックは怒りの咆哮を上げると、戦棍を振り払った。頭を下げて回避したルリハはジリジリと後ろに下がった。だがもうすぐ壁だ。後ろがない。
その時、ルダの声が聞こえた。
「これでも喰らいなさい!」
ガラスが割れる音がした。視界の隅に炎が上がる。ルダとリンクルに迫っていた一体がたちまち火だるまになった。
獣のような咆哮が響く。火だるまになった怪物はデタラメに武器を振り回し始めた。リンクルとルダが逃げ回るのが見えた。
―――この一体は何としてでもあたしが倒す!―――
ルリハは目の前の敵を見据えると、剣を握り直した。
怪物が盾を前に掲げながら武器を振り上げ、一歩を踏み出した。ルリハは攻撃を誘うように自分も前に出た。
縦斬りだ。ギリギリまで踏みとどまり、次の瞬間横跳びした。すぐ脇を武器が通過し、床にぶち当たる。
跳躍して剣を振り上げ、敵の頭部を狙って振り下ろす。火花と衝撃音が散った。
兜に痛烈な一撃を受けたタートナックが一瞬よろめく。
――行ける!――
追撃を与えようとして足を踏み出す。
だがその瞬間だった。立ち直ったタートナックが巨大な盾を思い切り突き出した。
壁が衝突してきたような勢いで弾かれたルリハは後ろによろめいた。
怪物が戦棍を横に払う。ルリハは咄嗟に剣を縦にして防いだ。
巨大な質量が襲う。剣が折れる金属音。ルリハは一挙に数メートル吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
一瞬にして、音が聞こえなくなった。目も霞む。彼女は力が抜けたように床に倒れ伏した。
タートナックの足音が近づいてくる。その野獣のような息遣いも。だが、動けない。
その刹那だった。
「こっちにおいで!デクの棒の唐変木!」
リンクルが叫ぶ声が聞こえた。ルリハが目だけを動かすと、リンクルは両手にボウガンを構え仁王立ちしている。
ルリハに止めを刺そうと近づいてきていたタートナックはゆっくりと向きを変えると、リンクルに迫り始めた。
リンクルが次々と矢を放つ。だが金属に弾かれる音がした。タートナックが進み出ると、彼女は腰の爆弾袋を床にぶちまけ、一個を拾い上げ点火した。
「先生、下がって!」
リンクルは背後にいたルダに合図すると後じさりし、爆弾を放り上げた。
爆弾が火花と煙を上げながら放物線を描いて飛ぶ。同時に、散乱した爆弾の上にタートナックが足を踏み入れる。
「伏せて!」
叫び声の直後、耳を聾するほどの凄まじい爆発音がした。部屋の隅の床に横たわったルリハさえも、爆風で髪の毛が激しく煽られた。
もうもうたる爆煙が立ち込める。その中心に、巨大な影が立ち尽くしていた。
タートナックだ。まだ立っている。だがその金属の鎧は剥ぎ取られ、巨大な盾も引き裂かれていた。
野獣のような唸り声を上げると、タートナックは盾を放り出し、周囲を見回した。離れたところで伏せていたリンクルが顔を上げた。傍らにいたルダが叫ぶ。
「リンクル....無茶はダメ...!」
だがリンクルは立ち上がると、信じられない速度で両手のボウガンに装弾し、構えた。
タートナックが武器を振りかざし、唸り声を上げながらリンクルに迫る。
ビシュッ..!ビシュッ..!
矢が立て続けに発射され命中する。怪物が呻き声を上げてたじろいだ。
ルリハは視界の隅でリンクルの顔を見た。まなじりを決し、口を真一文字に結んでいる。両手のボウガンを打ち合わせて装填を繰り返し、立て続けに矢を発射し命中させていた。
多数の矢を喰らった怪物が怒りの声を上げて顔を掻きむしると、戦棍を振り上げてリンクルに押し迫った。
だがリンクルは動かなかった。
――リンクル、逃げて――
倒れたままのルリハの頭脳が、悲鳴に近い念で一杯になる。
タートナックの戦棍が振り下ろされた瞬間、リンクルは横に飛び退いた。床が揺れるほどの衝撃音がした。リンクルは進み出ると、ボウガンを相手の顔面に向けゼロ距離射撃した。
ドシュッ..!
片目にモロに矢を喰らった怪物が悲鳴を上げてよろめく。リンクルは数歩下がると再びボウガンに矢を込めた。
だがその時だった。
グォォォォォォッ!
火だるまになって倒れていたタートナックがやおら立ち上がると、咆哮を上げながら自分の鎧に手をかけて引き裂き始めた。金属が引き裂かれる嫌な音とともに、炎を上げる鎧の部品が床に散らばる。
鎧を脱いだタートナックは、床に落ちた戦棍を拾い上げると周囲を見渡した。
ドンゴはまだ一体のタートナックと押し相撲を展開している。ドンゴの巨大な手が戦棍を鷲掴みにし、強引にもぎ取る。だがタートナックが盾の縁を突き上げてドンゴの顎を強打した。ドンゴはよろめき、慌てて頭を振った。
復帰したタートナックはリンクルに狙いを定めた。その身体を覆っていた炎はあらかた収まっている。
「リ..ン..ク..ル...」
倒れたままのルリハは呟いた。剣の柄を握ろうと手を伸ばす。だが届かない。
だがリンクルの叫び声がした。
「おいで!まとめてやっつけてやるから!」
リンクルが両手にボウガンを構え次々に発射した。二体のタートナックに命中していく。怪物たちは呻きながらも、立ち直って武器を構え、少女に迫った。
息を呑んだような表情で背後に立つルダを庇うようにしながらも、リンクルは後ろに下がりつつボウガンに矢を込めた。
「おなか一杯になるまでご馳走してあげる!」
そう叫ぶと、リンクルは再び連射し始めた。頭部に次々と矢を喰らったタートナックたちが呻いた。
だが致命傷ではない。思い余った様子で一体が突進し武器を振り上げた。
「リンクル、危ない!」
ルダが叫ぶ。二人が転がるようにして退避すると、彼らがさっきまでいた床を戦棍が直撃する。
リンクルは立ち上がりながらボウガンを装填した。両手を交差させ、二体の怪物たちに向け次々と矢を放つ。全て命中していた。
グァァァァッ!
苦しみの呻きを上げたタートナックたちが猛り狂う。その瞬間だった。
ドカァ......ンッ!
激しい衝撃音がした方向を見ると、ドンゴの拳がその相手の顔面を捕えたところだった。ふらついた怪物を、追撃の拳が襲う。怪物の兜が吹き飛んだ。
「とどめだゴロ!」
ドンゴが叫ぶと、両手の拳を握りあわせ、頭上高くから振り下ろした。まるで巨石が落下したような音がして、タートナックが膝から崩れ落ちた。
仲間の死を目撃した残り二体は、一瞬動きが止まった。
その瞬間、リンクルは素早くボウガンに装弾すると、一体に近づいた。相手が振り向いて武器を振り上げる。怪物が武器を横に払った瞬間、リンクルは身体を伏せた。頭上を戦棍が通り過ぎるが早いが、彼女は跳ね起きて相手の首筋に押し付けるようにして両手のボウガンを撃った。
急所を突かれたタートナックが苦悶の声を上げる。だがそれでも倒れず、苦し気に武器を振り回す。リンクルは後ろに飛び下がった。だがもう一体もリンクルに迫ってくる。
だが、ドンゴが叫びながら背後から突進した。
「させんゴロ!」
岩のような拳が一体のタートナックの後頭部に直撃した。よろめいたところをドンゴが後ろから引き倒し、拳を連続して叩きつける。
リンクルの目の前に迫っていた個体が仲間の救援に向かうように踵を返す。だがリンクルは叫んだ。
「あんたの相手はこっちだよ!」
彼女は怪物に跳びつくと、片腕でしがみつきながら顎の下の急所にゼロ距離で撃ち込んだ。悲鳴を上げた怪物が武器を取り落としてもがく。素早く離れて床を転がったリンクルは、追撃の矢を次々放ち命中させた。
だが撃ち尽くしたところで、怪物が素手でリンクルに飛び掛かった。少女は後ろに飛び下がったが、壁際に追い込まれた。
「リンクル!」
ルダの絶望的な叫び声が聞こえる。
その瞬間、ドンゴがタートナックの後ろに立った。
「お前も終わりだゴロ!」
ドンゴが怪物の腰を掴むと持ち上げて投げ飛ばした。凄まじい地響きがした。ついで、ゴロン戦士は全体重を込めた拳を相手に叩きつけた。二度、三度、四度。
そして数秒後、振動が収まった。
* * * * * * * * * * * *
部屋の中に静寂が戻り、粉塵がゆっくりと舞い落ちる。
ルダは我に返ると、部屋の隅で倒れているルリハに駆け寄り、その傍らに跪いて仰向けに寝かせた。
「大丈夫。傷は浅い。助かるわ」
ルダは手早くルリハの身体を点検しながら呟いた。だが彼女は答えた。
「ご...ご..め..ん...先...生」
「しゃべらないほうがいい。今治療するから」
話しかけながら女医がカバンから道具を取り出す。だがルリハは咳き込むと続けた。
「さ...三人...で......」
駆け寄ってきたリンクルがボウガンを放り出してルリハの横に跪いた。
「おねえちゃん...!」
リンクルの目にみるみるうちに涙が溜まっていく。ルリハは弱々しい声で言った。
「さ...三人...で....脱出...して。あたし...は...もう..いいから..」
「ダメだよ!死んじゃダメ!みんなで....みんなで生きて帰るって約束したじゃん!」
「ルリハ!しっかりするゴロ!」
ドンゴも駆け寄ってきてルリハの顔を覗き込んだ。
「先生!お願い!ルリハお姉ちゃんを治して!」
リンクルが叫ぶ。ルダは頷いた。
「分かってる。分かってるわ」
女医はルリハの皮鎧を脱がせ始めた。だがやがてその手が止まった。
「頭部打撲....頸椎骨折...」
ルダの額に汗が浮かぶ。彼女は目を大きく見開き、唇を嚙み締めた。
「肺挫傷....内臓挫傷....」
「.先...生...もう...いい...から..。..ね?」
ルリハは微笑んだ。するとリンクルが泣き叫び始めた。
「嫌だ!嫌だ!死なないで!お姉ちゃん!」
「先生...どうにかならんゴロ?」
ドンゴも血相を変えて尋ねた。だがルダは唇を震わせたままルリハを見つめている。
「わ...私は......」
女医は目を見開いたまま、呟いた。まるでうわごとのようだった。
数秒が経過した。ルダは突然カバンから取り出しかけた治療用具を乱暴に脇に押しやった。そして手袋を脱いで床に放り捨てた。
「せ...先生...!?」
「あ...諦めるゴロ?」
リンクルとドンゴが同時に言った。
ルダは答えない。短い沈黙があった。
やがて彼女は目を閉じ、そして見開くと息を大きく吸った。そして両手を伸ばしてルリハの胸の上に置いた。
「み...ん...な..は...生..き...て」
ルリハはまた呟いた。だがその声はもはや途切れかかっている。
だが、ルダは突然低い声で唱え始めた。
「...ラトアーヌ、フィローネ、オルディン、そしてラネール....現し世をあまねく照らす大いなる力を任されし光の精霊たちよ」
それと同時に、ルダの両手から薄っすらと光が発せられ始めた。リンクルとドンゴは驚いて女医を見た。
「今こそ汝らの癒しの力をもてこの者を癒し給え。我に与えられた女神の恩寵をこの者に分け与え、その傷と打ち傷を覆い給え....」
詠唱の声が響く。女医の両手から発せられた光はやがて粒のようになり、横たわったルリハの胸の中に吸収されていった。
ルリハもまた心地よくなったかのように目を閉じた。光の粒が吸い込まれていくほど、彼女の顔色が良くなっていく。
驚きの眼差しで他の仲間たちが見守るなか、ルダは詠唱を続けた。極度に集中しているのか、その目は一点を見つめて動かず、額には大粒の汗が浮いている。
しばらくの時間のあと、ルダは詠唱を止めた。彼女は肩で大きく息をつくと、額の汗を拭きながらルリハから離れた。
「せ....先生?」
「治った...ゴロ?」
リンクルが女医とルリハの顔を交互に見る。ドンゴも不思議そうにふたりを見つめた。
女医は軽く頷くと、立ち上がろうとした。だがたちまち足元がふらつく。リンクルが慌てて彼女を支えた。
「....治ったわ。これで大丈夫」
小さな声で呟くと、ルダは目を閉じて座り込んだ。リンクルがその肩を支えると、ドンゴは背中に手を回し、そっと壁にもたれかからせた。
「お姉ちゃん...お姉ちゃん...?」
リンクルは横たわったルリハに近づくと声をかけた。数瞬後、彼女はパッと目を開いた。
「....リンクル?」
ルリハは上体を起こした。そして、次の瞬間驚きの表情で自分の両手を眺め、そして周囲を見回した。
「な...治ってるッ...!どうして?」
「お姉ちゃん...!良かった......!」
リンクルがたちまち抱きついてきた。ルリハは窮屈そうな顔をしながらも微笑んで妹分の頭を撫でた。
ドンゴは呆れた顔で首を振った。
「...驚きだゴロ..。まさか先生にこんな技が...」
「本当に大丈夫なの、お姉ちゃん?本当に...?」
リンクルはまだ信じられない様子で何度も尋ねる。ルリハは困惑気味で答えた。
「う...うん。痛みもないし、手足も動くし...」
「凄い!先生って....魔法使いだねッ.......!」
リンクルが満面の笑みを浮かべて叫んだ。だが、ルダは目を開くと弱々しく首を振った。
「...今度は先生が調子悪くなったゴロ?」
ドンゴが腰を屈めて覗き込む。だが女医は微笑むと、彼の手につかまりながら立ち上がった。
「違うわ。私は魔法使いじゃない」
ルダは白衣の襟を直すと口を開いた。そして、目を伏せながら躊躇いがちに続けた。
「私は....裏シーカー族の人間なの」