ルリハの冒険〜魔王の復活と勇者の帰還   作:nocomimi

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隠された出自

「私は....裏シーカー族の人間なの」

 

ルダは目を伏せると躊躇いがちに言った。

 

「う...裏シーカー族...?」

 

他の三人は驚いて聞き返した。

 

「....かつてシーカー族から分派した部族よ」

 

ルダは静かに言葉を継ぐと、顔を上げた。

 

「シーカー族...諜報、偵察、ときに暗殺に携わり、王家を支えてきた秘密の部族...」

 

皆が聞き入るなか、彼女は淡々と続けた。

 

「だけど、私の先祖は戦いを好まず、占星術、数秘術や治癒祈祷を専門とする者たちだった。彼らはいつしか部族とたもとを分かち、オルディン地方に隠れるように住み始めたの」

 

ルリハの頭にある記憶が蘇り、彼女は口を開いた。

 

「イリア姉ちゃんから聞いたことある....。『鬼に誘拐されたのを助けてくれたおばあさんが、シーカー族のお守りをくれた』って...」

 

「そう。『隠れ里のシーカー族』ね。私の先祖の村よ。父の家系は数代前にカカリコ村に出てきたの。でも、父はそんな事、おくびにも出さなかったわ」

 

「じゃ...先生、いつそのことを?」

 

リンクルが尋ねる。

 

「私が十四のとき。父が突然私を座らせて告げたの。家系のルーツを。元々は隠れ里にいた一族から離れ、村に移り住み医術師となった。そして感謝され尊敬され、受け入れられた。やがていつしか私の家は祭司を兼ねるようになった」

 

ルダはそう言うと微笑んだ。

 

「私は幼いころから分厚い祈祷書を暗記させられたわ。それにどんな力があるかも知らずにね...。私はただ将来父の祭司職を手伝うためだとばかり思ってそうしていた。でも、その祈祷に『念』を込めると凄まじい効果を発揮する。父はその日、私にそれを教えた上で、言い渡したの。『絶対に使うな』って」

 

しばらくの間沈黙が部屋を覆った。だが女医はふと溜め息をついてまた口を開いた。

 

「それを教わったとき、私はワクワクしたわ。自分には秘密のルーツと秘密の力があるってね。でも、私はそれを知ったことを後悔することになった。その後悔は今でも消えないわ」

 

「後悔って...どうして?こんなに凄い力なのに?」

 

リンクルが不思議そうに目を丸くした。するとルダが少し間を置いて答えた。

 

「あれは十年前のこと....父は火事で村人を助けようとして瀕死の重傷を負った」

 

女医はその情景を思い返すように目を閉じた。

 

「礼拝所に運び込まれた父は息も絶え絶えだった。私は傍らに座って父の顔を見てたわ。そして決心したの。今こそ、その『力』を使うべきときだって....。でも...」

 

ルダは突然口を閉ざし、目を見開いた。その瞳は激しく揺れていた。

 

「でも...父は私の手を掴んでこう言った。『やめろ。使うな』って。...」

 

そこまで言うと、女医は両手を握りしめ唇を激しく震わせ始めた。押し出すような言葉がその口から漏れ出てきた。

 

「私は...私は....私は....父の言いつけに逆らえなかった。だから....ッ!私は...父を見殺しにしたのよ!」

 

叫び声の残響が部屋に広がり、すぐに消えた。誰も口を開く者はいなかった。

 

「先生...」

 

ルリハは思わず女医の肩に手をかけた。言葉をかけようとしても、思い浮かばなかった。

 

やがてルダはその手にそっと自分の手を添えると、涙を拭きながら言った。

 

「ありがとう、ルリハ。私はもう大丈夫」

 

女医は言うと、また続けた。

 

「でも、私は開業医になってから、父の戒めの意味がわかったの。もし治癒祈祷なんていう手段があるって知られたらハイラル全土から病人が集まってくる。行列ができ、そして財力をもって割り込む者が現れる。そのうち私を『買おう』とする人も出てくるでしょうね」

 

激しい感情の波が収まったのか、彼女の目は澄んでいた。

 

「...私は民の間にあって民に尽くす医術師じゃいられなくなる。いや、人前に出ることさえできなくなるわ。父は私にそんな目に遭ってほしくなかったのよ」

 

リンクルは真剣にルダを見つめている。ルリハは思わず呟いた。

 

「先生、じゃあ今日あたしを助けてくれたのって...」

 

ルダは微笑んだ。それは吹っ切れたような哀しげな笑みだった。

 

「ええ。本当は使ってはいけない術だった。でもあなたを失うくらいなら、私は『影』に戻ってもいい。そう思っただけ」

 

「そんな.....そんなこと!」

 

リンクルが声を上げた。

 

「そんなことになるなら、うちは...先生を守る...!」

 

「あたしも。先生に人生を諦めさせたりなんてしない」

 

ルリハも力強く言った。女医は再び微笑むと、二人の肩を抱き寄せた。

 

「いい子たちね。私は恵まれてるわ」

 

するとドンゴが頬を指先で搔きながら口を出した。

 

「ゴロン族にはもともとよくわからん話だゴロが...。人間は俺らと違って死ぬのを酷く怖がるから、先生の『力』を知ったら群がってくる、ってことゴロか?」

 

彼は言葉を継いだ。

 

「だとしたら、俺が追い払ってやるゴロ。何にしても俺の拳で吹っ飛ばせば二度と来なくなるゴロ?」

 

それを聞いたルダは苦笑した。

 

「そういう単純な話じゃないの。でも、嬉しいわ。あなたも私を仲間と思ってくれてるってこと」

 

「そりゃ仲間だゴロ。最初からそうだゴロ。...口うるさいのが玉に瑕だゴロが」

 

「言ったわね。もっと厳しく指導してやるわよ?」

 

ルダが笑った。その時だった。吹き飛んだ壁の向こうに見える廊下の奥で何かが動いた。

 

ルリハは素早く向き直った。リンクルとドンゴも身構える。

 

人影が歩いてくる。白衣を着てメガネをかけた初老の男。ノクス博士だった。

 

その背後には、背の高い痩せた黒ずくめの集団がいる。そのうち数人は固まって、棺桶のような何かを担いでいた。

 

「....まったく害虫のようにしつこい連中だな」

 

博士が毒づくのが聞こえた。

 

「あいにくだったわね!あの木偶の坊たちは全滅よ!」

 

ルリハは叫んだ。すると、博士は背後の集団に止まるよう手で合図し、ゆっくりとこちらに進み出てきた。

 

「...いや、失礼。つい苛立ってね。君たちの悪運の強さには驚くほかない」

 

そう言うと博士はメガネを手で直した。

 

「もっとも、その可能性もないわけではないと思ってはいたのだ。私のタートナックは未完成品だ。原始的な闘争本能を備えさせることはできても、人格も知能も持っていなかったからな」

 

「百年頑張ってもあんな木偶の坊の量産しかできないんなら、もう諦めたら?あんた多分才能がないのよ」

 

ルリハは精一杯痛烈な語調で吐き捨てた。だがノクスは低く笑った。

 

「おっと、話は最後まで聞いてもらいたい。私の第二の傑作がもうじき目覚める。きっと気に入ってもらえると思うよ。....私は行かねばならん。私の『魔王』の最後の仕上げをするためにね」

 

そこまで言うと、博士は踵を返し、取り巻く黒衣の集団に指示した。

 

「裏口から行こう。こんな連中に関わるだけ時間の無駄だからな」

 

「待ちなさい!」

 

ルリハは叫ぶと、駆け出した。だが、黒衣のクローナックたちが数人横並びになって立ちはだかる。

 

「どけゴロ!」

 

ドンゴが身体を岩のように丸めて突進した。クローナックたちがたちまち吹き飛ばされた。だが、廊下の奥に鉄格子が降りてきた。博士たちはその向こうで角を曲がり、姿が見えなくなった。

 

岩の塊のようなドンゴの身体が鉄格子に激突する。だがそれは歪んだだけで破れなかった。

 

リンクルが両手のボウガンで矢を連射する。立ち上がろうとした黒衣たちが頭部に矢を食らってよろめいた。

 

「ええい、邪魔しやがってゴロ!」

 

身体の丸めを解いたドンゴが、拳を振り回す。クローナックたちは一人また一人と吹き飛ばされ、動かなくなった。

 

肩で息を鎮めると、ドンゴは顔を上げて格子に手をかけた。

 

「この格子もやたら頑丈にできてるゴロ..」

 

数分の間奮闘し、ドンゴは格子を曲げて皆が通れる隙間をこしらえた。

 

四人は先に進むと角を曲がった。その先には半ば開いた扉がある。ルリハは用心深く扉に近づいた。

 

「....さっき足止めされちゃったから、悔しいけどもう逃げられたかも」

 

するとルダが言った。

 

「ルリハ、私達の任務を忘れたの?逮捕じゃなくて調査よ」

 

「そうだった...ね」

 

ルリハは舌を出すと、扉に手を伸ばしながら思い出したように続けた。

 

「傑作...ってあいつ言ってたよね。またデカい化物が出るのかな?」

 

ルリハが呟く。リンクルが背後で応じた。

 

「何匹出てきたっておんなじだよ。うちが穴だらけにしてやるから」

 

「まったく...急に勇ましくなっちゃって」

 

ルリハは苦笑いすると、扉を押し開いて先に進んだ。

 

そこは広く、ガランとした部屋だった。奥には、鉄でできた寝台のようなものがある。

 

その上には、全身を鎧で固めた武者が横たわっていた。頭に兜を被り、顔に面甲をつけている。その寝台の左右には、巨大な戦棍と鉄の盾がそれぞれ立てかけられていた。

 

「...新しい木偶の坊ね」

 

ルリハは呟いた。だが、剣を抜こうと腰に手をやってから気づいた。折れてしまったのだ。

 

「こんなの俺ひとりで十分だゴロ」

 

ドンゴが言いながら近づいて覗き込んだ。

 

だがその瞬間だった。

 

鎧武者が突然片手を伸ばすとドンゴの下顎を掴んだ。

 

「ウがッ....」

 

不意を突かれたドンゴは狼狽して相手の手を掴み返す。だが振りほどくことができない。

 

鎧武者の親指が、顎の下の急所に喰い込んでいく。ドンゴはみるみるうちに額に汗をかき始めた。

 

数秒すると、鎧武者は唐突に手を離した。ドンゴは痛みに顔を歪めながら後じさりする。

 

ルリハたちが驚いて見守るなか、鎧武者は上体を起こした。

 

* * * * * * * * * * 

 

「...久しぶりに目覚めたと思えば、蛮人に女三人が出迎えとは、異なことよ」

 

彼はゆっくりとした動作で寝台から降りると、そう言いながら傍らにあった戦棍を手にとった。

 

「....我が武器はここか。以前より軽く感じるな。やはりあの男の売り文句に相違はなかったらしい」

 

誰に言うともなく鎧武者が呟く。ルリハは警戒しながらも話しかけた。

 

「....あんた、ノクス博士の手下ね?...でも言葉通じるみたいだけど」

 

「うん?...娘。お前は何者だ。なぜノクスを知っている?」

 

鎧武者は顔を上げた。ルリハは迷ったが、結局名乗ることにした。

 

「あたしはルリハ。トアル村のルリハ。剣士見習いよ」

 

彼女はそう言ったあと続けた。

 

「あたしたちはノクス博士を追っている。あいつの陰謀を止めるために」

 

「...なるほど、あやつもほうぼうで恨みを買っていた、というわけか。いかにもありそうな話だ」

 

鎧武者は軽く含み笑いした。ルリハは意外の念を感じて聞き返した。

 

「ねえ、聞きたいんだけど。あんたって、ノクスの手下なんじゃないの?」

 

「手下?埒もないことを言うな。儂は奴と契約しただけだ。あの小僧とな」

 

「...小僧?」

 

意味がわからず、ルリハは聞き返した。

 

「ああ。学校を出たばかりの青二才だったが、儂に抜け抜けと約束しおったのだ。『不老不死の身体を与える』とな」

 

「『不老不死の身体』....ハイブリッド手術ね」

 

ルダが眉をしかめて呟く。その時ルリハが気づいたように声を上げた。

 

「待って。今博士って百三十歳なんだけど。あんたって百年以上眠ってたってことにならない?」

 

「なに?」

 

鎧武者はルリハに向き直った。そして少し考えたように黙ると、自分の手を見つめた。

 

「....そうか。....だが、不老不死の身体を作り上げるため百年を費やしてしまったとしても、致し方あるまい」

 

「...ねえ、あのさ」

 

ルリハはさっきから感じていた当て推量を口にした。

 

「あんたって、別に生まれつきの悪者とかじゃなくって、ちゃんとした剣士に見えるけど。名前聞いていい?」

 

「申し遅れた。儂の名はパロミデス。遠く南方サラセンの地から渡ってきた。このハイラルには優れた剣士が多いと聞いていたからな」

 

鎧武者は軽く頭を下げると続けた。

 

「で、ルリハとやら。そのほうの家系は?剣士見習いというからには剣士の家系なのだろうな?」

 

「あたしの父さんはモイ。レジスタンス四勇士の一人よ」

 

だが鎧武者は首を振った。

 

「.......聞いたこともない。まあ、ともかく剣の心得はあるのだな?」

 

「ねえ、パロミデスさん。あんたがもし、この国を気に入ったんならさ」

 

ルリハは努めて柔和な語調で言った。

 

「...ハイラル城に来て、ゼルダ女王さまにお会いしてみたら?民思いでとっても立派な女王さまだから。きっとあんたの主君としてふさわしいお方ってわかるよ」

 

だが、その時ドンゴが首を振りながら人さし指を鎧武者につきつけた。

 

「待つゴロ。こんなヤツが信用できるゴロ?」

 

ドンゴは腹に据えかねるといった表情で吐き捨てた。

 

「どうせノクスの同類に違いないゴロ。すぐに正体を表すゴロよ」

 

「...ふん。蛮族ごときが剣士にモノを申すか。貴様は穴蔵で穴でも掘ってるのがお似合いよ」

 

鎧武者は鼻で笑う。するとドンゴの顔がみるみる紅潮していった。

 

「...面白いゴロ。ゴロン族を蛮族呼ばわりするヤツがどんな目に遭うか、よく味わうゴロ!」

 

ドンゴは相手に近づくと、いきなり拳を横ざまに振るった。

 

だが、鎧武者は思いもよらぬほどの素早い足さばきでそれを回避した。ドンゴがすかさずもう片方の拳を突き出した。

 

「もらったゴロ!」

 

その瞬間だった。鎧武者は戦棍を下から跳ね上げて拳の軌道を逸らし、流れるような動作で突きを放った。

 

ドスッ....!

 

戦棍の先端がドンゴの腹に喰い込む。

 

「い...痛ッッッ....!」

 

ドンゴはしゃがみ込むと、苦悶の表情で身体を丸めてしまった。

 

「ゴロンとか申す蛮族の弱点は腹。なぁに、死ぬことはない。しばらく動けなくなるだけよ」

 

鎧武者は戦棍の先端をもう片方の手に乗せると言った。

 

ルリハは驚きの余り絶句してしまった。

 

――今までの敵と全く格が違う――

 

「ルリハと申したな。では、そのほうはハイラル王家の臣下なのだな?」

 

鎧武者が再び口を開く。ルリハは答えた。

 

「臣下?え...ええ。まぁ、そうだけど?」

 

それを聞いた鎧武者は低い声で呟くように言った。

 

「....儂はこの国に来てから、幾度となくハイラル王家のための戦いを戦った。数知れぬほどの魔物を倒してきた。それなのに奴らは儂の功績を一切認めはしなかった。外国人だという理由でな。儂はそれ以来、心に誓った」

 

そして鎧武者は戦棍の先を突きつけると叫んだ。

 

「ハイラル王家にくみする者は...我が敵だと!」

 

ルリハたちは唖然として鎧武者を見つめるばかりだった。ドンゴは身体を丸めたまま呻吟している。鎧武者は声を戻すと再び言った。

 

「...ルリハとやら。儂に対してハイラル王家に膝をかがめろと申すなら、剣もて儂を説得してみよ」

 

「えっ....剣で...」

 

ルリハは再び絶句した。だが、それと同時に、相手の言っていることを一瞬で理解できてしまった自分がいた。

 

「...剣士のはしくれなら、できぬとは申すまい。...ん?」

 

鎧武者が確かめるように首を傾げる。

 

迷ったのは一瞬だった。ルリハは答えた。

 

「わかったわ。やってやろうじゃないの」

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