ルリハの冒険〜魔王の復活と勇者の帰還   作:nocomimi

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第三章: 十六年目の決戦
魔の先ぶれ


「儂は...そなたの首を刎ねるつもりはなかった。ただ覚悟のほどを確かめたかっただけよ」

 

鎧武者は、ドンゴによって瓦礫の中から引き出されると仰向けに横たえられた。背中に刺さった鉄骨を抜いた痕からおびただしい血が流れ出す。積もり始めた雪がみるみるうちに赤く染まっていった。

 

「そなたは...堂々と戦い、死を前にしてうろたえることもなかった。なるほど確かに剣士の娘だ」

 

時折咳込みながら、鎧武者は低い声で呟いた。

 

「先生....治せない?ムチャなお願いってことはわかってるけど」

 

ルリハはルダを顧みた。ドンゴが心底から驚いた顔で言った。

 

「ルリハ...お前はどこまでお人好しだゴロ?こいつを信用するゴロ?」

 

「あたしは信用する」

 

ルリハは何の迷いもなく断言した。

 

「剣を一回交わしたらあたしはわかる。相手がどんなヤツか」

 

ドンゴは呆れ顔で首を振る。だが、鎧武者の身体を調べていた女医が言った。

 

「....ダメ。魔物の成分が七割もあるから、治癒祈祷では効き目がないの。かえって悪化するわ」

 

「気遣いは...要らぬ。儂は...自分のしたことを...悔いてはおらん」

 

鎧武者は浅い呼吸を繰り返しながらまた呟いた。

 

「ルリハと申したな....」

 

再び咳込み始めた鎧武者の面甲の下から血が流れ出す。ルリハはよく聞き取ろうと顔を寄せた。

 

「ルリハよ...鈍重な儂は...強くなるためひたすら膂力と技を蓄えた。だが、そなたのように『奥義』を身につけることができなかった...」

 

「でも、勝負はどう見たってあんたの勝ちだった。あたしの技は...」

 

ルリハは首を振りながら呟いた。理由もわからず涙が滲んできた。

 

「あたしの技は届かなかった。悔しいけど。全力でやったけど」

 

「その全力がその歳で儂の背中を斬ることに繋がったのだ。誇れ」

 

鎧武者はそう言うと苦しそうに呼吸し、また口を開いた。

 

「いつか....儂を超えよ。そう誓え」

 

「わかった。約束するよ」

 

ルリハは鎧武者の手を握って頷いた。

 

「もうひとつ....そなたたちノクスを追っている...と言っていたな」

 

ルリハたちは顔を見合わせた。彼女は鎧武者にいっそう顔を近寄せた。

 

「儂は目覚める前.....夢うつつで『血が目覚めるかの日に西平原に行かねばならない』...という声を聞いた」

 

ルダが弾かれたように顔を上げる。

 

「それは...確かなの?」

 

「しわがれた声でその時はわからなかったが...あれはノクスだったかも知れぬ」

 

鎧武者の声はいよいよ小さく、聞き取りづらかった。だがルリハはその顔に手を置いて最後まで看取った。

 

「ルリハ...剣を極めよ。大きな者さえ倒す小さき者の剣を」

 

「わかった...約束する。絶対にやるから」

 

そしてしばらくすると、鎧武者は沈黙しその呼吸が完全に止まった。

 

* * * * * * * * * * *

 

ルリハたちは鎧武者のために浅く瓦礫を掘って墓穴を作り埋葬した。

 

雪は降り続けているうえ、空が暗くなってきていた。四人は、瓦礫の中から燃えそうな物をありったけ集めると、崩れ残った入り口の洞窟に避難し、そこで焚火を焚いて夜を過ごした。

 

幸いなことに雪は翌朝止んだ。一行は急いで山を降り、御者のアレハンドロが待つ山道まで下った。

 

「...お嬢さんがた、ゴロンの旦那!よ..よく戻っておいでで!」

 

四人の姿を認めると御者は転がるようにして馬車から出てきた。

 

「もしかしたら、と嫌な予感がしたんでさぁ。全員無事で何よりでさぁ」

 

御者は涙を浮かべて何度も頷く。ルリハは微笑んで彼の肩に手を置いた。

 

「いつも一人にしちゃってごめんね、おじさん。この任務、もうすぐ終わるから」

 

「終わる...ってぇと。ノクスの野郎を倒したんで?」

 

「ううん。違うけど、手がかりがつかめたから」

 

ルリハは紙を取り出すと、ルダと話し合いながら報告をまとめ、伝書鳩の足にくくりつけた。

 

鳩が飛んでいくのを見送ると、一行は馬車に乗り込んだ。来た時と同じように御者のアレハンドロは慎重にゆっくりと山道を下った。ルリハは呟いた。

 

「....次は西平原ね。でも『血が目覚める』ってどういう意味?」

 

「『西平原』で『血』といえば、意味はたった一つしかないわ。魔王の『血』よ」

 

ルダが答える。だがルリハは尋ねた。

 

「先生....どういうこと?」

 

「西平原は十六年前勇者リンクが魔王ガノンドロフにとどめを刺した場所。彼は魔王の胸を聖剣で貫いた。そこから夥しい量の血が流れたはずよ」

 

ルダは静かに言う。女医は自分の顎に手を当てて目を細めた。

 

「...その『血』ゆえ、あの場所は呪われた場所となった。でもそれだけじゃないわ。十六年の『魔の充満』の期間が満ちるとき、その『血』に何かが起こる。その時が近づいてるともノクスは言ってた」

 

「近づいてるって、どれくらい...?」

 

ルリハは何の気もなく尋ねた。

 

「待って」

 

女医は懐から手帳を取り出すとカレンダーをめくり始めた。そして鉛筆で余白に計算式をいくつか書き入れた後、顔を上げた。

 

「...あと六日間しかないわ」

 

「そ...そんなすぐに....?」

 

ルリハは思わず大声を上げた。ふとリンクルのほうを見ると、緊張の連続と疲労のせいか、ドンゴの胸に頭を預けてすやすやと眠っている。

 

「急がないと...だめだね」

 

ルリハは言った。だが女医は首を振って制止するそぶりをした。

 

「ルリハ。あなたがひとりで世界を救うわけじゃないのよ」

 

「それはそうだけど....」

 

「お願い。もう二度と無茶はしないって約束して。それとも治癒祈祷があるから何度重傷を負っても大丈夫とか思ってないでしょうね?」

 

女医の目は真剣だった。ルリハは慌てて答えた。

 

「わ...わかった。もちろんよ、先生。あれは例外だから」

 

彼女は目を逸らしながら続けた。

 

「た...たぶん。あんなこと二度とないと思うし......」

 

「例外が一度で終わることを願ってるわ」

 

ルダは厳しい口調で釘を刺した。ルリハは針のむしろに座っている思いだった。

 

一行は道中で一泊した後、やっとゾーラの里にたどり着いた。

 

広場に戻ると、気づいたゾーラ兵たちから歓声が聞こえてきた。

 

「お...おい!戻ってきたぞ!」

 

「信じられん。あの呪われた場所から!」

 

「全員無事だ...!」

 

馬車を止めると、ルリハがまず馬車を降りてゾーラ兵たちに礼を述べ、任務を無事遂行したことを報告した。

 

すると、兵たちの人だかりの間から、ひときわ仕立てのよい服を着た青年が進み出てきた。ラルス王だ。

 

ラルスはルリハを見るなり目を見開き、驚きに打たれた口調で言った。

 

「ルリハ...さん?あなたなのですね?」

 

「はい、王さま。戻ってまいりました」

 

彼女が膝を曲げて礼をすると、ラルス王は息を呑みながら続けた。

 

「あなたは...来た時とは別人に変わってしまわれた。まるで...」

 

王はもう一度ルリハの頭から足先までを眺めると言葉を継いだ。

 

「今のあなたは、戦いの女神のようです。猛々しく、そして美しい」

 

「うむ、そうですとも。修羅場を乗り越えたのが一目でわかります」

 

傍に立っていた兵の一人が応じる。だがルリハは顔が真っ赤になってしまった。

 

「お...王さま!それはちょっと...ほめ過ぎですよぉ!」

 

ルリハは手を振り上げラルス王の肩を思い切り小突こうとしたが、側近がすかさず咳払いしたのを聞いて思いとどまった。

 

すると、リンクルがぴょこんとラルス王の目の前に飛び出し、しきりに尋ねる。

 

「ねえ、王さま!うちは?うちはどう?」

 

上目遣いで見上げるリンクルに対し、ラルス王は慈父のように微笑んだ。

 

「リンクルさん。あなたは相変わらず天真爛漫で可憐ですよ」

 

それを聞いたリンクルはやや憮然とした表情で唇を曲げた。

 

「うちだっていっぱい成長したのに...........」

 

「こら、王さまに失礼しないの!」

 

ルリハはたしなめ、そして妹分の耳元でささやいた。

 

「あんたの成長はあたしが一番わかってるから。ね?」

 

それを聞いたリンクルはようやく機嫌を直したように眉を上げた。

 

「お疲れでしょう。さあ、食事を用意させますから休んでください」

 

ラルス王が告げる。一行は空腹を満たし、久方ぶりに寝床で睡眠をとった。

 

* * * * * * * * * * * * 

 

翌朝。起床した四人は、鳥の声が聞こえるテラスで朝日に照らされながら出発の支度をした。

 

「....ルリハさん。これから大きなことが起ころうとしているのですね」

 

見送りに来たラルス王が作業を終えたルリハに言った。

 

「...はい。でも....あたしたちがきっと止めてみせます」

 

「申し訳ない。私たちゾーラ族は水を離れては長時間行動できないので、加勢申し上げることができず....」

 

ラルス王が顔を伏せながら言う。その表情はいかにも口惜しそうだった。

 

「いいえ、王さまのお気持ちだけで。ゾーラ族のみなさんには水源を守ってもらっていますから」

 

「王さま...リンクルのこと、忘れないでね?」

 

唐突にリンクルが横から割り込んできた。ルリハは彼女の首根っこを捕まえると叱った。

 

「こらッ!少しは礼儀を覚えなさいッ!」

 

「だってぇ。よそよそしいの嫌なんだもん」

 

「ハハハ...もちろん私は忘れませんよ、リンクルさん。あなたのような可憐な戦士はそういるものではありませんから」

 

未練たらたらのリンクルを馬車に引き摺り上げると、ルリハは出発を告げた。

 

馬車はしばらく洞窟の中を走ったあと、平原に出た。

 

「おじさん、飛ばせる?補給もしたいから今日中に城下町に着きたいの」

 

ルリハは前方を警戒しながら御者に声をかけた。

 

「無論でさぁ。じゃ、ちょっくら行きまっせ」

 

たちまちスピードが上がる。だが後ろを警戒するリンクルは心ここにあらずだった。ボウガンを手にしつつも、目は虚ろだった。

 

「あ~あ。イケメンだったなぁ...」

 

「ちょっとリンクル。警戒は?」

 

「あッ....はいッ!ただいま!」

 

「これは傑作ね。まさかゾーラの王さまが初恋?」

 

ルダが悪戯っぽい笑顔でイジる。

 

だが、リンクルは慌てて答えた。

 

「そっ...そんなことあるわけないじゃん。うちのタイプじゃないし..」

 

警戒もどこへやらで彼女は言い訳を繰り返した。

 

「そりゃ愛でるぶんにはイケメンがいいけど、うちの好みってもっとこう...」

 

「いいから警戒して」

 

ルリハがぴしゃりと被せると、ようやくリンクルはおとなしくなった。

 

馬車は快速にハイラル北平原を南東に走り続け、やがて東平原に抜ける街道に入っていった。

 

街道を疾走し、一行は夕刻ごろ東門の前に出た。

 

だが、近づくにつれ門の上に幾人も兵士が立っているのが見えてきた。

 

「なんだろうあれ?」

 

ルリハは不思議に思って呟いた。すると御者のアレハンドロが声を上げた。

 

「ありゃ、跳ね橋を上げようとしてまっせ。こりゃ一大事だ」

 

そう言うなり御者は手を大きく振りながら声の限りに叫んだ。

 

「おぉい!まだ上げんじゃねぇぞ!今から町に帰るんだからよ!」

 

馬に思い切り鞭を当てると、アレハンドロは全速力で馬車を向かわせた。そして橋を渡って門に入ると、背後で跳ね橋がけたたましい音を立てて引き上げられるのが聞こえた。

 

「一体全体なんだってんですかねぇ。今まで戦争でもねぇのに跳ね橋が上げられたことなんてなかったんですが...」

 

速度を落とすと、アレハンドロは首を傾げた。

 

だが、ルリハは他にも奇妙なことに気づいた。通りに人通りが異常に少ないのだ。

 

「まだ夕方なのにね。みんなどこ行ったんだろ?」

 

客車の後部から外を伺いながらリンクルが不思議そうに言った。

 

「...あと四日間。明日になったらタイムリミットは三日間ね」

 

唐突にルダが言う。皆がギョッとして女医を見た。

 

「...『魔の充満』に至るまで、さまざまな事象が起きても不思議じゃないわ。いわば先ぶれよ」

 

ルリハは意味が分からず尋ねた。

 

「先生....。それって......」

 

「以前のような魔物の大発生だけじゃない。人の心に巧妙に入り込む『魔』の力も増しているのかも知れない」

 

馬車は邸宅街を通り過ぎていく。すると、リンクルが声を上げた。

 

「見て。あの家なんかヘン。なんであんなことしてるんだろ」

 

彼女が指をさす方にルリハが目を向けると、何軒かの家は壁には、何か奇妙なものが飾られている。目を凝らした後、ルリハは言った。

 

「...あれ、骸骨?でも作り物...だよね」

 

「そうね」

 

ルダも見ながら言った。

 

「なんのために?」

 

ルリハが尋ねると、女医は少し考えてから言った。

 

「わからないけど、何かのシンボルかも」

 

「シンボル?」

 

「魔物から身を守るため、とか」

 

「たったあれだけで?バカみたい」

 

「正確に言うと、魔物との連帯を示すのかも」

 

「はぁ?」

 

ルリハは大声を上げた。だがルダはそれ以上何も言わなかった。

 

馬車は中央噴水広場に入って右折し、城に向かう回廊に入った。城門を通り、前庭に入ると、四人は馬車を降りた。

 

だが、誰も迎えに来ない。

 

怪訝に思ったルリハは、城の建物に入り請願の間から階段を上って会議室に入った。

 

そこでは何人かの廷臣たちが円卓を囲んでいた。だがアッシュの姿はない。シャッド博士も見あたらなかった。

 

「ルリハ以下四名、ただいま帰還しました」

 

ルリハは膝を曲げて礼をすると、声をかけた。だが、廷臣たちはジロリと冷たい視線を向けてくるだけで返事がない。

 

「あの...先だって送った報告書、読んでいただけたでしょうか」

 

ますます怪訝に思ったルリハは呼びかけた。すると、廷臣の一人が立ち上がって近づいてきた。

 

「君たち、アッシュ少佐がどこに行ったかを知らないかね?」

 

ルリハは驚いて相手を見上げた。よく見ると、以前アッシュと口論していた、長官と呼ばれる男だ。

 

「え?アッシュさんが...って。あたしたちは知りません」

 

彼女は首を振ると付け加えた。

 

「あたしたちはついさっきまで任務に行っていたので、アッシュさんがどこに行ったかなんてことは...」

 

「本当かね?嘘偽りを言うと君らのためにならない」

 

相手の言葉にルリハはムっとして答えた。

 

「嘘なんかじゃありません。昨日までゾーラの里にいたんです。なんならゾーラ王に聞いていただければわかります」

 

それを聞いた長官はいかにも不快そうな顔をしたが、踵を返してルリハたちに背を向けながら続けた。

 

「....ふん、任務だ任務だと自慢げに言いおって。役にも立たないことをさも一大事のように」

 

「...は?」

 

ルリハは自分の声が一段低くなったのを感じた。

 

「ちょっと...今のもう一度言って頂けますか。あたし、田舎者で教養がないので」

 

「ふん、まあいい」

 

長官は答えず、一人で納得したように呟くと、もう一度ルリハに向き直った。

 

「....君たちが知らないなら教えよう。アッシュ少佐は....」

 

彼は指先を伸ばし、得意げな様子で長い口ひげを捻ると告げた。

 

「アッシュ少佐は脱走した。兵士数名を連れて」

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