ルリハの冒険〜魔王の復活と勇者の帰還   作:nocomimi

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特殊作戦小隊

「ねえ族長さん。まだうちらのこと怒ってるの?」

 

ダルボスの顔を見上げて、リンクルが何のてらいもなく尋ねた。だが、巨像のようなダルボス族長は、足音を響かせながら歩を進めるばかりで何も答えない。

 

ゴロン戦士たちに先導されてルリハたち一行は城下町を出た。だが、橋を渡り西平原に入ったとき、ルリハは異状に気づいた。

 

営倉の窓から見上げた空は晴天だったのに、ここでは空が暗い。時刻は夕暮れにもなっていないはずだ。黒っぽい雲が頭上に立ち込めているのだ。

 

やがてダルボスは後ろを振り返り、城から十分に離れたことを確認すると足を止めた。

 

「...ここでいいだろう」

 

「族長...。助けていただいてありがとうございます。でもあたしたち、鉱山の中で何も悪いことは....」

 

ルリハはダルボスの顔を見上げて言った。だが彼はどうでもいいといった風に手を振ると、ドンゴに向き直った。

 

「ドンゴ、お前の言うゴロン族の将来の歴史がどう築かれるのか、俺もいささか気になってな」

 

当のドンゴは面食らって言葉に詰まった。ダルボスは腕組みすると静かに続けた。

 

「お前の甥っ子たちから泣きつかれたというのもあるが、それは口実に過ぎん。そもそも手をつけたことを途中でやめるのは俺たちの伝統に反する。そうだな?」

 

「...そうだゴロ」

 

ドンゴは神妙な顔で頷いた。

 

「なら、最後までやれ。牢の中で寝ているなど許さん」

 

「族長、恩に着るゴロ」

 

「礼は要らん。名誉ある戦いをしろ。俺からはそれだけだ」

 

「族長さま。私からも礼を申し上げます。ご恩は忘れません」

 

ルダが進み出て丁寧に頭を下げると、ダルボスは首を振った。

 

「ルダ先生。俺たちもレナード祭司からの恩を忘れてはいない」

 

そして族長は南西に顔を向けると肩越しに一言を投げかけた。

 

「人間たちの戦い、とくと見せてもらおう。しっかりやれ、ルリハとやら」

 

「は...はい!」

 

ルリハは居住まいを正して返事をした。ダルボスと戦士たちは岩のように身体を丸め、転がりながら去っていった。

 

地響きが消えると、あとには平原を吹き抜ける風の音だけが聞こえる。

 

「...行っちゃったね。みんなで一緒に戦ってくれたり?とか思ったのになぁ」

 

リンクルが両手に持ったボウガンをクルクルと回しながら呟いた。ルリハは剣を少し抜いて刀身を確認しながら答えた。

 

「ゴロンはそんな甘くはないわよ。まずはあたしたちが腰抜けじゃないって証明しなきゃ」

 

「アッシュ姉さんを探しましょう」

 

ルダが手の平を目の上にかざしながら言う。すると、リンクルが思いついたようにコンパスを取り出した。

 

「...うわッ...なにこれ!」

 

コンパスを覗き込んだリンクルが叫んだ。ルリハたちも近寄って覗き込むと、針は西方のある一点を指しながらビクビクと震えている。

 

「こっち....なのかな...」

 

ルリハは顔を上げて方角を確かめる。だがルダが言った。

 

「魔物に出くわす可能性もあるわ。用心しましょう」

 

ルリハとリンクルはそれぞれ武器を構え、四人はコンパスの針が指す方角に向けて歩き始めた。

 

空はますます暗くなっていく。風も妙に冷たい。

 

コンパスのみを頼りに、草が生い茂る中を掻き分けていく。

 

遠くで怪鳥の鳴き声が聞こえる。空を見上げると、カーゴロックが数匹飛び回っていた。

 

ふとルリハの脳裏に、初めて西平原を横切った日のことが蘇った。

 

鬼の騎兵たちに襲われ、ほとんど為す術もなかった。馬も殺された。

 

ドンゴが助けに来てくれなければ、命も失っていただろう。

 

―――だけど今のあたしは違う。来るなら来い―――

 

ルリハは思った。心の中には闘気がみなぎっていた。

 

「あ!あそこ!」

 

リンクルが声を上げる。その指がさす方角を見ると、草原の中に人影がある。

 

地面に突きたてた剣の柄に手を預け、たった一人立ち尽くす人影。

 

それは甲冑に身を固めたアッシュだった。

 

* * * * * * * * * 

 

「任務ごくろう、ルリハ嬢」

 

アッシュは首だけで振り向くと、ルリハに声をかけた。その甲冑のあちこちに黒い血がこびりついている。ルリハは思わず尋ねた。

 

「アッシュさん..。ひょっとして戦いはもう..」

 

「二日前からだ。とはいえまだ小手調べに過ぎん」

 

「....アネさん、まさかたった一人ゴロ?」

 

ドンゴが目を丸くして聞くと、彼女はわずかに微笑んだ。

 

「たった一人に見えるか?ならば部下たちは良い仕事をしたな」

 

すると、ルリハたちの周囲で次々と人影が立ち上がった。

 

兵士たちだった。甲冑のあちこちに草花を挟み込み、あるいはボロ布を上から被るなどして、偽装している。

 

「また会ったな、剣士見習いの娘よ」

 

兵士の一人が兜の庇をずらしながら言う。よく見ると、果たし合いの立会人を務めた軍曹だった。アッシュが手短かに紹介した。

 

「バルド軍曹。特殊作戦小隊のリーダーだ」

 

「特殊作戦...?カッコいい!そういうの憧れる!」

 

たちまちリンクルが反応する。ルリハは呆れて妹分を黙らせると、自分が口を開いた。

 

「それよりアッシュさん、城では酷いことになってます。あの長官とかいうジジイが、アッシュさんたちを『脱走した』って...」

 

「『脱走』?」

 

アッシュが片眉を上げてルリハを見た。

 

「はい。城下町を見捨てて逃げ出したって」

 

それを聞いたアッシュはしばらく唖然としていたかと思うと、やがて声を立てて笑い始めた。

 

「は...ははは...ははははッ。これは面白い。こんな冗談は聞いたこともないぞ」

 

アッシュはさも愉快そうに言った。

 

「‥‥長官殿も私の不躾な物言いがよほど腹に据えかねたと見える。しかし『脱走』とは考えたものよ」

 

「アッシュお姉ちゃんって笑うんだね。でも笑いのツボ、変じゃない?」

 

リンクルが口を出すのを、ルリハはまた制止すると続けた。

 

「それで、あたし腹が立ってガチで反論したら、『しばらく頭を冷やせ』って営倉に入れられたんです。最後はゴロンの族長が機転を効かせて出してくれたけど」

 

「そうか...」

 

アッシュはようやく笑いを納めると、ルリハの肩に手を置いた。

 

「ルリハ嬢...苦労をかけたな。だが、貴女は著しく成長したようだ。私の目に狂いはなかった」

 

「ほ...ほんとですか?」

 

思わずルリハは声を上げた。するとまたもリンクルが割り込んできた。

 

「ねえアッシュお姉ちゃん、うちは?うちはどう?」

 

「もう...あんたはいい加減にしろ!」

 

ルリハが叱りつけてもこたえた様子もない。だが、アッシュが何かを言いかけたとき兵士たちの一人が走り寄ってきた。

 

「教官、新たな群れです」

 

「数は」

 

「二百は下らないかと」

 

アッシュは筒型の遠眼鏡を受け取ると遠方を確認した。すると、リンクルが再びコンパスを取り出して覗き込み、声を上げた。

 

「うわッ...。ここ、凄いことになってるよ?」

 

ルリハとルダが覗き込むと、針が狂ったように震えている。女医は言った。

 

「この辺りが『血』の中心地なのね。アッシュ姉さん、どうしてわかったの?」

 

「十六年前、私はハイラル城の前庭で鬼どもと戦っていたとき、この平原から不思議な光が空に昇っていくのを見た」

 

アッシュは剣の刀身を確認し、兵士たちに指示を出しながら答えた。

 

「後で知ったが、その光は魔王の胸を刺し貫いたリンク殿の剣から発せられたものだった。そして、距離と角度からこの場所を計算して割り出した」

 

「スゴッ...記憶力と計算力がハンパなくない?」

 

リンクルは感心しきりで呟く。するとアッシュはわずかに微笑んで彼女に言った。

 

「あの時、私はもはや自分の命はないだろうと思いながら戦っていた。そのような状況で目にしたものは忘れがたいものだ」

 

「.....なんか....カッコいい。....全部が」

 

リンクルが憧れの眼差しで呟く。だが、ルリハたちをよそに、アッシュの配下の兵士たちは慌ただしく辺りを歩き回り、何事かを準備している。ある者は地面に杭を打ち、別の者は長い鎖を草原に渡していく。

 

アッシュは準備が整っていくのを見守りながら言った。

 

「ルリハ嬢。貴女たちはしばらく後方で控えていて頂こう」

 

「ええっ?」

 

ルリハは心底驚いて声を上げた。

 

「待ってください!あたしたちは支援しようとしてここに来たのに...」

 

「重々承知だ。だが、貴女はダンジョンの経験はあっても戦場は初めてだ。戦場には戦場の動き方がある」

 

アッシュが言うと、バルド軍曹が重そうな戦棍を肩に担ぎあげながら近づいてきた。棒の先についた鎖で重い鉄球を振り回すタイプだ。

 

「そういうことだ。ま、見ててくれ。剣士と兵士の違いってヤツをな」

 

「違いって....どう違うわけ?」

 

ルリハは腰に手を当て憤然とした表情で尋ねた。

 

「俺たちの得意技は冒険でもダンジョン探索でもねぇ。『戦争』だ」

 

そう言いながら軍曹は茂みの中に消えていった。合点のいかないままルリハは溜め息をつき、リンクルと女医を伴って城の方向に歩き始めた。するとドンゴが自分の頬を指で搔きながらアッシュに尋ねた。

 

「アネさん....俺は草むらに隠れようったって無理なんだが、どうすればいいゴロ?」

 

「岩に偽装されてはどうか?出番が来たら私から合図するゆえ」

 

アッシュの言葉を聞くと、ドンゴはニヤリと笑った。

 

「それは良い案だゴロな。岩だと思って近づいてきたところを...」

 

ゴロン戦士は手のひらを上に向けると、もう片方の手で拳をつくってバチンと叩いた。ルリハたち三人は後方に下がって茂みに伏せ、ドンゴは身体を丸めて待った。

 

やがて兵士たちは影も形も見えなくなった。アッシュだけが、先程と同じ場所で立ち尽くしている。

 

しばらくすると彼女は呟いた。

 

「...そろそろ始めるか」

 

* * * * * * * * * * * * * * * 

 

草の間からルリハが目を上げると、遠くのほうに群れのようなものがうごめいている。鬼どもに特有の耳障りな喚き声も聞こえた。

 

「やっぱり集まってきたわね。それにしてもなんて数なの」

 

傍らでルダが顔をしかめながら言う。ルリハは心配顔で彼女を顧みた。

 

「先生...先生は逃げたほうがよくない?」

 

「いいの。アッシュ姉さんが平気な顔しているうちは危険はないわ」

 

「き....危険はない.....って」

 

ルリハは絶句して相手の顔を見た。だが女医は平然と続けた。

 

「『後方で控えてろ』ってどういう意味かわかる?あのひとったら、非戦闘員に見学させる余裕があるってことよ」

 

「見て。猪に乗ってる。こないだうちらを襲った連中じゃない?」

 

リンクルが指をさした。敵の群れの先頭には、巨大な猪に跨った騎兵どもが隊列をなしている。ルリハも同意した。

 

「間違いないね。リベンジしたいとこだけど....」

 

「賛成!うちも!」

 

「ダメよ。アッシュ姉さんたちには作戦があるんだから邪魔はやめなさい」

 

逸るルリハとリンクルを女医がたしなめた。そうこうしているうちに、群れとの間隔が近づいてきた。鬼の種類が識別できるほどの距離だ。ブルブリンにボコブリン。一人ひとりは強敵ではない。だが夥しい数だ。

 

彼らを先導する騎兵どもは、アッシュがたった一人で立っていると錯覚しているのか、余裕しゃくしゃくでゆっくりと前進してくる。目を凝らすと、相手を舐め切っているのかその顔はニヤニヤと笑っていた。

 

するとやおらアッシュが敵に向かって声を張り上げた。

 

「どうした、鬼ども。剣士ひとり相手にこれだけの数を集めたはいいが、臆して攻めあぐねるとはどうしたことだ!」

 

それを聞いた騎乗のブルブリンたちの顔色が変わった。だがアッシュは容赦せず追い打ちした。

 

「臆病な貴様らの突撃など、蚊が噛むほどの力しかないわ。相手が少ないと思って勢い込んでみても、一太刀でも反撃されたら泣きっ面で家に帰るのであろう?」

 

するとブルブリンたちは一斉に喚き散らし始めた。猪の後席に乗った弓兵たちの何人かが狙いをつけてきた。

 

「あ...危ないッ」

 

ルリハとリンクルは同時に叫んだ。矢が放たれ、空気を裂いて進む音がする。

 

だが、次の瞬間ふたりは驚きの余り口を開けることになった。

 

アッシュはその場から微動だにせず、眼にもとまらぬ速さで剣を横に振った。

 

矢がへし折られ木片が飛び散る。その一方で狙いの外れた矢が次々と彼女の左右に着弾した。

 

「鬼どもめ!今こそ貴様らに天の裁きの下らんことを。このアッシュがひとり残らず首を刎ねてやるわ!」

 

仁王立ちになったアッシュが大音声で呼ばわる。

 

すると、騎兵たちは一斉に怒りの咆哮を上げた。

 

先頭の騎手が手綱を立て続けに鳴らし、猪を加速させ始めた。後続の猪たちもすぐに続いた。

 

ドドッ...ドドッ...ドドッ...

 

騎兵の群れが真っすぐに突っ込んでくる。

 

後席の鬼どもが次々と矢を射掛けてきた。だがアッシュはその場を離れず矢の軌道を見極め、ほんの僅かに身体を反らして躱し、あるいは剣で叩き落した。

 

距離が縮む。五十メートル。二十メートル。十メートル。

 

その刹那だった。

 

アッシュが身を翻し、先頭の猪の突撃を躱した。それと同時に、左右の草むらで一斉に人影が立ち上がる。

 

「引っ張れ!」

 

バルド軍曹の声が聞こえた。金属と金属が擦れ合う激しい音。

 

騎兵どもの行く手に突如として鎖が張られた。それも二重、三重、四重に。

 

鎖にひっかった騎兵が次々と落下し地面に叩きつけられる。悲鳴と喚き声が上がった。

 

泡を喰った後続の騎兵がコースを変えようとした。だが、そこにも罠が仕掛けられていたらしく、猪が転倒していく。

 

「撃て!撃て!」

 

号令が響くが早いが、矢を射る音が聞こえた。立ち上がろうともがいていたブルブリンたちがたちまち矢を喰らった。

 

あたり一面に鬼の悲鳴、怒号、罵声が響き渡る。ブルブリンたちは一人残らず落馬し、完全に統率を失っていた。主を失った猪たちがあらぬ方向に走り去っていく。

 

「かかれ!」

 

次いでバルド軍曹の野太い声が聞こえた。戦棍を振りかざした兵士たちが鬼どもに駆け寄る。皆屈強な男たちだった。

 

戦棍の先端についた鉄球が鬼の頭部を打ち砕く音が響く。鬼どもの声はすぐに断末魔の悲鳴に変わっていった。

 

ふと見ると、アッシュがいつの間にか身体を起こして剣を構えていた。戦棍の嵐から逃げようとしていた鬼たちは、目の前に立ちふさがった女剣士の姿に狼狽したように立ち止まった。

 

次の瞬間、剣が閃いた。一度。二度。三度。

 

瞬く間に鬼どもの首を刎ねてしまうと、彼女は慣れた手つきで剣を振り、血払いした。

 

* * * * * * * * * * * * 

 

「全く、これでは剣術もなにもあったものではないですな」

 

いつの間にか戦場は静まり返っていた。軍曹が戦棍を肩に担ぎ、自分が叩き潰したばかりの鬼の骸を見ながら苦笑いしている。だがアッシュは剣を納めながら答えた。

 

「構わん。勝てば良い」

 

「なんか....アッシュお姉ちゃんってメッチャ野蛮ッ。でもカッコいい!」

 

草の間から覗きながらリンクルが言う。ルリハはそれを無視して呟いた。

 

「戦場には戦場の動き方...ね。なんかわかった気がする」

 

その時だった。遠くから何かが風を切って飛んでくる音がする。矢が地面に突き刺さる音も聞こえてきた。今度は数が多い。

 

「全員退避!」

 

軍曹の叫ぶ声が聞こえる。兵士たちは素早く動く。各人が大きな盾を取ると、その陰に身を隠した。

 

「おい見物人!お前たちも隠れろ!」

 

軍曹が振り向きながら叫ぶ。ルリハたちは急いで地面を這うと、岩に擬態したドンゴの後ろに入り込んだ。

 

矢が次々に飛んでくる。だがアッシュだけはその場から動かない。時折、飛んでくる矢を剣で叩き落している。

 

「あのひと、頭おかしい!絶対頭おかしいよ!」

 

リンクルが叫んだ。ルリハは妹分を睨みつけた。

 

「ちょっと!言い方!」

 

「違う!褒めてるの!」

 

その時、敵の群れから一斉に鬨の声が上がった。武器と武器を打ち鳴らす騒音もだ。

 

「いよいよ...来るわね」

 

ルダが呟いた。

 

鬼どもの群れが押し寄せてくる足音が徐々に近づいてくる。

 

――いったい二百匹の群れとどう戦うの?――

 

ルリハは逸る心を抑えながら待った。

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