ルリハの冒険〜魔王の復活と勇者の帰還   作:nocomimi

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主のいない礼拝所

「はぁぁぁぁ.....眠い.....」

 

リンクルは寝ぼけ顔で朝食のパンを頬張りながら呟いた。

 

昨夜、ルリハとリンクルは交代で見張りをしながら夜を過ごしたのだ。ルリハは父や兄との見回りで慣れていたが、リンクルにとってはそうではなかったらしい。

 

「結局ほとんど寝れなかったじゃん......」

 

「文句言わない。鬼どもに寝首掻かれるよりマシでしょ」

 

ルリハは手短かに自分の食事を済ませると、天幕を畳み、焚火を消して出発の支度を整えた。

 

「で...ルリハお姉ちゃんはどこ行こうとしてるんだっけ」

 

リンクルがまだパンを噛みながら尋ねる。

 

「城下町。アッシュさんに弟子入りを申し込むつもり」

 

「弟子入り?」

 

ルリハの答えにリンクルは目を丸くした。

 

「何か変?あたしはまだまだ駆け出しだから、もっと技を学びたいってだけよ」

 

「いや、そうじゃなくってさ。お城の剣術指南役って、偉ぁいお役人さんみたいなものなんでしょ?いきなり訪ねていって会えるもんなの?」

 

「ふん....普通はそうだけどね」

 

相手のもっともな疑問に、ルリハはニヤリと笑みを浮かべて応えた。

 

「じゃん。お父さんが書いてくれた紹介状」

 

彼女は懐から書状を取り出すとチラ見せしてから仕舞った。

 

「お父さん?ルリハお姉ちゃんのパパって偉いひとなの?」

 

「...ん、まあ偉くはないけど、アッシュさんの昔の戦友なの。だからお父さんの名前出したら一発で通してもらえるはず」

 

「へええ.......」

 

リンクルは咀嚼するのも忘れて驚きに口を開けた。

 

「そんな人と知り合いなんて、お姉ちゃんのパパって凄いんだね。歴戦の勇士ってやつ?剣士って尊敬されてるんだね。....意外と」

 

リンクルの最後の一言にややムっとしたが、ルリハは聞かなかった振りをして旅装を整えた。

 

「あんたはついてきたければついてきていいよ。馬の背ももう一人なら乗せられるし」

 

「やったぁ!じゃあお邪魔しまぁす!」

 

リンクルは大喜びでルリハの馬に飛びついた。だが慣れていないのか、なかなか鞍によじ登れない。苦笑したルリハは素早く跨ると、手でリンクルを引き上げて乗らせた。

 

「あんたのコンパスは今日はどっち向いてるの?まあどっちにしてもあてにはしてないけど」

 

「待って...ええっと..」

 

尋ねられたリンクルは首から下げたコンパスを手に取って覗き込んだ。

 

「なんかグルグル回ってる」

 

「回ってる?」

 

「うん。今日は特にどこに行けとかないみたい」

 

ルリハはやれやれと溜め息をつくと、馬の手綱を鳴らして出発した。

 

まずは経路を西にとった。カカリコ村に向かうのだ。

 

天気は快晴だった。馬の歩調を早めると頬を撫でる風が心地よい。

 

「気持ちいい!もっと飛ばしてよ!」

 

リンクルがけしかける。ルリハはまた苦笑すると、馬の脇腹に踵を当てて加速させた。

 

平原がみるみるうちに通り過ぎていく。半日も走り続けると、やがてハイラル南平原の西の端の岩壁と崖に挟まれた小道が見えてきた。オルディン地方に至る道だ。

 

昼食休憩を取っている間、リンクルは頬を上気させながら呟いた。

 

「いいな、お姉ちゃん馬に乗れて。なんかオ・ト・ナ・って感じ」

 

「じゃあ今度暇なとき練習してみなよ。一人で乗らせてあげるから」

 

「ほんとに!ありがと~!」

 

ルリハが何気なく言うと、リンクルは目を輝かせた。

 

それを見たルリハは、なぜか少し胸が痛んだ。ただ馬に乗らせてやる。それだけの便宜でも、この少女にとっては今まで滅多に与えられることのなかった恵みなのだろう。

 

昼食後二人は再び出発した。岩壁に挟まれた小道を快速に進んでいく。

 

カカリコ村に向かう街道には時折ボコブリンという食人鬼が出るということは父や兄から聞いて知っていたから、ルリハは警戒を怠らずに手綱を操った。

 

やがて両側の崖が開けた。街道は平原を貫いている。出発前によく目を通しておいた地図によれば、やがてカカリコ峡谷に差し掛かるはずだ。

 

その時だった。

 

街道の脇に動くものがある。

 

鬼だ。一匹で歩き回っているようだ。

 

すると、リンクルはやおらボウガンを太腿のホルスターから抜き放ち、狙い撃った。

 

ビシュッ....

 

飛んで行った矢が鬼の胸に刺さった。鬼は悲鳴を上げ、肩に担いでいた鉈を放り出した。

 

「やったぁ!当たりぃ」

 

リンクルがガッツポーズをする。だがルリハは顔色を変えた。

 

馬を走らせながら周囲に目を走らせる。敵の援軍の姿が見えたら、一気に加速して走り抜ける心づもりだった。

 

「ねえちょっとちょっと!止まって!とどめ刺すから」

 

リンクルがルリハの肩に手をかけて揺らす。だが彼女はそれを無視し、全身の神経を張り巡らせて周囲を警戒した。

 

「ルリハお姉ちゃんってば!なんで無視すんの?」

 

リンクルがうるさくせがむ。だがルリハはそのまま馬を走らせ続けた。やがて日が傾くころ、二人はカカリコ峡谷を渡る橋に近づいた。

 

「ちょっと休憩しよ。話もしたいし」

 

ルリハはそう言うと馬を止めて下馬し、リンクルに水を飲ませ、自分も飲んだ。そして少し間を置くと言った。

 

「リンクル、あたしたち剣士は守るべき人がいるときはどんな不利な状況でも戦う。でも、そうでない時に自分の命を危険に晒す意味ってあると思う?」

 

「え?」

 

相手は何のことか全くわからないといった表情で口を開けている。ルリハは溜め息をつくと続けた。

 

「ねえリンクル。考えてみて。鬼が一匹しか見えないからって、その場に一匹しかいないと思う?」

 

「え?ううんと....そりゃどっかに隠れてるかも知れないけど。出てきたら撃てばいいじゃん」

 

「相手が十匹いたら?もっといたら?その時はどうする?」

 

「そ....それは...その...」

 

リンクルは言葉に詰まって俯いた。

 

「百歩譲って、一撃で倒せるならまだいい。でも、手傷を負わせて怒らせたら、相手はこっちに向かってくる。仲間がいたら、その仲間を引き連れて。あんたはそれも承知の上で撃ったのか、それを聞いてるのよ」

 

「そ...そんなのって.....」

 

畳みかけるルリハに、リンクルは口を尖らせて反論した。

 

「そんなの、考えたってしょうがないじゃん。心配し過ぎだよ。そんな鬼の大群、滅多にいるもんじゃないし」

 

「あたしたちは昨夜十匹以上の群れと戦った。そうよね?」

 

その言葉に、リンクルは完全に打ちのめされたように黙り込んだが、やがて何も言わず顔を逸らした。

 

「先輩風吹かせてるように聞こえるかも知れない。でもあたしは剣士の家で育った。あんたより小さいころから魔物狩りに参加してた。だから『こちらから手を出す』のがどういう意味か、わかってるつもり」

 

ルリハはそれだけ言ってしまうと、馬に跨ってリンクルに手を差し伸べた。彼女は、目を合わせないままルリハの手を握り、後席に座った。

 

「ちょっと強引かもだけど、このままカカリコ村目指そう。飛ばすよ。いいね?」

 

ルリハはそう言ったが、リンクルは答えない。だが沈黙は肯定と解釈して、ルリハは馬の脇腹に踵を当てた。

 

馬を快速に走らせながらも、ルリハの目は周囲の平原を休みなく走査していた。ボコブリンは、ブルブリンと違う。知能こそ低いが、そのタフさは驚くべきものだ。全身に刀傷を受けてもまだ向かってくる。ルリハは、昨日のと同程度のボコブリンの群れと戦うのは避けたかった。

 

やがて日が暮れてきた。それと同時に、遥か前方にオルディン地方特有の赤色をした巨大な砂岩の壁が見えてきた。平原のあちこちに、風雨に削られ丸っこくなった岩の柱が突き出ている。

 

もうじきだ。ルリハは馬の調子を見ながらも、速度を緩めず走らせた。日が沈むと急速に気温が下がってきた。視界も悪くなる。今襲撃されたら極めて具合が悪い。彼女は手に汗が滲むのを感じた。

 

結局、二人は夜半にカカリコ村入り口の門を潜ることができた。岸壁に挟まれた小道を進むと、やがて泉に出た。ルリハはここで馬を止め、清浄な水をたっぷり飲ませた。

 

「今日は礼拝所に泊めてもらおう。祭司のレナードさんがあたしの大叔父さんと知り合いなの」

 

ルリハが言うと、リンクルは無言で頷いた。黙っているのは疲れているからだけではないようだった。だがルリハは肩をすくめると、馬を泉に残して村の建物群に向かった。

 

父から教わったとおり、丸屋根の礼拝所が目抜き通りの南端に見える。

 

だが、歩いて近づくとルリハは怪訝に思った。建物は酷く傷んでボロボロだ。壁もあちこちが崩れている。

 

扉を開くと、中は真っ暗だった。人の気配がまるでない。

 

「夜分にすいません!誰かいませんか?」

 

ルリハは声をかけた。だが答えはない。目を凝らして見てみたが、礼拝所の中はガランとしている。中央に置いてある火鉢は長い間使われていないらしく蜘蛛の巣だらけだった。

 

「しょうがない.....事情はわからないけど今日はここで寝よ」

 

彼女は溜め息をついて言った。リンクルは顔をしかめながら部屋の中を見回していたが、やがて呟いた。

 

「ここ...なんか不気味じゃない?」

 

「そりゃまあ、廃墟だからね」

 

ルリハは答えながらも、内心首を傾げていた。祭司が礼拝所を捨てて引っ越すなど、普通は考えられない。あるいは亡くなったのか?だが、ボウの話ではレナードはまだ壮年のはずだ。

 

ルリハは馬の背から毛布を取ってくると、一枚をリンクルに渡した。外の気温は低いが、礼拝所の中は風をしのげる。二人はカンテラの頼りない明かりを前にささやかな夕食をとった。

 

「....ねえ、やっぱここで泊まるのやめよ?なんか出そうだし」

 

リンクルがパンを噛みながら言った。だがルリハは呆れて否定した。

 

「んなことあるわけないでしょ。バカなこと言わない」

 

「だってさあ....」

 

「だいたいどこに泊まるの?今から民家に行って寝てる人叩き起こしたら迷惑でしょ」

 

「でも..........」

 

その時だった。

 

ルリハは扉の向こうに人の気配を感じて顔を上げた。パンを放り出し、剣を手にとって腰を浮かせた。

 

「なに?どしたの?」

 

リンクルが不安そうに尋ねる。ルリハは無言のまま手を挙げて制すると、ゆっくりと剣を鞘走らせた。

 

その瞬間、扉が勢いよく開けられた。

 

「こらぁ!鬼どもめ、また懲りずに盗みに入ってきたゴロか!」

 

割れ鐘のような男の声が響く。

 

ルリハは戸口に立った男の姿を見て絶句した。

 

雲を突くような巨躯。隆々と盛り上がった筋骨。しかも、腕や肩の皮膚にはまるで鎧のような鱗が張り付いている。

 

「今日という今日は許さんゴロ!徹底的にとっちめてやるゴロ!」

 

「あわわわぁ.....」

 

ルリハは思わず剣を構えた後じさりした。リンクルはパンを口に入れたまま、腰を抜かしたように座り込んでいる。

 

「ん?」

 

二人の姿を見た男は怪訝な顔をして動きを止めた。

 

「あれ?鬼どもじゃないゴロ」

 

男は目をぱちくりさせるとそう呟いた。

 

「....ルリハお姉ちゃん...あれって...人なの?」

 

リンクルが震えながらルリハの背中にしがみついた。

 

「た...多分...」

 

ルリハも驚きに目をしばたたかせながら答えた。

 

だが彼女はふと思い出した。オルディン地方にはゴロン族という亜人がいるということを兄から聞いていたのだ。巨躯と岩のような肌で知られる勇壮な種族。見た目はいかついが、交流してみると意外と素朴で温厚な者たちだという。

 

「....あなたってゴロン族ね?そうでしょ?」

 

ルリハは剣を鞘に納めながら尋ねた。

 

「ああ。俺はゴロン族のドンゴってんだゴロ。お前ら、どうやら人間の娘たちみてえだゴロ?」

 

ドンゴと名乗った男はバツの悪そうに指で顔を掻きながら言う。やっとのことで安堵したルリハは自己紹介した。

 

「あたしはルリハ。こっちはリンクル。レナード祭司さまに会いに来たんだけど、誰もいなっくて。それで今日泊めてもらおうかと...」

 

「ん?お前ら知らんゴロか?レナード祭司はもうここにはいないゴロ」

 

「いないって....引っ越したの?」

 

驚いたルリハが尋ねると彼は首を振って答えた。

 

「いや......祭司さまはもう亡くなったゴロ」

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