ルリハの冒険〜魔王の復活と勇者の帰還   作:nocomimi

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勇者の帰還

その『何か』は身体を起こすと、前方を見渡した。

 

人のような形。だがどこか違う。しかも、途方もない背の高さだ。

 

真っ黒な体中に走る紋様。ギラギラと光る眼。

 

そして、そいつは顔を上げると咆哮を放った。

 

まるで雷が鳴り響いたかのような凄まじい吠え声が平原に響き渡る。

 

兵士たちは顔に恐怖を浮かべて、出現したその『何か』を見上げた。

 

真っ黒な巨体が、ハイラル城の方角に向けて足を踏み出す。地響きがした。それと同時に、周囲を囲むタートナックたちもゆっくりと前進し始めた。

 

「諸君、休戦はこれで終了だ」

 

またノクス博士の声が聞こえた。

 

「あとは好きに動きたまえ。この蘇った魔王の練習台になるもよし、あるいは恐怖に震えながら城に籠るもよし、だ」

 

博士は興奮も冷めやらぬ声で続ける。

 

「『魔王の血』から生じたエネルギーが確かにこの肉体を器として動き始めた。彼はいま、ハイラル城を征服せんと動き出している。人格の復活は不完全だが、魔王の願望や意志を引き継いでいることは間違いない」

 

鬼たちも歓声を上げながら、巨大な魔神とタートナックたちに従って動き始める。兵士たちは恐慌状態で互いに囁き交わすばかりだった。

 

「う....動き出したぞ!」

 

「あ...あのデカさじゃ濠も城壁も意味がない!」

 

ハイラル軍の盾の壁は、ジリジリと後退していった。

 

だが、その時、一人の人影が進み出て、魔物たちの群れの前に立ちはだかった。

 

それはシャッド博士だった。

 

* * * * * * * * * * * * 

 

「ノクス博士!あなたの『魔王』と一騎打ちを申し込みたい!」

 

シャッド博士は火筒を肩に抱えながら呼ばわった。

 

兵士たちから驚きのざわめきが聞こえてくる。魔物たちさえも、意外な挑戦者の出現に度肝を抜かれたように立ち止まった。シャッドは続けた。

 

「...男同士、フェアな戦いをね。異存ないだろ?」

 

「これはこれは、シャッド・デ・ル・ヒンス博士。ご高名は伺っているよ」

 

ノクス博士の声が聞こえた。

 

「王城の中で唯一科学に通じる人物として私も君を尊敬していたよ。だが――」

 

低く笑うとノクスは言った。

 

「その火筒で魔王に挑もうとは、いささか無謀に過ぎやしないかね?」

 

アッシュが顔色を変えて叫んだ。

 

「シャッド博士!無茶はなさるな!」

 

「アッシュ...僕はむかし君やリンクから学んだことをやろうとしてるだけだよ」

 

シャッドは背中に抱えていた爆弾袋を下ろし、中身を目の前に並べながら答えた。

 

「たとえ自分の力が及ばずとも戦わなければならないときがある。それにいま奴の急所に一撃を与えられるのは、僕だけなんだ」

 

「いいだろう。君と魔王だけで好きなだけやりあうといい」

 

ノクス博士が言うと、鎧武者たちの隊列が二つに分かれた。その真ん中にいた魔神がヌウッと身体をもたげた。踏み出した足が地面を揺らす。

 

「来い!」

 

シャッド博士が火筒を構えて叫んだ。

 

「シャッドおじさん...」

 

リンクルが息を呑んで見つめる。ルリハも信じがたい思いだった。

 

ドシッ...!ドシッ...!

 

魔神がみるみるうちにシャッドに迫る。

 

「喰らえ!」

 

火筒が火を吹いた。飛翔した爆弾が魔神の顔に直撃し爆発する。煙が上がり、魔神は足を止めてよろめいた。

 

「.....当たった!」

 

「行ける!行けるぞ!」

 

「さすが火筒の威力だ!」

 

兵士たちが顔を見合わせ、拳を握りながら言った。

 

だが魔神はすぐに立ち直り、シャッドを見据えて唸り声を上げた。

 

「クソッ...」

 

シャッドは急いで次弾を筒に装填し、肩に担いだ。だが、魔神は腕を伸ばして巨大な掌を広げた。発射された次弾が魔神の手に当たって爆発する。魔神はそのまま手を払った。

 

「グアッ....!」

 

刎ね飛ばされたシャッドが悲鳴を上げた。重い火筒が玩具のように吹っ飛んでいく。魔神はシャッドにのしかかると、その身体を両手で掴み上げた。

 

「シャッド殿!」

 

アッシュが剣を抜いて走り始める。

 

魔神はシャッドの体を握ると、ゆっくりと低い笑い声を漏らした。まるで巨大な洞窟に響くような笑い声だった。

 

「シャッド博士を救え!」

 

兵士たちも叫んでアッシュの後を追う。魔神は口を歪めて微笑むと、もはや力を失ったシャッドを片手に持ち、もう片方の手を振り上げた。

 

ドシ.....ンッ....!

 

魔神が手を叩きつけ、地面が揺れる。駆けつけようとした兵士たちがよろめく。だが、いち早くアッシュが魔神の足元に到達すると、剣で足首に斬りつけた。

 

魔神が苛立ったように手を振り回す。アッシュは横に転がって避けた。だがその手が別の兵士に当たり、まるで紙人形のように吹き飛ばされていった。

 

「おいおい、待ちたまえ。男らしい決闘だと約束したじゃないか」

 

ノクス博士が笑いながら言う。

 

「君たちが約束を守らないなら仕方がない。彼の身柄は私が...」

 

その瞬間。

 

速足で走る馬の蹄の音が急速に近づいてきた。

 

振り向くと、南の方角から一騎、馬に跨った何者かのシルエットが近づいてくる。

 

剣士だ。

 

その剣士はチュニックを着て、帽子を被り、背に鉄の盾と剣を背負っていた。馬を走らせながら、弓に矢をつがえて引き絞っている。

 

弓は相当張力が強いのか、弦がキリキリと音を立てていた。

 

魔神も、何かに気づいたように動きを止めてこの新たな登場人物を見やった。

 

その刹那、剣士が矢を放った。矢は一直線に魔神の額に向かい、硬い物と衝突したような激しい金属音を立てた。

 

グァ.....ァァァッ!

 

その途端魔神が片手を額に当て、苦し気に唸りながら俯いた。額についた宝玉のようなものが光を放って点滅している。

 

その隙にアッシュが魔神の背中に飛びついた。彼女は左手に小刀を抜いて魔神の背に刺すと、それにしがみついてよじ登った。

 

だが魔神はそれに気づいた。手を回して掴もうとする。アッシュはそれを間一髪で逃れると、魔神の後ろ髪に掴まりながら身体をスイングさせ、巨体の前に回った。

 

「シャッド博士!今お助け申す!」

 

アッシュは片手で剣を魔神の肘の内側に振り下ろした。刃が食い込み、黒い血が飛び散る。

 

魔神がシャッド博士から手を離した。その身体が地面に落下するとともに、アッシュも飛び降り、着地した。

 

怒りの咆哮を上げた魔神が迫る。兵士たちは一斉に盾を掲げ、アッシュとシャッド博士を守るように立ちはだかる。

 

だが、魔神の手の一振りで、数人の兵たちが吹き飛ばされた。魔神の背後にいた魔物たちも、罵声と鬨の声を上げながら再び進軍し始めた。

 

――だめだ...勝負にならない――

 

ルリハの胸の中に絶望がせり上がってくる。

 

その時、先ほどの馬上の剣士が剣を抜いたのが見えた。前に出てきた鬼たちを次々と斬り倒している。リンクルが不思議そうに尋ねた。

 

「お姉ちゃん、あの男の人、誰だろ?」

 

「わかんない。でも....あんな強い人がまだハイラルに残ってたんだ」

 

ルリハは答えた。するとリンクルは期待に目を見開きながら彼女の腕を小突いた。

 

「ねえ、もしかして結構イケメンじゃない?」

 

「またそれ?」

 

ルリハは呆れる。その時、アッシュが叫ぶ声が聞こえた。

 

「リンク殿!待ちかねたぞ!」

 

* * * * * * * * * * * * * 

 

「アッシュ、すまない。遅れてしまって」

 

その剣士は抜き身の剣を提げたまま馬を走らせ近づいてきた。

 

「いや、リンク殿。戦いはこれからだ」

 

シャッドを支えながら片手で剣を構えたアッシュが言った。

 

魔神は怒り狂ったような唸り声を上げながら歩を進めている。後方にいた鎧武者たちも前進してきて、その足元を固めた。周囲には鬼どもが気勢を上げながら付き従っている。ハイラル軍は盾を構えながらも、成すすべもなく後退していく。

 

「勇者に頼り切りのハイラル軍ではないところを証明したかったが、やはり貴殿の腕が必要だな。策はおありか?」

 

「策はあるよ。ただし、時間がないんだ」

 

アッシュの問いに剣士は厳しい顔つきで答えた。

 

ルリハは物も言えずに勇者を見つめていた。幼い頃遊んでくれた『近所のリンク兄い』。朧気な記憶の中にあったその優しい笑顔とは似てもつかない、風雪と試練に耐え抜いた戦士の顔。

 

彼女の傍らにいた妹分のリンクルは、完全に固まっていた。両目を見開き、口まで半開きになっている。

 

「いま...策が....あるって言ったよな?」

 

「あ...あんな奴に勝てるというのか?」

 

兵士たちが互いに顔を見合わせる。その時、ノクス博士の声が聞こえてきた。

 

「悪あがきもいい加減にしたまえ。ただの人間に勝てるわけがない」

 

日の暮れかけた平原に、博士の無機質な声が響き渡る。

 

「見たまえ、いわばこれは人間の黄昏だ。人間の時代が終わり、これからは魔王の時代となる」

 

博士はタートナックの隊列の中から語り続けた。

 

「いかがかね?もしも君たちの中で、魔物と一体化しこの新しい時代に適応したいと願う者があるなら、このノクス、喜んで協力しよう」

 

隊列に付き従う鬼たちの群れから歓声が響く。兵士たちは怒りと恐れがないまぜになった表情で互いに顔を見合わせた。

 

「ふ...ふざけるな!魔物と一体化だと!」

 

「クソッ...だがあいつを止める方法はあるのか?」

 

「このままじゃハイラル城が陥落するぞ!」

 

だがアッシュだけは冷静だった。

 

「リンク殿。全軍を貴殿の指揮下に置く。必要なことはなんなりと言ってくれ」

 

「...まずあいつに近づく必要があるんだ。だけど....」

 

勇者は馬を降りながらそう言った。だが彼は、やおら自分の手でその片腕を掴むと押さえつけた。額に汗が浮かんでいる。

 

「どうした?」

 

「いや...なんでもない」

 

勇者は答えると、南の方角を見やった。

 

「ここに来る途中でゴロン鉱山に寄ったんだ。族長に会ってきたよ」

 

ルリハは何気なくリンクの手を見た。手甲から覗く手の肌に、黒い紋様が刻まれている。それはどす黒い脈のように蠢いていた。

 

「リンク兄い....大丈夫?」

 

ルリハは思わず声を掛けた。すると勇者は振り向いて彼女を見たあと、すぐに微笑んで首を振った。

 

「ちょっとした持病さ。大したことはないよ」

 

「お姉ちゃん!慣れ慣れし過ぎ!」

 

リンクルがルリハの袖を引いて睨みつけてきた。

 

「だ...だってあたし子供の頃会ったことあるし」

 

ルリハは言った。だが妹分はいたく不満げな様子で頬を膨らませた。

 

「うちの憧れの人なのに。アッシュお姉ちゃんもルリハお姉ちゃんもズルいよ。親密度アピっちゃってさ」

 

「.....族長が手助けしてくれると約束してくれたんだ」

 

勇者はアッシュに向き直ると続けた。

 

「そ...そりゃ本当ゴロ?」

 

それを聞いたドンゴが驚いて叫んだ。勇者は頷いた。

 

「ああ、本当だよ。『人間への借りを抱えたままにしておくのは我慢できない』ってね」

 

「そりゃ族長らしいゴロ。一度過ちを認めたらゴロンは潔いゴロ」

 

だがアッシュは移動していく魔物たちの群れを見やりながら呟いた。

 

「ゴロンの軍勢がいれば足止めはできるかも知れん。だが万一を考え橋を焼き払おう。時間稼ぎにしかならんが」

 

「いや、橋に到達する前に決着をつけないと不味い」

 

勇者が言う。

 

「魔王はまだあの身体に慣れていない。ずっと眠ってたようなものだからね。だけど、身体に慣れ始めたらその力は倍増する」

 

「今はまだ赤ん坊のようなもの...というわけか」

 

アッシュは厳しい表情で目を細めると、バルド軍曹に問いかけた。

 

「軍曹!爆弾はあといくつ残っている?」

 

「小隊全部で二十個ほどです」

 

「全て集めろ。あのデカブツの進路に置け」

 

小隊の兵士たちが素早く散開した。槍兵たちの盾の前に出ると、ありったけの爆弾を地面にぶちまける。軍曹が他の兵士たちを下がらせると、ひとつの爆弾の点火ピンに手をかけた。

 

だが、鎧武者たちの盾の壁の向こうから、クローナックが次々と飛び出してきた。

 

「リンクル!」

 

「いえっさー、お姉ちゃん!」

 

それを見たルリハはほぼ反射的に叫び、飛び出した。

 

ダッシュするルリハの横で、リンクルも走りながら矢を連射する。軍曹に襲いかかろうとしたクローナックたちが額に矢を受けて一瞬動きを止めた。

 

「喰らえ!」

 

ルリハは大きく跳躍すると、着地と同時に回転斬りを放った。二体のクローナックが胴に深手を負った。よろめいたところに、狙いすました横斬りで一体の首を刎ねた。もう一体の頭部に再びリンクルの矢が着弾する。ルリハはすかさずその足を払うと、空中に浮いた相手の首筋を逆袈裟斬りで断ち切った。軍曹も剣を抜いて戦い始めた。爪攻撃を躱し、敵の胸を突き刺す。だがそれでも暴れるクローナックに頭突きを食らわせ、前蹴りで蹴倒した。

 

「あたしに任せて!」

 

ルリハは剣を逆手に持って跳躍すると倒れた魔物にとどめを刺した。

 

「さっきの借りは返したわよ!」

 

立ち上がると、軍曹の横で構えながらルリハは叫んだ。リンクルが新手のクローナックをつるべ撃ちにしながら茶々を入れる。

 

「ほら、いよいよ恋愛フラグ...」

 

「お前は黙ってろ!/あんたは黙ってて!」

 

ふたりの声がシンクロする。その頃には、鎧武者たちと魔神が目の前に迫ってきていた。

 

「下がれ!」

 

軍曹が爆弾の点火ピンを抜いた。リンクルがクローナックの頭部を撃ち、ルリハが斬り倒す。軍曹は鎧武者たちをギリギリまで引き付けると、放物線を描くように爆弾をトスした。

 

爆弾が鎧武者たちの盾を越えていった。軍曹はルリハとリンクルの腕を掴むと、身を伏せた。

 

凄まじい爆発音がした。連続して何度もだ。

 

次に聞こえてきたのは、鎧武者たちの苦痛の呻きだった。ルリハが目を上げると、隊列の先頭のタートナックたちの鎧が剥がれ、盾が吹き飛んでいる。

 

だが、魔神は何事もなかったかのように仁王立ちしている。

 

「逃げろ!」

 

軍曹がルリハとリンクルを立ち上がらせながら叫んだ。魔神がヌウッと身体を起こし、手を伸ばしてくる。間一髪でそれを避けると、三人はハイラル軍の隊列に駆け戻った。

 

「クソッ...数秒の時間稼ぎ程度か」

 

軍曹は荒い息をしながら悔しそうに言う。するとアッシュがルダの手にシャッド博士を渡しながら答えた。

 

「上々だ。...ルリハ嬢、私とリンク殿と共に来い」

 

「えっ......あたし!?」

 

「作戦がまとまった。リンクル嬢、貴女は後方から支援しろ」

 

アッシュが続けた。リンクルは一瞬不満そうな顔をしたが、唇を尖らせながらも呟いた。

 

「...いいよ。アッシュお姉ちゃんがどうしてもって言うなら。そのかわり、忘れないでね?あの約束」

 

「無論だ」

 

アッシュは微笑むと、勇者と顔を見合わせた。

 

だがその時、南の方角から奇妙な音が聞こえてきた。

 

いくつもの巨岩が転がるような音。

 

ドドドドドドドドド.......

 

目を転ずると、土埃を上げながら何かがこちらに向かってくる。

 

「族長.....!」

 

傍らでドンゴが叫んだ。集団の先頭を進む、ひと際大きな岩の塊。その色にルリハは見覚えがあった。

 

鬼の集団がたじろいで後ろに下がる。転がってきた岩の塊は次々と立ち上がった。

 

並び立ったその姿は壮観そのものだった。

 

筋骨隆々とした大男たちの先頭に、鬼神の彫像のごとく仁王立ちするダルボスの姿。

 

* * * * * * * * * * 

 

「......貴様が魔王とか申す者か」

 

ダルボスが魔神に指をつきつけて呼ばわった。その声は低く、まるで遠雷のようによく響いた。

 

「十六年前、このダルボスが味わわされた屈辱の張本人が貴様というわけだ。ここで相まみえた以上....」

 

族長は凄まじい大音声で叫んだ。

 

「このダルボス、ゴロン族を代表し貴様に宣戦布告する!!」

 

いっぽう、ハイラル軍の盾の列が割れると、そこから滑り出てきた人影があった。

 

アッシュ。勇者リンク。そしてルリハだった。

 

「行こう」

 

勇者リンクの合図で、三人は剣を構え静かに前進し始めた。

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