ルリハの冒険〜魔王の復活と勇者の帰還   作:nocomimi

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最後の決戦

「......貴様が魔王とか申す者か」

 

ゴロン族族長ダルボスは、魔神の前に立ちはだかり、指をつきつけて呼ばわった。その声は低く、まるで遠雷のようによく響いた。

 

「十六年前、このダルボスが味わわされた屈辱の張本人が貴様というわけだ。ここで相まみえた以上....」

 

族長は凄まじい大音声で叫んだ。

 

「このダルボス、ゴロン族を代表し貴様に宣戦布告する!!」

 

その巨体から発する気迫に、魔神の周囲の鬼どもが怯えた顔で後じさりし始めた。

 

「かかれ!戦士たち!」

 

ダルボスの号令で、付き従ってきたゴロン戦士たちが一斉に突進した。

 

魔神の足元を固めていたタートナックたちと、ゴロンたちが激突した。

 

鎧武者が振り回す戦棍を、岩のような皮膚の腕で受け止め、拳で殴りつける。だが、相手も巨大な盾をかざしてそれを受ける。両集団はたちまち一進一退の攻防となった。

 

その時だった。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」

 

ダルボス族長が気合いの声とともに跳躍し、タートナックの隊列を飛び越え、右の拳を振り下ろした。

 

ドガァァァァ....ンッ!

 

岩塊のような拳が魔神の顔面に直撃する。魔神はヨロヨロと後じさりした。

 

「受けてみろォォォォッ!」

 

族長は再び雄叫びを上げると、左の拳を振り上げ、渾身の力で振り抜いた。

 

ドゴ....ッッ!

 

再び拳が炸裂した。魔神は再びよろめく。

 

固唾をのんで見守っていた兵士たちは歓声を上げた。

 

「す....スゲェ!これがダルボスの実力なのか!」

 

「魔神が押されてるぞ!」

 

「行け!行け!」

 

ダルボスが何度も拳を振り下ろす。その度に凄まじい衝突音が響き、魔神が一歩づつ下がっていった。

 

いっぽう、ハイラル軍の隊列から滑り出てきた三人の人影が、巨人同士の戦いの場に近づいていった。アッシュ。勇者リンク。そしてルリハだ。

 

ダルボスの拳が当たる度に響く衝突音と、よろめく魔神の足音が地面を揺らしている。

 

「できるだけヤツに近づこう。それも気づかれずに」

 

勇者が前進しながら言う。アッシュが頷き、ルリハに言った。

 

「ルリハ嬢、我らの後尾の援護を頼む。リンク殿と私が血路を開くゆえ」

 

ルリハは頷いた。凄まじい緊張感が胸を締め上げる。眼の前でぶつかり合う巨人たちの姿を目の当たりにし、自分など虫ほどの力しかないという諦念も湧いてくる。

 

だが、それと同時に、不思議な高揚感を感じてもいた。

 

―――このあたしが、『あの二人』と一緒に?―――

 

鎧武者たちの隊列が近づく。巨人同士の凄まじい戦いの余波で、その隊列は崩れつつあった。先頭の数人は、ゴロン戦士たちとの格闘にかかりきりになっている。

 

「...フン。伝説の勇者とやらが戻ってきたというわけだな。だが私の作品に手出しするなら.....」

 

ノクス博士の声が聞こえた。その途端に、クローナックたちが群れをなして飛びかかってきた。

 

「来るぞ!」

 

アッシュが叫ぶ。勇者は身を沈めると、回転斬りの構えをとった。

 

次の瞬間、裂帛の気合いとともに、勇者が回転斬りを放った。異様なほどの風圧が平原の草を引きちぎらんばかりに吹き荒らす。三匹ほどのクローナックが致命傷を負ってよろめいた。

 

―――たった...一撃で?―――

 

だが驚いている暇はなかった。アッシュが横から来た一体の爪を躱し、剣を一閃させた。腕ごと斬り落とされた魔物が、それでも追撃してくる。アッシュは剣でそれを捌くと、四方投げで投げ飛ばし、空中に浮いた相手の首筋を斬り裂いた。

 

反対側からも来る。ルリハは突き出された爪を見切って回避すると、内小手で相手の肘関節を切断し、返す刀で首筋を断ち斬った。それでも暴れる相手の攻撃を身を伏せて躱す。下顎を蹴り上げると、反対側の首筋を斬り、足を剣で払って倒した。

 

深手を負って倒れたクローナックの動きが弱々しくなっていく。ルリハは顔を上げると、奇妙なことに気づいた。

 

新手の敵をなぎ倒しながら前方を進む勇者リンクの身体から、紫色に光る霧のようなものが立ち昇っている。

 

チュニックから覗くその首筋を見た瞬間、彼女は驚きに目を見張った。

 

皮膚の上を、黒色の紋様が走っている。それはまるで生きているかのように脈打っていた。しかも、リンクが剣を振るう度にその脈が激しく、強くなっていく。

 

「リ.....リンク兄い?大丈夫?」

 

ルリハが思わず呟くと、彼は一瞬諦念を浮かべたような目で彼女を見返したが、すぐに前に向き直った。

 

「アッシュ...もしも僕が自制心を失ったら....」

 

勇者リンクはクローナックの爪を盾で受けると、一撃で相手の胴を切断した。

 

「その時は君の手で.....!」

 

「戯言を!そのようなものに負けるリンク殿ではあるまい!」

 

そう叫んだアッシュはもう一匹の攻撃をギリギリで躱し、その腕を掴んで投げると、流れるような剣捌きで首を刎ねる。

 

その時だった。

 

背後に控えたハイラル軍の隊列からどよめきが上がった。

 

目を上げた瞬間、ルリハは驚きに息を呑んだ。

 

魔神が、ダルボスの首を片手で掴んでいる。

 

ダルボスは必死で振りほどこうとしていたが、果たせないでいた。その顔がみるみるうちに紅潮していく。

 

「だいぶ善戦したようだな、ダルボス氏とやら。亜人というのもなかなか力がある。勉強になったよ」

 

ノクス博士の声が聞こえた。

 

「だがここまでだな。魔力で駆動される魔神は君たちとは原理が違う。物理的な殴り合いで倒すことなどできない。覚えておいてくれたまえ」

 

その刹那、魔神がダルボスを掴んだ片手を上げた。ダルボスの巨体が、浮いた。弱々しくもがくその足が地面から離れていく。

 

「う....嘘だろ!」

 

「ありえねぇ....ダルボスでもダメなのか!」

 

兵士たちの間から驚愕の呟きが聞こえてきた。

 

「ぞ...族長ぉ..!」

 

タートナックたちと格闘していたゴロン戦士も、驚きの余り手を止め、愕然としている。

 

「行こう、もうすぐだ」

 

勇者リンクが言う。クローナックたちは、仲間が次々と倒れたのを見て警戒してか、ルリハたちと距離を置いて遠巻きに取り囲み始めた。

 

ダルボスは口から泡を吹いていた。それを見た魔神は満足げに微笑むと、手を離した。ダルボスの巨体が落下し、地響きを立てた。

 

「....こ..このダルボス....たとえ力尽きようとも....ゴロン族の誇りは....」

 

ダルボスは両手を地面に突くと、必死で上体を起こしながら呟いた。

 

だが、魔神はその上にのしかかるように立つと、拳を固めて振り上げた。

 

「走るぞ!」

 

勇者リンクが叫んだ。魔神の拳がダルボスの頭に衝突し、凄まじい衝撃音が響く。

 

クローナックどもが立ちはだかる。だが勇者リンクはジャンプ斬りで一匹の頭をたちどころに真っ二つにした。

 

アッシュが横から突入する。左右から飛んできた爪攻撃を身体を反らして躱し、剣を閃かせて片方の敵の両脚に深手を負わせた。剣で身体を支え脚を跳ね上げると、レッグシザースでもう片方の敵を引き倒す。立ち上がりざま回転斬りを放って一匹目の首を刎ね、再度の回転斬りで二匹目を葬った。

 

ルリハも続いた。突破された囲みを修復しようと、背後からクローナックが押し迫ってくる。後ろから殺到してくる気配を風圧で読み取ると、ルリハは首を傾けて爪を回避し、一本背負いで相手を投げ飛ばしたうえでとどめを刺した。

 

勇者リンクは既にクローナックの隊列を突破していた。鎧武者が戦棍を振り上げて迎え撃つ構えを見せる。

 

勇者は横斬りを放ちながら敵の脇をすり抜けた。相手が反射的に戦棍を上げて防いだことで、隙ができた。

 

裂帛の気合いとともに勇者が回転斬りを放つ。鎧の板が引き裂かれ、深手を負ったタートナックはよろめいた。

 

だが横から新手の鎧武者一体が現れた。追いついたアッシュは、そいつが払ってきた戦棍を身を低くして躱すと、跳ね起きて相手の身体に駆け登った。鎧武者の肩に乗ると剣を逆手に持ち、鎖骨と首筋の間に深々と突き入れる。

 

ルリハは遅れまいと走った。だが背後からクローナックが飛びかかってくる。咄嗟に前転して回避すると向き直った。横殴りに爪が来る。頭を下げると、三つ編みの後ろ髪がスッパリと切断された。だが相手の身体が泳ぐ。逆袈裟斬りで脇の下を斬り裂き、二度目の逆袈裟斬りでもう片方の腕を斬り落とした。前蹴りで蹴倒してとどめを刺す。

 

目を上げると、後方ではリンクルが戦っているのがチラリと見えた。

 

両手を交差させ、鬼どもを次々と射倒している。だがクローナックが突っ込んでいく。リンクルはその爪を器用に躱すと、零距離でこめかみに矢を撃ち込み、さらに相手の肩に飛び乗って頭頂部を撃った。そこから跳躍すると、空中で矢を連射し敵を撃ち倒していく。

 

「無駄なことだ、ダルボス氏!観念したまえ!」

 

ノクス博士の声が聞こえる。振り返ると、立ち上がろうとするダルボスの背後で魔神が両の拳を合わせて大きく振り上げるのが見えた。

 

その瞬間だった。

 

「勇者の兄ちゃん!今行くゴロ!」

 

ドンゴの叫び声が聞こえた。

 

岩の塊が高速で転がってくる音が背後から迫る。

 

鬼やクローナックたちが跳ね飛ばされていった。身体を丸めたドンゴは、リンクたちがこじ開けた鎧武者の隊列の隙間に一直線に向かっていく。それと同時に勇者リンクも前方にダッシュし始めた。

 

アッシュは別のタートナックと戦い始めていた。縦に振り下ろされた戦棍をギリギリで躱し、強烈な小手で武器を撃ち落とす。

 

クローナックの爪を剣で捌き、カウンターで斬りつけたルリハの脇を、ドンゴが転がりながら通り過ぎていった。鎧武者たちの盾の壁の隙間に身体をこじ入れるようにして、突破していく。

 

ルリハは相手にとどめを刺しながら、思わずドンゴを目で追った。その向こうには、勇者リンクが走っている。

 

さらにその向こうには、うずくまったダルボスの後頭部に今まさにとどめの一撃を加えようとしている魔神の巨体があった。

 

あらゆるものがスローモーションに見えた。

 

魔神が両の拳を振り下ろす。風が鳴った。勇者リンクが走る。その後ろから転がるドンゴがみるみるうちに距離を縮める。

 

ドンゴが追いつく。勇者が跳躍した。まるで測ったかのようにドンゴが勇者の下方に転がり込んだかと思うと、いきなり上体を跳ね上げた。

 

ドンゴの肩を踏み台にした勇者リンクが跳躍する。

 

夜の空に、高く飛んだリンクのシルエットが浮かんだ。

 

拳を振り下ろし終わる寸前の魔神の頭上に、落下しようとしている。

 

彼は、剣を逆手に持ち替えていた。ルリハは気づいた。

 

―――奥義『とどめ』だ!―――

 

ズシッ.....!

 

平原に音が響いた。すぐに続いて、何か硬い物が割れる亀裂音もだ。

 

勇者が、魔神の額の上に乗り剣を突き立てたのだ。

 

グアァァァァァァァッ!

 

平原に不気味な悲鳴が響き渡った。苦悶の表情を浮かべた魔神は数歩後退すると、ゆっくりと仰向けに倒れていった。

 

「とどめだ!」

 

リンクが叫び、再び跳躍する。その身体が剣もろとも魔神の胸に向かって落下した。

 

ズシッ.....!

 

再び魔神の悲鳴が上がった。突然、勇者の剣からまばゆいばかりの光が発せられた。

 

周囲にいた魔物たちは驚愕の様子で動きを止めた。手を顔の前にかざし、恐れと狼狽の表情を浮かべている。

 

「ば...バカなぁッ!魔導石を一撃で砕き.....心臓を貫いただと!」

 

ノクス博士の叫び声が聞こえる。

 

「小賢しい真似を!そんなダメージはいくらでも修復できる....おい!」

 

博士の合図を受け、突然の光に恐れ慄いていた魔物たちが我に帰った。

 

土埃がもうもうと舞う中、仰向けに倒れた魔神の上に勇者リンクが仁王立ちしている。

 

魔物たちは素早く彼を包囲すると、唸り声を上げながら攻撃の体勢をとった。

 

だがルリハは気づいた。

 

勇者リンクの、服から外に露出している皮膚すべてに、あの奇妙な紋様が浮かんでいる。そして脈打つように蠢き、不気味な紫色の光を放っていた。

 

「リンク殿...?」

 

もう一体の鎧武者を倒したアッシュが呟いた。

 

勇者の異様な様子を見た魔物たちが一瞬怯えたように後じさった。

 

「どうしたのだ!はやくやれ!こいつを除去しろ!」

 

ヒステリックにノクス博士が叫ぶ。ようやく気を取り直した魔物たちが顔を上げた。クローナックは爪を広げ、鎧武者は戦棍を構える。

 

だが勇者は、もはや戦う気力を失ったかのように、自分の手を眺めていた。

 

「リンク兄い....」

 

ルリハもまた、戦うのを忘れて見入った。周囲の敵たちも、皆リンクに注目し、ルリハには関心もない様子だった。

 

「これで....終わりさ」

 

ふと我に返ったように微笑むと、勇者は腰のポーチから何かを取り出した。

 

それは瓶のような器だった。彼はその蓋を取り去ると、その器を高く掲げた。

 

「ま.......まさか!?」

 

ノクス博士が叫ぶ。

 

「や...やめろ!そんなことをしたら魔王は....!」

 

勇者は瓶を自らの頭上で傾けた。瓶の口から液体が流れ出る。頭から被った液体が淡いピンク色に光り、そこから光の粒が無数に飛び出して空中に浮遊し始めた。

 

「やめろ.....!私の作品になんてことを....!」

 

ノクス博士が叫ぶ。勇者の身体を流れ落ちた液体が、その下にあった魔神に触れた。その途端不思議なことが起こった。

 

ズォォォォォォォォォ....ッ!

 

横たわった魔神の身体から紫の霧が立ち昇る。だが今度は光の粒の群れがそれを呑み込むように包んだ。

 

「やめろ!やめるんだ!」

 

博士は輿から降りてきて、魔神の傍に走り寄ってきた。だが、彼はあることに気づくと、絶望的な呻きを上げながら両手で頭を抱えた。

 

魔神の身体が溶け始めたのだ。

 

「わ...わたしの最高傑作が...」

 

唇を震わせながら、ノクス博士が後じさりする。魔神の身体が崩れて液化し流れ始めた。博士の足元が、その液体でドロリと包まれた。

 

「はっ....な...なんだこれは?」

 

ノクス博士は足元を見下ろした。次の瞬間、彼は言葉にならない悲鳴を上げ、尻餅をついて座り込んだ。

 

ルリハとアッシュは驚きのあまり言葉も発せられなかった。ノクス博士の身体が溶けて崩れ始めたからだ。その周囲にいた魔物たちも同様に溶け始め、後には服や甲冑だけが残されていった。

 

「.....魔王の...時代.....は...必ず...来るの...だ」

 

蚊の鳴くような声が聞こえる。茫然としながらルリハは周囲を見回した。

 

魔物たちはあらかた姿を消していた。目を上げると、鬼たちの群れが喚きながら逃げ散っている。

 

そして、勇者リンクだけが平原の真ん中に立ち尽くしていた。

 

その顔は疲弊し切っていた。だが、先ほどまで皮膚の上をのたうっていた紋様は綺麗に消えていた。

 

彼は静かに言った。

 

「終わったよ。...これで、何もかも」

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