ルリハの冒険〜魔王の復活と勇者の帰還   作:nocomimi

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ハイラル西平原の死闘

「ありゃあ十年前のことだゴロ」

 

ドンゴは礼拝所の裏から薪を持って来て火鉢に火を起こすと口を開いた。

 

「村外れの家に火が放たれたんだゴロ。多分魔物の仕業だゴロなぁ。祭司さまは勇敢にも、その家に取り残された子供たちを救い出すために炎の中に飛び込んだゴロ」

 

ルリハは黙って聞いていた。彼女は父からも兄からも、レナードがどれほど高潔で利他的な人物なのかを聞かされていたから、その話を聞いても驚きはしなかった。だが、胸が痛んだ。

 

「子供たちは助かったけど、全身に火傷を負った祭司さまはほどなく亡くなったゴロ。あんときは山からゴロン族も総出で葬儀に参列したゴロなぁ」

 

「あの....確かお嬢さんがいたはずですよね、祭司さまって」

 

ルリハは口を挟んだ。するとドンゴは顔を上げた。

 

「ああ、ルダお嬢ちゃんのことゴロか。あの子は確か、お父さんのような医者になるって言って城下町に留学したゴロ。でもその後便りも届いていないし、うまくやっていればいいんだけどゴロなぁ....」

 

「そうなんですね....」

 

ルリハは顔を伏せた。リンクルも真剣な面持ちで耳を傾けている。

 

「あたし、魔王ガノンドロフが倒されてからは魔物が減ったものだとばっかり思ってたけど、そうじゃなかったんでしょうか...」

 

ルリハが呟くとドンゴは腕を組んで唸った。

 

「確かにそういう時期もあったゴロが...どうもそうとは言い切れないゴロ。魔物は増えたり減ったりを繰り返すからゴロな。だけど.....」

 

「だけど..?」

 

「...だけど、ここ最近は異常なくらい増えてる。この村も最近は内部まで魔物が出没するようになったから、俺たちもこうして見回りしてるぐらいだゴロ」

 

ルリハはリンクルと顔を見合わせた。

 

考えてみれば、ルリハはトアル村を出たその日に十匹規模の鬼の群れと出くわしたのだ。それだけなら偶然で片付けられたかも知れない。だがこのゴロンの話を聞くと、何かの異変が起きているような気がして、彼女は背筋が寒くなっていくのを感じた。

 

「ま、今日のところはお前らここに泊まるゴロ。用心が心配なら、扉は内鍵を掛けられるようになってるゴロ」

 

ドンゴはそう言い置くと、腰を上げて出ていった。

 

二人は言葉少なに寝床を整えて就寝した。だが、会うべき人が既に故人だったというのは、ルリハにとってショックだった。携えた宝石は誰に渡せばいいのか。

 

リンクルは不安そうな顔でカンテラの明りを見つめていたが、やがて寝入った。ルリハも明りを消すと、さまざまな考えが頭の中を去来するなか、無理やり眠りについた。

 

* * * * * * * * * * * * * 

 

「おおい、昨夜は寝れたゴロか?」

 

翌朝ルリハが旅装を整えて外に出ると、遠くから声をかけてくる者があった。ドンゴだ。

 

「ありがとう!おかげさまで」

 

ルリハも手を振って笑顔を向けた。その後ろからリンクルが欠伸をしながらノロノロと出てきた。

 

「そうだ。お前ら、これからどこに行くゴロか?村に留まるんだったら働き口紹介してやってもいいゴロよ。温泉ホテルの下働きとか、どうゴロ?」

 

「ありがとうおじさん。でも、あたしたちこれから城下町に行くんだ」

 

ルリハは答えた。するとリンクルが後ろから口を出した。

 

「温泉ホテル!?そんないい宿あったの?なんだぁ~泊まりたかったぁ!」

 

「そんなの高いに決まってるでしょ。だいいちあんたお金持ってないじゃない」

 

ルリハが叱りつけると、リンクルは口を尖らせた。

 

「ケチ。一泊くらいいいじゃん」

 

「そんなんで百ルピーも二百ルピーも使ってたらすぐ一文なしになるわよ。さ、行くよ」

 

ルリハは口笛を吹いた。すると泉にいた馬がこちらに歩み寄ってくる。

 

「いろいろありがとね、ドンゴおじさん。帰りにまた寄るから」

 

ルリハは馬に跨ると、リンクルを後ろに乗せながら言った。

 

「ん?お前ら、西平原経由で行くつもりゴロか?」

 

近づいてきたドンゴは怪訝な顔で言った。

 

「うん、そうだけど?」

 

「やめといたほうがいいゴロよ。最近とみに魔物がよく出るらしいゴロ」

 

ドンゴは真顔で言う。ルリハとリンクルは顔を見合わせた。

 

「魔物がって....そんなに?」

 

「ああ。危険過ぎて西平原回りの交易ルートは廃止されたくらいだゴロ」

 

「じゃあ....南平原からの北上ルートはまだ大丈夫なの?」

 

ルリハが尋ねるとドンゴは請け合った。

 

「ああ。あっちに出るのは群れからはぐれたボコブリンとカーゴロックくらいだから、行商人も馬車を飛ばせば逃げ切れるって言ってたゴロ」

 

「わかった。ありがと」

 

ルリハは馬の鼻先を東に向けた。来た道を戻る形になるが安全には代えられない。

 

ドンゴに手を振ると、手綱を鳴らして馬を発進させた。だが、少し進んだところでリンクルが声を上げた。

 

「ねえちょっと!来た道戻ってない?大丈夫お姉ちゃん?」

 

「もう..話聞いてなかったでしょ。西平原は危険だからって」

 

「ええっ!じゃあまたあのだだっ広い南平原に戻るのぉ?風景単調だし詰まんないよぉ」

 

「レジャーで旅行してるわけじゃないんだよ。文句ばっか言わない」

 

ルリハは少し苛立って言った。するとリンクルは答えた。

 

「はぁい.....ねえ、そしたら何日で城下町に着くの?」

 

「途中一泊は必要だけど、次の日の夕方には南門に.........」

 

そう答えた途端、ルリハは気づいた。そこまで食糧の備蓄がない。

 

「ねえ、やっぱ近道で行こうよぉ。危険っつったって、うちとルリハお姉ちゃん二人いれば鬼の十匹くらいは相手できるじゃん?それにいざとなったら逃げられるんだしさぁ」

 

ルリハは考えた。西平原で馬を飛ばせば日没前には城下町に着くはずだ。鬼どもがいても、機動力ではこちらが上。近づかず迂回すれば危険は避けられる。

 

リンクルはしきりにせがんでくる。ルリハは考えをまとめた。

 

「わかった。西回りで行こう」

 

「やったぁ!やっぱ近道が一番だよね!」

 

リンクルははしゃいだ声を上げる。ルリハは馬の向きを変えると、来た道を引き返し、村の門を潜った。目抜き通りを北上すると、活動を始めた村人たちが行き来している。

 

―――本当にこれで大丈夫だろうか。―――

 

ルリハの胸中に不安がよぎった。

 

村で食糧を買い込んだ上で改めて安全な南回りのルートを取ればいいのでは?

 

そんな考えも浮かんだ。

 

だが、持参した旅銀にも限りがあるから無駄遣いはしたくない。

 

ルリハはそのまま馬を北上させると、村の北端で右に入る道に進んだ。西平原への道だ。

 

* * * * * * * * * * * * * * *

 

村の出口から続く両側を崖に挟まれた小道は、北に向かってカーブしていったが、ある時唐突に視界が開けた。

 

右側には奈落のような落差があり、左手には赤くゴツゴツした岩が転がる荒れ地だ。さらに前方には、広々とした平原が広がっている。

 

視線を走らせると、鬼どもの姿は見えない。ルリハは少なからず安堵した。

 

荒地を抜けて平原に入ると、はるか北東に尖塔が見える。

 

「見て!あれ....ハイラル城じゃない?」

 

リンクルが大きな声を上げた。

 

ルリハも、それを見ると心が弾んだ。こんな遠くからでも視認できるなんて、近くで見たらハイラル城の威容はどれほどだろうか。

 

「よぉし。飛ばすよ!」

 

ルリハは馬の方向をその尖塔に向けると、脇腹に踵を当てて加速させた。たちまち速度が上がる。

 

だが、彼女は同時に気づいた。頭上を雲が覆っている。空の色がどこかおかしい。

 

ルリハは感じた。この場所に長い間いるべきではない。私たちは歓迎されていない。理屈で説明できないような、そんな考えが頭に浮かんだ。

 

城の尖塔は相当巨大なものらしく、どれほど馬を走らせても一向に距離が縮む様子がなかった。

 

地図で見た距離は本当に正しいのだろうか。不安がルリハの胸に浮かんだ。この平原で夜を明かすなどということはしたくない。

 

その時だった。

 

飛来物が空気を裂く音が聞こえる。

 

「伏せて!」

 

ルリハは自分も馬上で身を低くしながら叫んだ。リンクルが慌ててしがみついてくる。矢が頭上を通り過ぎていく。

 

背後を見たときルリハは息を飲んだ。

 

ブリブリンたちが、巨大な猪に跨って追いかけてくる。全部で十騎ほどだ。

 

ルリハたちが近づいてくるまで草むらで身を低くしていたのだろうか。

 

喚き声を上げながら、それぞれの猪の後席に座った弓兵たちが弓を上げてこちらに狙いをつけている。猪どもの足が地面を蹴る音が地響きのように迫ってきた。

 

「つかまってて!」

 

ルリハは叫ぶと、急激に馬をカーブさせた。放たれた矢が二人の身体をかすめる。

 

このまま敵の標的になっていてはいつかやられる。

 

ルリハは馬をカーブさせ、敵の群れの背後を狙う機動をとりながら後席に声をかけた。

 

「リンクル!」

 

猪どもが地面を蹴る音が地響きのように追いかけてくる。リンクルは必死の形相でルリハにつかまりながらボウガンを片手に構え、後ろ向きに矢を放った。一の矢は外れた。だが彼女は腰のベルトについた金具で二の矢を装填し放った。当たった。

 

鬼の悲鳴が響く。だが残りは勢いを減じることなく追いかけてくる。ルリハが必死で馬を左右に動かして撹乱するなか、次々に矢を射掛けてくる。動く目標に当てられるほどの手練れがいないのが幸いだった。

 

「ケポラ!頼んだよ!」

 

愛馬が苦し気にいななく。小回りの利かない猪どもの追跡を逸らしたと思ったら、相手は扇状に散開しながら執拗に食いついてくる。

 

どうする。喉元まで焦りがせり上がってきた。

 

リンクルが矢を放った。また外れだ。彼女は持っていたボウガンを太腿に吊るすともう一丁のボウガンを取り出して放った。だが、焦っているのかまた外した。

 

ルリハは一か八かの手を取ることにした。馬の速度を落とし、急激にカーブを切ると、思い切り加速した。

 

背後を次々と矢が通り過ぎていく。

 

「リンクル!大丈夫?」

 

ルリハは叫んだ。リンクルは言葉を発するのも忘れて何度も頷いた。振り返ると、小回りの利かない猪がついてこれずに突っ走っていく。弓兵たちが罵声を上げながら腕を振り上げているのが見えた。

 

「カカリコ村に戻ろう。いいね?」

 

ルリハは一旦下がった馬の速度を上げながらリンクルに声をかけた。

 

その瞬間、側方の草むらから何かが飛び出してきた。

 

鬼が跨った猪。伏兵だ。

 

まずい。ルリハの背筋が凍り付いた。だが、これ以上加速できない。即座に減速もできない。

 

敵がみるみる近づいてくる。

 

やがて、猪が馬の側面にぶち当たった。

 

吹き飛ばされるように倒れる馬。ルリハとリンクルは投げ出されて平原を転がった。

 

ルリハは受け身をとりながら草地を転がった。濃い下草がクッションになったのが幸いだった。

 

「リンクル!」

 

うめき声を上げながら身体を起こそうとしているリンクルの手を取る。だが顔を上げると、ルリハは見た。騎兵たちがこちらに戻ってくる。

 

ルリハは剣を抜いた。騎兵の数は十を超える。傍らの愛馬は倒れたまま苦しげにもがいている。

 

鬼どもの喚き声が急速に近づいてきた。先頭の二騎ほどが突進してきた。

 

ルリハは咄嗟にリンクルの腕を掴むと横に転がった。すんでのところで猪を回避すると、立ち上がって剣を構え直す。

 

後続の猪どもが接近してくる。

 

ようやく立ち直ったリンクルがボウガンを構え、放った。

 

矢が猪の頭に命中する。だが何事もなかったかのように突進してくる。

 

「な....なんで?」

 

リンクルがうわごとのように叫んだ。ルリハは再びリンクルの腕を掴んで横に飛びのいた。

 

いまや、騎兵どもは歓声を上げ、二人の周囲で円を描くように走り回っていた。

 

――じわじわとなぶりものにするつもりだ――

 

ルリハの背筋を凄まじい恐怖が襲った。だが次の瞬間だった。

 

負けてたまるか。

 

その言葉が胸の奥で燃え上がった瞬間、ルリハの視界が一気に研ぎ澄まされた。

 

「リンクル!あんたは伏せて!」

 

ルリハは叫ぶと、倒れた馬の鞍のベルトを剣で切った。切り離した鞍を盾のように構えると、周囲を走る騎兵どもを目で追う。

 

鬼どもがいっそう嘲るような笑い声を上げる。だが、その中に、弓を上げて狙いをつけている者がいる。ルリハはそいつに突進した。

 

来る。そう思った瞬間、飛来物が風を切る音がした。

 

盾がわりの鞍を掲げる。矢が突き刺さる。だが止まった。

 

鞍を投げ捨て、矢を発射した騎兵に走り寄る。相手は慌てて方角を変えようとした。だが一瞬ルリハが早かった。裂帛の気合いを発してジャンプ斬りを放つ。

 

二の矢をつがえようとしていた弓兵が肩口から深手を負って、力を失ったようにふらついた。

 

だが、後続の騎兵が突っ込んで来る。避けきれず猪の鼻面で押し飛ばされた。よろめいて尻もちをついたルリハは必死で立ち上がった。

 

だが顔を上げると、騎上のすべての弓兵が弓を上げてこちらに狙いをつけているのが見えた。

 

――あたしを殺したあと、ゆっくりとリンクルを料理するつもりなのか――

 

背後に座り込んでいるリンクルは、恐怖に顔を歪め、両足をガクガクと震わせていた。

 

苦い絶望と、悲しみと、苦悶の思いが喉にせり上がってくる。

 

せめて。あと少し。涙が目に滲んできた。

 

だが、その時、何かが転がってくるような轟音が遠くから近づいてきた。

 

視界の隅に、巨大な岩の塊のようなものが飛び込んできた。

 

それが騎兵を次々と撥ね飛ばしていく。

 

不意を突かれたブルブリンどもは驚きの声と罵声を上げた。

 

何匹かが岩の塊に向けて矢を射る。だがそれは雨滴のように弾き飛ばされ何のダメージも与えていないようだった。

 

岩の塊は転がりつづけ、一騎、また一騎と鬼どもを粉砕していく。

 

やがてブルブリンどもはほうほうの体で逃げ出していった。

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