響け!ユーフォニアム:黄金の咆哮と新緑の旋律   作:kor

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第2話:サンフェス、青空に響く凱歌

## 第2話:サンフェス、青空に響く凱歌

 

五月の風は、冬の名残を完全に拭い去り、少しだけ汗ばむような熱気を運んでくる。

北宇治高校吹奏楽部にとって、新体制になって最初の大きな試練――サンライズフェスティバル、通称「サンフェス」が目前に迫っていた。

 

「はい、そこ! 列が乱れています。如月くん、もう少し歩幅を一定に。あなたは音楽の軸なんですから」

 

滝先生の冷静な声が、照り返しのきついグラウンドに響く。

吹奏楽のマーチング。それは、正確な演奏技術と、寸分の狂いも許されない歩法を両立させる過酷な競技だ。オーケストラという「座って奏でる極致」の世界で生きてきた響くんにとって、このサンフェスの練習は、これまでの音楽人生で経験したことのない異質な壁となっていた。

 

「……はぁ、はぁ……。ごめん、久美子ちゃん。またズレちゃったかな」

 

休憩の合図とともに、響くんが私の隣で膝をついた。

額には大粒の汗が浮かび、少し長めの前髪が張り付いている。いつもの余裕のある中性的な美貌も、今は必死な表情に上書きされていた。

 

「大丈夫だよ、響くん。マーチングは慣れだから。……それより、楽器、重くない? ホルンを構えながら歩くのって、ユーフォより大変そう」

 

「重い……っていうより、視界が遮られるのが怖いかな。ベルが右にあるから、どうしても重心が寄っちゃうんだ」

 

響くんは苦笑いしながら、愛用のホルンを愛おしそうに撫でた。

シュベールト・フィルでは、燕尾服を着て、磨き上げられたホールの椅子に深く腰掛け、指揮者のタクトを「待つ」のが彼の日常だった。けれど今は、オレンジ色のユニフォームに身を包み、アスファルトの上で土埃にまみれながら、仲間と歩調を合わせるために「動く」ことを求められている。

 

「如月。……甘えたこと言わないで。あなたの音は、歩いていても座っていても『特別』じゃなきゃいけないのよ」

 

麗奈が冷たいスポーツドリンクを手に、私たちの前に立った。彼女の瞳には、一切の妥協がない。

 

「わかってるよ、麗奈ちゃん。……足元ばかり気にして、音が痩せちゃったら意味ないもんね。……次は、もっと『飛ばして』みるよ」

 

響くんが顔を上げ、少しだけ鋭い目つきになった。

彼の中にある、プロフェッショナルとしての負けず嫌いな一面。それが、麗奈の言葉によって火を灯されたのがわかった。

 

---

 

サンフェス当日。京都の街は、青く澄み渡った空の下、各校のユニフォームが踊る祭典の熱気に包まれていた。

沿道を埋め尽くす観客。その視線は、昨年、見事な復活を遂げた北宇治高校に集まっていた。

 

「北宇治高校、出発!」

 

部長である優子先輩の号令とともに、私たちの行進が始まった。

軽快なドラムマーチ。足の裏から伝わるアスファルトの振動。

私はマウスピースに唇を当てながら、少し前方を行く響くんの背中を見つめた。

彼の歩みは、練習の時とは見違えるほど安定していた。まるで、地面に根を張る巨木のような、揺るぎないリズム。

 

そして、楽曲がメインテーマに差し掛かったその時だった。

 

「――ッ!!」

 

滝先生の合図とともに、金管セクションが一斉にベルを跳ね上げる。「ベルアップ」。

その瞬間、響くんのホルンから放たれた音が、京都の青空を力ずくで引き裂いた。

 

それは、吹奏楽の枠を遥かに超えた、圧倒的な音圧。

けれど、決して耳を刺すような騒音ではない。

ベルの中から溢れ出した黄金色の響きは、空気を物理的に震わせ、沿道の観客たちの肌を粟立たせた。

 

隣を歩く立華高校や龍聖学園といった強豪校の生徒たちが、思わずといった様子でこちらを振り返るのが見えた。彼らの瞳に宿っているのは、驚き、そして「戦慄」だ。

 

「(……すごい。音が、空を突き抜けていく……)」

 

響くんの音は、マーチングの騒音の中でも、完璧なピッチと圧倒的な密度を保っていた。

麗奈のトランペットが、針の穴を通すような高音で旋律を切り裂き、響くんのホルンが、その全てを包み込むような巨大な「盾」となって背後を支える。

黄金のペア。

二人の「特別」が共鳴し、北宇治の音を、もはや「学生の部活」というレベルではない、一つの芸術へと昇華させていた。

 

「ブラボー!!」

 

沿道から、誰かの叫び声が聞こえた。

パレードが終わる頃、観客たちの拍手は鳴り止まず、北宇治の名前は確固たる衝撃とともに京都中に再認識されることとなった。

 

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「……ふぅ、終わったね。久美子ちゃん」

 

解散場所に戻った響くんは、ユニフォームの襟を緩め、心地よさそうに空を仰いだ。

その顔には、先ほどまでの「怪物」のような気迫はなく、いつもの穏やかな、どこか人懐っこい笑顔が戻っていた。

 

「響くん、凄かったよ。……あんな音、初めて聴いた。みんなびっくりしてたよ」

 

「あはは、ちょっとやりすぎちゃったかな。……でも、気持ちよかった。外で、こんなにたくさんの人たちの前で吹くのって。……オケの時とは違う『熱』があるね、吹奏楽って」

 

響くんはそう言って、誇らしげにホルンを抱えた。

その時、人混みの向こうに、厳しい表情でこちらを注視する一団が見えた。

龍聖学園――。全国常連の絶対王者。

彼らの視線は、明らかに響くん一人に注がれていた。

 

「(……響くん、君はもう、隠れられないんだね)」

 

彼が望もうと望むまいと、その一音一音が北宇治を「追われる立場」へと押し上げていく。

空はどこまでも青く、遠く。

けれど、その先に待ち受ける関西大会の、そして全国大会の厳しい影を、私は響くんの輝くホルンのベルの中に見た気がした。

 

「行こう、久美子。……次は、コンクールよ」

 

麗奈の声に、私は「うん」と力強く頷いた。

黄金の咆哮を宿した少年と共に歩む、私たちの夏が、いよいよ本格的に幕を開けようとしていた。

 

---

 

【第3話:シュベールの遺産、父からの手紙】へ続く

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