## 第9話:孤高の冬、全日本ソロコンへの道
名古屋の国際会議場、センチュリーホール。
あの日、ステージを包んだ拍手の残響は、私たちにとって甘く切ない「銀賞」という結果に変わった。
目標としていた全国金賞には、あと一歩届かなかった。
そして、季節は巡る。
三年生が引退し、信じられないことに、私は北宇治高校吹奏楽部の**部長**に就任した。
「部長、黄前久美子」。その肩書きの重さに押し潰されそうになりながら、私は新体制の部をまとめようと、放課後の音楽室を駆け回る日々を送っていた。
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### 1. アンサンブルの季節と、響くんの「宣言」
十一月。コンクールの熱狂が嘘のように、校内にはまた別の、そわそわとした空気が流れ始めていた。
アンサンブルコンテスト。少人数でチームを組み、自分たちの音楽を作り上げる冬の祭典。
「……ねえ、如月先輩。今年もやっぱり、アンコンは出ないんですか?」
「如月くん、私たちのチームで吹いてほしいな!」
一年前、全ての誘いを「申し訳なさそうな困り眉」で断り続けていた響くんの周りには、今年も勧誘の嵐が吹き荒れていた。
けれど、今年の彼は違った。
「……あ、うん。誘ってくれてありがとう。でもね、今年はもう、組む相手が決まってるんだ」
響くんのその言葉に、周囲の女子部員たちが凍りついた。
「えっ、誰と!?」「あすか先輩はもういないし、もしかして……」
その時、音楽室の扉を勢いよく開けて入ってきたのは、麗奈だった。
「如月。……返事は決まったかしら」
「うん。……麗奈ちゃん、誘ってくれてありがとう。僕で良ければ、全力で支えさせてもらうよ」
響くんが向けたのは、一年前の「拒絶」ではなく、明確な「共闘」の意志を宿した笑顔だった。
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### 2. 「最強」の布陣と、久美子の奔走
麗奈が招集したメンバーは、まさに「現・北宇治」の精鋭たちだった。
トランペットの麗奈を筆頭に、ホルンの響くん、トロンボーンの秀一、チューバの葉月ちゃん、パーカッションの井上順菜ちゃん、釜屋つばめちゃん、そしてオーボエの小日向夢ちゃん。私を含めた八人の混成アンサンブル。
「ちょっと、このメンバー豪華すぎない……?」
私が譜面を手に絶句していると、麗奈が不敵に微笑んだ。
「金賞以外、あり得ないわよ。……部長、あなたは吹くことに専念しなさい。部のまとめは、私が横から睨みを利かせてあげるから」
練習が始まると、そこにはコンクールとはまた違う、凄まじい熱量が渦巻いた。
特に響くんの気迫は、昨年とは比較にならないほど鋭かった。彼はアンコンの練習の合間を縫って、さらに別の、より過酷な戦いにも身を投じていたのだ。
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### 3. 全日本ソロコンテストへの「復讐」
「……響くん、また遅くまで残ってるの?」
ある日の夜、部長としての事務作業を終えた私が練習室を覗くと、響くんがたった一人で楽器を構えていた。
譜面台に置かれているのは、アンコンの楽譜ではない。
超絶技巧が散りばめられた、ホルンのための無伴奏ソロ曲。
「……全日本ソロコンテスト。……お父さんへの、僕なりの『答え』なんだ」
響くんはマウスピースを外し、少しだけ冷えた指先を見つめた。
「お父さんは、僕が吹奏楽に染まって『個』を失ったと思ってる。……だから、見せてやりたいんだ。仲間と一緒に最高のアンサンブルを鳴らしながら、同時にソロでも日本一を獲れる。……吹奏楽は、僕の音を痩せさせる場所なんかじゃなかったってことを、証明したい」
それは、かつての「孤独な逃避」ではなかった。
仲間と響き合う喜びを知った彼が、その喜びを燃料にして、再び「孤高の頂」へと手を伸ばす。
父親という、あまりにも巨大な壁への、静かな、けれど苛烈な「復讐」。
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### 4. 凍りつく冬の全校集会
冬休みが明け、一月。
アンサンブルコンテストの府大会が行われた。
私たちのチームは、凄まじい集中力で「金賞」を勝ち取った。けれど、他に出場した北宇治のチームは、あと一歩及ばず、悔しい結果に終わっていた。
そして、三学期の始業式。
凍てつくような寒さの体育館で行われた表彰伝達式で、それは起きた。
「……続いて。全日本ソロコンテスト、高校生の部。第1位、文部科学大臣賞。如月 響」
教頭先生の声が響いた瞬間、体育館の空気が物理的に止まった。
吹奏楽部以外の生徒たちは「全国1位? すげー!」と呑気に拍手を送っている。
けれど、吹奏楽部の列だけは、まるで石像のように凍りついていた。
アンコンの練習を共にしながら、彼はいつの間に、これほどの頂点まで駆け上がっていたのか。
壇上に上がる響くんの背中は、いつもの「人懐っこい二年生」のそれではなかった。
一年前、全ての依頼を断って自分の音と向き合い続けた孤独な影。それが今、全国優勝という圧倒的な形となって、私たちに突きつけられたのだ。
「(……なんて人……)」
麗奈でさえ、息を呑んで彼を見つめていた。
表彰を終えて戻ってきた響くんは、いつもの困ったような眉で、私にだけ小さく笑いかけた。
「……久美子ちゃん。これでようやく、お父さんに胸を張ってメールが打てるよ」
その笑顔の裏にある、想像を絶する努力と孤独。
部長として部をまとめようと必死だった私は、彼の背中に、真の「強さ」を教えられた気がした。
「……おめでとう、響くん。……日本一のホルン奏者がいる部長なんて、私、贅沢すぎるね」
「あはは。……これからもよろしくね、久美子部長」
冬の朝の冷たい光の中で、響くんの手にした黄金の賞状が、眩いほどに輝いていた。
北宇治高校吹奏楽部。
如月響という「怪物」を抱えた私たちの物語は、いよいよ最後の一年へと向かっていく。
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【最終話:響け、明日へのアンサンブル】へ続く