響け!ユーフォニアム:黄金の咆哮と新緑の旋律   作:kor

9 / 10
第9話:孤高の冬、全日本ソロコンへの道

## 第9話:孤高の冬、全日本ソロコンへの道

 

名古屋の国際会議場、センチュリーホール。

あの日、ステージを包んだ拍手の残響は、私たちにとって甘く切ない「銀賞」という結果に変わった。

目標としていた全国金賞には、あと一歩届かなかった。

 

そして、季節は巡る。

三年生が引退し、信じられないことに、私は北宇治高校吹奏楽部の**部長**に就任した。

「部長、黄前久美子」。その肩書きの重さに押し潰されそうになりながら、私は新体制の部をまとめようと、放課後の音楽室を駆け回る日々を送っていた。

 

---

 

### 1. アンサンブルの季節と、響くんの「宣言」

 

十一月。コンクールの熱狂が嘘のように、校内にはまた別の、そわそわとした空気が流れ始めていた。

アンサンブルコンテスト。少人数でチームを組み、自分たちの音楽を作り上げる冬の祭典。

 

「……ねえ、如月先輩。今年もやっぱり、アンコンは出ないんですか?」

「如月くん、私たちのチームで吹いてほしいな!」

 

一年前、全ての誘いを「申し訳なさそうな困り眉」で断り続けていた響くんの周りには、今年も勧誘の嵐が吹き荒れていた。

けれど、今年の彼は違った。

 

「……あ、うん。誘ってくれてありがとう。でもね、今年はもう、組む相手が決まってるんだ」

 

響くんのその言葉に、周囲の女子部員たちが凍りついた。

「えっ、誰と!?」「あすか先輩はもういないし、もしかして……」

 

その時、音楽室の扉を勢いよく開けて入ってきたのは、麗奈だった。

 

「如月。……返事は決まったかしら」

「うん。……麗奈ちゃん、誘ってくれてありがとう。僕で良ければ、全力で支えさせてもらうよ」

 

響くんが向けたのは、一年前の「拒絶」ではなく、明確な「共闘」の意志を宿した笑顔だった。

 

---

 

### 2. 「最強」の布陣と、久美子の奔走

 

麗奈が招集したメンバーは、まさに「現・北宇治」の精鋭たちだった。

トランペットの麗奈を筆頭に、ホルンの響くん、トロンボーンの秀一、チューバの葉月ちゃん、パーカッションの井上順菜ちゃん、釜屋つばめちゃん、そしてオーボエの小日向夢ちゃん。私を含めた八人の混成アンサンブル。

 

「ちょっと、このメンバー豪華すぎない……?」

私が譜面を手に絶句していると、麗奈が不敵に微笑んだ。

「金賞以外、あり得ないわよ。……部長、あなたは吹くことに専念しなさい。部のまとめは、私が横から睨みを利かせてあげるから」

 

練習が始まると、そこにはコンクールとはまた違う、凄まじい熱量が渦巻いた。

特に響くんの気迫は、昨年とは比較にならないほど鋭かった。彼はアンコンの練習の合間を縫って、さらに別の、より過酷な戦いにも身を投じていたのだ。

 

---

 

### 3. 全日本ソロコンテストへの「復讐」

 

「……響くん、また遅くまで残ってるの?」

 

ある日の夜、部長としての事務作業を終えた私が練習室を覗くと、響くんがたった一人で楽器を構えていた。

譜面台に置かれているのは、アンコンの楽譜ではない。

超絶技巧が散りばめられた、ホルンのための無伴奏ソロ曲。

 

「……全日本ソロコンテスト。……お父さんへの、僕なりの『答え』なんだ」

 

響くんはマウスピースを外し、少しだけ冷えた指先を見つめた。

「お父さんは、僕が吹奏楽に染まって『個』を失ったと思ってる。……だから、見せてやりたいんだ。仲間と一緒に最高のアンサンブルを鳴らしながら、同時にソロでも日本一を獲れる。……吹奏楽は、僕の音を痩せさせる場所なんかじゃなかったってことを、証明したい」

 

それは、かつての「孤独な逃避」ではなかった。

仲間と響き合う喜びを知った彼が、その喜びを燃料にして、再び「孤高の頂」へと手を伸ばす。

父親という、あまりにも巨大な壁への、静かな、けれど苛烈な「復讐」。

 

---

 

### 4. 凍りつく冬の全校集会

 

冬休みが明け、一月。

アンサンブルコンテストの府大会が行われた。

私たちのチームは、凄まじい集中力で「金賞」を勝ち取った。けれど、他に出場した北宇治のチームは、あと一歩及ばず、悔しい結果に終わっていた。

 

そして、三学期の始業式。

凍てつくような寒さの体育館で行われた表彰伝達式で、それは起きた。

 

「……続いて。全日本ソロコンテスト、高校生の部。第1位、文部科学大臣賞。如月 響」

 

教頭先生の声が響いた瞬間、体育館の空気が物理的に止まった。

吹奏楽部以外の生徒たちは「全国1位? すげー!」と呑気に拍手を送っている。

けれど、吹奏楽部の列だけは、まるで石像のように凍りついていた。

 

アンコンの練習を共にしながら、彼はいつの間に、これほどの頂点まで駆け上がっていたのか。

壇上に上がる響くんの背中は、いつもの「人懐っこい二年生」のそれではなかった。

一年前、全ての依頼を断って自分の音と向き合い続けた孤独な影。それが今、全国優勝という圧倒的な形となって、私たちに突きつけられたのだ。

 

「(……なんて人……)」

 

麗奈でさえ、息を呑んで彼を見つめていた。

表彰を終えて戻ってきた響くんは、いつもの困ったような眉で、私にだけ小さく笑いかけた。

 

「……久美子ちゃん。これでようやく、お父さんに胸を張ってメールが打てるよ」

 

その笑顔の裏にある、想像を絶する努力と孤独。

部長として部をまとめようと必死だった私は、彼の背中に、真の「強さ」を教えられた気がした。

 

「……おめでとう、響くん。……日本一のホルン奏者がいる部長なんて、私、贅沢すぎるね」

 

「あはは。……これからもよろしくね、久美子部長」

 

冬の朝の冷たい光の中で、響くんの手にした黄金の賞状が、眩いほどに輝いていた。

北宇治高校吹奏楽部。

如月響という「怪物」を抱えた私たちの物語は、いよいよ最後の一年へと向かっていく。

 

---

 

【最終話:響け、明日へのアンサンブル】へ続く

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。