「暇だ。それはもうすんごい暇」
「だったら依頼の一つでも受けてください」
「そうはいってもねぇ、やる気が起きないんだよ」
「S級を遊ばせておく暇はありませんよ」
確かにそうだが、違うんだよ。
言葉にするでもなく胸の内だけで消化する。
そんな俺の胸中を見抜いたのか、カウンター席に立つ受付嬢がジト目で此方を見た。
冒険者ギルドの一角、受付カウンターにほど近い場所で暇をつぶしていた。
「何かない?アイン」
「何かと申されましても。真新しいものはここにはないですよ」
「辺鄙なところだからな」
「辺鄙言わないでください」
事実だからしょうがない。
王都から山脈一つ隔てた所だからそこまで情報も入ってこないし。
「ここって研究所とかないんだっけ?」
「ないですね」
「なんで?」
「仮に予算を貰えてもですね、こんな山奥に高い機材を運ぶだけで半分は飛びます。研究者だってわざわざ不便な田舎に来たがりません」
だからないんです。というアイン。
確かにここはモンスターも強いやつが多いし、危険な山が一つあって交通の便が極悪だけど言うほどか?
いや言うほどだな。うん。自分でこの街の特徴を羅列したが誰が来るんだこんなところ。
「ほーん。じゃあここで獲れるモンスターに価値はないってことか?」
「いや、そういうわけではないです。獲れる素材の質は王都に集まるものにだって負けはしません。ただ、ここは『冒険者の墓場』ですから」
「『冒険者の墓場』。そんな呼び方されてたなそう言えば」
なんとなしにそう言うと、アインが「貴方にはわからないかもしてませんが」と前置きをして説明しだす。
「此処は四方を山と海に囲まれた開拓地です。海路は安全ですが大型船を出す燃料代と湾岸税で利益が溶けます。山路は…貴方みたいな変た、いえ、S級ならともかく、普通の商隊が通れば火竜の餌食になって積荷ごと焼失です。結果、ギルドが月に一度出す、赤字ギリギリの定期便が命綱なんですよ」
「まぁ俺は山通って来たけどな」
「だから変態だって言ってんですっ!…あっ言っちゃった」
口元を手で覆ったアインは、突然何かを思いついたような顔をしてからカウンターの奥へ消える。
頬杖を突きながら待っていると、なにやら分厚い書類の束を持ってきて、それをドンと置いた。
「いいですか。調査さえできれば、価値のある何かさえ見つかれば人は来るんです」
「価値のある何か?」
「ええ。元々此処は危険度と立地から半ば見放されてるような場所です。当然、私のような仕事で来る人以外誰も訪れません。けれど、ここの環境を詳細に調査し、記録できるような人材がいれば話は別です」
「そんな人いるかな」
「貴方だって言ってんですよ!単独で山越えを達成できる強さ、四則計算と識字が可能な高い教養、荒くれものの多い冒険者において問題の無い人格!本当になんでこんな所にいるんですか?」
「いやぁ、辺境って言ったら何かあるかなって」
「あるわけないじゃないですか!?物流が死んでて調査も碌に進んでないこんな場末に!」
そこまで捲し立てると肩で息をしながらアインが指を指す。
示す方向にあるのは俺の顔。思わず自分の顔を指すとアインが頷く。
アインが書類のうち一枚を持ってカウンターから出ると、俺が座ってる席のテーブルに置いた。
「ここに名前を書いてください」
「えっ」
「暇だって言いましたよね?」
「言ったね」
「じゃあ書いてください。今ならギルドの料理無料権限が与えられますよ」
「やります」
妙に圧のある笑顔に押されながらペンを手に取る。
『特別調査員登録書』とか書かれてる紙だ。なんでこんなものがあるかは聞かない方が良いだろうな。
名前の欄に「ジキル・ウォーレン」と書き込み、こまごまとした項目を全て埋めると、アインに手渡した。
「はい、どうぞ。これでいいんだろ?」
「ありがとうございます!ギルドは貴方様のご着任を歓迎いたします!」
「調子いい奴だよ…ちょっと待て、ギルマスには?」
「二つ返事で了承してくださいました」
彼奴ほんと適当だな!?
腐ってもギルドマスターなんだから熟慮を重ねた末に行動しろよ!
「まったく…それで、最初は何すればいいんだ?」
「初回はスライムから始めればいいかと。記録をつけましたら私に提出してください」
「りょーかい」
◇◇◇
「で、何から書けばいいかな」
そう独りごとを呟きながら目の前で飛び跳ねる不透明な塊を見遣る。
通常種のスライムが見つかんなかったから上位種のアシッドだが、どちらも似たようなもんだろ。
詳しく観察するために結界内に閉じ込めたが、まだ激昂してるようで結界に向かってスーパーボールみたいに跳ねながらところかまわず溶解液を噴射してる。
「元気だなしかし。…しかし、こいつらってどうやって動いてるんだ?」
跳ね回るスライムに筋肉らしい何かは見受けられない。昔図鑑で見た時は殆ど全て水分で、あるのはコアと透明な内臓くらいらしい。それにしてはジャンプするときにタメを作るように姿勢(?)を低くしているが。
「此奴にあるのは溶解液を保存しておく袋だけだが、かなりの水圧が出てる。噴射するときに身体を窄めるように縮こまらせてるし、全身筋肉みたいな感じなのか?」
あるのはコイツの全身を覆う魔力ぐらいだが…ん?
身体強化を利用してるのか?
「だとすれば辻褄は合うな」
冒険者に騎士、狩人にそこらへんの町人に至るまで、身体強化とは最も原始的な魔法と呼ばれている。
身体の防御力や出力を大幅に強化してくれるこの魔法は、いうなれば見えない筋肉を纏うのに近い。
このスライムが身体強化で筋肉を再現しているとしたら?
それならば陸生のクラゲみたいな身体にも納得がいく。
「まぁ仮説の域は出ないが」
今考えついたことを記録用紙にサラサラと書いていく。
ふと思ったんだが、スライムってどう呼吸してるんだろうか。さっき言ったクラゲみたいな感じなら皮膚呼吸だろう。見た限りでも肺のような内臓は見られないし光合成もしないだろう。たぶん。
「まぁこんな所かな。ちゃんと討伐してから帰るか」
アシッドスライムの溶解液って物質を侵食するからな。街の外郭に吐かれたら嫌だって衛兵の人も言ってたし。
結界を解除し、疲れたのか潰れた饅頭みたいになってるアシッドスライムにトドメを刺す。
コアを砕かれたアシッドスライムは一度びくりと身を起こすと、再び潰れて動かなくなった。
溶解液が服につかないように内臓とコアの破片をはぎ取ると、街への道についた。
◇◇◇
「というわけで、これが記録だ」
「拝見します」
そう言ってアインが紙を手に取り読み始める。
最初はただ読んでいるだけだったが、やがて熱心に文字一つ一つを追うように読み始めると、ガバっと顔を上げて酷く驚いたような顔をした。
「凄いですジキルさん。正直あまり期待していませんでしたが、想像以上です」
「本人目の前にして言うことかそれ」
「まぁまぁ。スライムの身体構造については水属性魔法による自己の操作というのが主要な学説でしたが、全く新しいアプローチです!すぐに本部に報告をッ…と、そういえば定期便はまだ先でした」
どうやらお気に召したらしい。
まあこちらとしても、普段は直ぐに倒してしまう魔物をじっくりと見つめて考察するのは楽しかったし、協力するのはやぶさかではない。
そんなことよりも。
「ところで、スライムの内臓は食べれるって聞いたが本当か?」
「え?えぇまぁ、そうですよ。というかそれを今聞きます?」
「まぁまぁ。聞きたかったのはそれだけだ。じゃあ俺は帰るぞ」
「アハイ。お疲れさまでした」
そうしてギルドを後にした。
確かめた感じスライムの内臓はところてんに近かったから、合わせるならポン酢だが…
流石にないから柑橘を絞った果汁入りの黒酢で頂くとしようか。
因みに街の名前はアレトです。特に意味はありません。
人物紹介
・ジキル・ウォーレン
若年20歳でS級冒険者に至ったRTA走者みたいな経歴の持ち主。前世はうだつの上がらない学部生をやっていたが、転生後にはっちゃけた。S級になってからしばらくしない内に辺境の街、アレトのことを知り山脈を突っ切ってきた変態。
・アイン・ニグラ
冒険者ギルドの職員になってから辺境の地に飛ばされた哀れな人。猫の獣人であり、長い黒髪にこれまた黒い猫耳が生えている。ジキルがいなくなったら街の安全性が何段も落ちるので逃がすつもりはない。