早く冬が来ればいいのにと思わせた、四十度に迫る暑さも過ぎ、むしろその時の熱が今欲しくなる程に肌寒くなった十二月。期末テストや修学旅行が終わった今、クラスの人たちは冬休みをどうするか騒いでいる。どうせクリスマスにデートをするか否かのつまらないことだろう。困るんだ、そういった自分勝手なことは。私の数少ない居場所であった生徒会室も体育祭が終わった頃から入りにくくなったんだ。どうせ卒業したら別れるはずなのになぜそんなことをするのか分からない。定例会議の時でもそんな調子だし、高校生なんだから付き合うのが普通だというような目をしてくるのも頭が悪い証拠だろう。
私が幼い頃から読んできた少女漫画では恋は華やかで、麗しいものだった。だから初めはそのきらきらした世界へ行った人が羨ましかった。でも現実は違った。友達や周りの人の恋愛話を聞く度、ただ欲望にまみれた世界なのだと知った。中学校に入ると、男子たちの女子を見る目は変わっていた。女の方でもそれに乗じてかウケがよさそうに振る舞うぶりっ子も出てきた。「この人は付き合っている人がいるから話しかけては駄目」というのもこの時期からだった。別に恋の意味で異性と付き合っている訳ではないのに、男女で一緒にいるとすぐにそう解釈されてしまう。そうして私は徐々に孤立した。吹奏楽部でも陰口が絶えなかった。幼友達の陰口も多かったが、止めたりはしなかった。下手なことをすれば、次は私が標的になるのだから。この高校を選んだのは、同じ中学校の人が全然いかないから。それでも私は人と付き合うのは苦手だ。一応クラスには会話できる人はいる。けれどもそれは私がその人に合わせているから。だから一緒にいても、疲れるだけ。恋人も友人も、持つことの意味を感じない。
朝の会が終わり、いつものつまらない授業を終え、図書室に向かう。私はただの高校生であった。しかし、三か月前、この図書館でみつけた変な本のせいで、幻想郷の紅魔館に迷い込んでしまった。そして私はメイドとして働くことになった。別に悪い気はしなかった。かわいいメイド服姿の自分に驚いてしまった。掃除やお茶を淹れる仕事が中心。現金がもらえる訳ではないけど、紅魔館の大図書館にある面白い本を見せてくれるから、良いと思っている。
そうして私はいつも通り例の本で紅魔館に行き、メイド服に着替え、現場へ歩いていた。
その時、出会ってしまった。――墨染さんに。別に私は彼女のことを嫌いだとかではない。この紅魔館で、私がこの姿で、会ってしまったことが問題なのだ。ここにいるはずのない人なのだ。しかし最も面倒なのは私であると見破られることだ。ばれなければ、夢だったとか思ってくれるかもしれない。彼女は私をさっきからじっと見ている。どうやら私だとは分かっていないのかもしれない。そう思った矢先。
「もしかして、……
私は思わずドキッとしてしまった。この反射的な動きを彼女は見逃さなかった。
「そっか……」
すごく大変なことになった。彼女はまた声を出そうとしている。次に来るのは「気持ち悪い」とかだろう。
「すごく似合ってんじゃん、はじめ普通に女の子だと思ったよ。顔に見覚えあったから分かったけど初対面じゃ絶対分からなかったよ」
意外と悪くは思われていなかったようだ。すると、
「あら? お知り合い?」
十六夜さんが出てきた。
十六夜さんが墨染さんにメイドにならないかと話を振ると彼女は笑顔で「やりたいです」と言った。だが彼女は今日は生徒会の用事があるから明日からが良いと言った。しかしその生徒会の用事を私は知らない。すると彼女は言った。
「昼休みにグループで入ってたよ」
そりゃ私が知らないはずだ。だって、本を読んでいたから。
それでも私がよく図書館にいることは知っている人もいる。墨染さんもその一人で、だから墨染さんは呼びに行った。そして私の鞄を見つけ、近くにあった本を見て、ここに来てしまったのだろう。彼女はクラスメイトで、生徒会の書記。図書委員で書道部でもあるが、それは今どうでもいい。
問題なのは明日からどうすればいいのかだ。幸か不幸か席が隣なのだ。私の秘密を知る彼女とどうすればいいのだろう。しかし、よく考えればこの後の生徒会でどうすればいいのかも重要であった。
その後の生徒会でも翌朝のクラスでも特に変わったことはなかった。あのことを言いふらしたりもしていなさそうで、本当に助かった。
そうして私たちはお揃いのメイド服を着た。墨染さんのメイド服姿はかわいいを越えて、美しかった。一緒に姿見で見ると私よりも断然彼女の方が良い。
「
私の気持ちを感じ取ったのだろうか。それにしても「ちゃん」付けで呼ばれるとは……少し照れてしまう。
「そ、そんな! 墨染さんの方が……すごくかわいいよ」
「もう! そんなに褒めても何も出ないよ? 心都ちゃんはもっと自分に自信を持ってよ、あと私のこと墨ちゃんって言ってよ」
「墨ちゃん」確かクラスの女子からはそう言われていた。
「す……すみちゃん」
私の手のひらに墨ちゃんが手のひらを合わせた。私も手は少々小さめの方だが、墨ちゃんのはさらに小さかった。私は墨ちゃんとは違う――。墨ちゃんは指をからめた。墨ちゃんが手前に引き距離が縮まった。
「心都ちゃん、よろしくね」
「よ、よろしく」
「……墨ちゃん……ちょっと近い……」
シャンプーの香りがしてしまいそうな近さに私は緊張してしまう。
「あ、え、ごめん」
手がほどかれ、後ずさりした。
「でも女の子は同性でも結構距離が近いよね」
これは人によるというのが正しい。でも男子だとすぐに茶化される要素になる。そんな記憶があるからBLものは苦手だ。男女の恋愛も嫌いな私にとって残されたものは百合だけ……。ハードなものは好まないが、仲良くやっている感じが好きだ。
しかし、墨ちゃんは教室ではそんなに人とベタベタするタイプには見えなかった。まさか、彼女は私にそういう気があるのだろうか。だとすると私は困る。それに対して親密とも言えない相手にあんなことをするのは軽率ではないだろうか。悪い人に利用されないだろうか。
私はそういった意味も込めて、私に対しても、他の人、特に異性に対してもあまり変なことはしないでほしいと言った。
するとこのようなことを言われた。
「心都ちゃんは男として見られない――」
他にも何かを言っていたはずだが、この言葉だけが私の脳に残った。
あまりにも突然のことで、私が固まってしまうと墨ちゃんはその言葉がどれほどのものであるかを理解し、しまったというような様子になった。
しかし私はあの言葉を彼女の考えるように感じたのではない。
「――うれしい」
いつのまにか声に出ていた。墨ちゃんはまた戸惑った。
私がなぜうれしいと思ったのかはうまく説明できない。でも、あの時私は墨ちゃんと純粋に仲良くできる気がした。
その後、彼女とは他愛もない話をした。友達や学校とかの話で、特にここに記す必要もない。青春の一ページに刻まれるだけのことだ。もっとも青春とは言いながら、恋愛などではないし、ここは学校でもないし、私たちはメイド服を着ているということは忘れてはならぬ。
そして
私と墨ちゃんが仲良くするのはメイドの時だけというのは暗黙の了解となった。学校では平然とただのクラスメイトとして過ごす秘密の関係は続いた。「秘密」というとロマンティックに聞こえるが、これは本当に秘密でないと不味い。女装癖があるなどと広められては問題だからだ。
そうこうしていると、冬休みに入った。あの本は彼女が借りることで学校の図書館が休みでも大丈夫にした。司書さんが少し不思議そうにしたが、大丈夫だった。全て問題は無いように思っていた。
「家に来ない?」
と言われるまでは。
確かに本は彼女が持っているし、外であれを開く訳にはいかない。しかし、女子高生の家に男が入るなんて何か良くないように感じた。すると、「じゃあ、女装して来れば良いじゃん」とか言うもんだから困ったものだった。
しかし私は冬休みに入っても部活のために学校が開いている、つまり生徒会室に行けば良いことに気付いた。生徒会のあいつらも流石にわざわざ休みの学校にいっていちゃつくことはないだろう。年末年始は無理だがまぁ良いだろう。彼女は少し残念そうな顔をしているように見えたのは気のせいだっただろうか。
そうして冬休みに突入して紅魔館でのお仕事をした。図書館の蔵書点検という中々大変な仕事をしていたら、博麗霊夢に出会った。いきなり弾幕ごっこを持ち掛けられたのには驚いたが、十六夜さんが止めてくれたから助かった。
ただ、今度は巫女をすることになってしまった。それでも私の体型のせいなのだろうか女の装いをした姿に違和感はなく……むしろ、いつもよりも似合っていた。それに十六夜さんや墨ちゃんがかわいいとほめてくれるから悪い気もしない。どうして巫女をさせられたかと言えば、年末年始だからなのだが、どうやって幻想郷に行くのか……。いよいよ家に連れられそうになったが、公園であの本を開くということに説得した。
そして巫女としての仕事が大変だったと言いたかったのだが、閑古鳥が鳴く博麗神社でやれることは掃除ぐらいでそれもすぐに終わったもので、だからほとんど社務所でおしゃべりをしていた。博麗さんはお出かけしていて、二人きり。墨ちゃんがよく手をつないだり後ろから抱きついてきたりやたら距離が近いなと思った。それに関してなにも感じなかったと言えば嘘になる。しかし彼女はそんな下心なく私に接している。このことを考えると私は自分を少し嫌になった。
もしも私と墨ちゃんが恋愛関係になったらどうなるのだろうか、私は今よりもさらに女装をすることになるのだろうか、私が女になりきって、女として墨ちゃんを好きにならなければいけないのだろうか。まてよ、私はなぜ墨ちゃんが女の子が好きだと思っていたのだろうか。その前提がおかしい。きっと彼女は恋ではなく友を求めているのだ。そんなことを考えながら、三学期の初日が終わる。この後はいつも通りだ。
あの図書館でともに会い、
あの図書館でともに行く。