ハセオ草紙!~銀のスプーンを守る大食い美少女と同居して格ゲーで世界を救います~ 作:兵藤晴佳
さらに、その翌日のことだった。
僕は可愛らしくグラマーな黒髪の同居人に、極力、真面目な顔で語りかけた。
「紫衣里……大事な話がある」
男が女に、あるいは女が男に、こういう言い方をするときは相当、深刻な事態になっているときだ。
それなのに、紫衣里の返事は軽いものだった。
「何?」
何の疑いもなく、澄んだ瞳を向けてくる。
思わず気後れしそうになったが、腹を据えて紫衣里の前に正座した
「これからの……僕たちに関することだ」
紫衣里は、いたずらっぽく微笑みながら尋ねる。
「私たち……って、そんな関係?」
僕をからかうかのような口ぶりだった。
冗談だと分かっていても、ズキっとくる。
気を取り直して、僕は再び告げる。
「真剣に聞いてくれ、紫衣里」
僕は意を決して、手に隠し持っていたものを差し出す。
「……これだ」
僕が折り畳み式のちゃぶ台に二つ重ねて乗せたのは、小さな発泡スチロールのパックだった。
紫衣里が、きょとんとした顔で見下ろす。
「これは……?」
何か危険なものでも入っているのかとでも言いたげに、しげしげと見つめている。
そのパッケージにかけられたビニールの封印には、やたらと派手な字体で、こう記してあった。
地産地消! 黄金の小粒つぶつぶ毎日納豆!
「もう……これだけしか食べるものがない」
これ以上、危機的な事態はないだろう。
紫衣里との同棲生活で、二人きりのこの小さな所帯のエンゲル係数は、頂点に達していたのだった。
しばしの沈黙が、狭い部屋を支配した。
アブラゼミの暑苦しい鳴き声が響き渡る。
冷房を節約するために、窓を開け放って風通しを良くしているからだった。
だが、僕たちの間は、現実を前にして、ちょっと息苦しかった。
どれほど経っただろうか。
紫衣里が口を開いた。
「仕方ないよね」
ため息交じりに言って、台所から、箸を僕の分まで取ってくる。
差し向かいに納豆を啜りながら、なんとかしなければと真剣に考えないではいられなかった。
納豆を啜って寝た翌朝のことだった。
僕と紫衣里は、カーテンの隙間から差し込む朝日の中で、囁きと喘ぎを交わしていた。
「紫衣里……」
つややかな唇を微かに開いて、甘い吐息が漏れる。
「ダメ……もう私……ちゃんと買ってきて」
ひと晩じゅう頑張って、もう体力の限界だった。
それでも、この頼みだけは断れない。
「分かったよ……。ちょっとの間だけど、我慢してくれよ」
僕はファスナーの開いた寝袋から跳ね起きると、大急ぎでTシャツと短パンに着替えた。
果てしなく軽くなった財布をポケットに、最寄りのコンビニへと走る。
買ってきたパンやおにぎりの山を、紫衣里の前に突き出した。
「ほら、食え!」
満面の笑みと共に、震える声が答える。
「ありがと……」
目をしょぼつかせながら、紫衣里はずるずると布団から這い出した。
さすがに下着一枚で寝かすのはアレなので、白地に青のストライプが入ったパジャマの上下は買ってある。
結構高かったが、それがこのアパートの台所にトドメを刺した最終要因でもあった。
「ゆっくり食えよ……」
ないないづくしの中で意気消沈してい僕に気付いたのか、ようやく、紫衣里は申し訳なさそうに顔を伏せた。
「ごめんね……」
上目遣いにそう言われると、やはり何も言えなくなる。
僕はつい、強がってしまった。
「気にすんな」
だが、紫衣里は、さっきとは打って変わって大真面目な顔で言った。
「迷惑なら、いつでもスプーン鳴らすから」
家計と食費と収入源のことで頭がいっぱいだった僕は、何のことだか分からなかった。
「スプーン?」
聞き返すと、紫衣里はパジャマの胸元を開いた。
「それでいいなら……鳴らすよ」
熱い吐息で、声が震えていた。
白く細い指先に吊るされたのスプーンが、冷たく輝いている。
だが、あの、鬼の眼をした老人は言った。
「1カ月の間、鳴らしてはいけない」
「ダメだ」
僕は即答した。
「……どうして?」
真面目な顔で睨みつける紫衣里に、僕は真っ向から答えた。
「いつまでも、君と一緒にいたい」
葉の浮くような言葉だったが、本気だった。
生活費が欲しかったら、働けばいい。それだけのことだ。
紫衣里はというと、僕から目を反らして答える。
「無理……」
力なくつぶやく紫衣里に、僕は告白の勢いに任せて言い切った。
「やる! ……やってみせる!
実を言うと、もうe-スポーツのプロになることなんかどうでもよくなっていた。
何なら、高校を辞めて紫衣里のために働いたっていい。
だが、そこまで覚悟を決めた僕への返事は、予想を遥かに超えていた。