ハセオ草紙!~銀のスプーンを守る大食い美少女と同居して格ゲーで世界を救います~ 作:兵藤晴佳
紫衣里の見つめる先にあったのは、いつの間にか店内に大きく貼りだされたポスターだった。
そのタイトルを見た瞬間、僕は全身が熱くなるのを感じた。
「リタレスティック・バウト・ワールドタイトルマッチ……」
主催はもちろん、アルファレイドだ。
だが、その他にも、様々なサブカル系のスポンサーの名前がポスターの上でひしめき合っている。
そこで耳元から声をかけてきたのは、あの佐藤一郎だった。
「気になりますか?」
佐藤の物言いは相変わらず穏やかだった。だが、こういうのは慇懃無礼という。
その手には、乗らない。もう、e-スポーツに関わるつもりはなかった。
紫衣里とどう暮らすかという、先行きの見えない問題が僕の前に立ちはだかっている。
もっとも、佐藤にはそこまで察しがつくことはなかったようだ。
「アマチュアの方に賞金はありませんがね」
それでも聞かないではいられなかったのは、どこかに未練があったからだろう。
「プロだったら?」
そんな自分にも腹が立っているところで、してやったりとばかりに佐藤一郎にもさらりと返される。
「スポンサーから、合わせて3000万。今後も続けていきたいので、まずは慎重に」
アマチュアの誤解を招かないためだろうが、どうもやることがみみっちい。
あまり大々的に宣伝したくないのは、経費を最小限に抑えたいからだろう。
ただ、ちょっと気になるキーワードはあった。
「一般の方にも、豪華特典……?」
ふと、頭の中にひっかかるものがあった。
そこで、試しに聞いてみた。
「参加料は?」
遠回しの、「イヤ」に、佐藤は例の営業スマイルを見せる。
「5000円で」
私が出すから、と店長は囁きかける。
……その金は、今ほしい。
僕と店長のやりとりを見ながら、佐藤は困った顔をしてみせる。
「さすがにタダというわけには」
これで、さっきの引っ掛かりが整理できた。
……金を集めて戦わせて、最後に勝った者に全額を与える。
カジノと何が違うんだろうか。
断るのに、これ以上の理由はない。
「それって、賭博にならないんですか?」
あ、という顔で店長が口を閉じる。
だが、ここは佐藤も身を乗り出して熱弁した。
「だから、スポンサーがプロに3000万出すんです。私ら運営が出したら、それこそ胴元になってしまう。アマチュアの方への、10万円までの賞品がせいぜいですね」
だが、その目はもう、僕に向けられてはいなかった。
「その代わり、お昼は会場のフードコートで食べ放題です」
そこで紫衣里が向かったのは、僕なしではどうにもならない場所だった。
まだ夏休みだから、フードコートの客は多い。
紫衣里を追ってきた僕は、人混みをかき分けかき分けついてきた佐藤に尋ねた。
「……で、どうしてあなたが?」
彼と同じくらいの慇懃無礼さで。
佐藤は混みあっているはずのフードコートで、テーブルが空く瞬間を絶妙のタイミングで見抜いて確保した。
「こちらへどうぞ」
差し招いた相手は、紫衣里だ。
行くなと目で制したが、のこのこ座ってしまう。
仕方がないので、僕も隣に座った。
佐藤はというと、いつのまにか自分で注文してきたワンタンメンをさっさと持ってくる。
いままでの営業スマイルからは考えられないような真剣さで、ぬけぬけと口説きに掛かった。
「あなたが欲しいんです、紫衣里さん」
紫衣里が厳しい眼差しで応じたのはいい気味だと思ったが、佐藤は動じたふうもない。
むしろ、爽やかに笑いながら言葉を継いだ。
「……本当のお名前ではないでしょうが」
「……お前な」
ようやく、佐藤一郎への怒りを声にして絞り出す。
だが、紫衣里の澄んだ瞳に見つめられると、その気持ちも急激に冷めた。
佐藤は居住まいを正すと、僕に向き直る。
顔は笑っているが、そのまなざしは、僕の頭の向こうまで見透かそうとするかのようだった。
「どういうご関係かは詮索しません。ただ、直接お話ができれば……これまでは年配の方とあちこちを転々となさっていて、それがなかなか叶いませんでしたので」
紫衣里の目つきが急に険しくなった。
……なぜ、佐藤がそれを知っている?
そんな目で見られているのは先刻承知という涼しい顔で、佐藤一郎は答える。
「こう見えても、一応は「アルファレイド」の人間です。知らないことなどありません」
大口を叩くと、再び千両役者のように微笑んだ。