ハセオ草紙!~銀のスプーンを守る大食い美少女と同居して格ゲーで世界を救います~ 作:兵藤晴佳
チャーハンを蓮華でカチャカチャすくいながら、紫衣里は僕と目も合わせずに言った。
「使うと大事なものを失うって、ずっと言われてきた。でも……」
紫衣里に、これ以上言わせるわけにはいかなかった。
「もちろん、受けないよ。この勝負」
真剣なまなざしで、まっすぐに見つめ返された。
さらに僕は続けた。
「紫衣里がいれば、何もいらない」
冷静に考えればかなり恥ずかしいセリフを臆面もなく口にした僕は、よほど熱くなっていたのだろう。
それでも、低く囁く声が僕を迷わせた。
「戦うというなら、私も一緒に行くけど」
背筋が凍った。
たぶん、紫衣里は佐藤の申し出を聞いた僕の興奮を知っている。
僕の中で、シラノ・ド・ベルジュラックが剣の柄に手をかけていた。
……ああ、鞘の中でアリが歩くわ、むずむずと!
……抜かねば錆がつくでのう。
……伊達に下げておるのではないわい。
暴れ出さないよう、熱くたぎる思いを、さっさと拭い去らなくてはいけなかった。
一言ひと言、区切るように返す。
「さっき思いっきり蹴っただろ、その話」
だが、たしなめたつもりが、たしなめられたのは僕のほうだった。
「私のために、やりたいことを諦めるなんて嫌だな」
真面目な顔で見つめる紫衣里に、僕の決意も、つい、揺らいだ。
このe-スポーツの世界大会で優勝しさえすれば、諦めかけたものも含めて、全てが手に入る。
僕の将来も、紫衣里との生活も。
ポロっと、本音が出そうになった。
「そう言われちゃうと……」
口ごもっていると、紫衣里は更に押してきた。
「じゃ……出ていっちゃおうかな。そんなあなた、イヤだし」
「おい、それは……」
ちょっと考え直してみる。
たしかに、佐藤に協力すれば世界中で多くの人が救われるのだ。
あのスプーンに使われている金属を使えば、人間の能力は飛躍的に高められるという。
オリンピックのスローガンではないけど、より速く、より高く、より強くなれる。
しかも、秘められた力を開放するのだから、ドーピングではない。
誰もが幸せになれるのだ。
金さえ積めば。
でも、あのスプーンを守ってきた紫衣里のプライドは深く傷つくことだろう。
その気高さがそのまま表れたような、澄み切った、冷たい声が尋ねる。
「それに……お友達はどうするの?」
立ち上がって食器のトレイを返しに行こうとしていた紫衣里は、怖い顔で僕を睨んだ。
そういえば、板野さんが修学旅行費の援助を断ったのを紫衣里は知らない。
だが、それを告げても、何だか戦わない言い訳にしかならないような気がした。
僕は無言のまま、その場に立ちすくんだ。
ふと、フードコートの時計を見れば、休憩時間がそろそろ終わる頃だった。
「あ……そろそろ戻らなくちゃ」
紫衣里はふくれっ面をする。
「……もう!」
結局、結論を保留して店に戻った僕を待っていたのは、すっかり困り果てた様子の店長だった。
「星美ちゃん、何か貧血起こしちゃったみたいでさ、帰したとこなんだよ、今」
一も二もなく僕は答えた。
「あ、いいですよ、夜まで残りますんで」
そのくらい造作もない。バイト料も増える。
困ることなんかちっともなかったが、さらに、店長は僕に向かって手を合わせた。
「今日の夜といわず、明日も明後日も1人でシフト入ってくれない? 星美ちゃん無理する性質だからさ、無理に出勤させて事故や怪我なんかあったら、言い訳立たないでしょう?」
なんだか恩着せがましいような気がしたが、とりあえず、遠慮がちには答えておいた。
「それじゃあぜひ……」
背中に刺さる視線を感じて振り向くと、店の入り口には紫衣里が立っていた。
思わず、目をそらす。
こっちを二つ返事で引き受けた僕は、さっきの答えを待たされている紫衣里に睨まれても仕方がなかった。