ハセオ草紙!~銀のスプーンを守る大食い美少女と同居して格ゲーで世界を救います~ 作:兵藤晴佳
僕の条件は単純だった。
「進学の経費に、友人の修学旅行費も含めてください」
あまりにも身勝手な要求だということは自分でも分かっていた。
佐藤が怒りだすのは覚悟していたが、電話の向こうから返ってきたのは思いがけない大爆笑だった。
「いや……失礼、失礼」
抑えた笑いの余波で弾む息の下で、ようやく落ち着いた声が聞こえた。
「意外だったね、まさか君に足下を見られるとは……」
そんな軽口を聞いている余裕はない。
「どうなんですか!」
イエスか、ノーか、答えは二つに一つしかない。
そういう態度で強く出てはみたが、内心はドキドキだった。
こんなのは、紫衣里を人質にとった悪質なタカリにすぎないのだ。
何を考えていたのは分からないが、佐藤はようやくのことで返事をした。
「う~ん……別に構わないんだけど、それはご友人も了解の上かな?」
痛いところを突いてきた。費用の出所がどうだろうが、板野さんは絶対に施しなど受けない。
あまりのみっともなさに、思わず紫衣里がどんな目で僕を見ているか気になった。
やっぱり、知らん顔だった。
佐藤はというと、あくまでも事務的な口調で、しかし容赦なく僕を追い詰めてくる。
「もし、ご了解の上でのご要望ということでしたら、恐喝罪が成立するかもしれません」
一介の高校生が言い返せるわけがない。
佐藤は、さらに畳みかけてきた。
「君が困っているなら、そうでなくても、君自身がそれに加担したということにならないように、一度アルファレイドの顧問弁護士に……」
話がひとまわり大きくなっても、板野さんを見捨てられはしない。
佐藤は佐藤で勢いに乗って、立て板に水の勢いでまくしたてる。
「事情はよく存じ上げませんが、修学旅行費の援助を必要としている高校生は日本中にいるわけですし、ご友人だけというわけには……」
その流れを、僕は全身の力を振り絞ってせき止めた。
「じゃあ、全員援助してください!」
沈黙の虚無だけが、僕の部屋を満たす。
しばらく経ってから、佐藤は怪訝そうに問い返してきた。
「それは……一種の奨学金を出せ、ということですか?」
さらに話が大きくなってしまった。
だが、奨学金云々は佐藤が自分で口にしたことだ。
それに気づいて、僕は一歩踏み込んだ。
「そうです!」
……言ってしまった。深く考えもしないで。
だが、あてずっぽうではない。僕の直感がそう言っていたのだ。
e-スポーツのプレイヤーとしての。
咳払い一つしてから、佐藤は答えた。
「……いいでしょう、そういうことなら。ただし、全員というわけにはいきません」
更にちょっと考えてから、付け加えた。
「アルファレイド傘下の旅行会社に、費用を負担させるのが現実的でしょう」
それはまずい。
板野さんの通う高校が、別の旅行会社を使っていたら、全く意味がない。
いままでのハッタリを全部ひっくり返しかねないほどのつっかえようで、口を挟んだ。
「ちょ……ちょっと待ってください!
とりあえず、板野さんが通う、金華山の向こうにある私立学校の名前を挙げてみる。
佐藤はしばし、きょとんとしたが、小刻みに頷きながら返事をする。
「……知り合いの担当者に聞いてみます」
そこで、電話は切れる。
3度目の沈黙が耐えきれなくて、僕はまた紫衣里のほうを見やった。
ただ、眩しい笑顔だけが返ってきた。
どういうつもりか分からなかったが、気持ちだけは何だか楽になった。
そのうちに、スマホが鳴った。
佐藤だ。
出てみると、妙に上ずった声が聞こえた。
「ああ、連絡が付きました。残業中でよかった。さすがにこういう情報は個人で……」
らしくないが、そんなことはどうだっていい。
「……で?」
僕は本気でイラついていた。
それが伝わったのかどうかは分からないが、佐藤の返事は歯切れが悪かった。
「……あ、ああ……該当してます。ウチの傘下で扱ってますよ」
聞きたかったのは、その返事だ。
「ありがとうございました。宜しくお願いします」
ほっとしながら礼を言うと、佐藤は一言だけを残して電話を切った。
「きっと……優勝してください」
そう、それが条件だ。
美談のように聞こえなくもないが、これはあくまでも取引なのだ。
そこで僕は、背中に押し付けられる柔らかい胸の感触に気付いた。
振り向くと、しがみついてきた紫衣里が顔を寄せていた。
「やったね……見直した」
認めてもらえたのはうれしかったけど、さすがにこれだけは言っておかなければいけなかった。
「服の下に、ちゃんと着けろ。せっかく買ってきたんだからさ、その……」
紫衣里は真っ赤になって、僕をうつ伏せに突き飛ばした。
「バカ! ヘンタイ! 見ないで!」
「痛えっ!」
畳の上へ顔面を強かに打ち付けた僕には、いそいそと僕の服を脱いで下着をつける紫衣里の姿に目を遣る余裕などなかった。