ハセオ草紙!~銀のスプーンを守る大食い美少女と同居して格ゲーで世界を救います~ 作:兵藤晴佳
それとなく辺りを見渡してみると、敗退したプレイヤーたちがテーブルを囲んで談笑しているのが見えた。
勝ち残った者は勝ち残った者で、記念撮影を求められれば応じるだけのメンタルはちゃんと持っている。
それを云うなら僕だってそうなのだが、誰ひとりとして声をかけてくる者はない。
原因は、紫衣里だ。
プリンに飽きたのか、巨大なパフェに取り掛かっている。
遠目にも麗しい美少女に、女たちは嫉妬を覚え、心迷ってふらふらと近づいてきた男たちは、食欲全開の姿を見ては二の足を踏むのだった。
ところで、残った8人のうち、3人までが外国からの招待選手だった。
親交を深めようにも、僕は英語がそれほど達者ではない。
ましてや、そのほかの外国語となれば……。
それなのに、タンクトップとショートパンツから伸びたしなやかな手足の眩しい、グラマーな金髪の美女が手を振りながらやってくる。
バイト先のポスターで見た名前と、その姿が一致した。
フィービー・マイケルス。
アメリカ合衆国から招かれた、「十三妹」使いだ。
僕の隣にしゃがみ込むと、首に手を回してくる。
下着をつけているのかも怪しい胸をぐいと押し付けられてうろたえる顔が、満面の笑顔と並んで目の前のスマホに映し出される。
あっという間に2ショットが世界中に配信され、一瞬で「イイネ!」のカウンターが4桁に跳ね上がった。
もともとプロを目指していたから拒むつもりもなかったが、気のせいか、紫衣里のまなざしが冷たかったのには何やら恐ろしいものが感じられた。
僕が誰を気にしているのか、フィービーも気づいたらしい。
ドキッとするほど色っぽい大人の女性の一言を、紫衣里は物怖じすることなく受け流す。
ずっと後で紫衣里が教えてくれたところによると、こんなやり取りになったらしい。
「Hi, you’re pretty. Are you by any chance Haseo’s girlfriend?」
(あら、かわいい。あなた……もしかしてハセオの彼女?)
「I'll leave it up to your imagination.」
(ご想像にお任せします)
フィービーは大笑いしながら、親指だけを力強く立てて去っていった。
その、くびれのくっきりした後ろ姿をぼんやりと眺めていると、再び背筋がぞくっと凍る。
ちらと眺めた先では、紫衣里が夏空を見上げてそっぽを向いているところだった、
その目の前に現れたのは、長い髪を真っ青に染めた、ぱっと見には美女といってもとおりそうな優男だった。
フランスからの招待選手、ウジェーヌ・フォーコンプレ。
「弁天小僧菊之助」を操る、本業は工芸家の中性的な美青年だ。
大の日本びいきで、歌舞伎から浄瑠璃から地方の神楽から、アニメにマンガにコスプレと、伝統芸能から現代のサブカルチャーに至るまでを、るつぼに放り込んだかのように融合したデジタルアートは、世界中にコアなファンを持つ。
甘い声で囁きかけられた紫衣里が何と言ったのかはよく分からなかったが、優男は一瞬、怯んだ。
やがて、寂しげな笑みを浮かべると、一言だけ残して去っていく。
そのときの、優男のただならぬ空気にはちょっと腰が引けたが、一応、紫衣里に聞いてみることにした。
「……何て言ったの?」
紫衣里は、困ったような、それでいて照れくさそうな、それでいてどこか冷めた何とも言えない複雑な表情を浮かべて言った。
「……知らないほうがいいと思う」
その言葉を優男が何と言ったのかを後で聞いたとき、ああそうですかという気しかしなかった。
紫衣里とは、こんなやり取りになったらしい。
「On pourrait sortir ensemble après ça.?」
(これ終わったら、僕と付き合いませんか?)
「Désolée, j’ai déjà un engagement avec lui.」
(ごめんなさい、この人と先約があるんです)
「Non,Le monsieur d’à côté et moi.」
(いえ、私と、お隣の男性とです)
「Il est mon fiancé.」
(彼とは婚約してるんです)
「Soyez heureux.」
(お幸せに)
この伝で行けば、最後のひとりも現れそうなものだ。
イギリスからの招待選手、エセルバート・ウィルフレッド=ヒュー・スウィンナートン4世。
『ハムレット』の美剣士レイアーティーズの使い手を見た者は、誰もいないという。
それとなく待ってはみたが、長い名前の通称「プリンス」はついに姿を見せなかった。
やがて、「アルファレイド」のロゴが入った帽子をかぶった運営スタッフ放送が拡声器を持って呼び出しにかかった。
「ベスト8の皆様と関係者の方々は、会場にご集合ください」
紫衣里が怪訝そうな顔をする。
「関係者?」
「特等席があるんだよ。家族とか……恋人とか」
ちょっと口ごもってしまったのは、板野さんの笑顔が目の前をよぎったからだ。
紫衣里に気付かれたかと思ったが、きょとんと僕を見つめ返しているばかりだった。
そうこうしているうちに、会場に戻ってまもなく、準々決勝が始まった。
僕は紫衣里を客席最前列に座らせて、巨大なスクリーンに<リタレスティック・バウト>のデモ画面が流れるステージへと駆け上がった。