ハセオ草紙!~銀のスプーンを守る大食い美少女と同居して格ゲーで世界を救います~ 作:兵藤晴佳
準々決勝が終わった後、次の対戦までの休憩時間に、僕は紫衣里の傍に座った。
自分でも、いい試合だったと思う。
それだけに、ねぎらいの言葉のひとつもかけてほしかったのだが、口も利いてもらえなかった。
しばらく横目でちらちらと顔色をうかがっていたが、それもなんだか情けない気がして、こちらから仕方なく声をかけた。
「……なに怒ってんだよ」
ちょっと不機嫌にふるまってみせたのは、僕にもやましいところがあるからだ。
さっきの、フィービーのアレだ。
不可抗力としか言いようがないのだが、それでも紫衣里としては面白くないらしい。
僕とは目も合わせないで、バカ丁寧に答えた。
「……べ~つ~に~」
そういうのを、「怒っている」という。
どう機嫌を取ろうかと困っているところへ、更にややこしいのが割り込んできた。
「ハアーイ! ハセオ! We had a good game!」
さっきの対戦相手だった、フィービー・マイケルスだった。
僕の隣に座って、豊かな胸を押し付けているのも気にしないで、首に腕を回してくる。
何を言われたのか分からないのもあってあたふたしながら、ちらりと紫衣里に目を遣る。
相変わらずそっぽを向いたまま、やさしい口調で、しかし冷ややかに皮肉で返してくる。
「いい試合でしたね、ってさ。よかったね、こんなきれいなお姉さんに気に入られて……板野さんに言ってやろ」
何でそこで板野さんが出てくるのか、よく分からない。
ただ呆然とするしかない僕には、人なつっこく迫るフィービーにうろたえる余裕もなかった。
フィービーはフィービーで退屈したのか、腕をするりとほどいて紫衣里の座る椅子の後ろに立った。
背もたれに手をかけて、何か囁く。
紫衣里は笑顔を見せたかと思うと口を尖らせて、むっとした顔をしてみせた。
何を言ったのか知らないが、フィービーは大笑いした。
そのときのやりとりも、ずっと後で聞くことができた。
「Did you quarrel?(ケンカでもしたの?)」
「He has affairs.(浮気者なんです、彼)」
「Forgive him. Marvelous player,he is.(許してあげて。すごいプレイヤーなんだから、彼)」
「I understand it.(そんなの分かってます)」
そんな軽口をたたきながら女2人が笑い合うのを、言葉の通じない男としては黙って見ているほかはなかったわけだが……。
そうこうするうちに次の試合が始まって、僕は何とかカヤの外のわびしさを逃れることができた。
ここまで勝ち上がってきたプレイヤーたちの激闘が、僕の闘志を高ぶらせていく。
青空に向かってそびえたつスクリーンは、シネマコンプレックスの倍の大きさはある。
そこで戦っているのは、東西の叙事詩のヒーローたちだ。
必殺技を繰り出すプレイヤーたちが興奮気味に、それぞれの国の言葉で自分のキャラクターに呼びかける。
その叫びは、次の試合を控えた僕の闘志に火をつけた。
「がんばって、ハヌマーン!」
「ここがお前の戦場だ、ローラン!」
もっとも、英語も怪しい僕に、それが分かるはずもない。
涼しい顔をして耳元で解説してくれた紫衣里のおかげだ。
「……と、ヒンディー語を使う女の子とスペイン語を話す男の子が言ってます」
あのアルファレイドの佐藤一郎みたいな慇懃無礼さに、カンカンに燃え上がったさっきの闘志は、それだけで一気に萎えた。
僕と紫衣里の間に、夏のさなかとも思えない寒い風が吹き抜ける。
慌ててその場を取り繕うしかなかった。
「ああ、あのチャクラム……刃の付いた円盤投げてるのが、インドの『ラーマーヤナ』に出てくる猿神、ハヌマーンだね。で、あの角笛吹いたのが、フランスの『ローランの歌』の主人公、ローラン……」
自分でも説明臭いと思うが、こうでもしないと会話が成り立たない。
巨大なスクリーンの上では、角笛が招いた風が吹き荒れてチャクラムを叩き落とした。
鎧をまとった典型的なヨーロッパの騎士が、大剣を縦横無尽に操る。
金色の鎧をまとった猿は、竿の両端に3本ずつの爪のようなものがついた、金剛杵(ヴァジュラ)と呼ばれる武器を振り回して、すべての攻撃をはじき返した。
それを見ながら、僕たちのやりとりをそばで聞いていたフィービーが、また笑った。
このときのつぶやきを、紫衣里はずっと後まで覚えていた。
「Good lovers…….(素敵な恋人同士ね)」
さらに試合は続く。
見ている僕たち3人も、次第に熱くなって試合にのめり込んでいった。
スクリーンの上を、唐傘を手にした着流しの美少年と、シラノのような羽根帽子をかぶった黒ずくめの男が対峙する。
「出番だ、弁天小僧菊之助!」
「全てをお前の手に……黒い海賊!」
「……って、フランス語とイタリア語で」
プレイヤーの絶叫を翻訳してくれる紫衣里の機嫌はすっかり直っていたし、僕の気持ちもすっかりハイになっていた。
「あれ、さっきの人……『白波五人男』の弁天小僧菊之助で来る?」
ウジェーヌ・フォーコンプレだ。
対戦者の名前は、もう思い出せない。
すさまじい速さで交錯するキャラクターだけを覚えている。
「うわ、マイナー……。エミリオ・サルガーリ『黒い海賊』だよ、あのレイピアで戦ってるの!」
夢中になっている僕の後ろ頭に、うしろめたい快感を伴う感触が蘇った。
女性の胸だ、と思い出す間もなく、あの奔放な声が耳をつんざいた。
「ハセオ……アー……ユー、ビショージョ!」
興奮したフィービーが僕と紫衣里をまとめて抱きしめようとする。
また、胸が顔に当たりそうになるのを理性でかわして立ち上がる。
顔を塞がれて呻くのは、紫衣里だけになった。
「Stifling,Phoebe…….(苦しいよ、フィービー……)」
だが、3組目の試合がコールされたときのことだ。
立ち上がったフィービーは、真剣なまなざしで僕の肩を叩いて何か言った。
よく聞こえなかったので、紫衣里に聞いてみた。
「フィービー、何て言ったの?」
そのまま去っていく後ろ姿を、見てはいなかったらしい。
いつになく落ち着きを欠いたその目は、会場内にいる誰かを探しているようだった。
「さ、さあ……よく聞いてなかったから」
実際、歓声も物凄かったのだ。
その原因は、見れば分かった。
「終わった……もう?」
僕が何を言ったのか、さすがの紫衣里も分からなかったようだった。
「……え?」
いつの間にか試合は終わり、瞬殺されてガックリうなだれる敗者を後に、勝者が悠々とステージを下りるところだった。
これも後で聞いたら、フィービーの言った通りだったのだ。
何と言ったのかを教えてくれたときの紫衣里も、同じくらいまっすぐな目をしていたと思う。
「Probably next one becomes the most powerful enemy……. Be careful.(たぶん次のが最強の敵になるわ……。気をつけて)」