ハセオ草紙!~銀のスプーンを守る大食い美少女と同居して格ゲーで世界を救います~ 作:兵藤晴佳
その「最強」と戦うためには、準決勝に勝たなければならない。
対決のステージに立った僕は、主催者の進行に感謝した。
まだ日は高い。
何としてでも、板野さんが修学旅行をキャンセルする前に、優勝しなければならなかった。
それなのに、ゲームは一向に始まらない。
なぜかといえば、準々決勝で「黒い海賊」を破った弁天小僧菊之助が、生身の身体で舞台に現れたからだ。
いつ着替えたのか、ウジェーヌ・フォーコンプレがゲームのキャラクターのコスプレで現れたのだった。
粋な着流し姿に、熱狂的なファンが老若男女を問わず、かぶりつきでステージ際に押し寄せる。
会場は、一時騒然となった。
運営が慌てて人間の壁を作ったところに、僕は駆け寄った。
……紫衣里!
押しつぶされているんじゃないかと思って、慌てて舞台端でしゃがみこんだら、フォーコンプレのファンに下へと引きずり込まれそうになった。
そこで響き渡ったのは、あの妖艶な声だった。
何を言ってるのかは、後で紫衣里に教わるまで、さっぱり分からなかった。
だが、会場全体は水を打ったように静まり返ったかと思うと、ファンの群れも打ち寄せた波のように引いていく。
……いた!
その先には、白いブラウス姿の紫衣里が客席の奥で、何事もなかったかのように佇んでいた。
要領よく難を逃れたのだろうが、舞台上で何が起こったかはちゃんと見ていたらしい。
ちなみに、この試合でフォーコンプレが何を言ったかは、後で紫衣里に教えてもらったことだ。
さっきのは、これだったらしい。
「Place, s'il vous plaît.— Très amusant ! — Rangez-vous ! — Pas de bruits !(ご着席を……お楽しみはこれからです……さあ、並んで……お静かに!)」
面白くないのは、それが『シラノ・ド・ベルジュラック』のセリフをもじったものだったということだ。
それはそれとして。
胸に手を当てて一礼しながら僕を見つめるでフォーコンプレの目には、何か、背筋を凍らせるものがあった。
「Sois doux…….(お手柔らかに……)」
何とも言えない感覚を振り払おうと、試合開始と共に僕は叫んだ。
「あと2人だ、シラノ!」
フォーコンプレと、さっきの瞬殺プレイヤーを倒せば、板野さんの望みが叶う。
高校の修学旅行を楽しみたいという、ささやかな願いが。
だが、弁天小僧菊之助のプレイヤーは、さっきとは打って変わった不敵な笑みをうかべてつぶやいた。
「シラザアイッテキカセヤショウ(知らざあ言って聞かせやしょう)……!」
それは、日本の歌舞伎『白波五人男』に登場する女装の美少年盗賊が吐く名セリフだ。
「うるさいよ、口三味線が!」
先手を取って8連突きを3度見舞ったが、弁天小僧は傘を開いて全て防いでしまった。
「ハマノマサゴトゴエモンガ(浜の真砂と五右衛門が)……!」
石川五右衛門の辞世とされる、「石川や浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ」を踏まえたものだ。
フランス人がよく覚えたものだと思うが、余裕を見せた分、フォーコンプレには隙ができた。
「
弁天小僧とすれ違った背後から、シラノは4連斬りのクリティカルヒットを食らわせた。
倒れ伏す身体を、転がる唐傘が隠す。
その場で、第1ラウンドは終了した。
美形のアーティストが微笑みかける。
「Tu vas le faire.(やりますね)」
どうやら、第1ラウンドがただの小手調べだったらしい。
第2ラウンドが始まって、僕は呻いた。
「速い……」
傘に仕込まれた刀が一度襲いかかってくると、こちらの剣がなかなか繰り出せない。
再びさっきの8連突きで押し返そうとしたが、今度は傘をくるくる回して受け流す。
傘を叩き落そうとすれば、剣を弾きにかかる。
そんなことを繰り返して、シラノと菊之助の姿が何度か交差したときだった。
フォーコンプレの口三味線が聞こえた。
「ソレカラワカシュノツツモタセ(
振り向いた一瞬だけ、菊之助のガードがガラ空きになった。
「もらった!」
一気に勝負をつけようと、全力の突きを繰り出したのが甘かった。
転がった傘の向こうに、女装の少年はいない。
口三味線に隠されていたのは。菊之助の叫ぶ必殺技の名前。
「
……罠だったか。
幻影を残して消えた褌一丁の美少年が、傘から引き抜いた仕込み刀で、いつの間にかシラノを真っ二つにしていた。
……やられた。
見事な仕返しだった。
悔しさで唇をかみしめる。
「ごめんよ、板野さん……油断した」
ウジェーヌ・フォーコンプレ。
ただのコスプレ男ではなかった。
3ラウンド目は、一瞬の気の緩みでさえ許されないだろう。
さらに口三味線は続く。
「ナセエユカリノベンテンコゾウキクノスケタア(名せえゆかりの弁天小僧菊之助たあ)……」
ここで大見栄を切るときが勝負だった。
「オレガコトダア(俺がことだあ)!」
シラノ・ド・ベルジュラックが同時に叫ぶ。
「
すさまじい衝撃波が美少年の端正な姿を襲う。
それを放ったのは、シラノとは別のプレイヤーキャラクターだった。
クリスチャン・ド・ヌーヴィレット。
シラノの恋敵にして親友だ。
原作では戦死するが、ここでは、シラノの危機に無敵の亡霊となって駆けつけるという趣向になっている。
友と魂をひとつにしたシラノとなって、僕は最後の一撃を放った。
「食らえ!」
菊之助の傘が吹き飛び、無防備の身体をシラノの剣が貫く。
フォーコンプレがため息をつく。
「Comme tu es belle (なんて美しいんだ、君は)!
極度の緊張から解放された安堵感で、頬に触れた柔らかい感触が誰のものか、しばらくは分からなかった。
「え……」
会場全体がドン引きする空気が、肌に伝わってくる。
かすかに聞こえる嬌声とすすり泣きのほとんどは、たぶん、一部の女性のものだろう。
それにしても、このコス……コンプレ君の祝福のキスを頂戴した僕は、どうリアクションを取ったらいいのだろうか。
僕は助けを求めて、紫衣里の姿を探した。
会場の奥にはない。
「まさか……」
スプーンも鳴らさないのに、いなくなるはずがない。
そう信じながらも慌てていると、いつの間にか最前列で試合を見ていたらしい
だが、紫衣里は、微かに諦観の笑みを浮かべて首を振るばかりだった。