ハセオ草紙!~銀のスプーンを守る大食い美少女と同居して格ゲーで世界を救います~ 作:兵藤晴佳
負けるつもりはなかったが、まさかこんなところにまで来るとも思っていなかった。
もちろん、ステージの上で大歓声を浴びることなんか期待さえしていなかったが、この静けさは異様だった。
今まで気づかなかったが、筐体に特設されていたらしい衝立の向こうから現れた姿に、誰もが息を呑んでいるらしい。
ステージの真ん中で僕に握手を求めたのは、あのフォーコンプレとは違うタイプの美少年だった。
「宜しく。エセルバート・ウィルフレッド=ヒュー・スウィンナートン4世です。」
流暢な日本語で挨拶した長い名前の少年は、イギリスからの招待選手だった。
これが、あの「瞬殺のプリンス」だった。
確かに礼儀正しいが、そのガウン姿は、家柄も金もあるぞというオーラを全身から発している。
だが、僕に握手をためらわせたのは、そこではない。
車椅子の上から差し出したガウンの手の奥に見えるのは、骨と皮ばかりに痩せ細った腕だった。
躊躇する僕が不快だったのか、端整な眉が曇る。
……当然だ。
ルールの前には、地位も金銭も、いや、どんな事情も関係ない。
名誉をかけた戦いを前に、僕たちは固く握手した。
「こちらこそ。日本と……決勝戦にようこそ!」
最後の戦いが、始まる。
ラウンド1が宣言されると、エセルバート・ウィルフレッド=ヒュー・スウィンナートン4世は、高らかに叫んだ。
「さあ、3つに重なった災いよ、3の10倍になってあの呪われた頭に落ちかかれ!」
シェイクスピア『ハムレット』で、主人公ハムレットと一騎打ちを演じる美剣士レイアーティーズのセリフだ。
決戦のステージの上で、1本目が始まる。
時間がない。
今日中に決着をつけなければ、板野さんは経費の払えない修学旅行をキャンセルしてしまう。
……一気にケリをつけてやる!
さっき、ウジェーヌ・フォーコンプレの操る弁天小僧菊之助に放った「
だが、プリンスは微かな声でつぶやいた。
「その技は……もう見てる」
レイアーティーズの手にしたレイピアとダガーが、高速で交差する。
シラノの流星突きは、背後に回り込む間もなく、必殺技を放つ前に弾き飛ばされてしまった。
思わず、ため息が漏れる。
「……強い!」
だが、こんなときのための技を磨いていない僕ではない。
心を鎮め、研ぎ澄まして機を待つ。
シラノは悠然と立ち上がると、レイピアを構えた。
レイアーティーズはというと、勢いに乗って押してくる。
攻守は逆転した。
シラノは体の前に刃を立てて、双剣の猛攻に耐える。
プリンスは、低く抑えた声で僕を叱りつけた。
「失望させないでくれ、ハセオ!」
見くびらないでほしかった。
打つ手は、ちゃんとある。
「
スペイン軍に包囲された要塞から、愛するロクサーヌに向けてしたためた手紙を出すために、アラスの野を駆け抜けたシラノ。
だが、それは彼女の恋人である親友クリスチャンの身代わりとなって出すためだった。
僕も、もはや自分のために戦う気などない。
板野さんのために、秒殺のプリンスを凌いでみせる!
画面の端まで押されたシラノが、一気にレイアーティーズを反対側の端まで押し返す。
逃げ道を失った双剣の美剣士は、大鼻の剣豪詩人にめった突きにされて倒れ伏した。
僕と同じ、ため息交じりの声が聞こえた。
「……お見事」
プリンスからの、お褒めの言葉だった。
1勝を収めた僕に、会場内からは歓声が上がる。
観客席の最前列を見ると、紫衣里が拍手していた。
「……やったね!」
満面の笑顔が、そう言っているような気がした。
実際は、聞こえもしない。
だが、こっちのほうは、しっかり聞こえる。
「では……2本目だね」
レイアーティーズの操り手は、怯んだ様子もない。
余裕たっぷりの笑みを浮かべている。
まさか……勝たせてくれたというのか?
その疑念と不安が正しかったのかどうかもわからないうちに、第2ラウンドが始まった。