ハセオ草紙!~銀のスプーンを守る大食い美少女と同居して格ゲーで世界を救います~ 作:兵藤晴佳
握手が解かれるのを待って、「リタレスティック・バウト」のメインテーマが会場中に響き渡る。
これにはプリンスも怪訝そうな顔をした。
「……何か違うな」
曲調のことかと思ったところで、アナウンスが高らかに告げた。
「この秋から、『リタレスティック・バウト』の新バージョン、『ザ・ビヨンド』がリリースされます!」
決勝戦を観戦していたプレイヤーたちが、おお、と一斉におめき叫んだ。
アナウンスもまた、興奮気味に煽り立てる。
「登場するキャラクターも倍増して、一気に100人!」
限度を超えた大風呂敷に、会場からは驚きの声が上がる。
さらにアナウンスはまくし立てる。
「そのお披露目役は……本大会優勝者の、長谷尾英輔さんです!」
「え?」
そんな話は聞いていない。
さすがに、紫衣里も怪訝そうに小首を傾げていた。
佐藤がステージへ上がってくるなり弁解する。
「すみません、さっき決まりました」
本人の了解も得ないで、と抗議しようとしたところで、アナウンスは有無を言わさず話を進めた。
「デモンストレーションは、伊勢湾上に設営された特設会場でのボーナスステージで行われます」
あまりのことに二の句が継げないでいる僕の肩を、車椅子のヘッドレストが再び拳となって小突く。
勝者は堂々としていろ、とでも言わんばかりだった。
そこで、筐体の上に置いたインカムを使って会場全体に問いかける。
「時給いくらですか?」
慣れないまでも精いっぱいのジョークは、やはり客席の熱狂をすっかり冷ましてしまった。
そんなことにはおかまいなく、アナウンスが、高らかに宣言する。
「勝てば、スポンサー契約です」
専門学校の授業料どころではない。
佐藤は例の慇懃無礼さで、これが私共の誠意です、とうそぶいてみせた。
ようやく歓声が上がったところで、アナウンスはさらに辞退のハードルを上げる。
「開発記念として、新バージョンの売り上げから、全国の高校生のためにの修学旅行費限定の奨学金が創設されます」
アルファレイド最高、の声が会場のあちこちから上がった。
内々の取引だったのが ますます引っ込みがつかなくなる。
これでは、奨学金の原資額は僕のデモンストレーション次第ということになる。
さすがに、食ってかからないわけにはいかなかった。
筐体の上のインカムに声を拾われないよう、そんな話は、とだけ佐藤に囁くと、例の冷ややかな口調でかわされた。
「財源の約束まではしていません」
「それはそっちが考えることで……」
一介の高校生に丸投げなんてありえない。
だが、僕の必死の反論を佐藤は聞いてもいなかった。
「受けてくださいますか?」
それは、当然受けるよね、という念押しだ。
客席からは、行け、行けの無責任なコールが高まっていく。
受けなければ、奨学金の財源に協力しないことになる。
僕はまさに、『ハムレット』的選択をつきつけられていた。
To be,or not to be.
ここに在るべきか、在らざるべきか。
プリンスは、面白そうに笑って僕をじっと見つめている。
その視線を避けたところで、客席の紫衣里と目が合った。
その小首を傾げた仕草は、お好きにどうぞ、と言っているかのようだった。
僕は筐体に歩み寄って、インカムのマイクの辺りに屈み込んだ。
もう、腹は決まっている。
「僕はプレイヤーを引退……」
そこへ、一瞬で間を詰めた佐藤が耳元で囁く。
「あなたとの契約、ということは、立場は対等……イヤだと言われれば、紫衣里さんからは手を引くという意味です」
何のつもりで明かしたのか見当もつかなかったが、間一髪、返事を変えることができた。
「……しません」
いったん断ろうとしたので、なんだかもったいをつけたような形になった。
興奮のるつぼと化した会場に、アナウンスが響き渡る。
「お披露目は夏休み最終日、web配信されます」
そこで、スクリーン上に映し出されたのは、まばゆく輝く鎧をまとった偉丈夫だった。
新キャラクター「ジークフリート」だ。