ハセオ草紙!~銀のスプーンを守る大食い美少女と同居して格ゲーで世界を救います~ 作:兵藤晴佳
こうして、僕は夏休みの宿題もそっちのけで、〈リタレスティック・バウト・ザ・ビヨンド〉の練習に励むことになった。
アルバイト先の「フェニックスゲート」にはテストプレイ用の筐体が運び込まれる。
僕がマスターしなければならないのは、誰もプレイしたことのない新キャラクター「ジークフリート」だ。
ゲルマン民族の叙事詩、『ニーベルンゲンの歌』前半の主人公で、倒したドラゴンの血を浴びて不死身になったとされている。
それを再現した技の新コマンドを、頭と身体に叩き込まなければならない。
まずは、攻撃ボタン「弱」を使うスピード重視の攻撃。
「
連打すると、ジークフリートが振るう愛剣バルムンクが消える。
下手に近づいたら、その場に釘付けのまま、ダメージを受け続けることになる。
さらに、近距離技。
「
方向レバーを入れて、「弱」ボタンを押す。
ジークフリートの肩が相手のガードを押し込み、わずかに後退させる。
それを食い入るように見ている客の目当てはもちろん、新バージョンと、テストプレイをする僕だが、紫衣里目当ての客がいないわけではない。
もっとも、聞こえてくるのは気弱なひそひそ話だ。
「おい、あの子……」
「声かけてもムダだぞ」
「長谷尾英輔の彼女らしいぜ」
僕の名前が紫衣里を守っていると思うと、なんだか誇らしい。
さらに、バランス型の攻撃に移る。
「
一定のリズムで「中」攻撃ボタンを叩くと、ジークフリートが中段斬りの剣を水平に振り抜く。
これで相手は武器を構えた間合いから近づけない。ガードされても体力ゲージは削られる。
「
方向レバーを入れて「中」ボタンを押すと、踏み込み突きが放たれる。
相手がのけぞったところで、連続技を入れる。
「
方向レバーを下に入れて、「中」ボタンを連打する。
ジークフリートがバルムンクを天に掲げて雄叫びを上げると、相手が一瞬硬直する。
その間は、ずっと僕のターンだ。
「ドラッヘンクリンゲ」から「ヴィッダーシュトース」、「シュネラー・ヒーブ」から「ランシュトース」のコンボで、相手は倒れ伏す。
ジークフリートがバルムンクを天に掲げると、背後に幻影の竜が現れ、咆哮と共に消える。
剣を肩に担ぎ、静かに目を閉じて一礼する姿には、英雄と呼ぶにふさわしい荘厳さがあった。
見物客からは歓声が上がったが、店長はあまりうれしそうではなかった。
どこからか、さっきとは別のささやきが聞こえる。
「バイトのあの子は?」
「最近見ないよね」
板野さんの隠れファンは、意外と粘り強い。
店長はというと、僕の傍らで、ぼそっと告げた。
「星美ちゃん、入院が長引いてるみたいで」
返事をしている暇はなかった。
次のラウンドが始まる。
パワー重視の「強」ボタン攻撃を試してみる。
「
大きく振りかぶった剣は防がれやすいが、振り下ろされると相手の体力を大きく削る。
「
引いた方向レバーを下回りに押し出して「強」攻撃をすると、剣は大きく回転する。
当たれば何度もダメージを与えられるが、隙は大きい。
跳躍でかわされて反撃を食らい、ダメージもかなりのものだった。
「
方向レバーを下に入れて、「強」ボタンを押す。
地面に叩きつけられた剣が放つ衝撃波に、遠くで着地した相手も吹き飛ばされた。
板野さんとのチャットに返信がないのは心配だが、それに気をとられている余裕はなかった。
今度は、投げ技に挑んでみる。
「
剣を地面に突き刺して、目の前の相手を両腕で抱え上げ、竜の幻影と共に画面端に吹き飛ばす。
さらに、カウンター技だ。
「
切り込んできた相手に、方向ボタンを下から反対方向に逆に入れて「防御」ボタン。
金色の光に包まれたジークフリートが攻撃を受け流して、反撃斬りを放つ。
与えるダメージは大きい。
そこでようやく、店長に聞くことができた。
「修学旅行は?」
「それがさ……キャンセルしないで済んだみたいなんだ」
佐藤が、僕との約束を守ったということなのだろうか?
安心もしたが、煮え切らない答えが気になりもした。
そこで僕にも隙ができる。
突き抜けたところで、振り向いた相手に光のない背中を刺される。
黄金に輝いていた身体が一瞬で崩れ、膝をついたジークフリートは振り向きながら倒れ込む。
見物から、落胆のため息が漏れ、紫衣里も苦笑いしていた。
すまなそうな店長には何も言わずに、僕は1勝1敗で最終ラウンドに臨む。
「
レバーを下から攻撃方向に回して「強」ボタンを押せば、巨大な竜の幻影を背に、バルムンクが一撃必殺の斬撃を放つ。
相手のガードが吹き飛んだところで、下からの方向レバーを回して「強」「投げ」ボタンを両方押す。
「
ジークフリートが自らの胸を突き、天に向かって血を捧げると、竜の幻影と共に必殺の突進斬りが発動する。
相手が雲散霧消すると、背後に竜の幻影が舞い上がり、ジークフリートは剣をを地面に突き刺し、片膝をついて天に祈る。
神話的でドラマチックな演出に、店内は歓声で満たされた。
店内のデモンストレーションが終わると、観客は鼻息も荒く、それぞれ選んだゲームに没頭する。
ようやく満足げな顔をした店長は、コーヒーでも飲もうというのか、給湯室へと引っ込んだ。
代わりに歩み寄ってきた紫衣里は、お疲れさまとねぎらいの言葉をかける。
だが、僕は今日の出来に決して満足してはいなかった。
まだ、最強の必殺技が残っている。
限られた条件でしか放てない、ジークフリート最強の必殺技だ。
その名も、「