ハセオ草紙!~銀のスプーンを守る大食い美少女と同居して格ゲーで世界を救います~ 作:兵藤晴佳
「
ジークフリートの切り札にして、逆転用の超必殺技だ。
威力はほかの必殺技の3倍で、食らえば即死、しかもガード不能で、命中すれば相手の防御力を一定時間低下させることができる。
だが、その分、放つのが難しい。
まず、攻撃ボタンを押す前に、後ろから前へのスティック操作を2回繰り返さなければならない。
問題は、技が発動するときの条件だ。
キャラクターの気迫を表す「竜の血ゲージ」が満タンになるのを待つ。
このタイミングが、なかなか合わない。
「また外したか……」
大振りのバルムンクが、マロリー『アーサー王の死』の悪役、モルドレッドの鼻先をかすめる。
伝説のアーサー王を裏切り、死に至らしめた不肖の甥だ。
その剣の名はクラレント。
リーチの長いツーハンデッドソートが、ジークフリートの頭から振り下ろされる。
アーサー王の力が、歪んだ形で発動される、「
画面全体が薄暮の中に沈んで、戦場を駆ける幽鬼の姿が背景に明滅する。
鳥肌が立った。
このまま命中すれば相当のダメージが来ることは、直感で分かる。
スティックを後ろから下に回して、「防御」ボタンを押す。
「
全身が金色に輝いて、黒い霧のような闇を吹き払う。
裏切りの剣がはじき返されたところで、反撃を狙う。
「|竜の逆鱗<ドラッヘンツォルン>!」
攻撃方向にレバーを入れて、「強」ボタンを叩く。
竜の幻影が現れて炎を吐くと、モルドレッドの身体が火柱となって燃え上がった。
その体力ゲージは一気に下がったが、気迫ゲージ「怨念」も頂点に達した。
黒いオーラをまとった鎧が、一瞬で消える。
かと思うと、円卓の騎士たちを伴って背後から襲い掛かってきた。
光を放つことのない暗い背中へと代わる代わる切りつけてくる。
モルドレッドの必殺技、「
だが、それは望むところだった。
「
しかも、直前に必殺技の3ヒットコンボが決まっていなければならない。
「
接近して反対方向にスティックを入れ、投げボタンを叩く。
バルムンクがモルドレッドを持ち上げて、後ろへ投げ飛ばす。
「バルムンク連撃《ライゲン》!」
攻撃方向へスティックを連打。
「弱」ボタンを叩きまくる。
これでモルドレッドは切り刻まれ、最後に「
……はずだった。
だが、相手もタダではやられない。
血に染まったモルドレットは、ジークフリートを抱きこむように爆発的な斬撃を放った。
「
そこで現れた幻影の円卓が砕け散り、集った騎士たちが同士討ちを始める。
巻き添えを食らったジークフリートの体力ゲージが限りなく0に近づく。
「
僕は慌ててスティックを左右に振る。
動けない。
「
そこで、アーサー王を討った黒い槍が天から斜めに降ってきて、ジークフリートの背中をモルドレッドもろとも貫く。
「
モルドレッドは血を吐き、ジークフリートはバルムンクを取り落として倒れる。
地面に突き刺さる剣に伸ばした手は届かない。
「
次のラウンドでも、「
別に勝ちを誇りたいわけではないが、取り囲む見物客のため息を再び聞くのは忍びない。
ちょうどお昼になったので、店長に後を頼んでフードコートに向かうと、紫衣里もついてくるのは当然のことだった。
勝った後ならいいが、無残な負けの後では、とことこついてくる背後の気配はプレッシャーでしかない。
食欲も湧かないままに席に着くと、僕に寄り添って座った紫衣里が耳元で囁きかけてくる。
慰めてくれるのかと思いきや、その声は別の意味で甘かった。
「ねえ、忘れてない?」
「え?」
意外な一言に、つい聞き返したが、聞いた話で思いあたることがあった。
女の子が男の子に何かをねだるときの声は本能的に、鼻にかかった甘い声になるものだという。
約束していないことでも、それが当然のものだと思えば、こんな物言いになるのも仕方があるまい。
本当に忘れているものがなかったか、失意と空腹で疲れ切った頭で考えていると、紫衣里がヒントを出してきた。
「あれから、どれだけ経ったと思う?」
どこから伝わった習慣か知らないが、最近はこういうのが多いらしい。
「……記念日的な?」
今度は、紫衣里がちょっと考えた。
そういう類のものではないのかと安心したところで、似たような答えが返ってきた。
「1ヵ月」
それだけ聞くと、身に覚えはなくとも男の身ではギクッとする。
紫衣里は、そういう宿命を背負わされた女の子なのだ。
胸元に輝く銀のスプーンを守るために、それを継ぐ女の子を生まなければならない。
その相手が、僕でない誰かになるなんて、考えられない。
紫衣里は、スプーンを鳴らさせることがなければ、鬼の目をしたあの老人から奪い取れる。
僕との間に女の子が生まれたとしても、あの老人の仲間には絶対に渡さない。
そこまで考えて、思い出した。
あの老人との約束が、1ヵ月だったことを。
興奮と、緊張で、空腹も疲れも忘れて尋ねる。
「いつ?」
タイムリミットが近いと思うと、胸が高鳴る。
紫衣里は立ち上がると、まるで運命でも宣告するかのように僕を見下ろして答えた。
「8月31日」
それは、アルファレイドが仕掛けた〈リタレスティック・バウト・ザ・ビヨンド〉のお披露目の日だった。
場所は、伊勢湾上の特設会場……。